コメディ・ライト小説(新)
- Re: 藍色のrequiem ( No.57 )
- 日時: 2021/01/13 15:23
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
9.漆黒のpain
9-1
それから2週間くらい経ったある朝、1人の生徒が雑誌を持ってきた。
持ってきたのは、田中真理だった。蘭と同じ日に休んだ生徒だ。これ見て!と言う彼女の周りを、いつも一緒にいる女子たちが一斉に取り囲んだ。
「これさ、うちの学校の制服だよね?私、休んだ時にこの子見たの」
僕は気になって、その集団に近づいた。真理を取り囲む輪は徐々に大きくなっていた。
”現場医師が独白!腫瘍内科で秘密裏に行われていた闇治療”
大きな太字で書かれたタイトルを見た瞬間、僕は女子達をかき分けて、記事を詳しく見ようとした。真理は目の色を変えて割り込む僕に気づいた。
「ねぇ響也…これって、彼女だよね?」
え、彼女?なになにどうした、と周囲がどよめいた。僕は無視して記事に近づいた。
タイトルの横に載った小さな写真には、部屋に入っていく女子生徒が写っていた。制服は、僕達が見れば明らかに自分達の学校だと分かるものだった。顔の辺りはモザイクがかけられ、目元には黒い太線が引かれていた。
食い入るように写真を見つめていると、上から真理の声が降ってきた。
「私さ、おじいちゃんが心臓病でここに入院してて。あの日、危篤でいよいよ大変だ、って連絡が入ったから、急遽学校を休んだの。それで病室に行く途中で、たまたま腫瘍内科の前を通ったら、うちの学校の制服着た子を見つけたの。走って横顔を確認したら、蘭にすごくよく似てた。後で聞いたら、蘭もその日休んでたんでしょ?これって、ただの偶然じゃないよね」
「…いいから、それ一瞬貸せ」
蘭はまだ来ていなかった。真理から半ば奪い取る形で、急いで記事に目を通した。
”…写真の彼女は、週に2回も採血をしていたという。A医師に理由を尋ねると、驚きの事実が。なんと彼女の体内には、ガンを良性に変える薬品が仕込まれている、というのだ”
”アメリカを拠点に活動しているB氏とC氏が進めてきた研究で、1年ほど前に協力を依頼されたという。両氏は共に医療分野等の研究で数々の実績を残してきた実力者であり、特にC氏は”天才科学者”と呼ばれていた。そのためにA医師らは協力を決めたが、多くなる採血に苦しむ最近の彼女を見て、やはり倫理的に大いに問題があると感じた。そこでA医師は悩んだ末、本誌に全てを語ることを決意したそうだ”
”「この事実をお伝えすることは、本当に苦渋の決断でした。この薬のおかげで経過良好の患者さんも、この事実が明るみに出たら、きっとこの治療は中止されてしまうからです。既にこの治療を適用している患者さんやそのご家族には、深い悲しみと絶望を与えてしまうと思います。ただそれでも、やはり適切な方法で医療は行われるべきなのです」…A医師は声を震わせながら、でも真っ直ぐな眼差しで、そう締めくくった。前代未聞の闇治療。患者を救うための倫理違反は、果たして正義なのか?この事例は、そんな問題を我々に突き付けることとなるだろう”
熟読はできなかったが、雛さんが僕に語ったことと同じことが書かれていた。確かにA医師の行動は正しいと思ったけれど、この記事の出方を見る限り、蘭のことまで配慮してくれたようには思えなかった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.58 )
- 日時: 2021/01/15 14:40
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
9-2
「ねえ、まだちゃんと読んでないから、返して」
「…ああ、うん」
真理に雑誌を返そうとした時、ある文章が僕の目に止まった。
”彼女は人為的に作成された人工物であり、人間ではないのである”
真理の目線も同じ所にあった。
「うっそ…蘭って人工物なの…?!」
真理がそう言うと、また周りの女子が騒ぎ始めた。教室のドアに目線を移すと、蘭がこちらに向かってきていた。
僕は慌てて輪から外れ、何もないフリをしようとした。周囲も感づいたらしく、雑誌は無造作に真理の鞄にしまわれ、騒ぎは途端に収まった。
「あ、真理おはよう」
「お、おはよっ蘭!」
