コメディ・ライト小説(新)

Re: 青春という“愛”を知らない人形少女 【コメント募集】 ( No.7 )
日時: 2020/05/03 15:15
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: FCVTIPcN)

03.理由

彼女は涙をポロポロと零す。
「香純…お前、本当にどうした?」
問いかけると、香純は桜色に染まった頬に伝う涙を拭う。
「―――…ッ」
俯いて答えようとはしなかった。
「恭吾さんは、ど、どこだ…!」
幼い頃は遊びに来た俺に紅茶とクッキーを出してくれた。
そんな遊びに来た相手に尽くす恭吾さんが香純一人にする訳がなかった。
急いで香純を退けて家の中に入ると白い箱に黒い額縁に飾られた穏やかに微笑んでいる懐かしい恭吾さんの写真。
電気も点けてない真っ暗な部屋、香ばしいお菓子の匂いもケーキを作っている恭吾さんの姿も見当たらないキッチン。
脱ぎ捨てられた黒い洋服―――…。

(これじゃ、まるで……)



「まるでッ、恭吾さんが亡くなっているように見えるだろ…!!」



俺の叫び声が部屋の中をただ無情に響き渡る。
後方を振り返ると、涙を何も言わずポロポロと零す香純。
(…本当に?質の悪い悪戯じゃなくて…!?)
「どうなんだよ、恭吾さんはど、どこに…!!」
揺さぶっても何も答えない。
「聞いて、、晴陽……きょッ、、恭吾さんは私に愛し、、てるって“愛してる”って言ったの…ッ」
香純は頭を苦しそうに抱えて重々しく口を開いた。
(―――……愛してる)
「…で、も私、、全、然解らなくて、、“愛”を私は、、知りたいの…!!」
涙声でカタカタと震える彼女を俺はただ見つめるしか出来なかった。

多分、世の中の誰もが香純の事をこう言うだろう。

『可哀想な女の子、親と離れて暮らしていて愛も知れなかったなんて』

―――…でも、恭吾さんはそんなこと絶対に言わない。

むしろ、喜ぶんだ。


『…香純。これから、知ることが一つ増えたんだから良かったね』


って言うに違いない。
(そうだ……恭吾さんは知っていた。コイツが愛も知らずにただ人形のように生きていたのを誰よりも近くで見ていたから)
だから、言ったんだ。
ちゃんと、“愛してる”って知って欲しかったんだ。
(恭吾さんの想い、ちゃんと判りました―――――俺が責任を思って見守ります)


「香純、知れるさ。大丈夫、これから先―――香純は沢山の愛を貰って沢山の人を愛する事が出来るようになるから」


そう言って俺は柔らかく今にも壊れてしまいそうな儚げな、か細い香純の身体を引き寄せ、抱き締めた。
香純はただ、蹲って涙を流す。
――…俺は思う。
もう香純は愛を知って愛する事を自然にしているって。

あの人形のような彼女が誰かを想い、涙を流し誰かの為に、誰かの言葉を知りたいと言う彼女の言葉はもう、“愛”なんじゃないかって…。

「(いや…それは――…)」

感情を知りたがる香純は誰よりも綺麗で優しく、純粋な涙を流していた。

…それは、紛れもない“愛”だというだろう。