コメディ・ライト小説(新)
- Re: 月華のリンウ ( No.13 )
- 日時: 2020/12/06 14:54
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
11.2人は
「……着いたな、けど、人の気配がしてない」
不気味だね、と顔を見合わせた暘谷、珠蘭は身を縮こまってしまう。
飛燕城は白陽国の国境に位置する城だ。雪原で森に囲まれている場所。
「見て。暘谷、あそこに人が」
白い息を吐きながら珠蘭は城にある一番端の窓を指す。そこには厚着をした少年、いや兵士の姿があった。
バッと身を乗り出してこちらを見た兵士は2人いるうち1人は皇太子殿下様だと気が付いたようで慌てた様子で下りてくる。
「暘谷皇太子殿下、珠蘭様までッッ! こんな場所まで……御身体の方は大丈夫ですかッッ?」
寒さに耐える暘谷と護衛と言ってもか弱い女の珠蘭の身体を心配する。鼻先を赤く染めた2人は頷く。
暘谷は「大丈夫だ」と答え、此処に来た理由を話す。
「お前達が星銀の都に帰ってこないから、俺達は来たんだ。中に入るぞ」
それを聞いた兵士はギョッと目を見開き、止めに掛かる。
「いけません!! 今や“飛燕城内は呪われています”そうしたら珠蘭様や殿下まで無事ではすみませんッッ」
その兵士の慌て具合に暘谷は不思議そうに珠蘭を見つめる。珠蘭もやっぱり解らないようで「それ、どういう事?」と兵士を鋭い眼差しで刺す。
「……そ、れは……17日前にこの辺りをうろつく山賊に襲われ、飛燕城に居た兵士の大半がやられてしまいました。けれど、その時はまだマシでした。16日前、若い少女が薬や食物を届けてくれ、それを飲んだり食べたりした途端……」
中に入るよう兵士は促し、眼の暗い影が揺らめく。暘谷は城内を見て言葉を失った。珠蘭は見た途端、顔を逸らし口元に手を添える。
「自分は見張り番なので外に出ていたんですけど、他の皆は……かと言って星銀の都に戻る為に山も下れなく……行けませんでした」
城内に居たのは寝込んだ兵士達。周りには致命的な傷を負っている者も多く、息途絶えている者、苦し喚いている者、泣いて言葉にならない悲鳴を上げている者、寒さと痛みに耐えきれず眠りと言う死を選んだ者。
空気は外よりも澱んでいて、息がしずらくなっていた。こんなところに居たら具合も悪くなると暘谷は思う。
(何か、甘くだけど、違和感のある生臭いような……何の匂いだ?)
嗅ぎ覚えのある匂い。隙間風が入り、凍えている兵士達。
「……皆、体温も低い……これは、不味い。長期戦になりそうだ」
暘谷は危機感を覚え、顔を歪めながら口角を上げる。不快な匂いに暘谷と珠蘭は顔を歪め、鼻を抑える。
ふらっとその匂いから気持ちが悪くなったようで珠蘭は姿勢を崩し、倒れそうになり壁に縋りつき苦しい痛みに耐える逞しい狼のようにふーっと息を吐く。
「珠蘭様ッッ、大丈夫ですか?」慌てて駆け寄ってくる兵士を「平気」だと手で制する。本当に大丈夫なのかとこの場にいる者は心配するが珠蘭は先に進む。
『早く帰ってきてね』
暘谷は曇天に向かって心の中で謝る。
___________その約束を守り切れないかもしれないと、すまないと。
* * *
一方、星銀の都に居る鈴舞と月狼はというと。
「何で、月狼が居るの? 一緒に飛燕城へと行ったんじゃないの」
