コメディ・ライト小説(新)
- Re: 恋敵になりまして。 ( No.11 )
- 日時: 2020/09/22 15:08
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
☆ 第三話 ☆
「……え、まさか月奈と知り合いだったんですか?」
あの父が、自分より年下の男に敬語を使っているのが不思議で、違和感しかなかった。
「お父様、この、男を……知っているんですか!!?」
返された無言で大体の事を察する。
父にとって大切な方なのだと。
着けていたマスクを外すと男は淑やかに一礼をした。
呆気に取られてしまう。
「嬉野翔君だ、ちなみに彼の御父上は雪科家顧問弁護士・嬉野さんだ」
そして――と言葉を続ける。
まさかあのメガネの弁護士の息子とは、父が厚遇するのも無理はないと思う。
___________「月奈の将来、夫になる相手だよ」
それまで和んできた空気が瞬間、凍り付く。
兄達は驚きで固まった当人である私よりも激しく取り乱して二人で抱き合っている始末だ。
知っていた母は翔を我が息子同然の温かい眼差しで見つめていた。
「は、はぁ?……ど、どう言う事……ッ」
一言も聞いていない。
私に相談もせず、有無言わせず、婚約を取り付けてしまったのか。
酷い。
すると、私の気持ちを察したのか慌てたように両親は撫で声に生温かい言葉をかけてきて擦り寄ってくる。
「今日、説明して顔合わせをしようと思ったんだ、決して今、お前の考えることは母様も私も考えていないんだ」
誤解しないでくれ、と言う体温の低い、けれど何だか安心さと優しさを持ち合わせた手を思わず握り返しそうになった寸前で振り払った。
「ふざけないで、こんなの、認めないから……!」
踵を返し、翔の右側を通り過ぎる。
自室のある二階に行こうとすると、グイッと強い力で腕を掴まれる。
引っ張ってきた相手は勿論、翔に決まってる。
鋭い眼光を向け「何か用?」と訊いてみると怯えることもなく「うん」と素直に短く返事をしてくる。
その様子に調子が狂いそうになって何だか変な気持ちになる。
母様はその様子に口を押え「まあ!」と声を上げ、何だかんだ言ってうまくいってるんじゃないかと勝手に満足げになっている父様に苛立ちを覚える。
唯一の味方である兄の二人は妹が取り付けられた婚約者と二人きりになるっていうのにも二人で悲しみを噛み締め合っていた。
どいつもこいつも変だ。
「話があるんだ、おれさ……月奈ちゃんがあの路地でしてる事、見ちゃったんだよね」
微妙に息が掛かるくらい近づいてきて耳打ちしてくる。くすぐったさに思わず目をギュッとつぶってしまうがその内容を聞いてその恥ずかしさと心の高ぶりはすぐに覚めた。
あんなにも確認したのに、見られていたのだと鳥肌が立つ。
「……、……私の部屋に上がって下さい」
此処じゃ、話せないことだ。
私は拗ねたような声を出し、渋々受け入れる。
自分のテリトリーに出来るだけ入れたくはなかったが仕方がないことだろう。
断れば皆に報せる、彼は優し気に言っているが脅してきた。
解せない。この男の望んだ私は何処にもいないのに、どうして?
考えれば考える程、謎は深まるばかりだった。
顎に手を添え、翔を見つめた。
☆
「……、ごめん、少なくとも君の事をおれは理解しているつもりだったけど君がここまで――――――」
私の部屋を見た瞬間、翔は呆気にとられた表情を浮かべていた。
「何よ、これが私よ」とつっけんどんに返す。
「ここまで、自己管理ができないとは思いもしなかったよ」
部屋は青系のもので統一されているが、ベッドには服屋のように広がったままの色とりどりの服。机にはまだ片付けのされていない参考書ひらっきぱなしで消しカスもある。
これがあの、テレビに多々映る淑女のような国会議員自慢一人娘の本来の姿だとは思わないだろう。
「……これでも、た、田村さんに言われて……直した方なんだから……」
小さくポツリ、と呟くとバツの悪そうにそっぽを向く。
田村―――と言うのは長年うちに勤めてくれている家政婦さんだ。いつも私の部屋を掃除するたび、泣き嘆くのだ。
田村さんは自分に片付けの仕方を今もなお、指導してくれている。
「片付けとか家事は、苦手なのよ……悪かったわね、自己管理が出来なくて」
もっと失望したでしょっという顔で翔を見ると翔は笑いをこらえていた。
_________「いや、悪いとは言っていない。こんなだらしない婚約者を管理するのも未来の夫になるおれの役目だろ、少なくとも完璧な婚約者はおれは求めてないからね」
と言い終わると眼差しを甘やかにする。その美しいアーモンド形の煌めく黒真珠に魅せられ、見惚れていた私はハッと気が付いて、慌てて言い返した。
「夫になるなんて認めてないし、勝手に決めないでよ!!」
何だか無性にむしゃくしゃした。
いつもの自分とは違う、そんな自分をこの男に見せるのが恥ずかしいのだ。
――――――弱みをまた一つ握られていたようで腹が立つ。
「で、話って何よ」
私が話を切り出すと、今まで浮かべていた無邪気な笑顔はスッと消えていく。
真面目で聡明、そして、優秀な全てを兼ね備えた弁護士の息子の顔。
「あの、路地でしていたことをさっきも言ったけどおれは見た。君のお父様にはいつだって報告が出来る状態だ」
その脅し文句に私は眉を顰める。
絶対に今の私の顔は不細工だ。顔が怒りによって歪む感覚を覚える。
「何が目的なの、こんなこと、脅すように言って」
組んだ足を入れ替える。
空気がピリピリ痛い。両肘を触れていただけの手が強張る。
全身の毛が逆立つのも感じる。この男は、危険で関わってはいけないと本能が言っていた。
「脅してるんだよ。月奈ちゃんはおれとの婚約を認めてないだろう、君もした牽制。下手に君のお父様に行動を促されても困るしね」
これは交換条件だ、と翔は勝ち誇った笑みを浮かべる。
その笑みは私にとって怒りを沸騰させるものだった。
この条件に私は抗えない。何を言われても仕方がない、あんな路地でするんじゃなかったと今更ながら後悔と反省する自分に羞恥心が覆いかぶさる。
「おれとの婚約を受け入れろ、それが条件。君の一途な恋心、否定する気もさらさらない。ただ、君は婚約者が出来た。それも顧問弁護士の息子、おれ達は世の注目の的になるだろうね」
よく考えて行動しろ、君の恋心は無駄だと言われてはないのに言われているような気がした。
ムカつく。ぎゅっと掌の肉に爪が食い込むくらい強く、強く、怒りを抑え込みながら握り締める。
「話はそれだけ、じゃあまた――――――未来のおれの奥様」
その甘ったるい擦り寄ってくるような声に全身が強張るのが解った。
ぱたんっと部屋から翔が出ていくのを見届け、一息つく。
身を縛っていた緊張感から自由になる。
―――――――「………こんな婚約、絶対に認めない」
愛おしい人がいる以上、怖がってちゃ私の名が廃れる。
諦めない。
障害物役の人間が一人増えたって関係ない。乗り越えればいいんだ。
きっと、きっと、その先には会長が待っているはずだから。
「打倒、恋敵!!!」
私はベッドに寝転びながら、拳を宙に突き付けた。