コメディ・ライト小説(新)
- Re: 藍色のrequiem ( No.65 )
- 日時: 2021/02/06 15:47
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
10.藍色のrequiem
10-1
程なくして、担任からついに発表があった。
「上島さんは…今週いっぱいで、学校を辞めることになりました」
真理が蘭を軽く睨んだ。蘭にはもう、味方がいなかった。
担任のその一言で、蘭にとっての学校生活はさらに酷いものになってしまった。
「あと1週間くらい、我慢しなよ」
そう言った真理は、蘭への執拗ないじめを続けた。
蘭はただ無言で、でも歯を食い縛りながら耐えていた。
周囲も無言で、それを見過ごすしかなかった。きっとみんなもどこかで、人間じゃないというだけで蘭を恐れる気持ちがあったのかもしれない。
いよいよ最終日がやってきた。
「やっとあんたとお別れできるよ、平穏な日常が戻ってくるね」
真理の笑顔は歪んでいた。蘭は拳を握りしめたままで俯いて立っていた。
「何よ、別れの言葉くらいあるでしょ?お世話になりました、とかさぁ!」
「わ、私のこといじめといて、よくそんなこと…っ!」
「は?!いじめた?そんなのあんたが悪いんでしょ?!悔しかったら人間として生まれてみなっつーの!」
真理は蘭の方に近づいて、何と足元を軽く蹴った。体に危害を加えるのは初めてで、他の女子から小さな悲鳴が上がった。真理はクラスメイトの方を睨みつけた。
「何?最後くらい、いいでしょ?散々迷惑被ったんだから。キレて当たり前」
その時、蘭が急にしゃがみ込んだ。首や胸の辺りを押さえていた。
「えーなになに、私被害者です~みたいな?何かわい子ぶってんだよっ」
また真理の足が動いたのを見て、僕の体は咄嗟に動いていた。
最後くらい、いいよね。…救っても。
僕が蘭の元に駆け寄ると、お腹の辺りがじわりと湿った感触があった。
自分の白いセーターを見ると、青く染まっていた。どこか暗い群青色ではなくて、まだ鮮やかな藍色。
蘭の唇は藍色に染まっていた。想像以上のストレスが溜まった結果だった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.66 )
- 日時: 2021/02/08 15:41
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
10-2
「キャーッ!!!」
女子の1人が叫んだ。みんなも一瞬遅れて、次々に悲鳴をあげた。真理は小さく震え始めていた。人間ではない絶対的な証拠を見て、あれだけいじめていたのに、一瞬で気が動転したようだった。
「あ、あんた何これ…ち、血が、青いの…?!」
と、そこに悲鳴を聞きつけたのか、担任がやってきた。他クラスからの野次馬も大勢いた。
「ちょっといい?今話し合って決まったことなんだけど…田中さん、あなたは退学処分です。大学の合格も取り消されることが正式に決まったわ」
「…は?」
クラスがどよめき、真理は固まっていた。担任は溜め息をついた。
「あのね、気づいてないとでも思ってたの?あなたが上島さんに酷いことをしてたのくらい、職員室中が知ってる。上島さんの顔色もどんどん悪くなってたし。私達教員は上島さんを早く助けてあげたかったし、彼女に関するニュースのことも考えて、自主退学って形を提案したの。で、田中さんの上島さんいじめは暴力こそなかったけど、あまりに陰湿で目に余る。だから私は、この前の教員会議であなたを退学にすべきだと伝えた。元々目を瞑ってた校則違反も多かったからね、あなた」
僕の腕の中の蘭は、先生…と涙を浮かべていた。良かった。僕以外にも、救いたいと思う人がいたんだ。
「そ、そんな…。だ、だっていじめだけじゃないですか。暴力振るってないし、そもそもあいつが人間じゃないから…!」
