コメディ・ライト小説(新)
- Re: 藍色のrequiem ( No.29 )
- 日時: 2020/09/03 21:37
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
6.群青色のproof
6-1
解決の糸口を探るなんて言ってみたけれど、やはりそれは至難の業だった。蘭の採血の話は絶対口外してはならないことで、だからこそ下手に病院に近づくこともできなかった。
でも蘭と両想いになれたことは本当に嬉しくて、学校では今まで通り再び話すようになった。友達には僕達が仲直りしたこと、そして付き合ったことはすぐにバレてしまった。彼らは僕を冷やかしつつも、祝福してくれた。
「やっとお似合いカップルが出来たよ~、ほんとここに至るまでどんだけかかったんだよ~」
「蘭も響也に照れてるの分かるし…くーっ、たまんねぇわ!」
クラスメイトに受け入れられたことはすごく嬉しかった。堂々といちゃつく、とかはさすがにしなかったけれど、変によそよそしくするようなことはせずに済んだ。
“木漏れ日の里”の人にも僕達の関係は伝わって、公認カップルのような形になった。僕達は放課後や週末にデートもして、今まで以上に充実した日々を送っていた。
もう季節は10月に入っていた。学校から帰って家にいると、電話が鳴った。伯母が忙しそうだったので、僕が出た。
「もしもし?」
『あ、響也?私。雛よ!ごめんね、8月に会う約束を果たせなくて』
ずっと待っていた。雛さんの流暢な英語を久々に聴くことができた。
「雛さん…。それは気にしなくて大丈夫。すごく忙しかったんだよね?研究はひと段落ついたの?」
『うーん、正確に言うとひと段落つける状況ではまだないんだけど、今月、日本の出張が決まったの。だから今度こそ、響也に会いに行くね!』
「忙しいなら、無理しなくても…」
『いいのよ!日本にせっかく帰れるなら、響也に会わない選択肢はないでしょう?絶対行くからね!お土産何がいい?』
その後、出張の日程などを聞き、電話を切った。炒め物の匂いにつられてキッチンを覗くと、伯母が尋ねてきた。
「響也くん、今の電話、もしかして雛?」
「うん。今月、出張で帰ってくるんだって。その時に寄るって電話が来た」
「本当に?!やっとだよ~もう!首長くして待ちすぎて、首取れるとこだったわ!!よーし、帰って来たらたくさん雛と飲んでいっぱい話すぞ~!響也くんも、一緒に宴会しようね!何ならちょっぴり飲んじゃえば?」
いや、さすがにそれはやめとくって!と僕が言うと、伯母は笑った。伯母は既に気合が入っていて、雛さんの好きなコロッケの材料を早速メモし始めた。
そう言えば雛さんは、医療関係の研究も行っていた。”平野雛 論文”と検索すれば、たくさんの論文やニュース、専門誌のインタビューが出てくる。全然研究内容を教えてくれない雛さんだけれど、僕がインターネットを使えるようになれば、大まかな内容を知るのは簡単なことだった。…蘭のことについて、何か手がかりは得られないだろうか?
