コメディ・ライト小説(新)
- Re: 藍色のrequiem ( No.19 )
- 日時: 2020/07/06 00:48
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
4.紫紺のpuzzlement
4-1
1学期の期末試験は、みんな必死だった。この試験が、推薦試験に成績の一部として反映される最後の試験だったからだ。
僕は割と人気のある先進理工学部を志望していた。蘭は僕の志望学部を聞くと、人気なんでしょ?頑張って!と言って、僕の苦手分野の勉強をサポートしてくれた。そのおかげで、全体的に点数が良くなった。…蘭には及ばなかったけれど。
試験後の登校日の帰り、蘭に「今日、暇?」と聞かれた。僕は頷いて”木漏れ日の里”に向かった。
とても暑かったので、冷房の効いた室内のソファに座った。僕は恐る恐る、蘭に進路のことを聞いてみた。
「蘭は、高校卒業したら、どうするの?」
「んー。とりあえず働くつもり」
「そうなの?」
「うん。だってここの方に拾ってもらわなかったら、今頃私どうしてたか分からないもん。だから卒業したら働いて、少しでもここの方々に恩返し、したいんだ」
「すごく優秀だから、大学に行く価値があるのに」
「優秀ではなくて、ちょっと得意なだけだよ?それに今から受験とか、あまり考えたくないし…。私も響也と同じような分野に興味があるから、響也が合格して大学に通ったら色々教えてもらおうかなぁ~」
「僕が教えるの?今まで蘭に教わってた身なのに?」
「私に教わってたからこそ、今度は教えてくれてもよくなーい?」
意地悪そうに笑うけれど、やはりその表情には優しさが残っていた。心のどこかで蘭と共にキャンパスライフを送ることを夢見ていたけれど、やはり現実にすることは難しそうだった。
2人で涼みながらアイスを食べていると、例の子ども達がやってきた。
「このまえのおにいちゃんだ!」
「らんねえがおせわになってますっ」
ちょっと、そんな言葉どこで覚えたの?!と驚く蘭に、えらいでしょ?と子どもがご褒美をねだった。子どもの成長は想像以上に早い。僕達は目を見合わせて笑った。
夏休みに入ってからも、僕は何度か”木漏れ日の里”に足を運んだ。スタッフの方とも顔なじみになってきた。僕は可愛い子ども達と、美しい蘭に会うために通ったのだった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.20 )
- 日時: 2020/07/08 14:50
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
4-2
8月になった。僕は時々”木漏れ日の里”に通いながら、雛さんからの帰国の連絡を待っていた。
ある日、ついに電話が鳴った。桃を切る手を止めて、伯母が受話器を取った。
「もしもし?...あぁ雛!もう8月だよ、いつ帰ってくるの?響也くんが待ってるよ」
相手がアメリカで活躍する妹だと分かり、伯母の言語は少し拙い英語に切り替わった。祖母は英語が流暢だったけれど、伯母は英語が苦手だとよく言っていた。それでも妹に合わせ続けていた。
僕が待ってる、という言い方は少し照れくさかったけど、黙って聞いていた。
「…え?雛そんなこと今までにあった?...うん、分かるけど…。あ、響也くんに代わろうか?うん、うんうん……そっか。じゃあ伝えとくわ。落ち着いたらすぐ連絡ちょうだい!」
電話は短時間で切られた。リビングにいた僕に、伯母は寂しそうに話した。
「雛、今月帰って来れそうにないんだって」
「え?」
今までの50回、1度も会う月がずれたことはなかった。どんなに忙しくても時期は必ず守って、パソコンと10冊くらいの資料と共に帰国したこともあった。仕事があっても僕と会う時間は大切にして、僕が寝ている時や飛行機の中で残った仕事をこなしていたようだった。母親として最低限できることを、必死にしてくれていたのだと思う。それは僕にもちゃんと伝わっていた。
その雛さんが、帰ってこられないなんて。
「何か、ケガとか病気でもした…?」
「ううん。今までで1番、研究が忙しいみたい。帰れるかどうかギリギリまで迷ってたみたいなんだけど、全く手が離せないらしくて、今の電話も何とか時間を見つけてかけてきた、みたいな感じだった」
「そっか…」
「響也くん、ただでさえ雛となかなか会えないのに。私から言っても無駄かもしれないけど、ごめんね」
「いやいや!伯母さんが謝ることじゃないから!...雛さんは大事な研究をしてるはずだから、仕方ないよ」
「でもあの子、母親の死に目にも…」
「それは言わない、って、約束しなかった…?」
「あっ、ごめん…」
「雛さんもおばあちゃんのことは大切に想ってたはずだよ、亡くなったって話したら、すごい泣いてたじゃん」
「そうだね…おばあちゃんも多分、今の雛のことずっと応援してるよね」
「うん。だから、また雛さんと会えるの待ってる」
早く研究ひと段落しないかな、こっち来なさい!って鬼電してやりたいわぁ!と伯母はちょっと大きな声で言った。すごく忙しい人だけど、雛さんは愛されているな、と感じた。
- Re: 藍色のrequiem ( No.21 )
- 日時: 2020/07/10 13:14
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
4-3
