コメディ・ライト小説(新)
- Re: 藍色のrequiem ( No.71 )
- 日時: 2021/02/19 15:56
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
11.象牙色のbelief
11-1
僕は太陽が完全に姿を消し、闇が少し深くなってから研究棟を出た。唯一青く染まっていないコートを着てボタンを全て止め、鞄を抱きかかえて帰宅した。
蘭は僕が荼毘に付すとスタッフに伝え、1日置いといてもらうことになった。医師やスタッフは最初反対したけれど、父が最後の願いとして、僕に任せることを懇願したらしかった。
帰宅して、僕はすぐ伯母に謝った。
「ごめんなさい…」
「ど、どうしたの響也くん」
「えっと、まず、セーターを汚してしまいました。それから、伯母さんに大切なことを黙っていました……」
コートを脱いで現れたセーターを見て、伯母は「まあ」と声をあげた。
「…とにかく上がって、まずは着替えて温まろう」
言われた通りに着替えて温かな紅茶を飲んだ後、伯母は続きを促した。
「本当は、例の少女を知っていました。そしてその研究に携わったのは…僕の、両親でした」
蘭と付き合っていたこと、雛さんから全て聞いたこと、蘭が大変な目に遭っていたこと、さっき搬送されたこと、父と初めて会ったこと、蘭が亡くなったこと、全てを洗いざらい話した。
蘭との出会いから話すととても長くて、しかも途中でたくさん泣きながら、嗚咽交じりの声でゆっくりと話したので、話し終えた頃には3時間くらい経っていた。伯母は質問を一切せず、料理の手も止めて、ずっと隣で耳を傾けてくれた。最初の方で伯父も帰宅して、2人で聞いてくれたのだった。
「響也くん」
伯母の声は微かに震えていた。さすがにここまで重大なことを隠していたのだから、こっぴどく怒られるだろうと思っていた。僕は俯いて目を瞑った。
「…苦しかったね」
「え…?」
「蘭ちゃんも苦しかっただろうけど、響也くんもすごく、苦しかったよね」
「伯母さん…」
伯母は泣いていた。その背中を、伯父が優しくさすっていた。
「だって、研究熱心で真面目な妹が、そんな危険なことしてたんだよ?乗り気じゃなかったかもしれないけど、元旦那と一緒に。私でさえ、どう捉えたら良いのか分からなくて、頭がこんがらがりそうだよ。…だけど、響也くんにとっては肉親だもんね…しかも蘭ちゃんと好き合っていたんだから…響也くんの気持ち考えると、胸がはちきれそうだよ。そんなに苦しい思いしてたのに、ごめんね、私、ちゃんとは気づいてあげられなかった…っ」
「いや、あのっ、伯母さんが謝ることじゃ…」
「気が済むまで泣いていい。響也くんが失ったものは大きすぎる…私達が支えられるように頑張るけれど、力不足だったらごめん…!」
「僕は、美味しい料理で励ましてくれる伯母さんと、楽しく話してくれる優しい伯父さんが大好きです。救われてます。だから、僕は壊れずに生きてこられた」
泣いて喋れない伯母を優しく抱きしめながら、伯父が僕を見た。
「響也くん…ありがとうな。蘭ちゃんのことは、みんなできちんと見送ろう」
- Re: 藍色のrequiem ( No.72 )
- 日時: 2021/02/23 18:35
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
11-2
蘭はあっという間に骨になった。この骨すら、元々試験管で作られたもの。でもここにはやっぱり、蘭がいる気がした。僕は彼女を家に持ち帰った。リビングの柔らかな日光が当たる場所に置いて、伯母さんが色とりどりの料理を彼女の前に並べた。
雛さん達とは全く連絡がつかず、伯母は珍しくイライラしていた。
僕は蘭を引き取るために学校を休んでいて、リビングにいた。テレビをつけると、夕方のニュースが始まったところだった。
「以前お伝えしました闇治療問題に、新たな動きです。昨日、薬を入れられていた10代の女性が亡くなりました。体内バランスの急激な変化によるものと見られています。また、この研究に関わっていたのは、共にアメリカを拠点に活動する研究者、上島拓也氏と平野雛氏であることが分かりました。また、2人が元夫婦であったことも判明しました。2人は今晩国内で記者会見を行う予定ですが、それに先立ち、共同で次のようなコメントを出しています」
”この度、我々が犯してしまった過ちは、決して謝って済むものではないと承知しております。人を救うとはどういうことか、倫理とは何か。その問いに対する答えの導き方を誤ってしまいました。命を軽視している、そう思われてもおかしくありません。この程度では消えた命の重さと全く釣り合わない、その事は重々に承知しておりますが、彼女や患者様、医療関係者の皆様、共同研究員だった方々に対するせめてもの償いとしまして、現職を依願退職させていただきます。全ての研究に対して、驕ることなく真摯に向き合い、常に誠実であること。研究の大原則を無視した我々は、もはや研究者を名乗る立場にありません。皆様には大変な失望と悲しみを与えてしまい、誠に申し訳ございませんでした”