雛さんと会えたら、必ず聞いてみようと思った。
- Re: 藍色のrequiem ( No.30 )
- 日時: 2020/09/10 14:40
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
6-2
雛さんが家に来た時にはもう、僕の先進理工学部の合格が決まっていた。
蘭は自分のことのように喜んでくれた。僕も、蘭が満面の笑みで喜ぶ顔を見られたことが1番嬉しかった。
「響也!帰るの遅れてごめんね本当に!それよりとにかく、合格おめでとうーーっ!!」
玄関先でcongrats!!と雛さんは何度も叫んだ。雛さんはやはりアメリカンスタイルが骨の髄まで染み込んでいるようで、僕を思いっきり抱きしめた。僕の鎖骨あたりに雛さんの顔が埋まるのを見て、いつの間にか僕は雛さんの背丈を越えていたんだ、ということに今更気が付いた。
「ありがとう、雛さん」
「もーう雛、待ちくたびれたよ!雛の好きなコロッケ作ったから、一緒に食べよう!」
伯母の嬉しそうな声が聞こえると、雛さんは途端に僕から離れた。
「えっ?!本当に?!コロッケ?!やったぁぁありがとうお姉ちゃん、愛してるよ!!!」
食べ物1つでここまでご機嫌になるなんて。きっと研究に忙殺されて、温かい手料理も満足に食べられていなかったのだろう。雛さんは早速家に上がって手を洗い、伯母のいるキッチンへと向かった。僕は雛さんが持ってきてくれた大量のお土産をリビングへと持って行った。
花金だねぇ、と言いながら帰宅した伯父も交え、コロッケや唐揚げなどをつまみにして、伯父・伯母・雛さんはお酒を飲みながら、僕はサイダーを飲みながら、僕の学校の話や伯父の会社の話、伯母が通っているヨガ教室の話、僕の祖母の思い出話、拓也さんと雛さんがご飯に行った話などで盛り上がった。未成年の僕から見ても結構飲んで顔に朱がさした雛さんは、今ちょうど医療関係の研究に携わっているということをポロっと口にした。
僕達4人の宴が終わる頃には、リビングのカーテンに土曜日の朝日が差し込もうとしていた。
僕は雛さんに例のことを聞くタイミングを見計らっていた。けれど金曜にたくさん飲んだ雛さんは二日酔いになり、土曜日は夕方まで寝込んでいて、夜は短時間で溜まってしまったメールやタスクを次々とこなしていた。日曜日は二日酔いから無事に復活した雛さんと伯母が2人で買い物に出かけたので、やっぱり話しかける機会がなかった。
けれど、姉妹で仲良く買い物から帰ってきたその夜、雛さん自ら僕の部屋にやってきた。
「なんか響也の顔が見たくてね。部屋まで来ちゃった」
僕は今がチャンスだと思った。
- Re: 藍色のrequiem ( No.31 )
- 日時: 2020/09/14 19:50
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
6-3
物が少ないから、部屋が広く感じるねぇ。ごちゃごちゃの私のラボとは大違いだ、などと笑う雛さんを僕は見つめていた。
少しして僕の視線に気づいたみたいで、雛さんは小首を傾げた。僕はラグマットを指差して雛さんに座ってもらった。僕もその隣に座って、口を開いた。
「ねえ雛さん。今、医療関係の研究をしてるんでしょ?」
「えっ…あぁ、飲んだ時に少し話したね。そうだよ」
「明日、仕事で病院に行くんでしょ?うちからアクセスがいいって言ってたけど。どこの病院に行くの?」
「あー、うん、えっとね…」
雛さんは、ある病院の名前を口にした。
それは、蘭が通っている病院だった。
…それなら、何か知っているんじゃないかと思った。
「そうなんだ、仕事、頑張ってね……あのさ、持病が特にない人が定期的に採血するのって、何か意味があるの…?」
雛さんの表情が、一瞬固まった、気がした。
「え、何でそんなことを聞くの?」
「いや…友達の友達に、そういう人が、いるらしくて…」
蘭のことは絶対に口外してはいけない。彼女が特定されてはいけない。だから何とか濁した表現をした。
だけど、雛さんの顔からは笑顔が少しずつ消えていた。
「採血に行ってるのは、どんな子?」
「あ、や、それは…」
