コメディ・ライト小説(新)

Re: 月華のリンウ ( No.15 )
日時: 2020/12/06 14:58
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

13.叶えたい願い

 「……く、くそ…っは……」

あれから何日経っただろうか、身体の具合は直る兆しもない。

このままでは約束も果たせず、ましてやこの城を救うことも出来ない。

(俺は何の為に……飛燕城に来たんだ。布団の上で横たわることをする為に来たわけはじゃないのに……)

 暘谷は衰弱した上体をのろのろと動かし、ふーっふーっと息を吐きながら布団から立つ。

 壁に沿って机へと1歩1歩、慎重に歩く。こんな状態になる前にどうすればよかったのか、と思考を巡らすが答えは見つからない。

 ふと、飾ってある黒い花が視界に入る。

震える手を伸ばし、花弁を触ると暘谷は辛い中だと言うのに表情を綻ばせた。

 「鈴舞………ゴホッゴホッ……はっ……は、っは」

何かを喋るだけでこの通りだ。咳き込んだ時は決まって吐血する。

胃が針で刺されるように、軋むように痛い。

意識も日に日に遠くなっていることは知っていた。気付いている。

珠蘭は鈴舞の許へ着いただろうか。もし、自分が死ぬのなら鈴舞の傍で死にたいと、思える。

誰かの許で死にたいなんて思ったこともなかったのに、可笑しなものだなと乾いた笑みが漏れる。

見慣れてしまった手に付着したどす黒い血。慣れてしまった胃痛に朦朧もうろうとする意識。

 「暘谷、暘谷ッッ!」

嗚呼、幻影まで見えるようになってしまったのか、と暘谷は悲し気に、それでも優しく眼を細めた。

彼女とした約束を守ろうと奮起をして努力してみたが自分ではやはり力不足だったようで飛燕城を救えなかったのは事実だ。

責められて当然なのにもどうして心配して自分を抱き抱えてくれる鈴舞がいるんだろう。

(……自惚れにも程がある……鈴舞と俺が、……同じ気持ちな訳はないのに)

唇の隙間から言葉を発する。無事に帰ったら伝えようと心に決めていた言葉。

 __________「好……き、だ」__________

 鈴舞の印象深い真っ赤な宝石のような瞳から、ぽたっと真珠のようなものが落ちる。

それは、暘谷を思う気持ちが詰まった温かく優しい涙だった。

 「……よう、こく……」

余った力で鈴舞を引き寄せ、微笑み掛ける。

 「ぇ」

 くったりと力の抜けていった暘谷はすうっと静かに意識を失った。鈴舞は静かに一筋の涙を流し、下唇を噛むと「……ばか、今言う事じゃない」と呟く。

ろまんすの欠片もない告白に鈴舞は文句を言いながらも涙を流す。それは、溢れ出した自分の身の丈を知ろうともしない思いだった。

暘谷と同じ想いなのかは流石の鈴舞でも判らなかった。ただ1つはっきりしているのは生きて欲しいと叫ぶ心だった。

滝のように溢れ出す涙を強引に拭う。

(……入り口から遠い場所で寝ている人たちの方が重症に見える……暘谷、何か知っていないの?)

そう問い掛けても暘谷は眠っていて、何も話してはくれない。

暘谷の机を探ってみると沢山の紙が散らばっていた。

(!)

その紙には初期症状から、今の兵の様子。暘谷自身に起こった症状まで書かれていたのだ。

 ―――――――○月▽日
 城に来た時よりも身体が重く感じる。腹が痛いと兵が訴えているよう俺にも。

 ―――――――○月□日
 珠蘭に言えない。吐血をした、けれども珠蘭は気付いているのだろう。兵が、自分が、俺が日に日に衰弱していっていることを。

 ―――――――○月○日
 見張り番をしていた珠蘭はまだ、歩ける状態だそうだ。鈴舞を連れてきてもらう為に使いに出した。俺が本来行ければいいが、足腰が弱り、歩けない状態になってしまった。

 “約束を守れそうにない”

鈴舞はその紙の端に書いてあった言葉を見つけ、口を押える。ぽたっとまた、涙を流してしまう。

(……吐血に、胃痛……日に日に衰弱)

