コメディ・ライト小説(新)

Re: 藍色のrequiem ( No.51 )
日時: 2020/12/18 17:47
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

8.藤鼠色のloneliness
8-1
僕が要塞のような研究棟を後にした日、雛さんは伯母の家に帰って来なかった。
帰宅してドアを開けると、カレーの匂いが立ち込めていた。

「響也くん!遅かったねぇ、お帰り。…雛ね、急にアメリカに帰ることになったみたい。よろしく伝えといて、ってさっき電話があったよ」

「そっか」

エプロンで手を拭きながら僕を出迎えた伯母は、雛の好きなハンバーグカレー作ったんだけどなぁ、残念だぁぁぁと言いながら再びキッチンへと消えていった。
僕のせいなのは分かっていた。ただ、僕も雛さんと顔を合わせられる状況ではなかった。少し申し訳ない気持ちで、熱々のハンバーグカレーを食べた。


翌日、僕は早速蘭に全てを話さなければ、と思っていた。しかし教室に行くと、蘭は欠席だった。

「上島さんは体調不良で欠席だそうです。あと田中さんも欠席って連絡が来ました」

担任がそう告げた。何だよ~平野、分かりやすく落ち込むなぁ~!デート断ったせいじゃねーの?と相変わらず冷やかされた。実際僕は予想以上に落ち込んでいて、授業の内容はほとんど頭に入ってこなかった。

学校が終わると、僕は走って”木漏れ日の里”に向かった。すっかり顔なじみになった守衛さんが、響也くんこんにちは、と声をかけた。

「あの、蘭に会いたいので、開けてもらえますか?今日体調不良で学校休んでたから」

「体調不良って言ってあるのか」

「え?」

「蘭ちゃん、制服でいつも通り朝出かけたよ。でも、実は今日学校休んじゃうんだ、内緒ねって僕に言ってた。あれからまだ帰ってきてないから、どこ行ってるのかなーとは思ってるんだけど」

「そんな…」

何となく居場所を察して、門を背にして再び走ろうとする僕を、彼は引き止めた。

「響也くん、行っちゃダメだ。…蘭ちゃんに言われたんだよ、多分響也くんが夕方来るかもしれないけど、絶対に私を追わないようにしてって。もし追ってきたら守衛さんクビだよって言われちゃってさぁ。そんなこと彼女が言うの初めてだよ。だから、今日は我慢してもらえるかな。蘭ちゃんにもきっと、何か考えがあるんだ」

「…分かりました」

僕はモヤモヤした気分をしまい込めないまま、帰宅した。
今日ちょっと元気ないね、雛が早く帰っちゃったからかな?もう雛ったら、と伯母は言い、僕の好きなチャーハンと春巻を作ってくれた。伯母が推察してた理由とは違ったけれど、僕の些細な変化に気づいて食べ物で癒してくれる伯母は、僕にとっての完璧な母親だと思った。

Re: 藍色のrequiem ( No.52 )
日時: 2020/12/24 22:29
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

8-2
その翌日も蘭は学校を休んだ。授業の内容はやっぱり、耳に入ってこなかった。
おにぎりは僕の好きな生姜焼きのおにぎりだった。伯母が気を遣ってくれたのが伝わってきて、嬉しかった。でも、それを見るとやっぱり蘭を思い出した。貧血で倒れて、僕が渡したおにぎりを美味しそうに頬張っていた蘭。

僕はまた、学校が終わると”木漏れ日の里”まで全速力で走った。守衛さんと目が合った。

「響也くん…」

「蘭、今日も学校を休んだんです。今日もどこかへ行ったんですか?」

守衛さんは首を横に振った。

「昨日は、響也くんと会った1時間後くらいに帰ってきた。響也くんが来たけれど、追わないように言っておいたよ、って伝えたら、蘭ちゃんはニコって笑っただけだった。今日は見てないよ。だから、部屋にいると思う」

「じゃあ、今日は追うなって言われてないんですね?なら、会わせて下さい」

守衛さんは逡巡していたようだったけれど、僕の気迫に根負けしたようで、静かに門を開けてくれた。
蘭は施設にいる子ども達の中でも年が離れているので、個室を与えられていた。施設の構造がすっかり分かっていた僕は、迷うことなく蘭の部屋に辿り着いた。ノックをしてドアを開けた。鍵はかかっていなかった。
蘭はベッドの上で体育座りをしていた。僕を捉えた奥二重の目は、一瞬大きく見開かれた。

「響也...」

「蘭…心配したんだぞ。どこに行ってた?」

蘭は黙っていた。

「今まで皆勤だったのに、2日も休むなんて。…学校に、来て欲しい」

「なんで…?私がいなくても、響也は友達たくさんいるじゃん。平気でしょ?」

「平気じゃない。寂しかった。友達にも分かりやすく落ち込んでるって言われた。この2日間、授業の内容が全く耳に入って来なかった。やる気が起きなくて、いないのに蘭の席の方見ちゃって、ご飯食べてる時も思い出して…たった2日なのに、辛いんだ。だから、来て欲しいんだ」

「嘘だ」

「嘘じゃないよ、何なら今から友達に電話しようか?証言してくれるはずだよ」

そこまで言うと蘭はやっと信じてくれたようで、響也はうさぎ体質なの?と小さく笑った。

「やっと笑ってくれた」

蘭は手招きをした。僕はベッドに腰掛けた。

Re: 藍色のrequiem ( No.53 )
日時: 2020/12/27 18:26
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

