コメディ・ライト小説(新)
- Re: 藍色のrequiem ( No.13 )
- 日時: 2020/06/05 13:43
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
3.薄紅色のfavor
3-1
祖母が亡くなり、伯母夫婦との生活にも慣れて、僕は高校3年生になった。前年の時点で文理選択は決まっていて、僕は理系クラスにいた。そして文理関係なく、高2と高3でクラスの顔ぶれは変わらない。担任も変わらない。
だから進級したとは言え、ただ教室の場所が変わっただけだ。そう思っていた。…担任が入ってくるまでは。
「実は今日、転校生の方が来ています」
一瞬、何も変わらないこのクラスに新たなメンバーが増えることに、クラスが色めきだった。しかしすぐに、え、この時期に転校生?あと1年しかないのに?などと、多くの疑問の声が飛び交った。
僕の学校は私立の中高一貫校で、大学の付属校でもある。高校3年間の中で出席や素行などの要件を満たせば、そのまま大学に推薦合格できる。成績が良ければ、学部は選び放題だ。この合否は高3の1学期までの成績で決まる。そして恐らくこの転校生は、超特例でもない限りは要件を満たせず、推薦試験の受験すらできないと思う。
この学校は雛さんが情報を集めて勧めた学校だった。学費は結構高い。たった1年、大学に上がれる保証もないのに、なぜ…。
でもこれは個人の問題だ。少しして、転校生がやってきた。
「初めまして…上島、蘭と言います。短い間ですが、よろしくお願いします」
ペコッとお辞儀をして、僕達を見た。
肩にかかるくらいの髪を下ろしている。流れるように切られた前髪から、控えめな奥二重がこちらを見つめていた。可愛い、ではなくて、綺麗、な印象。
「はい、みんな仲良くしてあげて下さい。席は…」
進級のタイミングでの転校なので、彼女の出席番号はきちんと50音の始めの方にあった。僕達はその時出席番号順に座っていて、先生は本来の場所に机を運び、彼女を座らせようとした。だが。
「せんせーい、俺らはもう2年目だから席替えしたい、出席番号順つまんない」
クラスで中心的存在の男子生徒が声をあげた。確かに2年生のうちに仲良しのグループはほぼ固定化されていて、出席番号順だと各グループが離散していた。
でも、と言いかける先生を、他の女子生徒が遮った。
「蘭ちゃん?も含めてみんなでシャッフルしたら楽しいと思う!」
「上島さん、初っ端から席替えでも大丈夫…?」
彼女はちょっと笑った。緊張が少しほぐれたようだった。
「大丈夫です、確かにみんなは2年目ですもんね」
こうして始業式当日に早速、くじ引きでの席替えが行われることとなった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.14 )
- 日時: 2020/06/14 00:29
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
3-2
くじ引きをしたら、僕は窓から2列目の、真ん中らへんの席になった。前と左隣は、いつもお昼を一緒に食べるメンバーの一員だったので、席替えして良かったと思った。
そして右隣は…蘭だった。彼女はこちらを向いて、軽く会釈した。
「あ…平野響也です、よろしく」
「平野くんね、よろしく」
「響也でいいよ」
「分かった、響也くんね」
「呼び捨てで平気だよ、他の女子にも響也って呼ばれるし」
礼儀正しさが抜けない彼女に笑って言うと、蘭は、なんか付けちゃうじゃん、くんとかちゃんとか!と言った。
「じゃあ…響也、ね、了解了解。では私のことは、蘭、で」
「よろしく、蘭」
うん、と蘭は頷いた。軽やかな髪が優しく揺れた。
これはみんなが驚いたことだけれど、蘭はものすごく優秀だった。小テストは数学も化学も物理も大抵満点近くを取っていた。クラスで1番の秀才と言っても過言ではなかった。陰では、蘭には推薦入学の超特例が適用されるんじゃないか、という噂まで立っていた。
蘭はいつも明るく、お昼ご飯を一緒に食べるメンバーにも全く困っていなかった。蘭の周りには、似たような雰囲気の優しくて少し控えめな女子が集まった。けれど中心的存在の女子ともうまく付き合っていた。男子とも気兼ねなく話していたけれど、人気の男子生徒に媚を売るとかいうことは一切しなかった。だから女子にも受け入れられてたんだと思う。ただ自慢ではないけれど、やっぱり隣の席の僕が蘭と1番よく話す男子だった。僕と蘭は短期間でかなり打ち解けて、宿題を蘭に教えてもらったり、休み時間に一緒にふざけたりするようになっていた。
ただ蘭には、ある程度打ち解けても話そうとしない話題があった。僕は女子グループでの会話をたまたま聞いてしまった。
「ねえ蘭ってどこに住んでるの?」
「んーまぁ、学校まで歩いて通えるとこかな」
「えー近いね!今度蘭のお家行ってみたいなぁ…蘭美人だから、お母さんも綺麗なんだろうなぁとか想像しちゃう!」
「えー!それは聞いてみないと…てか、みんなは?学校までどれくらいかかるのー?」
いつも質問にはきちんと答える子だから、こうやって濁して他人に話題を振るのは蘭らしくない気がした。
考えてみれば、蘭という人の背景についてはよく分からない。どこからやってきたのか?なぜここにやってきたのか?どこに住んでいるのか?家族は?進路は?