荷物から医学書を出そうと立ち上がった瞬間、高いところから底までずーんといっぺんに落ちた感じで目の前がくらくらした。

(……!? すぐには、ならないはずじゃ……)

人によって違うのか、と鈴舞は思う。

『見張り番をしていた珠蘭は歩ける状態』

でも、中に居た暘谷は歩けない状態。吐血もしていて重症。

まさか、と鈴舞は口を開いてしまう。今まで絡まった糸が解けたような気がした。

その時、視界に入った花に眼を見開いた。

 それは、そう__________『イレングレバナ』真っ黒だけど大変美しい花を咲かせる毒植物。

 「どうして、これが……」

(この城内にいた者、全てこの植物のせいで息途絶えたというの?)

息を呑む。香の前に立つと手を空気を掻くよう自分の鼻孔に持ってきて匂いを嗅ぐ。

甘く媚薬性もありその上、毒性も強いこの香りは間違いなく『イレングレバナ』だった。

まさか、誰かがわざと香を焚いたと言うのかと鈴舞は後退りをする。

急いで暘谷の首元をなぞるよう指先を置くと呼吸を確かめる。

 「良かった………まだ、息がある」

なら、と鈴舞は背負い込むと一緒についてきた月狼のいる木が見える窓へと運び込む。

「お嬢さん、って主!? ……どうして、主は気を失っていてお嬢さんはふらついているですかい!!」

月狼はあたふためく。鈴舞は呼吸を整え、前を向く。

 「ねぇ月狼、原因はこの黒い花・イレングレバナだよ。この花は美しい見た目だけど毒性の強い危険な植物」

鈴舞は花を見せてから、地面に置いて花と香を雪に埋める。

「有害な匂いが空気中に散って、吸い続けると影響が出るの。だから、意図的に誰かがこの花を……」

鈴舞は恐怖が次第に増長し脈拍が速まるのを感じた。そして、青ざめた顔で言い切ると疲れた顔に伝った汗を拭う。

 周囲の空気がこの極地のように凍り付く。まるで何もかもカチコチに動けなくなって壊れてしまうかのように。

 「ある少女が自分達を心配して心が安らぐからと毎日焚いて置いて下さいと貰った花です……!」

「間違いありません」とその声は力んでいた。息を切らして、がばぁっと頭を下げる兵士に月狼は目を見開く。

「……! 胃痛は大丈夫なのか」

兵士は「は、はいっ!」と答え、鈴舞を見つめた。

「鈴舞殿に薬を貰いまして……」

その言葉を聞いて月狼は鈴舞に近寄ると「主には」と言い、鈴舞は首を振って「今から」と言う。

 苦しそうに藻掻く暘谷の傍に行って、小さな瓶を取り出すと暘谷の口へと液体を入れる。

 「安静にしてれば大丈夫。私、残りの人達にも飲ませてくる!」

鈴舞は黒髪を一括りに結うと、ぱたぱたと城の中に入る。

 ___________「さて、オレ等は山賊をあたるぞ」

と兵士に向き直る。

 「それにしても、悪事を働いた身でまだ、飛燕城周辺にいるとは馬鹿な連中だな」

月狼は声を上げて笑う。心の底から小馬鹿にした言い方に兵士は苦笑いをしていた。

「城を標的にしていたくらい、図太い神経の持ち主だから捕まらないと思っていたんでしょう」

森を掻き分け、炎の灯された一角へと星銀から連れてきた兵士を連れた月狼は足を踏み入れる。

 「お前達か、毒植物をよこしたのは」

   *   *   *

 「……この城や自分の事を殿下は恥ずかしく思っているのでしょうか。自分等の危機感のなさのせいでこんな状態に殿下をしてしまった」

しゅんっと項垂れるやつれた顔の兵士に鈴舞は瞬きを繰り返す。

「負担ではなく、御力になりたいのに……あんな苦しめて………もう、此処へは来て下さらない気が、するんです」

目を伏せた血だらけの兵士に鈴舞は微笑み掛ける。その笑みに含まれた感情は喜びに安心。優しげな表情に兵士は目を見開いた。