8-3
「私ね、病院に行ってたんだ、昨日」

「朝から?」

「そう」

「何で…?」

「体調が悪化した」

え、と言う僕に、蘭は続けた。

「朝、起き上がれなくて。何とか起き上がったんだけど、体が熱くて。体中の液体がぐるぐる、すごい勢いで回っている感じがした。それで学校休もうって思って連絡を入れて、でも施設長には悪いから黙っておくことにして。だから制服で病院に行ったの。着いて症状を説明したら、点滴刺された、夕方までずっと。でもそれで何となく落ち着いて帰宅して。今日は回復したんだけど、念のため休んだの」

「何でそんな大切なこと…」

「教室で倒れてから、ずっとどこか調子が良くないんだ。けれど採血は行われ続ける。私って何のためにいるんだろうって。記憶もないし、家族もいなくて孤独だし、採血の理由も分からないし、いる意味あるのかなって…」

僕は腕を伸ばして、蘭の顔をこちらに向けさせた。

「ひ、響也っ?」

「そんなこと言うな。いる意味は十分あるんだ。僕のためにいてほしい」

「………」

蘭が僕を見つめる目は、やっぱりどう考えても”研究材料”になんか見えなかった。誰よりも大切にしたいと心から思える、美しい彼女でしかなかった。
蘭は僕の隣にぴったりとくっついて、再び体育座りをした。

「でも私、一体何者なのか…」

「蘭。実はおととい、病院に行ってきた…そこで、全てを知った」

「全て…知ることが、できたの?」

「ついこの前判明したんだけど、実は母親が…このことに関連した研究者だったんだ」

蘭は驚いた顔で僕を見た。

「え、お母さん、研究者なの?」

「そう。今一緒に住んでるのは伯母さん夫婦。母親はこの前出張で日本に帰ってきて、家に泊まっていった。その出張先が、あの病院だったんだ」

「…響也も、同じなんだね」

「え?」

「肉親が近くにいないって所が」

「でも、僕には伯母さん夫婦がいるよ」

「私にも、施設の人達っていう温かい人々がいる。そこも同じ」

だから好きになったのかなぁ、と言った。僕はそれもあるかもしれない、と思った。
少し沈黙が生まれて、僕は立ち上がってドアの鍵を閉めた。
元の位置に戻り、僕は全てを話した。


…蘭の血液が群青色だったということと、僕の両親が蘭を”育てた”ということ以外は、全て。

Re: 藍色のrequiem ( No.54 )
日時: 2021/01/03 14:46
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

8-4
蘭は黙って聞いていた。
もっと取り乱すかと思っていたけれど、終始落ち着いていた。

「ちょっと予想はしてたんだ」

「え…想定内だった、ってこと?」

「うーん。何となく、みんなと違って私は、隠されてなきゃいけない存在なのかなとは思ってたよ」

「そっか…」

蘭は再び、僕を見つめた、と思ったら俯いた。何か喋ろうとしては口を閉じる、を何度か繰り返した。何が言いたいのか気になったけれど、蘭の肩に軽く手を置いて、辛抱強く待ってみた。するとしばらくして、意を決したように蘭が話した。

「響也は私の全てを知って、それでも、一緒にいてくれるの…?気味が悪いって、思ったりしないの?人間とは言い切れない私と付き合い続けることに、負い目を感じないの?」

僕は笑ってしまった。

「な、何で笑うのよっ、今笑うとこじゃないでしょ絶対!」

「ははっ、ごめんごめん。そんなこと心配してたのか、って思って」

僕の想いは変わらない。たとえそのせいで、雛さんとすれ違ってしまったとしても。
母親より大切な存在ができたことに自分で驚いて、でも未だ彼女をコントロールしようとする母を、許すことはできなかった。僕が蘭を”研究材料”の役目から解放する、そう誓った。

「そんなことって…」

「一緒にいるに決まってる。だから今日もここまで来たんだよ?人間かどうかとか、関係ない。蘭は蘭だから。こんな美人さんといられるんだよ?気味悪いわけないじゃん」

面食いじゃん、と蘭は笑ったけれど、ありがとう、と言った。
好きだよ、と伝えて、僕は彼女を抱き寄せた。群青色の血液を循環させているであろう心臓の音が、微かに聞こえた。

「蘭は孤独なんかじゃないよ。絶対離さない…明日から学校、来てくれるよね?体調悪くなったら、ちゃんと頼ってくれるよね?」

「うん…絶対、行くよ」

蘭の顔が近づいて、細い腕が僕の首に回された。
僕達は静かに、でも深く、唇を重ねた。

Re: 藍色のrequiem ( No.55 )
日時: 2021/01/08 13:46
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

8-5
約束通り、蘭は学校に来てくれた。好きな人の効果というのは実に絶大なもので、授業中の集中力は嘘のように上がり、昼ごはんも昨日の倍くらい美味しく感じた。たまに蘭の方を見やると、彼女は本当にさりげなく、小さな笑顔をこちらに向けた。それが僕をさらに幸せにした。
点滴が効いているのか、蘭の調子は安定しているように見えた。少なくとも学校でトラブルが起きそうな模様ではなかった。
僕は本気で彼女のことが好きなのだと、身を以て感じたのだった。

伯母は僕の調子が良くなったことにすぐ気づいた。さすがだ。

「お帰り響也くん!あら、ちょっと顔色良くなったね!やっと雛ロスがなくなったかな~?」

「うん…まあ」

キッチンからは、ふんわりとバターの香りがした。予想通り、夕食は僕の好きな明太バターの和風パスタだった。副菜の野菜たっぷりのコンソメスープは、中学生まで続いていた僕の野菜嫌いがほぼ克服された、魔法のメニューだ。
多分伯母は、僕が”雛ロス”でないことは分かっていたと思う。あえて外れたことを言って、好きな食べ物を作って、僕が回復するのを静かに見守ってくれる。その優しさは、スープがじんわりと体に広がるように、僕の心に沁みた。