コメディ・ライト小説(新)

Re: 月華のリンウ ( No.19 )
日時: 2020/12/06 14:59
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

17.看病

 ―――――――――――――仰向けのまま、身体が海の中へ放り込まれる。

 恐る恐る瞼を開ければ、すでに海面からかなり離れていて遠くの日光が青に揺られているのが見えた。 

 不思議と息苦しくはなくて、そのまま水中の音に耳を傾け心地よさを堪能していると、光を遮るように海面近くに黒の大きな生物が一頭、現れた。

 その大きさに少し怖くなって思わず息を潜める。

 こんなに広いのに頭上の生き物は、優雅に泳いで私の視界からは消えてはくれない。今更になって、恐怖が全身を支配する。



 私はこのまま、其処へと墜ちていくしかないの?____________




 ―――――――「……、……夢?」

その夢の内容は起きると同時にあっさり消えてしまっていた。全身に汗を掻いている時点で良い夢ではないことは明白だった。

 鈴舞は、はぁっと息を吐いてから、お凸に張り付いた髪の毛を手櫛で整えた。

ベッドから下りようとすると………。

 「!!!?」

 身体が動かなかった。しかも左半身だけ。

半身だけ金縛りにあっているのか、と初めて下を見たところ、鈴舞は驚いた。

何度も目をこすって、見てしまう。
 
 なんと、暘谷に手を握られていて、膝枕の状態だったのだ。

「……………よう、こく………なんで……」

きっと知らせを受け仕事を放り出して来たのだろうと短い間の付き合いの鈴舞でも大体察しのつく事だった。

 「………ばか……か……って、言ってる私も、か。自分の状態に気が付かなかったもんな……」

 寝てしまう前に月狼にお凸に触れられ、負ぶって貰った事。

 走馬灯のように瞼の裏に蘇ってくる出来事に薄ら笑みを浮かべる。

自分の情けない所、月狼の勘の良さと未だに残っている生ぬるい体温。あの鋭い綺麗な目と息継ぎの仕方。

 生々しい、まだ、月狼が近くに居るようだった。

ギュッとあの時、触れた掌を握り締め、見つめる。


 思いきりブンブンっと頭を振り煩悩を捨てようとすると視界に入った、微量の光に当たりきらきらと輝く一束の銀色の髪にその手で触れる。

 暘谷の眉間に皺が寄っていた。

心配して熱が下がるまで看病してくれたのだろう。

布やら氷が入っていただろう袋、などが散らかっているから、すぐに判る事だった。

 「ふ、……酷い顔……」

眉間を人差し指で突いてみれば眉毛は動き、寄っていた皺は伸びる。すぅっと優しく息を吸って吐いてを繰り返す。

 子供のようにギュッと鈴舞の左手を握り締めてうずくまり、可愛らしく目を伏せる暘谷に鈴舞は顔を綻ばせる。

(跡が付いちゃってるじゃない………そんなに、心配したの……? こんな黒髪の忌々しい私の事を………一国の皇子様が下女だった女を看病って………どうかしてるでしょ……)

 そんな事を思いながらジッと見つめ、観察をしていれば暘谷の指が少しずつ動く。楽器を弾いているかのようだった。

 (あ、起きた……)

 もぞもぞ、と動き出す暘谷を鈴舞は赤子を愛おしく思う母のような眼差しで見つめる。

「う~」と呻き、欠伸を一回すると半開きになった眼を擦る。



 ―――――――「………お、え? ………りん、う……鈴舞、起きたのか!!?」




 一瞬、訳の分からなそうな顔してからみるみると可愛らしい子供のような笑みを浮かべた暘谷は余りの嬉しさから鈴舞へと抱き付く。

抱き付いてきた暘谷に驚き、頭が回らない鈴舞は硬直してしまう。温かい、体温が伝わってくる。

その度に激しく胸が脈打つのだ。

 「え、あ………ふぇ……い、……な、……ようこく……」

 ―――――ゴトッと大きな音が鳴り響き、振り返れば硬直した月狼が後方で二人を凝視していた。

 「せめて………扉をしっかり閉めてそういうことをして下さいよ。見る方のこっちになってくれ」

 (月狼ッッ!!!?? う、うぅうううそ!!!?)