鈴舞は訝し気に眉を顰め、木の上に座る身軽な暘谷付きの護衛に問い掛ける。月華の中で強いと言っても護衛に選ばれた女の身ながら唯一無二の珠蘭を極地に連れていくなんて、何を考えているのだろうかと鈴舞は思う。
「オレは主の代わりに鈴舞を護衛を頼まれた身なの。珠蘭は言っちゃなんだけどオレよりも剣術は強い」
過言じゃねぇぜ、と上から笑い交じりに話す声が聞こえる。
「そんな……私の事は後回しでいいのに。少しでも暘谷の事を助ける人が傍に居て欲しかった」
早く帰ってくる、と暘谷は言ってくれた。それだけで嬉しかったのに、安心したのに。もう十分だと、待っていられると思ったのに。
きっと約束を果たそうとこんな風に月狼と他愛のない話をしている間に極地で目まぐるしく動いているだろう。
帰ってくる為に。
遠方に居る暘谷と珠蘭を想う鈴舞の切なげに瞬く顔を上から見た月狼は頭を軽く搔き、顔を少し歪めてしまう。そして、下唇を強く噛んでから目線を逸らす。
「………鈴舞、今日の仕事は?」
唐突に月狼に訊かれ、鈴舞は息を呑んでから口を開く。
「いつも通り。私は、皆と違って水蓮様に頼まれた品を市場に買いに行くの……水汲みも終わったしね」
月狼の返事を待たずに歩き出す鈴舞の後ろ姿を文句も言わず静かに見つめてから、木を渡り追いかけた。
* * *
「いつ歩いても此処は良いね」
隣で歩く月狼に話し掛ける。色とりどりの布が宙に紐で繋がられた賑やかな連なる露店。
思わず、頼まれた品を取りに行くはずなのに目移りをしてしまう。
ジッと腕輪を見つめていると月狼が薄い唇を三日月形に結ぶ。
「買ったあげましょうか、お嬢さん」
そう言われ「えっ」と嬉しがってしまうが、鈴舞はすぐさま、かぶりを振った。
「どうして、欲しがってたろ?」
歩き出し、その髪飾り屋から離れる鈴舞は問い掛けてくる月狼に何とも言えない表情で答える。
「だって。暘谷達が極地で頑張っているのにも私だけ楽しんでちゃ悪いじゃない」
そうかあ?と不思議そうに首を傾げる月狼に鈴舞は苦笑を溢しながら「そうだよ」と言う。
そこまで極地に居る2人を考えるものなのか、自分の事を拒絶したんじゃないのか、と思う月狼は納得はいかなかった。
暘谷には髪飾りを買って貰っていた、今も大切に髪に着けている綺麗な玉石と押し花の髪飾りを月狼は睨み付ける。
『悪いよ』――――『気にするなよ、女子に物を買ってやるのは男の本望だ』自分だけ2人の間から弾き出された気がして居たたまれなかったのは笑い飛ばそう。
鈴舞は、水蓮妃御用達の“花柳”という書店に鈴舞は笑顔を浮かべ入っていく。
最初は鈴舞の黒髪に戸惑っていた店主も慣れ、によって温かな微笑を向けてくれるようになった。
此処では堂々と素で居られると鈴舞自身もお気に入りのところだった。だから、此処への使いを頼まれると楽しみで鼻歌もしてしまうくらいだった。
そのくらい密かな楽しみの1つなのだ。
「おじさん、頼んでいた本をお願いできるかな?」
店主は笑顔で頷き、書庫へと入っていく。
そこで_______少し古臭く独特の匂いをする店内を見渡すと小さな少年が視界に入る。
分厚い書の文章を蜂蜜色の眼で追っていき、周りなど気にも留めない様子だった。
焦げ茶色の可愛らしい雰囲気の少年から漂う空気はただ者でない感じがする。
月狼は、そんなことも知れず店内を歩いていた。
熱い視線に気が付いたのか首を左右に振り、小首を傾げる。目が合うのは必然的だった。
「あ、えと……」
口ごもる鈴舞に対し、少年は瞬きもせず鈴舞の足元から旋毛までジッと見つめる。
