コメディ・ライト小説(新)
- Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.12 )
- 日時: 2020/06/06 14:02
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
08. 変わっていく彼女
いつものカフェで私は珈琲を飲みながら今を時めく人気作家の小田切 香純先生を待つ。
彼女の本が人気なのは表現の文章が綺麗でやけにリアルで読者が感情移入をしやすいからだ。
最近、出版したばかりの『嬉しいという気持ち』は大人気でそのタイトルからは考えられない切ないラストが待っているのだ。
700万部は彼女の出す本は常に越えている。
小説界の期待の新人だ。
彼女がこちらの世界に来た理由は織戸恭吾だ。
織戸恭吾は――――私と同じ両翼の編集者で恋人だ。
彼は一回、結婚に失敗していて心の傷があったけど香純先生と出会って私と付き合う覚悟ができ、愛することをまた知れた。
私にとっても彼女には感謝しかない。
同居をしていて国語の宿題で偶然、彼女の書いた文章を読み小説家新人大賞に応募しろと勧めたのがきっかけだ。
その勘も見事に大当たりし大型新人としてデビュー作『家族ノカタチ』を出版。
彼女は逸材だった。
「―――――っすみません、遅れました」
焦った表情を浮かべる彼女は髪を乱しながら謝罪の言葉を言う。
一か月前に会った時はあんなにも頼りなさげで危うい雰囲気を纏っていたのにも、血色の良い生き生きとした表情をしていた。
静かに行儀よく席に座った香純先生は店員にココアを頼む。
甘いものに目がないと言っていた通り、ミルクを沢山入れるよう頼んでいた。
「これが、今月の……」
そう言いながら茶色の封筒に入れた原稿を渡してくる。
「確認しますね」
と言い、大切に封を開ける。
パソコンで打った見慣れた文字。
やっぱり、表現の文章が美しくリアルなその物語に引き込まれるように黙々と読み進めていった。
主人公は悲しい過去を背負っていた。
そこへ手を差し伸べたのは幼馴染の男の子だった。
中々打ち解けられない学校との関係について思い悩む主人公を打ち解けられるようサポートする……という純青春な物語だ。
最初はシリアスだったが、途中から優しく心のこもった話になっていく、そのテンポの良さ。
感情移入のしやすい身近なモデル。
(………この子は本当に生粋の天才ね)
気になったことを訪ねてみる。
あの序盤では主人公は病んでしまいそうだったが笑顔を取り戻すことが出来た最後。
あそこからどうやって、切り返そうと思ったんだろう。
「香純先生……とても良い話だったのですが、何かありました?」
そう訊いてみると彼女はまつ毛の長い大きな瞳をさらに見開く。
桜色にポッと染まった唇をぎこちなく動かす。
「変化はあったと思います…………変わりました、学校生活が」
そう微笑んだ彼女は見たことのないくらいに優し気に頬を緩ませ、愛おしそうに両手を重ねた。
(良かった………やっと笑顔を見れた)
私は書いてくれた原稿用紙を持って、彼女と別れた。
この作品のタイトルは―――――『友情と陽だまり』
今までにないくらい優しく心温まるラスト。
透き通るくらい青々とした空に手をかざし、私は恭吾に伝える。
「ねぇ、聴いて。貴方の大切な娘が初めて優しい小説を書いたわ」
さあッと風が髪の毛に当たる。
まるで喜んでいるかのような温かい春の風。
「これからよね、貴方の分まで見守るから……ちゃんと」
貴方の一番大切な娘を、見守る。
大変な時があれば貴方のように助けたい。
あの娘にとって貴方の代わりにはなれないけど力にくらいはなれるでしょ。
(私に残してくれたのね――――…………役目を)
私は嬉々と踵を返す。
両翼に足取りを軽くさせながら戻った。
*
「小田切 香純先生の最新作受け取ってきました~!!」
すると、今まで黙々と仕事をしていた編集者が目を輝かせて立ち上がる。
「次は何て言うタイトルですかッッ!!?」
「どういう話です?」
私の元に円を描くように集まる。
唇に人差し指を当て、「まだ出版していないので中身までは言えません!……でもタイトルだけ、最新作のタイトルは……『友情と陽だまり』です!!」
その言葉に今にも読みたそうにする。
今回の本は彼女の物語とは思えないほどタイトル通り、友情というものは何なのかと考え直され、優しく心温まる話なのだ。
編集長に茶色の原稿をしまった封筒を大切に手渡す。
「受け取って確認しとく」
寡黙な編集長も口元が緩んでいた。
よほどの事がないと微笑まない編集長だって彼女の作品には微笑む。
それが小田切 香純先生の人を変える小説。
編集長と担当の特権は、作家の最新作を誰よりも早く読めるという事。
私はそれが楽しみでこの編集者に死に物狂いで勉強し、夢のこの職業に就いた。
(……皆にこの香純先生の最新作を早く読んで欲しいな)
どのような顔をするのかなとワクワクする気持ちを抑えながら、パソコンに向かった。
「真壁さん、今日はいっぱい飲みましょうよ~!」
「今回の本も大盛況ですもん、絶対ッッ」
「実際にはどうだったんですか~?」
沢山の本に関しての言葉が飛び交う中、私は笑顔で受け答えた。
本の内容は言っていないけど。