げっそりとした表情した月狼に驚き、慌てて鈴舞は暘谷を凄まじい力で突き飛ばす。

 「おぶッッッ!!!」

鈴舞の拳が腹に直撃した暘谷は腹を抑えて呻き声を上げる。

 そんな痛いと言う苦し辛そうな様子を見ても心配できる程の余裕もなかった鈴舞は布団を包まってしまう。

 「………ったく………主って奴は………」

呆れたように溜息を吐きながら鈴舞に近づく月狼は、暘谷をチラッと見る。

 鈴舞はその表情を見るや否や頬をどんどん真っ赤な完熟林檎のように赤く赤く染めていく。

恥ずかしいとこんなところを見られるなんて、という考えが鈴舞の脳内を埋め尽くし、冷静な判断が出来なくなっていた、

 「――ッッ!」

深呼吸をして、落ち着かせる鈴舞を余所に暘谷は何かを察知したようで急に月狼を睨み付けていた。


 火照った鈴舞の顔を優しい眼差しで見つめてくる月狼は、「失礼しまーす」と告げて、ひんやりと少し冷たい手を当ててくる。

 その体温のおかげで熱くなっていた鈴舞の顔も冷めていく。

 ………外が余程寒かったのだろう、細かく見て見れば月狼の耳はポッと赤く染まっていた。

 そんな事を見ている鈴舞のお凸に手を当てて熱が下がったのか確認する月狼はゆっくり頷いてから持ってきた雑炊を机に置く。


 「………熱は、………下がったな………良かったな、鈴舞……!」


くしゃくしゃっと皺を寄らせ、白い歯を見せて太陽のように微笑んだ月狼に頭を撫でられ鈴舞は硬直してしまう。

 「―――っ」

鈴舞は言葉を失う。
金色の瞳が瞬く度に顔が熱くなってくる。



           月狼に魅入っていたのは事実だった。





 やっと出てきた言葉は________「………ねぇ、……私の事、子供扱いしてる?」だった。


折角、整えた髪をぐしゃぐしゃにされ、苛立ちを含んだ言葉を放った鈴舞は笑顔で月狼を見る。

 滲み出る怒りに気付いた月狼は苦虫を嚙み潰したような顔で「げ」と声を漏らし、そそくさと部屋の外へ逃げ込んでしまう。

 「………もう……ッ」

はあっと溜息を吐く鈴舞の表情をさっきから一言も喋らない暘谷は鋭い眼差しで見つめていた。

 「……」

 下唇を、ガチっと強く、強く噛む。

 ――――――「……、…え、と……………じゃあ、俺も行くな」
 
暘谷はいつも通りの表情、優しい笑顔………だけど力のない微笑みを浮かべ羽織を翻す。

 バサッと音がして一人完全に自分の世界に入り込んでいた鈴舞は、ハッと気が付き、慌てて「う、うんっ」と返事をする。

 「……っ」

 寂し気に一瞬見えた背中に何も伝えることも出来なかった鈴舞は目線を逸らした。

あの日から、暘谷と自分の間には一本、線が引かれ、近づくことが出来ないことを鈴舞は知っていた、けれど、口にすれば何かが壊れてしまうのは事実だった。

 だからこそ、気付かない振り、そして、今までと同じように笑顔で接していた。

これからも、笑ってやり過ごそうと思い始めている自分に気が付かないまま、窓を開け空を見つめた。

















 ______________誰一人と、気が付いていなかっただろう。

 この時点で糸は、もう、絡まり、拗れ始めていることを。