「ねえ響也。教えて欲しい。響也がそんなこと聞くってことが珍しいし、もしかしたら結構重要なことかもしれないから」
黙り込む僕の目を、雛さんはじっと見つめた。僕は初めて、雛さんを少し怖いと感じた。
しばらく僕を見つめて、雛さんは痺れを切らしたのか、はあ、と短いため息をついた。何かを悟ったような顔だった。
「明日、病院の前で、午後5時に」
雛さんはそれだけ言うと、おやすみ、と言って僕の頬に軽く触れ、部屋を出て行った。
- Re: 藍色のrequiem ( No.32 )
- 日時: 2020/09/19 14:16
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
6-4
月曜日の終礼直後、蘭が僕を呼んだ。
「今日、暇?」
「あーごめん…今日は予定がある」
僕が蘭の誘いを断ったのは、これが初めてだった。蘭はちょっと驚いた顔をして、どうしてもダメ?と僕の袖を掴んだ。美しい彼女と教室でこんなに距離が近くなったことはなくて、割と緊張してしまった。
例の病院に行くんだ、と明かしても良かったのだけれど、クラスメイトにも聞かれる可能性があったし、まだ蘭には話さない方が良い気がした。
「ごめんね。今日だけは譲れないや」
そっか、なら仕方ないね、と蘭は案外すぐに折れてくれた。掴まれていない方で僕が蘭の頭の上にぽん、と手を置くと、見ていたクラスメイトからひゅーっと言われて冷やかされた。冷やかしを受けて恥ずかしくなったのか、蘭は慌てて僕の袖から手を離した。
「明日は絶対ねっ」
分かったよ、と笑って、僕は1人で校門を出た。
病院は総合病院で、敷地がとても広かった。メールで雛さんが詳しい待ち合わせ場所を教えてくれていなかったら、僕は確実に迷子になっていたはずだ。
比較的早めに着いて、少し寒さを増した風に吹かれながら待っていると、中から白衣を着た雛さんが出てきた。僕は雛さんの元に駆け寄った。
「待たせたかな」
家の外でも雛さんは英語を話し続けるが、僕はそれにいつまでも慣れることができずにいた。相変わらずのちょっと不思議な感覚に包まれながら、さっき着いたばかりだよ、と返した。雛さんは頷くと、”follow me (ついてきて)”と僕の耳元で囁き、白衣を翻して再び中へと入っていった。
待ち合わせた場所は既に一般病棟から離れていた。僕達が入ったのは研究棟と書かれた場所で、雛さんは何度も名札をかざしてエレベーターに乗り、幾つもの自動ドアを通り抜けた。”木漏れ日の里”へ初めて行った時よりも、道順は遥かに複雑だった。初めこそ白衣を着た人達を幾人か見かけたものの、いつの間にか人気は全くなくなっていて、雛さんと僕の靴音だけが廊下に鳴り響いていた。
15分くらい研究棟の中を歩いて、”関係者以外立ち入り禁止”と大きく書かれた重そうなドアの前で雛さんは立ち止まった。
「本当は響也はともかく、多くのお医者さんも入っちゃいけない所なんだけど…今回は本当の本当に特別よ。静かに入ってきて」
雛さんは小声で且つ早口でそう言うと、白衣のポケットから鍵の束を取り出してドアを開けた。中には真っ白な廊下が続いていた。入り口から3つ目くらいの部屋で雛さんは立ち止まり、また鍵を取り出してドアを開けた。理科室のような部屋で、真ん中に黒い長方形の机があり、水道があり、壁には器具の入った戸棚が置かれていた。その横には小さな冷蔵庫のようなものがあった。雛さんは僕が入ったのを確認すると、すぐに鍵を閉めた。
- Re: 藍色のrequiem ( No.33 )
- 日時: 2020/09/21 11:28
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
6-5
「今回私が出張で日本に来た理由は、ここにある」
雛さんは冷蔵庫に近づき、それを指差した。
「ここに、採血した血液が保管されているの」
雛さんは日本語を話していた。雛さんの日本語を聞くのは生まれて初めてだった。僕の話す言語も自然と日本語になっていた。
「え、じゃあ、彼女のもここに…」
雛さんは片方の眉を動かした。「やっぱり、何か知ってるのね」
あ…と思ったけれど、雛さんこそ、僕以上の何かを知っている。ここで引き下がるわけにはいかなかった。僕はこくりと頷いた。
