コメディ・ライト小説(新)
- Re: 藍色のrequiem ( No.24 )
- 日時: 2020/07/25 17:34
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
5.灰色のtruth
5-1
2学期の始め、蘭が倒れた後に再び席替えをしたので、蘭と僕の席は少し離れた。それでもしばらくの間は蘭と話していたのに、あの一件以来、お互いに何となく距離を取るようになっていた。あれから1週間くらいが経っていた。友達は僕を心配するようになった。
「なあ響也、蘭と何かあった?最近全然話してないじゃん」
「あーうん…まあ、ね」
「響也達、付き合ってんのか?!ってくらいにあんなに毎日喋ってたのに、急に2人とも距離置いちゃって。喧嘩でもした?仲直りしなくていいの?」
「良ければ俺達がお手伝いしましょうか?鉄は熱いうちに打て、だよ。俺達が恋のキューピッドになってやるぞ~」
友達はみんな優しい。今も思いやってくれている。
でも、この気遣いがその時の僕にはとても苦しかった。
「いいって、自分なりに色々考えてるから。ありがたいけど、今は遠慮しとくよ」
「そっか…また蘭と仲良くできればいいなぁ」
「あんだけ仲良かったんだから、仲直りできるならしといた方がいいぞ。響也と蘭、お似合いだもんな~」
「な!蘭美人だし、密かに狙ってる奴もいるみたいだけど、お似合いだから、俺達誰も響也のこと邪魔してないんだぞ」
…そんな風に思われていたとは。
蘭とお似合い、と言われて、嬉しくなかったわけがない。でもどうしたらいいのか分からなかった。
きっとずっと信頼してくれていた。なのに、心ない言葉で蘭を傷つけてしまった。良い関係を築くのには時間がかかるのに、関係にヒビを入れることは一瞬でできてしまう。蘭が負ったであろう傷を、癒すことは僕にできるのか。全く自信がなかったし、僕にその権利があるとも思えなかった。
その後もさらに1週間くらい、悩んで悩んで悩み続けて、伯母に「やだ響也くん、痩せた?!」と言われるくらいになっていた。食べる量は変わっていなかったけれど、エネルギーとして蓄える能力が落ちていたのかもしれない。
でも、そんな時だった。
消え入りそうな声で、「今日、暇…?」と教室で聞かれたのは。
- Re: 藍色のrequiem ( No.25 )
- 日時: 2020/07/31 17:58
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
5-2
終礼を終えて帰ろうとしたら、彼女が僕の元へと小走りでやってきた。僕の友達は驚いた顔をして、静かに去っていった。残された僕は突然のことにびっくりして、何の反応もできなかった。
「今日、暇…?」
僕は黙って頷いた。彼女から行動を起こしてくれたことに、救われたような思いがしていた。
「…ついていくよ」
途中までは”木漏れ日の里”に行く道順だったのに、あとちょっと、という所で蘭は違う道を選んだ。あれ?と思ったけれど、そのままついていった。
蘭が立ち止まった。こじんまりとした、ブランコと砂場とベンチがあるだけの公園にたどり着いていた。
蘭はまた歩き出して、ブランコに座った。僕ももう1つのブランコに腰掛けた。
「…ここなら、滅多に人は来ないから」
「うん…あの「あのっ」」
声が重なったので、順番を譲った。蘭はブランコから勢い良く立ち上がった。
「あのっ、この前はごめんなさいっ」
立ち上がった勢いそのまま、頭を下げた。
「響也の言う通りなの…本当に分からない所もあるんだけど、隠してた所もある。でもあの時は、どうしても言えなくて…でも、確かにあの場面で嘘つかれたり隠し事されたりしたら、誰でも怒るよね。心配してわざわざ声かけたのに、あんな態度取られたら。私、響也の優しさにすごい甘えてたんだと思う…。あの後、すっっっっごい後悔して。泣けば許されるわけじゃないのに、意味もなく泣いて引き止めようとして。ただの友達なのに、重すぎたよね、友達以上のことを態度で要求してた。ごめんなさい。まだ、怒ってるかもしれないけど、とにかくごめんなさいって気持ちだけは伝えなくちゃって思ってて、でも悩んでるうちにこんなに時間が経っちゃって…手遅れ、かもしれないけど……」