 「それは、大丈夫だと思いますよ……暘谷は優しいですし、……解決する為だと言っても1人1人の身体の状態を資料にまとめているくらいですから」 
 
   *   *   *

 「なんだぁ、てめーらよ」

酒を片手に仲間で嘲笑う山賊に月狼は眉をピクリと動かし、皮肉めいた笑みを浮かべた。

 「星銀の都より来た兵団の者だ……困るな、勝手に人の物を襲って盗み、毒を運ばせるとは」

月華の兵士だけが使う事の許された剣に鎧、そして、食物までが置いてある。

「あんな警備の筒抜けな奴らがお城の兵隊さんだってよ!」

「たかーい城壁ん中で俺等に食物をよこしながら昼寝でもしてればいい物を」

「無駄に抵抗してよぉ……まあ、ご苦労さんだなぁ!!」

ははは、と声を高らかに上げて笑う山賊に月狼達は顔を歪ませる。

 「昼寝、か……生憎だが、それは御免なんだな」

 剣を抜いて構えた月狼達を見て山賊はにやっと怪しい笑みを浮かべた。調子に乗っているからか皇太子殿下付き直属の部下を侮っているようだった。

 「オレは主を、支える為に居る。珠蘭が隣で護り、背中合わせで闘う。自分の立場を見失わず、前を見られる」

 掌を丸め、拳を作る。ざくっと一歩踏み出し、前を向く。

 「向かい合いたいと思う者も、主も護れる強い奴にならないとって思ってる」

(主は、鈴舞を護る。とにかく、絶対に。2人を護れるくらい強くなりたい)

「おめえ、何ごちゃごちゃと言ってんだよ」

山賊は苛立たしそうに月狼を狙って酒を投げつける。月狼は顔を動かさず、瓶を剣で斬る。

「気にするんじゃねぇよ、お前達にじゃないから。心の整理をしたんだよ、心の」

剣を取ると立ち上がり、山賊は笑う。

「李様!!」

加勢に来た兵士等に月狼は怒鳴る。

「お前等、おせぇかよ!!」

その直後に、キィインッ!という鈍い金属音が響いた。

山賊の剣と月狼の剣が激突した音だった。

「すみません、聞き入ってしまっていて」

「とても感動しています!」

その言葉に照れくさいのか月狼は唇を噛み締め、「ベらべら喋ってるとやられるぞ!」と言う。

 そんなことを話していた月狼と山賊は至近距離で睨み合いながら、武器を押し合っていた。

山賊は焦った顔で目つきを鋭く、月狼はいつもの切って貼りつけたような皮肉屋の笑みを浮かべていた。

打ち合い、流れ、離れ。

また。

絡み付くように刃と刃が合わさる。

 どちらかが少しでも判断を誤れば決着は一瞬でつくそんな判断力が試される勝負。

 ぶつかる気迫と気迫に月狼は笑う。「やるな、山賊のくせに」と言うと山賊は「まあな」と答える。

   *   *   *

 「殿下、殿下ッッ!!」

眼を恐る恐る開けると見知れた兵士達が囲んでいた。

「お、……まえら……」

上体をゆっくり、と起こし、周りを見渡すと月狼が山賊を縄に掛けて引き連れてこちらに向かってきているのを見つける。

「あ、主ぃい!!!」

手を大きく振った月狼に応えるよう暘谷はいまだ、力の入らない手で振る。

「……皆、……状態が良くなったんだな」

と表情を綻ばせた暘谷に兵士等は瞳を潤わせてしまう。

「鈴舞殿、鈴舞殿!!!」

(嗚呼、やっぱり、運命だ……)

聞き慣れた名前に暘谷は目を見開くと、いつか夢に見た少女が目の前に立っていた。

 「暘谷!目が覚めたんだねっ」

頬を寒さのせいで赤く染めた鈴舞に暘谷は更に目元を緩ませる。白い息を吐きながら、大きく頷いた。

(運命だと思う出会い、それを経て知っていく感情)


________________その幾つもが何処どこにいても消える事のない希望になる。