「いじめだけ?よくそんなこと言えるわね。暴力、さっき振るってたでしょ?蹴る所私見てたよ。それにいじめだけじゃないのよ。実はたくさん相談があってね…あなたがお父さんの名前を頻繁に出して、脅してくるって」
「こ、今回だって、本当に退学になるわけがない!パパは副総長ですよ?!先生1人のクビくらい、簡単に飛ばせるんだからっ!私がパパに言って取り消してもらう!そんであなたには辞めてもらう!」
クラスの数人から密かな笑い声が聞こえた。こんな時までパパを頼るのか、と。
「あのね、そのパパも了承したのよ。教員会議の決定事項が校長と理事長に伝わって許可されて、その事案は当然大学にも伝えられた。総長があなたのパパに確認をとって、パパも娘の非を認めたんですって。それから、自分の立場を使って娘が生徒を脅していたことと、副総長の娘だからって理由で、校則違反が多かったのにそれなりの内申点で推薦合格したことに責任を感じて、副総長辞任するって言ってたわ」
あいつズルかよ、どうもおかしいと思ったんだよな、やっぱ権力絡みか、という批判の声が少しずつ大きくなっていった。真理はついに黙り込んだ。
「とにかく、残念だけど、このことは決定ね。手続きして、来週くらいには早速。田中さん、最後くらい謝りなさい」
真理は蘭の方に少し近づいた。
「ごめんなさい」
その言葉は、とても心に響くものではなかった。ぶっきらぼうに言うと、逃げるように教室を出て行った。
「はぁ、もう……あ、平野くん、上島さんの様子はどう?」
落ち着いてます、と言おうとしたら、また僕のお腹がぐっしょりと濡れた。
- Re: 藍色のrequiem ( No.67 )
- 日時: 2021/02/11 15:03
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
10-3
先生は藍色の液体が床に広がっても、驚いた顔をしなかった。
「…救急車、呼ぼうか。正門じゃなくて北門の方に来てもらおう。平野くん、病院まで付き添ってあげて」
先生が携帯で119番を押して話し始めた。周囲は蘭の血が青いという事実と、真理の悪事が明るみに出て制裁を受けたという事実を前にして、ただオロオロしていた。
「蘭?らーん?」
「ひ、響也っ、ごめん…けほっ」
咳き込む蘭を支え直した。随分と痩せ細っていた。
「私の血って、青かったんだ…これが、や、けほっ、薬品の、色…だかっ、だから、採血、の、時に、目隠し…」
「無理して喋らなくていいよ」
僕が蘭の背中をさすっていると、容体は少し落ち着いたようで、呼吸のリズムが戻ってきていた。
蘭は右手を伸ばして僕の頬に触れた。僕は頬まで藍色に染められた。
「響也」
「ん?」
「ありがとう。私の役目は終わりかな……」
「終わり…?」
「愛してるよ」
蘭は微かに笑顔を見せると、その細さからは考えられない力で僕の顔を引き寄せ、唇を重ねた。その直後、蘭の全身から力が抜けた。
「ら、蘭?...ちょ、おい、蘭?!」
「平野くん、連絡したからもうすぐ着くと思う」
先生を振り返ろうとして、唇まで藍色になっていることに気づき、慌ててセーターの袖口で拭いてから、分かりました、と答えた。
その直後に救急隊が到着した。
救急隊の人達は既に群青色に変わった現場を見て、一瞬目を丸くした。しかし、こうした異様な場面にも耐性はあったのだろう。その後すぐに救助に当たった。
救急隊の人と一緒に北門まで彼女を運んだ。息は微かに聞こえるものの、意識はなくなっていた。
「名前を呼び続けてあげて」
先生と救急隊の人にそう言われ、僕は救急車の中でずっと蘭の手を握って名前を呼び続けた。意識は戻らないまま、例の病院へと搬送された。
ストレッチャーは一般病棟ではなく、僕が雛さんと話した研究棟の中へこっそりと運ばれた。ここまででいいよ、という救急隊の人に全力で逆らって、僕は部屋までついていった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.68 )