考え出すと思った以上に不明なことが多くて気になりだしてしまったけれど、何となく聞くのは今じゃない気がした。下手に聞いたら、口をきいてくれなくなるんじゃないか、とも思った。だから僕からこれらについて尋ねることはなかった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.15 )
- 日時: 2020/06/17 16:23
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
3-3
僕が雛さんと50回目に会った6月の終わり頃、蘭が僕に尋ねてきた。
「今日、暇?」
期末試験は近づいていたけれど、放課後の予定を聞かれるのは初めてだった。僕はこくりと頷いた。
終礼が終わると僕の友人達は部活に行った。試験前最後の部活動の日だった。蘭は僕に手短に伝えた。
「ついてきて」
校門を出て、駅とは反対の方向へ歩いていく。道順はくねくねしていて、もう自力で学校まで戻れる自信はなかった。10分くらい黙ってついて行ったけれど、僕はついに痺れを切らした。
「蘭、どこ行くの?」
「あと10分くらいで着くからっ」
じわりと汗ばむ制服を疎ましく感じながら、また黙ってついて行った。しばらくして、結構大きめの住宅が姿を現した。蘭はその住宅の門の前で歩みを止めた。門は小さめだった。蘭は額の汗を白い腕で拭って、こちらを振り向いた。
「着いたよ!結構歩かせちゃったね、ごめん」
「それはいいんだけど…ここは?」
「私の帰る場所」
門の隣には”木漏れ日の里”と書いてあった。門の近くには守衛らしき人がいて、蘭ちゃんお帰り!と言って門を開けた。
「蘭ちゃん、学校の友達?」
「そう!一緒に入れてもらえますか?」
「もちろん。どうぞ」
僕も迎え入れられる。目の前にはちょっとした庭が広がっていて、蘭はそこのベンチに腰掛けた。隣のスペースをぽんぽんと叩き、僕を呼んだ。
「蘭、ここって…」
「行き場のない、18歳までの子ども達が暮らす場所。要するに施設だね」
だから彼女は、家や生活については曖昧に濁していたんだ。理由がやっと分かった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.16 )
- 日時: 2020/06/24 14:49
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
3-4
「どうしたの、黙り込んじゃって」
ベンチに座って固まっている僕の顔を覗き込むようにして、蘭が声をかけた。その距離は、教室の時よりも近かった。
「いや…」
「私ね、身寄りの人がいなくて。だからこの前から、ここにお世話になってるの」
「この前?」
「今年の2月くらいの話」
「じゃあ、それまでは…?」
蘭はちょっと困ったような顔をした。聞いてはいけなかったのかもしれないけれど、ここまで聞いたら気になってしまった。
「私ね、記憶がないの。ここにお世話になるまでの記憶が、なーんにも」
「生まれてからの記憶が、何も…?」
「そう。17年生きてるはずなんだけどね。どう頑張っても思い出せないの」
「でも、なんで…」
「なんで響也に話したか、でしょ?...うーん、何か響也には話しておきたかった。たくさん疑問はあるかもしれないけど、それも含めて分かってくれそうな気がして。私のことを知ってくれる人が、欲しかった。…今日のことは誰にも言わないでほしい。いいかな…?」
施設暮らしの子が何で私立の高校に?記憶がないのに何で勉強ができるの?
聞きたいことはたくさんあった。でも今は、蘭が自らその一部を話してくれたことだけで満足していた。
「分かった。約束するよ」
ありがとう、と言うと、蘭は立ち上がって大きな声で、ただいま!と言った。
するとたくさんの子ども達が僕達の元へ駆け寄ってきた。
- Re: 藍色のrequiem ( No.17 )
- 日時: 2020/06/28 13:40
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
3-5
「らんねえ!おかえり!このひとはー?」
「らんねえの友達!今日は特別に遊びに来てくれたんだよ」
「わーいおにいちゃんだ!あそぼあそぼ」
僕の膝くらいしか背丈のない子ども達に案外強い力で引っ張られ、思わず笑みがこぼれた。ちらっと蘭を見ると、学校の時以上に明るく、愛情溢れる笑顔で子ども達に応えていた。再び額に滲んだ汗が、太陽の光を受けて輝いていた。奥二重の瞳が優しく細められた。
小一時間ほど遊んで、施設の方に冷たい麦茶をいただき、僕はお暇することにした。既に部屋に荷物を置いて身軽になった蘭がやってきた。
「駅までの道、分かる?電車だよね?」
蘭が僕の鞄についている定期入れを指差した。
「ううん、すごいくねくねしてたから分からない…」
「だと思った!駅まで送るね」
駅までの道中は、施設で遊んだ子ども達について話した。施設に来てまだ半年も経っていないのに蘭はすっかり溶け込んでいて、子ども達のことをよく把握していた。汗ばむ陽気も黄昏の時間を迎えて、優しい日差しに変わっていた。駅までの道は、とても短く感じられた。
「じゃあ…今日はありがとね。良かったら、また遊びに来て。あの子達、響也のことすごい気に入ってたから」
「こちらこそありがと。すごい楽しかったから、また是非」
僕だけが、蘭の新たな一面を知ることができた。そのことに想像以上の嬉しさと優越感を抱いていた。”秘密”の共有にこんなにドキドキしたことは、今までなかったような気がした。
それから、蘭のことをよく考えるようになった。毎日学校で会えるのに、会えない時間が長く感じた。学校で見る時から綺麗だと感じていたけれど、”木漏れ日の里”で見た彼女は、さらに美しく感じられた。容姿、感性、生き様。もっと彼女のことを知りたいと思い始めていた。
これが好意を抱くということなんだ、と自覚したのは、もう少し後の話だ。