9月に入り、2学期になった。推薦試験の出願資格を満たすかどうかの発表が始業式になされた。僕は無事に出願できることになった。蘭には資格は与えられなかった。蘭は変わらず友人と仲良くしていたけれど、蘭が答えようとしないので、みんな彼女の進路について尋ねようとはしなくなった。
みんなの出願も終わり、あとは結果を待つだけになった頃のことだった。
いつも通り挨拶をして、朝のチャイムが鳴って、朝礼が始まろうとしていた。週番の起立、の声に合わせて全員が立つ。
…と、視界の右で何かが動いた。
僕は咄嗟に右後ろに歩み出て、倒れてくるものを支えた。蘭だった。数名の女子が、ひゃあ、っと小さく叫んだ。
「蘭?」
応答がなかったので、支えながら軽く肩を叩いた。
「らーん、どうした?蘭?」
やっと徐々に目が開き始めた。目を開ききると、すぐにハッとした顔つきになった。
「ご、ごめん響也…!」
「上島さん、大丈夫?貧血かな?」
「あぁ先生…すみません。お水、飲んでもいいですか?」
「うん。ゆっくり座って、飲んで。平野くん、ありがとうね」
朝礼はすぐに終わったけれど、僕は隣で水を飲む蘭がとても心配だった。
「蘭、朝ごはん食べた?」
「あー…今日は寝坊したから、サラダだけだ…」
「ん」
僕はお弁当袋の中からおにぎりを1つ差し出した。小さく切った生姜焼きが中に入っている。僕のお気に入りで久々に伯母が作ってくれたけど、今日は蘭に渡すべきだと思った。
「え…?」
「休み時間、あと少ししかないよ。今のうちにしっかり食べときな」
「響也、いいの?」
「んー正直言うとめちゃめちゃ大好きな具だから良くないけど、また蘭が倒れる方が良くない」
そんな大好物くれるの?!と蘭は吹き出した。随分と血色が戻り、笑顔が見られて良かった。半分あげようか?と言う蘭に、早く全部食べなって!と促した。あいがと、ともぐもぐしながら僕に伝えるその姿は、施設で暮らす小さな子ども達のようで可愛らしかった。
「響也くん、今日のおにぎり、リクエストに応えたよ!どうだった?」
帰宅すると、エプロンで手を拭きながら伯母が玄関までやって来た。僕は食べられなかったけれど、蘭のあの笑顔を見られた。きっといつも以上に美味しかったのだろう。
「すんごい美味しかった!また明日も食べたいくらい」
えー、明日も?!本当好きだなぁ生姜焼きおにぎり!と伯母は笑っていた。
翌日、僕は今度こそ大好きなおにぎりを食べられたのだった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.22 )
- 日時: 2020/07/13 15:04
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
4-4
顔が驚くくらい白くなって倒れたのは、あの時が最初で最後だったけれど、蘭は体調の優れない日が多くなっていった。表情に僅かに翳りが差したり、体育の時に顔つきが歪んだりすることが増えた。些細な変化ではあったけれど、僕には分かった。分かってしまった。
だから僕はある日、「今日、暇?」と蘭に尋ねたのだった。
僕達は屋上に着いた。僕の制服を着心地悪いものにしていた湿っぽい風は、いつの間にか秋らしい風に変わっていた。屋上には僕達しかいなかった。
「蘭。最近、どうした?」
「ん、どうしたって、何が?」
「最近ちょっと変だよ?…体調、あまり良くないんだろ?」
「それは、まあ寝坊が増えたというか…」
蘭は僕より少し早めに学校に着いていることが多かった。見え透いた嘘だった。
「なんで嘘つくの?」
すぐにバレたことが分かったみたいで、蘭は途端に慌てた。
「う、嘘じゃないって」
「嘘だよ。何でそんな分かりきった嘘つくんだよ…何隠してんの?」
「何も隠してないって!ねえ、響也こそ変だよ?急に何なの…?」
頑なに嘘をつく蘭に苛々した。というか、なぜこのタイミングで蘭が嘘をつくのか本当に分からなくて、相当困惑していた。
「本当に隠してないって言えんの?...じゃあ、何で記憶がないの?何であの施設にいるの?どこから来たの?何でここに通ってるの?本当は卒業したらどうするの?何であんなに勉強できるの?家族はどうしているの?全部分かんないんだよ、蘭のこと、本当に少ししか知らないんだよ、こんなに分からないことがあるのに、隠してないなんて言えるのかよ。こっちは心配してるのに、話してもくれない」
「隠したいわけじゃなく、って…本当にっ、分かんなくてっ…!」
蘭の目が潤み始めた。
本当は、大事なサインだったのに。きっと僕にしか、見せない涙のはずだったのに。
「泣けば嘘ついたのも許されると思ってる?もうそんな子どもじゃないだろ。施設の中でも蘭は大人だろ?甘ったれるなよ」
「ううっ…んっ…」
蘭の嗚咽が止まないことに、もっと苛々した。
ずっと気にしているのに。心配しすぎて、心が悲鳴を上げそうなのに。ずっと想っているのに。
何で素直にSOSを出してくれないんだろう。原因が分かれば、対処できるじゃないか。施設に連れて行ってくれたのは、僕を信頼してくれたからでしょう?2人の秘密、きちんと守っているのに。なぜ、これ以上大切なことは何も教えてくれないんだよ。
「話したくないならいいよ。1人で泣いてろよ。隠す人間は信用できない」
僕はそう捨て台詞を言い放って、屋上を後にしてしまった。
家に帰ってからすごくすごく後悔したけれど、もうどうすることもできなかった。