コメディ・ライト小説(新)

Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.14 )
日時: 2020/06/07 15:02
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

10. 君との出会い

 香純には普通の女の子として笑って、泣いて、怒って、愛する人を見つけてほしい。
だから、これでいいんだ。
僕が例え傍にいれなくても――――。



 まだ冷たい風が吹く、3月。
花は咲き始め、草も芽吹いてくるそんな新しい命が生まれる優しい季節。
彼女と僕は出会った。
『――――恭吾、お前に折り入って話があるんだが、聴いてくれるか』
突然の高校時代の友人からの電話。
僕は小田切 透雄とうお―――彼の話を身を入れて聴いた。
彼の話の内容はこうだった“再婚はしたものの娘と妻が打ち解けずどちらも居心地の悪い生活を送っている。良かったら娘を預かってくれるか”という事だった。
断ることも出来ず、興味本位で引き受けた。
翌週、家にやってきた小田切 透雄の娘は小4にも関わらず落ち着いていた。
それもそうだろう、肉親である子供が甘える母親が甘える暇もなく早くに亡くなってしまったのだから。
「初めまして小田切 香純と申します。これから御厄介になりますが家事はしますので置いて下さい」
そう言って深々と頭を下げた彼女は、無表情で瞳には悲痛な叫びをあげているかのような光を宿らしていた。
最初はぎこちなかった。
ただ、会話もせず、シーンとした空間でご飯を食べ風呂に入り、団欒だんらんの時など当然なく、寝るだけ。
もどかしかった。
何か行動を起こして少しでもあの子の事を知ろうとしてみてもかわされてしまうから。
心の壁が普通の子供よりも遙かに高く頑丈だった。
それを超えられたのは香純の11回目の誕生日。
彼女の好みは最後の最後まで分からなかったが、普通の子供よりは大人びていると思っていた。
が。
本当は普通の子供よりも幼かった。
寝るとき、母親を求め声が僕に聞こえないようすすり泣いていた事。
僕は何一つ知らなかった。
普通の子供が欲しがる縫いぐるみを渡したんだ。
白い可愛らしい犬の縫いぐるみ。
香純はその時、初めて涙を浮かべながら微笑んだ。
表情を緩ませ、どの子供よりも幼く、優しく、可愛らしく、子供らしい笑顔を。
それからは会話もだんだんと交わすようになり、いつの日か冗談も言える関係になっていた。
そんな彼女のおかげで僕の傷ついた心は癒えていった。
勤めている両翼の編集者・真壁 沙良さんともようやく、向き合えることが出来た。

離婚で後悔を募らせていた女々しい僕に愛をまた、教えてくれたのは香純で――――次に知るのは香純だ。
香純は知るべきだ。
この人生、愛を知らなかったら孤独になってしまう。
だから。



――――――あの時、僕の大切な宝物を。娘を託した。
香純が愛を知りたがるように言葉を残した。
僕は伝えた。
奈子に伝えてやれなかった言葉を。

 『愛してる』

香純の事を支えてくれる人が現れると願って残した。
託したから。
安心して。
僕の可愛い香純、今は辛くとも僕が傍にいたあげるから。
見守っている。
香純が愛する人を見つけ、一緒になるまで。
だから、泣くなよ。
今日も僕を思い出して泣くな。
お願いだから僕のことで苦しめたくないんだ。
伝えられないこの想いと彼女に触れられない痛み。



 刺されてあの言葉を彼女に伝えた後、僕の身体はつま先から冷えてきていた。
この時、もう終わりが近いんだと悟った。
もうすぐ、迎えに来る死のこと。
“愛”はなんだ、と僕に何度も何度も問い詰める愛おしい少女。
「大丈夫だから香純――――……きっとしれ……る」
意識が遠くなり言葉もまともに発せなくなっていた。
彼女の美しい顔をジッと見つめる。
涙なんか流さないで微笑んで。
君の笑顔はとても可愛らしい。
誰よりも。
倒れた僕を涙でぐちゃぐちゃになった顔を見せながら抱き締める。
優しく儚げな生温かい腕の中。
僕の身体は静かに永遠の眠りについた――――――。