騒ぎこそ収まったものの、真理の目は明らかに異物を見る目だった。周囲の雰囲気も、何となく蘭を受け入れないようなものに変わりつつあった。
「何か話してたの…?」
「んっ、んーん!そんなことないよっ」
真理は必死に演技したけれど、蘭はどこかで疎外感を感じたのかもしれない。
「…あ、ちょっと用事っ」
蘭は鞄を持ったまま、今来たばかりの教室を引き返した。
「蘭っ!」
思わず追いかけようとした僕の腕が不意に引っ張られた。真理だった。
「こっちにいなよ」
「おい…何で?」
「響也は人間だから」
「は?」
「追いかけたら、この雑誌で批判されてる子を助けることになるんだよ。人工物を助けるの?蘭はいちゃいけない存在なんでしょ?響也、人間ならこっち側の存在じゃない。目を覚ましなよ」
無視して教室を出ようとする僕の上履きを、真理がすごい力で踏みつけた。無意識に舌打ちをしたら、思いっきり睨まれた。
殴りたい衝動に駆られたけれど、相手は女子なので、特に自制しなければならなかった。僕は握りしめた拳を振り上げないように努力した。
- Re: 藍色のrequiem ( No.59 )
- 日時: 2021/01/21 12:11
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
9-3
蘭は朝礼ギリギリに教室に帰ってきて、何事もなかったように授業を受けた。昼休みは、今まで一緒にご飯を食べていた女子が、少し遠慮がちに蘭を輪に入れていた。
僕は放課後、蘭の後をつけた。一緒に帰ろうとしたら、また何か言われるかもしれなかったからだ。
「ねぇ」
突然蘭が声を発し、振り返った。だるまさんが転んだ、のような状況になった。
「ついてきてるのは分かってるの」
「あ…うん」
僕は周りに人気が無くなったのを確認して、蘭の元に駆け寄った。
蘭は施設に行く道ではなく、あの公園に行く道を選んだ。
公園に着くなり、蘭は不思議そうに尋ねた。
「ねぇ響也。今朝は何があったの?」
「実は…真理が雑誌を持ってきた。あの病院の医師がついに告発したらしい。僕がこの前、蘭に話したことがそのまま載ってた」
「え…それって…」
僕は頷くしかなかった。真理が蘭を病院で見かけたことを話した。
「蘭の写真にはモザイクと目隠しがあったんだけど、彼女は人間ではない、って明確に書かれてた…」
「だからみんなよそよそしかったのか……そりゃそうだよね、クラスメイトがただの人工物で、体の中に薬が入ってるって知ったら、ああいう反応して当然だよね」
蘭は普通に話そうとしていたけれど、その声は微かに震えていた。
「ごめん…蘭が教室出て行った時、追いかけようとしたんだけど…」
「どうせ止められたんでしょ、真理に」
「え、何で…」
「そりゃ真理はクラスでも発言権とか存在感強いもん!あの子が雑誌持ってきて、この写真の子蘭だよねって言ったら瞬く間に広がるし、あの子に逆らうって…結構…むっ、難しい、から…っ」
蘭は泣いていた。当然だ。苦しいに違いなかった。
「ねぇなんで?私はただ病院に行って貢献させられてただけだよ、なのになんでっ、なんで私が仲間外れにされなきゃいけないのっ、何も危害なんて加えてないのに、ねぇなんで…っ!」
「蘭…ごめん」
「響也は謝らなくていいの。響也は悪くない、むしろ私のこと1番考えてくれる、怒ってるのは…自分なの」
「自分?」
「自分が生まれてきたこと、それもただの研究材料っていう期待しかされずに生まれてきたこと、勝手に記憶とか成長を操作される存在でいたこと、なのに普通の学校生活に少し適応しちゃったこと、それから、人間を好きになってしまったこと」
蘭は僕の手を取った。冬が訪れていたせいかもしれないけれど、蘭の手は凍りそうなほどに冷たかった。
「…そんな自分が、許せない」
- Re: 藍色のrequiem ( No.60 )
- 日時: 2021/01/27 15:26
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
9-4
「自分を責めないで…全て蘭のせいじゃないんだから」
「うん、ありがとう。でも理不尽すぎて、ちょっと笑えてきたりするよね」
力なく笑う蘭は、今までで1番弱々しかった。この短期間で抱えるものが、あまりにも大きすぎた。支えるのが僕1人では、到底心許ないくらいに。
僕の慰めは一時的にしか効果がなかったようだった。