「ご覧いただきましたでしょうか。…えー、研究の経緯や今後の治療など詳しいことは、記者会見にて発表する予定だということです」
両親が日本に揃い、コメントを発表した。迅速な対応を見る限り、前日、いや、それよりも前から病院は記者会見の準備を進めていたようだった。伯母はテレビを睨みつけ、でも必死に情報を追いかけていた。
記者会見は大変なことになった。取材陣からの非難轟々で、一時的に会見を進行できない場面もあった。テレビをぼうっと見つめながら、両親が揃うのを見るのは初めてだな、と思っていた。
学校は一定の取材に対応するため、臨時休校になった。そしてそのまま冬休みへと突入したので、僕は真理達に会うこともなかった。
程なくして両親は辞職した。彼らに課せられたペナルティーは相当重く、2人の博士号は取り消しになった。その上、査読を通過した数々の論文も、医療分野を中心に削除された。長年積み上げてきた実績は、瞬く間に脆く崩れ去ったのだった。
- Re: 藍色のrequiem ( No.73 )
- 日時: 2021/02/25 13:25
- 名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)
11-3
年が明けて1月になり、僕は18歳になった。相変わらず雛さんとは連絡が取れず、伯母・伯父・僕だけでささやかにお祝いした。リビングにいた蘭も、見守ってくれていただろうか。
両親は処分の後、共に行方をくらました。日本にはもういないのかもしれなかった。
「雛、居場所だけでも知らせればいいのに」
伯母は雛さんの真実が分かってから数日は怒ったりイライラしたりしていたけれど、ある日を境にそれはなくなった。その代わり、僕が知らなかった雛さんの話を教えてくれるようになった。
「雛はね、本当は日本語の論文とかあっちでもずっと読んでたの。でも響也のおばあちゃんがたまに英語で雛に話しかけていたのが、後々の海外生活で役に立ったらしくて。だから響也にも自然に英語を身につけてもらいたいってずっと言ってて、頑なに英語しか喋らなかったのよ。私英語苦手なのに、私がいる時だけは響也のために協力して!って言われちゃって。妹の頼みはなかなか断れなかったんだよねぇ」
「雛はずっと料理が苦手でね。最初は頑張ってたんだけど、研究が向いてるって分かってからはすっかり諦めちゃって。私が作ったのたくさんつまみ食いするようになってさ、あの子1ヶ月で4kgも太ったことあるんだよ!」
「母と雛は昔、結構喧嘩しててね。響也くんから見たら考えられないでしょ?でも一時期は犬猿の仲だったの。反抗期の真っ最中なんか、母のご飯一切食べなくて!でも私のコロッケだけは吸い込むように食べたんだよね。あれ以来、雛は私のコロッケが大好きなの」
そう話す伯母の声は弾んでいるようで、寂しさも感じられた。良心の呵責で苦しんだ妹を1番助けたかったのは、伯母だったのかもしれないと思った。雛の存在を思い出すように、でも心のどこかで片をつけよう、というように話す伯母も、すごく苦しそうだった。僕には聞くことしかできなかったけれど、それで苦しみを少しでも減らしてあげられたら良いと思った。
拓也さんがどういう人だったのか、僕には分からなかった。会ってからずっと軽蔑していたけれど、本当はどういう人だったのだろう。NBJの物語を読む前に、彼はどんな人生を過ごしてきたのだろう。雛さんが愛したのは、彼のどんな所だったのだろう。
伯母の思い出話を聞いて笑うことも徐々に増えてから、僕の考えは変わっていった。僕は拓也さんをほんの一部しか知らない。あの日見た彼が、全てではない。
「頭を冷やすつもりで考えてみたんだけど、拓也くん…響也くんのお父さんも、あんな急進的な考えをするまでには色々あったんだと思うよ、私達には想像もつかないような、研究者としての葛藤とかね。…けどね、響也くん。私思うのよ。響也くんはとても優しくて真面目で、誠実で明るい子。やっぱりそこには、雛だけじゃなくて拓也くんからもらったものもあると思うの。…だから、自分を大切にしてね。これだけは、忘れないで」
僕は伯母の言葉を信じようと思った。両親がやってしまったことは、断じて許されるものじゃない。けど僕の両親は、紛れもなく雛さんと拓也さんだから。僕の家族であることに、一生変わりはないのだから。
いつか赦せるように、生きて待っていようと思った。