「…ありがとう、蘭」
「え?」
僕もブランコから勢い良く立ち上がって、勢い良く頭を下げた。
「というか、ごめんなさいっ!蘭のこと、すごい傷つけたよね。それこそただの友達なのに知ったような口利いてさ。言いたくても言えないことって誰にでもあるよな、なのに…。ちゃんと謝りたかったんだけど、勇気がなかった。だから今日蘭が呼び出してくれて、謝る機会をくれて、嬉しかった、ありがとう」
頭を上げると、蘭は僅かに微笑んでいた。良かった、と何度も言っていた。僕もつられて少し笑った。こんな僕でも許してくれた蘭は、本当に優しい。こんな時なのに、好きになって良かった、と思った。
蘭は再びブランコに座った。僕も彼女に倣った。
「あの、さ。この前言えなかったこと、話してもいい…?」
- Re: 藍色のrequiem ( No.26 )
- 日時: 2020/08/06 19:37
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
5-3
さっきまで震えて消え入りそうだった蘭の声音は、今までのものに戻りつつあった。
「話したくなった時でいいよ、無理しなくていいから」
「今、話したいの。だから呼んだの。…これからの話、信じてくれるかどうかは分からないけど…」
蘭の目つきは、数段真剣なものになっていた。僕はこくりと頷いて、先を促した。互いに認めて、傷つけて、謝って。一連の経験をしたから、どんなことでも受け入れる心の準備はできていた。
「えっと、ね。私が最近体調悪かったのは事実。原因も、実はちゃんと理解してた」
えっ、と僕が言うと、蘭は「ちょっと重度の貧血かな」と言った。
「実は私、2学期の始めに倒れる前から、定期的に病院に通ってるの。今までは週に1回、学校終わりに」
「…もともとどこか悪いの?」
「ううん。ただの検査、というか、採血」
ふう、と息を吐くと、蘭は堰を切ったように話し始めた。
「順を追って話すね。まず、私はこの公園で施設の人に保護されたの。雪が降ってた深夜、施設の人が逃げ出した子どもを追いかけていた途中で私を見つけたんだって。気を失って倒れてた私の隣には大きなアタッシェケースがあって、ケースと私は一緒に施設に保護されたの。私の記憶は、その公園から突如始まってて、自分の名前も分からなかった。施設の人がケースを開けると、そこには私が着られそうな洋服が数着と、大金と、保険証と、メッセージが入ってて。メッセージには、私の名前は上島蘭だってこと、このメッセージを書いて大金を置いていった人間を決して特定しないでほしいこと、とりあえずは学校に行かせたいから、近くの高校に通わせてほしいこと、学費はケースのお金から支払ってほしいということ、そして、週1回、ケースに入った保険証を持って、指定された病院に1人で通わせてほしいこと、が書いてあったの。私の栄養状態はそう悪くなかったみたいで、とにかくこの施設ですぐに預かってくれることになった。施設の1番近くにあったのが今の高校で、施設長と高校の理事長は昔馴染みなんだって。だから1年間だけでも入れてくれることになって。で、編入した時から、メッセージに従って通院してるの」
「その病院で、採血を受けている、と?」
「そう。初めてその病院に行った時、保険証を見せたら別室に連れて行かれて。色んな機材が入った部屋なの。そこで30分くらいかけて採血するんだ」
「え、そんなに時間かかるっけ?採血って、どんな風に…?」
