コメディ・ライト小説(新)
- Re: 月華のリンウ ( No.10 )
- 日時: 2020/12/06 14:55
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
08.蓮の母君
麗らかな日差しの中、暘谷と風龍が手を合わせているのを見つめる。
「……兄さん、こんなに強かったんだ」
珠蘭から聞いてはいたけれど実感はなかった。自分の兄がこんな大国を代表する軍人とは思わない。
あの暘谷が、押され気味でいることが鈴舞では驚くべき事だった。
「黄 風龍は剣術の達人だからな、主が押されるのも無理はない」
と月狼が木の上から下りてきて言う。鈴舞は月狼が言うならば本当の事だろうと静かに頷く。
すると、宮中の睡蓮の花の色の衣をまとった侍女がやってくる。
「殿下。水蓮様がお呼びになっております」
手合わせをしていた2人は剣を動かす手を止める。
そうか、と暘谷は答え行こうとするが、侍女がスッと暘谷の行く道に立つ。
「月狼様、珠蘭様と、客人も連れて来いの仰せです」
鈴舞はビクッと身体を強張らせ、大人しく従う。
(皇子に用事があって連れて行くのは普通だけど……何で私まで?)
そう考えを巡らせているうちに目的地に着く。蓮の池や木々が美しく咲き誇った場所だった。
「お嬢さん、主の母君……貴妃である水蓮妃が住まう佳月宮だ」
月狼は小さな声で耳打ちをした。
すうっと息を吸って吐いた暘谷は扉を叩く――――そして穏やかな声が短く「どうぞ」と言った。
中に入ると椅子に座った銀色に輝く髪を巻いて片耳に大きな石をつけた桜色の瞳の美女がにこっと微笑む。
水蓮妃の頬は薔薇色に色づいており、ゆっくり走ってきて鈴舞の手をぎゅっと握る。
「貴女が黄 鈴舞さんなのですか?………そちらの者の便りで聞きました、大変でしたね!」
指した先にいたのは月狼だった。
鈴舞に睨み付けられた月狼はバツが悪そうにそっぽを向き「………報告も必要だと思ったから」と呟く。
珠蘭だけではなく水蓮妃までに情報を渡していたのかと鈴舞は思う。
コホンと咳払いすると、鈴舞は跪き水蓮妃を真っすぐに見つめる。
「名は黄 鈴舞と申します。貴女様に出会えたこと、大変嬉しく思います」
そう挨拶をすると優し気な声が響き渡る。
「おぉ、もう集まっておったかっ。ちぃと遅れてしまったな、呼んだのはワシなのになぁ」
暘谷達は振り返りほぉっほぉっ、と陽気に笑い綺麗に着飾った初老を凝視する。
「……皇帝だ」
月狼は瞬きもしないで呟く。珠蘭も目を伏せ、両手を重ねる。
(こっ、皇帝!? ………このお爺さんが!?)
突然の登場に戸惑う鈴舞だったが、その漂う気品から理解した。
「暘谷が帰ってきたばかりで騒々しんじゃが…話したいことがあってのぅ……」
美髭を触りながら席に着くと目を細める。
「そちらのお嬢さんが月狼の言っていた黄 鈴舞か。便りの通り、見事な黒髪だな」
と温かい笑みを目を見開き黙り込んだ鈴舞に向けるがサッと暘谷を見据える。
「……飛燕城に使いに出した者が帰ってこないんじゃ、もしかしたら何かあったのかもしれない」
水蓮妃は膨れた御腹を摩りながら話を聞く。
愛おしそうに御腹を見つめる水蓮妃は花々が咲き誇る佳月宮の主として誰よりも相応しかった。
「解りました、準備が出来次第、……飛燕城に行きます」
皇帝は満足したように大きく頷き、「宜しく頼むな」と言う。
珠蘭と月狼は両手を重ね、会釈をした。
* * *
「私、客人として此処に居るのは嫌なの……皇子に言った通り、私は宮中の者になりたい」
佳月宮を出るところだった暘谷等は、振り返り目を見開く。
もう一度、もう一度言っておかなければ、一生このままになってしまいそうで鈴舞は言ったのだ。
「あのぉ、それなら……良かったらですけれど私の侍女になってもらいませんか?」
手を挙げて水蓮妃は鈴舞に駆け寄る。その言葉に驚いた鈴舞は言葉を失う。
「……嫌ですか?」
悲しそうなその表情に鈴舞は急いで首を激しく振る。
「嬉しくて……こんな黒髪だから円寿でも下女として働くのが嫌がられたんです………でも、水蓮様に………こんな事言ってもらえることが…ッ!」
思わず、涙が目から溢れる。
「黒髪なんて気にしなくて大丈夫です。むしろ珍しくて綺麗ですわ………自信を持って下さいな」
そう穏やかに微笑む。
鈴舞は我知らず、泣いていた。今までの出来事を思い出すだけで心が嬉しくて震える。
(………どうして………優しい人が多いのかな………皇帝だって水蓮様だって………こんな私に)
子供のように泣きじゃくる鈴舞に月狼と暘谷、珠蘭は慌てる。
珠蘭は抱き締めて頭も撫でて安心させてくれる。月狼と暘谷は温かく優しい言葉を掛けてくれる。
水蓮妃はそんな子供のように泣きじゃくる鈴舞に温かい我が子を見守るような眼差しを向けていた。
*
鈴舞は翌日、都に向かう途中に買い揃えた服などを纏め佳月宮に向かう。
同部屋になる者達は黒髪である鈴舞の事を慣れないようで恐がるやもしれない。
そんな不安も抱える鈴舞だったが、優し気な笑みが零れていた。
優しい自分を受け入れてくれる人達に出逢えたことに相当な喜びを感じていたからであった。
円寿国の一下女は月華国に渡り皇族と親しくなった。
そして、皇帝の寵妃の侍女になった。
それは十分な出世だった。