- 日時: 2021/02/15 20:52
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
10-4
雛さんと話した隣の部屋にストレッチャーは入れられた。ドアを開けると、雛さんと同い年くらいの白衣を着た男性が腕組みをして立っていた。彼は僕を見た。
「君、セーターも顔も真っ青だな…吐血したのか。どういう状況だった?」
僕は今日だけでなく、蘭がいじめられてからの日々を手短に話した。彼がここにいる時点で蘭の正体は知っていると思われたので、蘭がいじめに遭った理由も話した。
「うーんそうか」
そう言うと彼は、ちょっと彼女のこと診るから、と僕を一旦部屋の外に出した。15分くらいして、再び僕を招き入れた。
「今色々検査してみた。君、きっとニュースとかで彼女のこと知ってると思うけど…極度のストレスに耐えきれなくなって急激に痩せて、体の免疫機能が異常を起こした。その結果、彼女の中にある薬の成分が彼女の内臓や細胞を攻撃する事態に陥っている。ここからの回復は難しいな…。残念だが、新たな彼女を造るしかない」
息をしているかもよく分からない蘭を見ながら、彼は淡々と告げた。胸元には、”上島拓也”と書かれた名札がついていた。
「…は?造る?」
「ああ…残念だけど、彼女の役目は終わりだ。もうすぐ心臓も止まる。蘇生しても元通りの機能は発揮しないだろう。でも、よく頑張ってくれたと思うよ。十分合格だ」
「合格って…自分で倫理を度外視して造っといて、最後には使い捨てかよ」
僕の言葉は、いつの間にか少々乱暴なものになっていた。
「あんた…あんた、それでも父親かっ?!何で同じ本を読んでるのに、こんなにも考え方が変わるんだよ?!」
「父親…?」
僕は彼の目を見て告げた。
「僕は、平野雛とあなたの息子です」
彼は目を丸くして、でもすぐ嬉しそうな顔になった。
「え?ええ?!本当に?!君が響也くんか!俺の息子…初めて見たよ!確かに、よくよく見ると俺に似てるなぁ!」
「そういうこと言ってんじゃないんだよ」
「な、何だよ、親子の対面だってのに」
なぜここで笑顔を見せられるのか。蘭の顔はだんだん青白くなっていた。
「読んだんだろ?NBJの話。どこで道を間違えた」
「間違えてはいないよ。みんなが俺についてこれないだけだ。俺達の息子なら、俺の考えは1番理解できるはずだろう?」
「いや理解できない。なぜ彼女に愛着の1つも湧かない?わざわざ上島って名字つけて、オルキデアの日本語を名前に当てたんだろ?なのに何で今も、見殺しにしてくんだよ」
一瞬怪訝そうな顔をしたけれど、ああ、雛から全て聞いたのか、と彼は納得して、そんな人聞きの悪い言葉を使わないでくれ、と言った。
「愛着はあるよ、いっぱい。大切に育てたし、綺麗な藍色の血をしてるだろう…最初は藍って名前でも良かったんだけれど、これって音読みするとランって言うんだ。そしたらNBJのサイボーグの名前を思い出してさ。色々な思いを込めて、蘭にしたんだ。でもやっぱり元々は試作品というか、研究材料だから…殺すわけじゃないんだけどさ。彼女の死は決して無駄にはしないよ。今後、もっと長く生きられるような工夫をする。もしどうしても目の前の彼女を救いたいなら響也、自分でやってくれ」
ああ、と僕は悟った。
多分彼にも、大事に想う気持ちはある。雛さんを愛したように。
でも違ったんだ。価値観が。
彼は蘭の死を反省し、活かすことで遠い未来の苦しみを救いたい。僕は、今生きている目の前の彼女を救いたい。
同じ本を読んでも、僕達は異なる視点を持ったんだ。僕はオルキデアが消えた時の文章を読んで、泣いた。恐らく彼は泣かなかったのだろう。
「時間がない。救いたいならすぐに他のスタッフを呼ぶんだ」
僕は考えた。
蘭は生きたいのか?救われて、僕に愛されるだけで本当に幸せか?今までに負った傷は癒えるのか?
