コメディ・ライト小説(新)

Re: 月華のリンウ ( No.14 )
日時: 2020/09/06 15:41
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

12.予感

 「……ゴッ、……ゴホッッゴホッッゴホッッゴホッ!!!」 

大きく咳き込んだ主は_______暘谷だった。

喉が燃えるよう熱く、そして苦しくになって胃酸と唾が一緒になって込み上げてくる。

口元へ添えたカタカタと小刻みに震える手を離れさせ、凝視する。

掌には吐血したと思われる赤黒い液体が。

 暘谷は泣きそうになってから、けれども、すぐに乾いた笑みを浮かべた。

 腰の力が抜け、倒れそうなのを通りかかった珠蘭が支えた。

「……暘谷……っ!!」

限界に近いあの兵士と同じ見張り番で寝る暇もない血の気を引いた珠蘭の顔をジッと見つめてから乾燥した唇の隙間から声を出す。

 「……っは……鈴舞を、……星銀に……呼びに行って、……くれ……お、……お願いだ」 

いつまでも、鈴舞を想い早く帰ろうと城内で過ごし策を練る暘谷は吐血するまで弱っていた事を陰ながら見守っていた珠蘭は大きく頷く。

例え、この身が尽きてしまっても鈴舞を城に連れてこようと珠蘭は決意する。

   *   *   *

 「何か、今日は嫌な予感がするの」

何言ってんですかい、と休憩時間の今、書を読む鈴舞を見つめる月狼が言う。

「……本当、……円寿の先の王様が暗殺された時みたいに……胸騒ぎがする」

鈴舞は来儀に買って貰った書を優しく撫で、俯く。

ひどく嫌な予感がした。心臓が喉もとまでせりあがってきた。

自分の予感が外れたことがなかったからこそ遠方に居る暘谷と珠蘭が心配で心配で仕方がなかった。

 「飛燕城に、行けたら……いいな」

珠蘭でも、月狼でもなく自分が彼の一番の協力者になりたいと鈴舞はいつからか思うようになった。

その想いは離れれば離れる程、強くなり傍に居たいのだと心が叫ぶ。

ギュッと胸倉を荒々しく掴み、はぁっと深呼吸をした。

 ふと目に入った医学書に載った植物に見入ってしまう。

『イレングレバナ』

その説明には真っ黒でけれど深みのある大変美しい花を咲かせ、毒成分のある果実を実らせる。

綺麗な花には棘があると言うようにこの花はかぐわしいその匂いも嗅げば嗅ぐほど害になるらしく医学界で何も知らない民が死ぬ最大の原因とも言われている程らしい。

引き起こすのは吐血、それから胃痛。

もっと酷くなれば命の危機にもなりかねない。そういう花。

(……黒い花って……私みたいじゃない)

我知らず溜息を吐くと書を優しく閉じた。

 _____________「鈴舞ッッ!!」_____

何度も思い出した姉のような女性が目の前に息を切らして走ってくる。

鈴舞と月狼は激しく動揺し、目を見開く。

極地へと、暘谷の護衛として旅立った珠蘭。金髪を揺らし、碧眼から1つ筋の光を流した。

彼女は、泣いていた。

いつも凛々しく振舞い、兵士を従えてきた彼女が血の気を引いたいかにも具合の悪そうな表情をしている。

「……鈴舞、お願いだから、早く、……暘谷のもとに行ってあげて……彼は、大変な状態で……っは」

真っ青な顔で意識を失い、倒れそうになった珠蘭は慌てて傍に寄った月狼に抱き抑えられた。

「……お嬢さんの勘、あたったかもしれませんで」

眼光を鋭くし、口元を歪めた月狼に鈴舞は重々しく頷いた。ただ事じゃないくらい珠蘭の言ったことで判っている。

「暘谷の許に行っていいか、水蓮様に訊いてくる」

そう言い放ち、普段は出さないスピードで宮中を駆けた。

   *   *   *

 「そんな状態に……解ったわ。皇帝には話をつけておくから殿下の許へ行ってあげて。それが愛する息子の望みなら母は反対もしない」

長い睫毛を伏せ、心配げに瞬くその顔を見つめ、鈴舞は跪く。

「……ありがとうございます、必ず殿下をお連れして帰ってきます」

諦めないと、鈴舞はその想いを示した。珠蘭の言葉を聞いてもなお、私は殿下が生きて居ることを信じ、まだ救う術を探すと。

水蓮妃は大きな桜色の瞳を見開き、目元を緩ませる。睫毛で縁取られた目から涙を流す。

安心、したような。そんな顔をして、この子に任せようと言う気持ちが鈴舞には伝わった。