「響也は、真理の言うことに従っていいからね。私のことは大丈夫だから」
「でも…」
「とにかく大丈夫っ。真理はクラスの裏ボスみたいじゃん、逆らったらおっかないよ」
蘭の言うことは正しかった。みんなに蘭が人間じゃないとバレた翌日、また僕が蘭を守ろうとしたら、今度は肩を掴んで耳打ちをしてきた。
「あの子を庇うなら、パパに言って入学取り消してもらうこともできるんだよ?」
真理の父親は付属大学の副総長だった。そんなバカな、と思ったけれど、真理は何をするか分からない。それに大学合格を心から祝福してくれた蘭や伯母と伯父を想った時、僕には従うという選択肢しかなかった。
このニュースは、テレビでも大きく報じられた。
「こんなひどいこと…女の子が可哀想…って、これ響也くんの学校の制服に似てない?!」
人参を切る手を止めて、伯母はテレビの前に移動した。
「うん、うちの学校みたい」
「え?!だ、誰か響也くん知ってるの?」
「ううん、知らない」
咄嗟に嘘をついた。
「そっか…この告発したお医者さんすごいね、勇気あるね…てかこの研究やってた人達本当に何なの?信じられないっ、命をないがしろにしてるよ!そう思わない?響也くん」
「すごく、そう思う」
テレビでは、考えられる人物に当たってみたものの、回答を得られなかった、と伝えられた。
伯母にとって”信じられない”人々が妹と元義弟だなんて、口が裂けても言えなかった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.61 )
- 日時: 2021/01/29 15:06
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
9-5
自室に入って携帯を確認すると、雛さんからメールが来ていた。日本語だった。
<例のニュース、アメリカにも伝わりました。まだ私達だと特定されてはいないけれど、近いうちに罪を認めて謝罪するつもりです>
謝罪なんていう軽いもので済むか、と思っていたら、また着信があった。
<お姉ちゃん夫婦は、彼女のことを含め、このことを知ってますか>
[ニュースで大々的にやってるから、大筋は知ってるようです。でも雛さんが僕に話したような細かいことは、何も知りません]
親子だけど、敬語を使う間柄になっていた。
すぐに返信が返ってきた。
<了解です。彼女は大丈夫ですか>
「…大丈夫なわけねぇだろっ」
携帯をベッドに叩きつけた。
彼女が抱える心の痛みは、相当なはずだった。いくら人間じゃないと言われても、彼女には心があるんだって信じていた。僕を想ってくれるのだから。
だからこそ痛みも感じているはずだし、僕が代わりにその痛みを背負いたいと思った。
彼女は2人の研究者の思惑から生まれ、外道の存在として隠れて育てられ、今新たな苦しみを味わっている。雛さんの神経を疑った。
科学者ってそういうものなのか?僕達は同じ本を読んだのに、なぜ生き方や考え方がこんなに変わってしまうんだ?
祖母に聞きたかった。あなたの娘には、一体何が起こっているのかと。
「響也くん?何か音したけど大丈夫?」
ドア越しに伯母が話しかけてきた。
「…何でもない。大丈夫だよ、ありがとう」
優しい伯母に嘘をつき続けるのも、すごく苦しかった。
雛さんからのメッセージは無視して、部屋の電気を消した。
- Re: 藍色のrequiem ( No.62 )
- 日時: 2021/02/02 14:43
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
9-6
翌朝、学校は異様な雰囲気に包まれていた。
「あの雑誌に載っていたの、お宅の制服でしたよね?」「どの生徒さん?お話伺えますかー」「何年生なのかだけでもお聞かせくださーい」「校長はこのことを知った上で入学を許可したんですか?」「もしかして病院から賄賂とかもらってます?」「このままだとかなりまずいことになると思いますよー」「校長、逃げるんですか?!真実をおっしゃってください!」「校長!」「校長っ!」
正門の前には数え切れないくらいの報道陣がいて、校長は「現時点で何もお話することはありません」と答えていた。生徒指導担当の先生などが通学路の途中に立っていて、生徒に対して正門ではなく北門から入るように伝えていた。