「…やっぱり、できません」
「…いいんだな?」
正しいかどうかなんて、分からなかった。
けれど、終わらせるべきなんだ。全てを。
「蘭が自分の宿命に苦しむのを、ずっと近くで見てきたから」
- Re: 藍色のrequiem ( No.69 )
- 日時: 2021/02/17 20:14
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
10-5
僕はNBJの話をまた思い出していた。
オルキデアは消える寸前、確かこう言ったんだ。”私の使命は終わったのです”と。
そして蘭は言った。「私の役目は終わりかな」と。
務めなくても良い”研究材料”の役目を、十分すぎるくらいに果たしたんだ。もう解放してあげたかった。
「近くで、見てきた?」
「…蘭と付き合ってた。あなたは試作品だなんて言うけれど、彼女は僕を想う気持ちを持っていた。両親はさすがだな、と今なら思うよ。研究材料に心を与えるんだから…残酷だよな」
精一杯の皮肉を込めたつもりだったのに、目の前の彼は嫌がるどころか微笑を浮かべた。
「そうか…やっぱり俺の考えは間違ってないんだ」
「…は?倫理度外視してんだぞ、自分のやったこと分かってんのか?!」
雛と同じこと言うね、さすが親子だ、と彼は笑った。
「人間と共生できるんだよ、心を持った、歩く特効薬は。しかも多くの人々を救える素晴らしい存在だ」
彼は何かに取り憑かれているようだった。ボロボロの姿になって自分の元に帰ってきた蘭の現実を、受け止めようとしなかった。
「共生…確かに出来るよ、最初はね。でもバレれば終わり。現に蘭は壮絶な苦しみを味わう羽目になった。この姿を見ろよ。現に差別が起こってるんだよ。人間じゃないって分かった瞬間、途端に憎むんだよ、意味も根拠もないのに。もっと根本的なことを見直さないと、きっと変わらない。蘭みたいなのを何人造ろうと変わらない。蘭みたいに密かに生まれて、堂々とできない存在として育てられて、バレれば後ろ指指されて生け贄になるんだ。NBJみたいに簡単にはいかないんだよ、目を覚ましてくれ。雛さんを無理に巻き込むのもやめてくれ。わざわざサイボーグを造る必要なんかないんだ、あんたは英雄じゃないんだよ。蘭の人生を狂わせて、せっかく画期的な薬なのに、極秘の研究で進めてたから認可も降りてなくて。全てがバレた今、経過が良くなってる患者さんの治療もストップしてる。どれだけ多くの人をがっかりさせて、迷惑をかけたのか…蘭を造れるほどの科学者なら、分かるだろう?何が正しいのかくらい!」
僕の声は彼に果たして届いているのか、自信はなかった。なぜこのタイミングで父と会ってしまったのだろう。僕はこれから、父という存在を軽蔑して生きていかなければならない。
「なぁ響也」
彼は蘭の顔に触れた。
「触んなっ」
んだよ俺が造ったのに、と舌打ちをしたが、すぐに手をどけた。僕が代わりに触れると、もう冷たくなり始めていた。
「誰も、俺の思想を一発では分かってくれない。雛は今だって乗り気じゃないんだぞ?やっと会えた息子にも批判されて。挙げ句の果てに多分俺は、社会からも追放される」
父は虚ろな目で僕を見て、蘭を見て、ドアの方へと歩いて行った。
「……正義って、倫理って、正解って、救うって、一体何なんだろうな」
僕は1人残された。部屋にあったティッシュを水で濡らして、冷たくなった蘭の顔を優しく拭った。ティッシュは瞬く間に藍色に染まった。
愛してるよって、伝えたかったのに。結局最期まで、蘭が先だった。
蘭の胸元に顔を埋め、僕は嗚咽を抑えていた。どこからこんなに出てくるんだろうっていうくらい、際限なく出てくる涙が僕の顔と蘭の体を濡らし続けた。僕の頬についた群青色と涙が合わさって、また藍色の液体になって、蘭のセーターに染み込んだ。どんなに手を強く握っても、もう握り返されることはなかった。
心は通い合っていた。本気で想い合えていた。
今さっきだって、救おうと思えば救えていたのかもしれない。また、響也って呼ぶ声を聞けたのかもしれない。
でもこのまま生き続けても、蘭はきっと苦しいだけだから。
それなら僕は、生よりも、愛と安息を彼女に与えたい。そう思ったんだ。