「これは、患者さんのためなの…この血液を、患者さんのために、利用してる」
利用?患者さんのためなら、良いことに使われているのは確かだけど…でも、なぜ蘭の血液が特別に利用されなければならないのだろう。
「…その目的、初めて聞いたよ。本人も知らなかった。半ば強制的にここに来させられて、何も言われず、目隠しをした状態で採血されていた。週2回に採血が増えてからは貧血が悪化して、体に負担がかかるからやめてほしいって訴えたのに、誰も聞く耳を持ってくれなかった…そう聞いた。患者さんを治すためなら、何でそれを正直に伝えないの?何で彼女でないといけないの?彼女は患者ではないけど、でも1人の人間なんだよ?...雛さんが採血について知ってるってことは、何か関わってるんでしょ?雛さんから現場の医者とか看護師に言ってくれよ、いくら何でも週2回はやりすぎだって、目的くらい教えてあげろって」
雛さんは、ゆっくりと首を横に振った。
「その必要はないの」
「なぜ?どう考えても必要でしょう、彼女が可哀想だよ」
「ううん。彼女の場合に限っては、必要でも、可哀想でもないの」
いつから雛さんは、こんなに冷酷な人になってしまったのだろう。僕は困惑した。
「いやいや…雛さんには、人を大事にしようって思いはないの?」
「もちろんあるよ。もし響也なら、私は必ず目的を明かす。でも彼女は違うの。……人間じゃないから」
僕は耳を疑った。聞き間違いだと思った。
「…は?」
「だから、普通の人間じゃないのよ、彼女は。だから目的を教える必要もないの」
「いや待ってよ雛さん、冗談はよそう。彼女はどう見たって人間だよ。そこに否定の余地はない。それにもし人間じゃないなら、何だって言うんだよ」
雛さんはどう表現したら分からないような表情で、口を開いた。
「研究、材料。決して冗談じゃないよ」
- Re: 藍色のrequiem ( No.34 )
- 日時: 2020/09/22 14:49
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
6-6
「…は?」
「…だから、研究材料。今後の医療にとって非常に重要な研究のための、存在なの」
材料…?彼女が?あの美しい彼女が?人間ではなくて、材料?
僕はすぐに理解できなかった。雛さんの言葉をうまく噛み砕けなかった。
「…え、ねえ、今、自分で何を言ってるのか分かってる?彼女が人間じゃなくて研究材料?それって…それって、どういうことだよ……ねえ、どういうことなんだよっ?!」
僕は思わず雛さんの肩を掴んだけど、雛さんは俯いて黙っていた。
「おい、一体どういうことなんだよ、説明しろよっ!!!」
揺さぶっても、雛さんはされるがままで抵抗を見せなかった。”天才科学者”がこんな研究をしていたことに、すごく、ものすごく、腹が立った。
なかなか会えないけれど、密かに自慢に思っていたのに。祖母が褒めていたように、素晴らしい人だと、信じていたのに。
「何か言えよ!言ってくれよ!.........母さんっ!!」
雛さんは僕の言葉にハッとして、顔を上げた。その瞳からは、何も読み取れなかった。とても小さな声で、離して、と言われて、僕は仕方なく掴んだ手を離した。
しばしの沈黙の後、雛さんは白衣の袖をまくって入念に手を洗い、冷蔵庫を開けた。
中から取り出したのは、群青色の液体が入ったパックだった。雛さんはそれを黒い机の上に置いた。
「これが、証拠」
「証拠、って…?」
「彼女が、人間じゃない、証拠」
「嘘だっ、そんなのは絶対嘘だっ!」
取り乱す僕を見て、雛さんはパックを裏返した。
「これが多分、彼女ってことを示してるんだと思うの」
そこには”R.U”と記されていた。”Ran Ueshima”のことだとすぐに理解できた。僕の体は静かに震え始めていた。
「な、何で青いの…?」
「元々青いの…というか、青くしてあるの」
「青く、してある…?」
雛さんは目を伏せた。その姿は金曜日に抱きしめられた時より、さらに小さく感じた。
「ごめん、響也…説明させて欲しい、全てを」
僕は黙って続きを促した。雛さんはふう、と息を吐いてから話し始めた。