コメディ・ライト小説(新)

Re: 恋敵になりまして。 ( No.8 )
日時: 2020/09/21 15:04
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

☆ 第二話 ☆

 「……園崎さんさ、誰にちょっかい出したかわかってるの?」
人気のない雑居ビルの間、路地に壁に追い詰められた園崎さんと追い詰めている私の図。
誰が見てもいじめの現場だ。早めに話は切り上げたいが、言われるだけじゃ食い下がらない眼をしている園崎さんに私は溜息を吐く。
 流石、校則破りを常習して教師に睨まれても我慢せずとやりたいことをしているだけにあって負けん気が強い。


 「朔良クンに決まってんじゃん、なぁに。雪科って感じイイ雰囲気出してたけどさ、本性はこっちな訳?」
 “朔良君”“雪科”という砕けた口調に怒りを覚える。
怒りと嫌悪が混ざった複雑な感情が火山が噴火したように怒涛の勢いで湧き上がってくる。
だけど冷静に装い、接する。
会長に相応しいのは私だ、貴女のようなギャルじゃない。
作り笑いを浮かべながら、追い詰める。

 「朔良君何て、気安く呼ばないで。貴女が呼んで良い程の相手じゃないのよ」

すると、ハッと吐き捨てるように声を漏らす。
いちいち、他人ひとを舐めたような仕草一つ一つがしゃくさわる。

 「へぇ……雪科って差別、するタイプの人間なんだ。というかさぁ、憧れの副会長サマだからって、朔良クンの傍にいるからってあんたがそんな事、言う権利なんてないだろ」

 「朔良クンはあーしといること望んでんだし」と言葉がすらすらと流水のように続き、耳に入ってくる。
 嗚呼。
朔良君何て呼んだこともないしお昼休みも一緒に過ごしたこともない。
誘われたことも。
ギュッとてのひらに爪が食い込むくらい強く、強く拳を作って握り締める。
 抑え込んだはずの怒りと嫌悪、そして知らん顔したはずの嫉妬心がまた、浮き上がってくる。
 「……、……何よ……、何よ……ッ」
ギリッッと言う石と石がぶつかって砕けたような音が口内に響き渡る。
歯が、ツーンと痛くなる。

 _______『園崎さんっ』

 『朔良クンに決まってんじゃん』
 
 『朔良クンはあーしといること望んでんだし』_______

 私だって、私だって頑張って来たわよ。
会長の隣で仕事上でもサポートした。
誰よりも会長の相談に乗って、理解もしてた。
……何で、私じゃ駄目なの?
 立ち竦んで固まっていたはずなのに、勝手に、身体が動いていた_______気が付いたら、園崎さんの制服の襟を強引に掴んでいた。
 「……えてよ……どっか行って、目の前から消えてってばッッ!!!!」
襟を力強く掴んで、言う。

 「はぁっ?何言ってんのあんた、……わーったよ、行くからコエー顔で見るんじゃねぇよ」
不可解そうに眉を寄せて、綺麗に脱色した長くしっとりとした髪をくしゃくしゃと掻き上げた。
 「ったく、勝手すぎるんだけど」と、私への愚痴を吐き捨てながら、とぼとぼと素直にこの場を去る園崎さんの後ろ姿を横目で見ながら溜息を吐く。

 らしくない事をしたと反省する。あんな大声を出し、不躾な態度を取った。
どんな相手だろうと皆が憧れる淑女の副会長として振舞おうと決めていたし、今回の事だって牽制するだけにしとこうと思ったのにというそんな私のかたくな気持ちを壊した恋の力はやはり、凄い。

 人を変え、いじめまでもをさせてしまう。

ある意味言って、そこまで来ると依存症なのかもしれない。
 俯いていた顔を上げ、雑居ビルの間に見える自分とは裏腹な青空をジッと見つめた。
 


 皆が憧れる家族の形。
専業主婦をしている綺麗な母様、そして名を上げている国会議員の父様。名門大学准教授をしている素敵な兄様に大学生の二番目の兄様。
そして、私。
 そんな良いものじゃない、国会議員の娘だからって出来ることは沢山あった方が良いって数々の習い事をしてきた。
 せっかくできた友達とも遊べず、自然消滅になることも多かったし……。

 そんな下らないことを振り返っていると木と木の間に屋根とクリームっぽい白色の外壁が見えてきた。
道は緩やかな上り坂で、カタツムリの殻のように、らせん状。
 その突き当りに、大きな玄関を備え、天井がドーム状に丸まって硝子張りをされた洋館が立っている。

 皆曰いわく「お洒落しゃれ」らしい。
 その時も今もちょっとセンスを疑ってしまう。だって、途中から丸まってるんだもん。
変な形の家だ。けれど、口に出せば母と父が黙っていないだろう。
 自慢顔で自分達が設計したのだと今も言っているのだから。

 玄関前には、優しい感じのする綺麗な花が二本植えられていて、片方の木の枝にはピンク、もう片方の木の枝には白色のつる薔薇が絡みついていた。
レモンとオリーブの柑橘類の地中海系樹木が植えられて、白色のガーデンチェアとテーブルの置いてある。

 ――――――――「……雪科 月奈。中学校では学級委員長、生徒会長。そして高校では副会長を一年から続ける最も信頼された者であり容姿端麗の万能天才、だって」

突然、自分の名前が後方から聞こえる。
 澄んだ、男の声。
もしかしたら私のことを好きで調べていたストーカーなのではないかと不安と恐怖が心を覆い、身体を強張らせ、毛穴から冷や汗が噴き出す。
 ロボットのように顔を少しずつ後方に向け、門扉に手を掛ける。

 「やっとこっち向いた。月奈ちゃん、おれさ、み――――」

 変出者が話し終わる前にバッと家に駆け込む。
靴を揃えず、リビングに走る。
 小姑のようにねちねちとしつこく、叱られると思っていても二人に、いや、四人に抱き締めて安心させて貰いたかったのだ。

 ソファでテレビを見ながらくつろいでいた父と母に身を委ねる。少し離れた机で勉強をしていた二人の兄が普段見せないこんな私を見て、驚きを隠せない顔で近づいてくる。

 「……月奈、どうしたんだ?何が、あった?」

そう訊かれ、私は口を金魚のように開閉し、声を絞り出す。兄様達はずっと頭を撫でてくれる。
 「変出者――――」言い終わる前にインターホンが鳴り、父様の隣で固唾を呑んで聴いていた母様が立ち上がり、玄関の方へ向かう。

 玄関の方で母と来訪者が何か喋り、騒がしくなるのを余所にリビングの方では重たいどんよりとしていた空気が流れていた。

 「あのね、……聴いて。うちの前に……変出者が……ッ」



  ________「月奈ちゃんってば変出者なんて酷いなぁ、全く、もう」


あの私を恐怖に陥れた声が聞こえ、私は眼を見開き、顔を横に向ける。
そこには、家の前で資料を見ながら私の経歴をすらすら言い、今も気安く“月奈ちゃん”と呼ぶ男が立っていた。



 来訪者は、まさかのこの男だった。