コメディ・ライト小説(新)

Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.20 )
日時: 2020/06/27 14:03
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

16. 暗闇の牽制

 香純と別れて俺はとぼとぼ、と歩き出す。
もう暗くなった空を見上げ息を吐く。
「………あーもう」
どうして香純の前で涙を流してしまったんだろう、と今更ながら後悔をする。
 俺が婚約者、の事を聞いた途端、香純の顔は強張った。
苦しかったんだと俺は思った。
息苦しい誰かに一日中見られているような厳重な警備に勝手に決められた数々の事。
無理矢理に連れていかれたあの強引さと傲慢さ。
少しいるだけでも全て判った。 
 でも、そんな辛い中にいたはずの香純が泣いている俺の事を慰めてくれた。
安心した、あんなにも抱き締められると安心するものなのか。
「……人間の心理ってものは解らないなぁ」
さっきの事を想いだす吐息が止まり、脈打つ。
 その時―――――後ろから気配を感じた。
(つけられてる……)
恐る恐る振り返ってみる、俺の後ろをつけていたのは。


 「藤岡晴陽、成績優秀の頼まれたことを断れない性格の生徒委員で世話焼き、その為教師や生徒からも信頼を得ている。“僕”の香純と同じクラスで普段は唐沢優利を交えての三人グループで行動」


手に持った資料のような分厚い紙を大声で読み合げ、穏やかに微笑む。
虫をも殺さない微笑なのにも関わらず、背筋が凍る。
「こんばんわ、お昼ぶりだね。小田切 香純の婚約者の七々扇 咲弥です、藤岡晴陽君」
丁寧に会釈し顔を上げた彼はつかつかと歩み寄ってくる。
ただ寄らぬ雰囲気に俺は思わず、後退りをする。
 そんな俺の手を掴んで首を傾げ妖艶な桃色の唇を吊り上げる。
「どうしたのかな、生まれたての小鹿のような顔になっちゃって」
くすくす、と笑う彼の瞳の奥は嫉妬心の炎で燃えて見えた。指先が震え、頬にひんやりとした汗が涙のように伝う。
 言葉を発しようとしてもその得体のしれない恐怖で声が出ない。
口をパクパクさせる俺に構わず言葉を紡ぐ。
 「香純に近づくのはやめてくれないかな、僕の香純なんだ。ド庶民君」
穏やかな表情とは裏腹に声は冷めきっていて低く、見下すような言葉だった。
身分が違う、そういうニュアンスを込められた“ド庶民”。
ゾッとする。
香純に近づく俺を何としても排除しようとするこの独占欲に。
 「か、すみ………は……知って……いるの……かよ」
途切れ途切れになってしまったが俺は瞳を鋭くさせる。恐怖の泥沼にはまっていることをこれ以上勘づかれて馬鹿にされたくない。
幼馴染という腐れ縁で面倒臭いと思っていたが、恭吾さんがいなくなってしまったと知ったあの日、俺が見守っていくと誓った。
排除はされたくない。
「ただの同情と庇護欲だけで香純を惑わすのはどうかと思うよ、香純だって知ったら悲しくなる、だから、その前に僕が――――」
 その言葉に俺の中で何かが千切れるような音がした。“今”は同情なんかじゃない、恭吾さんがいても香純を見守りたいって思うようになった。
嬉しくなった、だんだん優しく表情を取り戻していく香純に。
「それはお前の考えを押し付けてるだけだろ、香純が言ったのかよ、『悲しいって』俺がいて!!!」
そう言うと咲弥は高笑いをした。
 「それは、君だって同じだろう、香純を出して自分が香純に必要だと僕に言ってきている。それは、香純が言ったのか『お前がいて良い』って」
咲弥の言葉に俺の胸はどくんっと脈を打つ。
香純の時とは違う鈍器で殴られたような痛みが生じた。
(確かに香純は俺に言ったか……俺は……今まで……)
手のひらの大切なものが零れ落ちるような喪失感が心を覆った。
駄目だ。
これを落としてしまったら、俺は。
 「君と僕は一緒さ、香純を僕にとられたくないと考えている。考えを僕と同じく押し付けて来た」
ぐうの音も出ない、反論も出来ない。
(俺はコイツと同じ、考えを押し付けて有利に立とうとした)
絶望、苦しみ、哀しみ。
色んな負の感情が入り混じる。
 「僕はね、堕ちるところまで堕ちたんだよ……いつか君も僕と同じになる」 
言い放った咲弥は静かに微笑み、ゆっくりと歩いていく。
誇らしげに、まんまと手のひらで踊らされたんだ。
自分と俺が同じだという為に、確認するために。
唇を強く強く、血が出るくらい噛み締める。
 「うあぁあああああ……ッッ」
苦しみに悶える俺は呻いた。
俺は香純を助けるどころか咲弥と同じく苦しめる存在になることを否定したくて。
でも、否定する人間は此処にはいない。
俺一人。
 歯車が狂っていく、カチリとカチリと、心が暗闇の中に取り残され、迷子になっていく――――――――。
誰だって間違え続け、苦しみ続ける。
誰も傷付かない世界なんてない、誰かが幸せな分、誰かが苦しみ、傷付く。
俺も唐沢も香純も咲弥も真壁さんも、皆。