コメディ・ライト小説(新)
- Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.13 )
- 日時: 2020/06/07 14:59
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
09. 織戸恭吾
此処は居酒屋、久しぶりに同期達とお酒を飲む。
僕は注文を聞きに来た店員さんに笑顔で頼む。
「取りあえず、白ワインで!」
と言うと尽かさず、隣にいた楯岡が怪訝そうに眉を寄せる。
「ビールだろ、そこは……!」
その声に重なるように真壁さんがメニューを見て嬉しそうに頬を染める。
「私はカシオレ~!!」
「だからッ、そこはビールだっつーの!!」
苛立ったように声を荒げる。
「別にいいじゃん、会社の飲み会じゃあるまいし」
と宥めるように楯岡の肩を優しく摩る。
「そうよ、意外と楯岡って頭固いよね☆」
茶化すようにケラケラと笑う真壁さんに鋭い眼光を向ける。
「はぁ!!?真壁こそなんだよ『カシオレ~!!』って!!!大学生かッ、若作りも程々にしろよ!!」
「若作りなんてしてないわよッッ!!!」
言い合いを始める二人をよそに僕は家に残っている香純の事を考える。
ちゃんとご飯食べたか、とても心配になる。
「本当は酒に強くて何杯も飲んでるくせに!!」
「ぎゃああああぁあ!!何を織戸の前でバラしてるのッッこの馬鹿!!」
ソッと二人に隠れてスマホを弄る。
香純にメッセージを送る。
『ご飯食べた?帰りは遅くなるから、先に寝てて』
そう送ると、光のようにすぐ返ってくる。
『うん、分かった。冷たいお水を用意して、お風呂も沸かしておくね』
その香純の気遣いが心にしみる。
(本当に優しいなぁ……)
愛おしく思う彼女のメッセージを指で優しくなぞる。
*
空はもう、深海のごとく暗くなっていて、月が見える時間帯になっていた。
マンションなどはライトアップされて暗いはずの街も明るい。
「二軒目、どうする?」
「そこのショットバーはどう?」
二人の会話を片耳で聴きながら、辺りを見回す。
(香純はさすがに寝ているよな……僕の事を待って寝ていなかったらどうする?)
だんだんと心配する気持ちが募ってくる。
「奈子っ、待った?」
“奈子”という名前に反応してしまうのは悪い癖だろう。
彼女は僕のところには戻ってこないのに。
ジッと奈子と呼ばれた女性の後ろ姿を見つめる。
(きっと、彼女じゃないよな――――)
そう、顔を逸らしたその時、
「ううん。待ってないよ、行こ―――俊さん」
聞き覚えのある声が近くにいないのに耳の中を響き渡る。
この声は、あの柔らかそうな髪は、色素の薄い瞳は――――……奈子だ。
奈子は僕に気が付いたようで、こちらを見て、息を呑んでいた。
しばらく、時が止まったようになる。
「おい、奈子?どうしたんだよ」
隣にいた恐らく旦那さんに声を掛けられ、歩いて行ってしまう。
他の人を愛おしそうに呼ぶ君の声、頬を桜色に染め可愛らしく微笑む姿。
もう僕には向けられることが一生ない。
現実を再び目の当たりにし、きゅッと胸が締め付けられる。
「――――織戸、どした?」
楯岡が心配そうに駆け寄ってくる。
僕はいつも通りに笑顔になり、「いや、何でもないよ」と言う。
僕らはそれぞれの道を行く。
奈子とは道が繋がってはいなかっただけ、と思うしかない。
*
――――――八歳の時、父親が急死した。
女手一つで育ててくれた母には、感謝してもしきれない。
書斎で香純の作品を見る中、母親から電話が掛かってくる。
『もしもし、母ですが』
明るい声が聞こえ、自然と表情が緩む。
『あんたにお見合いの話が出てるんだけど』
その言葉に緩んだ糸がまた、張る。
「申し訳ないけどそういうのはもう……」
声を濁らす僕に母さんは軽く流す。
『あそ、じゃ断ったくわね~』
電話を切ろうとする母さんに僕は慌てて呼び止める。
わざわざ話をしてくれた母さんに申し訳ない気持ちでいっぱいになった僕は込みあがってきた生唾を飲み込む。
「………、……ごめん」
小さく謝罪の言葉を言うと、この場にはいないが慰めてくれる母さんが傍にいるような気がした。
だって。
母さんは咎めず、笑ってくれたから。
今の僕を理解しようとして、幸せの在り方は一つじゃないと言ってくれたから。
『恭吾、あんたさ香純ちゃんといれて幸せだろ?』
「うん……幸せだよ、充分」
すると、付け足すように母さんは言う。
『―――――孫がいなくなくたって、あたしはあんたが幸せだったらそれでいいの』
その言葉に涙をこぼしそうになる。
申し訳なく思う。
心配させていること、気を遣わせていることが。
香純と一緒に入れて勿論、幸せだけど。
それだけじゃない。
母さんの息子に産まれたのが幸せなんだ。
あの時は、そこのない水の中をどこまでも堕ちていくようだった。
初めて普通が容易く壊れることを知ったあの日。
何も見えなかった。
彼女の一緒に幸せになりたい人は僕じゃなくて他にいること。
選んでもらえなかった悔しさ。
必死に説明をする彼女の声だけがずっと、遠くの方で聞こえていた。
*
香純のデビュー作品『家族ノカタチ』それは、とても綺麗な話だった。
彼女の独特の美しい価値観とまるで僕に伝えるような一つ一つの言葉。
本当に天才なのだと確信する。
人を感動させる作品を書ける少女。
“家族だから大切なんじゃなくて、大切だから―――家族になるんじゃないか”
(大切だから……家族になる)
その言葉を頭の中で繰り返す。
ふとした瞬間、彼女の悲し気に微笑む姿が蘇ってくる。
頭が針で刺すように痛くなる。
『恭吾さん』
俯いて、僕は引き留めなかったことを後悔する。
頭を手で覆い、髪の毛で顔を隠す。
涙を流して離婚でまだ未練がある女々しい男だとは思われたくはなかった。
本当は女々しい男のくせに。
僕は知っていた。
(………ああ僕は、……知ってたのに、な)
想い出す、二人で過ごしてきた時間。
泣いている時に奈子の頭を撫でたこと。
どうしてあの時言えなかったんだ。
引き留めなく、声を荒げることしか出来なかった。
奈子の気持ちや理想とは違うかもしれないけど、僕は。
『君の事を――――愛してる』って、最後の最後まで言うべきだった。
どうして、伝えられなかったんだ。
か細い指に指輪をはめた時、決めたはずなのに。
必然的に涙が溢れてくる。
(ただ、傷付くのが恐かっただけ。拒絶されてどこかへ行ってしまうんじゃないかって片隅で思っていて……)
馬鹿みたいだ。
自分が嫌いになる。
僕は机の上で彼女のデビュー作品を見つめ、拳を握り締める。
後悔ばかりが募る自分に乾いた笑みが漏れる。
自分で壊したくせに、こんな感傷に浸って――――後悔したってもう戻らないのに。
「……しっかり……しろ………恭吾……」
今度、伝えなければいけない時が来たら伝えよう。
ちゃんと、言おう。
今できることをしていくんだ。
―――――僕はそう意気込んだのに、な。