「鈴舞ちゃん、かの有名な水蓮妃様に頼まれたのはこれかい?」
書庫から戻ってきた店主に声を掛けられ、咄嗟に身構えてしまう。ハッと気が付いた鈴舞は「あ、はいっ」と作り笑顔を浮かべた。
「来儀坊、ついでに買った書を持ってきたけど大丈夫かい」
来儀、と呼ばれた少年は小さく頷く。
分厚い何冊もの書を確認すると満足気に表情を綻ばせる。鈴舞は息を吸うのも忘れてしまう程、可愛らしく気品ある笑顔に目を見開く。
「……僕は霞 来儀、宜しく」
そんな自然な自己紹介に鈴舞は戸惑いながらも、薄紅の唇の隙間から声を出した。
「私の名は黄 鈴舞。こちらこそ、宜しくね……えと来儀さん」
来儀はそんな鈴舞に「明らかに貴女の方が年上でしょ、呼び捨てで良いよ」と無表情で言う。鈴舞は慌てて「来儀……?」と呟くと満足気に頷いた。
「何の、書を……買ったの?」
と訊いてみると来儀は躊躇って、でも、すぐに見せてくれる。鈴舞はその難しそうな医学書に政の内容の本に目を丸くしてしまう。
こんな書は見た感じの彼の年齢では読まない、というか読めない本だ。鈴舞はその頭の良さから感嘆の声を漏らしてしまう。
「す、っごいね……こんな難しい書を読めるなんて」
来儀は鈴舞のその言葉に頬をほんのりと赤らめてから「そんな事ない」とかぶりを振った。
「貴女は?」
そう訊かれるも、鈴舞は苦笑交じりに話す。「この書は主人の好みなんだ」と鈴舞は言う。
来儀はすると、月狼と意気投合したのか笑い合っていた店主を呼びつける。
「……簡単な日常に活かせる医学書、それから文学書を買うから選んで持ってきて」
店主は隣に居る目を瞬かせる鈴舞から状況を察し、笑顔で頷いた。
* * *
夕暮れの中、歩く鈴舞の手元には本が3冊もある。いつもとは違う重みに鈴舞はちょっと嬉しくなってしまうのだった。
先程、別れた来儀に買ってもらった医学書は日常に活かせる代物でこれなら暘谷達の役に立てると思う度に口元が上がってしまう。
文学書には色んな有名な話がこれで暘谷達に有名な本の話が出来ると心が弾む。
「良かったな、買って貰えてよ。来儀坊に」
月狼は来儀の事を店主のように短時間で呼べるようになり、これには打ち解けるまで時間の掛かったと言う店主も呆然と見ていた。
自分の時は断られたのにも来儀には買って貰った贈り物を受け取った鈴舞が気にくわなかったのか、拗ねた顔をしていたのは事実だ。
「あの、……何かごめん。でもさ………月狼も元気づけようとしてくれてありがとう」
その微笑に月狼は瞬きもせず、静止する。そして気恥ずかしそうに首の後ろに手を回し、「……まぁな」と曖昧な返事をする。
「早く、帰ってきて欲しいね」
何かを悟るような、願うようなそんな言葉に月狼は何も言えず息を呑むのもその美しい彼女の世界を壊すようで出来なかった。
* * *
――――――――「早く、帰るから」
離れ離れになったとしても、2人は同じ想いを抱いていた事は誰も知り得ないだろう。
暘谷は澱んだ空気の飛燕城から出てきて、星々の眩しいほどに輝く満点の空を見つめる。
白い息を吐きながら呟く。鈴舞と同じ風に祈り、願うように。
誰かを想う気持ちが、1人1人の胸に芽生え、それは新たな出会い、関係を紡いでいく第一歩となったのだと冬は告げた。
星々は誰かの願いを届け、祈りを示すそんな役割を果たす為に、今宵も誰よりも眩しい程、輝いているのだろう。
飛燕城、それは読み進める為のきっかけ。