「それがね、私もよく分からないの。採血の準備を始める時から、目隠しをしなきゃいけなくて。あんまり痛くないから怖くはないんだけど、どれくらいの量なのかはよく分からない。それが7月くらいまで続いてたんだけど、8月くらいに突然、週2回来てください、って言われるようになって。夏休み中は施設でゆっくりできたから、週2回でもあまり問題なかった。でも学校が始まって早起きしなきゃいけなくなってから、週2回の採血は辛くなって…。病院の先生に言ったの、貧血気味で辛いし、既に1度教室で倒れかけたんですって…響也が助けてくれた時のことね。でも、私の意見は聞いてもらえなかった。どうしても必要だから、週2回来てくれって。それから、採血をしていることは施設の人も含めて誰にも話しちゃいけないって。昨日まではその言いつけを守ってた。でもやっぱり変だよね…毎日思ったよりキツいし、何より目的を教えてくれない中で、誰にも話しちゃいけないって…私、もう耐えられなくてっ…!」
目的の分からない採血を、週に2回。しかもそれはメッセージを書いた謎の人物によって指示されたこと。
記憶のない蘭が混乱するのも無理のない話だった。僕でさえ、混乱するだろうことは容易に想像できたからだ。
- Re: 藍色のrequiem ( No.27 )
- 日時: 2020/08/17 16:50
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
5-4
蘭の目には大粒の涙が溜まっていた。もうこれが、ただ人を惑わすための涙じゃないことは分かっていた。ブランコの手すりを掴む手も、小刻みに震えていた。
僕は立ち上がって、蘭の前に移動した。見上げる蘭の目から、ついに涙が零れ落ちた。僕は静かに、手すりを掴む蘭の手に触れた。
「蘭。おいで」
蘭は立ち上がって、そのまま僕に身を委ねた。彼女から溢れる涙を吸収して、胸元が少し冷たくなった。蘭の手が僕の肩を掴んだ。僕は彼女を軽く抱き締め、頭を撫でた。
「よく話してくれたね。信頼してくれたんだな…ありがとう、蘭」
蘭が抱え込んでいた事態は想像を遥かに超えて複雑で、到底僕が今すぐどうこうできるものではなかった。17歳の僕には受け止めて、受け入れるだけで精一杯だったけれど、多分蘭はそれを1番強く求めていたんだろうな、と思った。
しばらく泣いて、僕の胸元で何かを囁く声が聞こえた。
「…き」
「ん?」
「…す、き…です、」
「…え、何が?」
「…響也が好きだった、前から。だから施設に来てもらったの」
「ら、蘭?」
「だから喧嘩というか言い合いになっちゃった時、もう本当に本当に後悔して。でも今日謝れて、響也が怒ってなかったことも分かって。だから、気持ちを今伝えなきゃダメだって、思ったの。それから…隠しちゃってたことも、全部」
僕は何で、大切なことをいつも蘭に言わせてしまうんだろう、と思った。自分の勇気がないばかりに、蘭に何でも行動させてしまっていた。気持ちを伝えるなんて、すごく緊張して大変なことなのに。そんなことまで、蘭に…。
僕は何度か女子に告白されたことがあったけれど、自ら告白したことはなかった。好きかどうかよく分からないまま付き合って、結局長続きすることはなかった。
初めて蘭のことは好きだと思えたのに、伝えられずにいた自分が何とも情けなく感じた。
僕は蘭との距離を少し開けて、真っ直ぐに彼女の目を見た。蘭はもう泣き止んでいて、目が少し赤く腫れていた。
「僕も蘭のこと好きだった、前から。今も。…付き合って、くれませんか」
蘭は、えっ、と驚いたけれど、すぐに、はい、と言ってくれた。両想いがこんなに愛おしいものだと気付いたのは初めてだった。
僕は再び蘭を抱き寄せた。首元にある彼女の額に、そっと唇で触れた。
蘭は照れたのか、強く抱きついてきた。
「ねえ、蘭。これからは一緒に解決していこう。何で蘭が採血しなきゃいけないのかとか、色々。何が真実なのか、一緒に探そう」
「うん…ありがとう、響也」
まだ若いなりに、重大な決心をしたつもりでいた。
僕達なら、この試練にも絶対立ち向かって全てを解き明かして、ちゃんと幸せになれるんだって、信じていたんだ。