校長の答えが淡白だと分かると、記者達の関心は生徒に向いた。カメラこそ足元しか写していないものの、物珍しそうに報道陣の様子を窺う生徒に、巧みに声をかけていた。
「今回の騒動についてどう思いますか?」「どの生徒さんか、特徴だけでも知ってる?」「顔映さないし、声も加工するから大丈夫だよ」
口を開こうとする生徒は大体学年も違うし、蘭のことなど知らなさそうな連中ばかりだったけれど、余計なことを話させまいと先生が慌てて止めに入っていて、報道陣との揉み合いが続いていた。
特に僕のクラスの生徒は1番喋ってはいけない部類なので、学年主任の先生が報道陣には感づかれないように、でも徹底して僕達の足元すらカメラに映らないように通路を作っていた。
教室に入ると、みんなは好奇の目をしつつも表情はどこか疲れていた。なぜ自分達のクラスにこんな厄介なやつがいるんだ、と言わんばかりに。
そして5分ほどして、その対象は目立たないように入ってきた。けれど、真理達の視線はすぐ彼女に注がれた。
「ねぇ、何とも思わないの?この状況」
蘭は俯向くままだった。
「あなたのせいで、私達の平穏な学校生活が奪われてるの。校長先生も大変な目に遭ってるの。どう責任取ってくれるの?」
「ちょっと真理、それは」
「響也は黙ってて。こっち側の人でしょ?私が言ったこと、忘れたの?」
蘭は僕の方を見て、小さく頷いた。僕は目を伏せた。罪悪感ばかりが込み上げてきた。
「そもそもあんた、ここにいる資格ないよね?たった1年で、付属にも上がれないのに転入してくる時点で不思議だったけど、やっぱ訳ありだったんだ。不正入試でもした?お金積んでもらった?...まぁそれはどーでもいいんだけどね。とにかく、ここは人間のための場所。それ以外はお引き取り願います。怖いもん」
真理の父親が権力者であることをみんな知っていたし、言動1つで僕達の合格が保障されなくなりそうなことは容易に考えられた。一般入試なら点数という絶対的な証拠があるけれど、推薦入試はそれがないからだ。だから僕達は誰も、真理を止めることができなかった。報道陣への対応にてんやわんやなせいで、朝礼の時間になっても先生達は教室に来ず、真理の独壇場が続くことになった。
「何黙ってんの?喋れる高性能な人工物なんだから、何か言いなさいよ」
「なんでっ、なんで急に態度変えて…!」
「は?だって人間じゃないんでしょ?中に薬入ってんでしょ?人間じゃないなら何しでかすか分かんないじゃん、怖いじゃん。殺されるかもしれないじゃん。今まで信じてた私達がバカでしたってことだよ」
「そんな言い方…殺すわけ…っ」
「何、喋ると思ったら謝罪の言葉すら出てこないじゃん。迷惑かけてるの!分かってる?人間じゃないから自分で制御できないでしょ?絶対殺さないなんて言い切れないし。とにかく怖いし迷惑。出てって?」
そこで担任らしき靴音が近づいて、僕達は何もなかったかのように席に着いた。
- Re: 藍色のrequiem ( No.63 )
- 日時: 2021/02/05 19:37
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
9-7
急に不登校になったら逆に怪しまれる、施設の人にも迷惑をかけたくない、と言って蘭は頑なに学校に通い続けた。
教師にバレないように、陰湿ないじめが横行し始めた。もちろん首謀者は真理だった。
蘭が精神的にも弱っていく姿は、目も当てられないほどだった。僕は学校の外でしか、蘭を慰めて抱きしめることができなかった。
1週間くらい経ってから、蘭は校長室に呼び出されたようだった。
施設の部屋で蘭は状況を伝えた。
「自主退学という形で、準備を進めてくれ、って」
「そんな…」
「早くて来週くらいには学校辞める。辞めたくなかったけど、校長先生から言われちゃしょうがないよね…施設長には、理事長から直接伝えるって」
蘭は少し痩せていた。僕も精一杯支えていたつもりだったけれど、蘭にかかる負担は計り知れないものだった。
「こんなのわがままでしかないんだけど…学校辞めちゃっても、響也とは会いたい…ダメ、かな」
僕は真理の側につくしかなかったのに、それでも結構傷ついているはずなのに、蘭はそう言った。
「当然だよ。蘭が求める限り会うよ」
蘭の方から僕に抱きついてきた。前よりも幾分骨ばった腕が、弱々しく僕を包み込んだ。僕は蘭の体が折れないように、優しく、でも決して離すまいと誓って、強く抱き締めた。