コメディ・ライト小説(新)

Re: 月華のリンウ ( No.2 )
日時: 2020/09/06 15:44
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

00、追われる身

 真夜中の寒空、少女は無我夢中で走る。鋭い葉が茂った木々が白い彼女の足に傷をつくる。傷からは赤黒い血が溢れ出し、綺麗な曲線の足に伝う。

「はぁ…っはぁ…!!」

 血が出ているのに気にも留めない少女は大きな獣に怯えるように後方を振り返る。

後方には沢山の兵士達が鬼のような形相で追いかけてくる。

 少女の体力は限界を尽きていた。

(どうして…っ!!)

 少女は何故、こんなにも多くの兵士に追いかけられているのだろうか、その理由を知らない兵士もいた。

「どうして…俺たちはあの娘を追いかけているんだ?」

そう一人の兵士は立ち止まる。

「確かに、あんな若い娘を…」

隣で追いかけていた兵士はその疑問を聞き、首を傾げる。二人の兵士に前で走っていた大柄の兵士は強い口調で説明し、二人の頭を拳で殴る。

 「馬鹿野郎ッ、先王が現王に殺されているのを不運にも目撃しちゃったからだろう!!?」

「「そうだったのか……運のない可哀想な娘だな…」」

そう三人の兵士は頷いた。

 少女はこの国の下女だった、下女の彼女は今夜殺害された王の食事を運ぶときに今や現王になった九垓くがい第一皇子が王を殺すのを目撃してしまったのである。

口封じのため、追われているのであった。

この国では平民の命は容易く扱われていた。

 それに、彼女は黒髪であった。

黒髪はこの国で悪魔が宿り忌々しいとされていた、髪色を理由に捕まったら容易く殺されてしまうだろう。

 (逃げなきゃ…!助かりたい、殺されたくはない。まだ、やることがあるんだから)

その一心で血の伝って痺れた痛々しい足をただ動かしていた。救いはこない、自分の力で助からなければ意味がないとも知っていた。

 「!」

少女は息を吞んだ。

 青い海が広がる隣国・月華国げっかこく

月華は人口が多く、面積も広い。知り合い一人見つけるのも難しいとされていた。

 そんな月華国が目の前にあるというのに少女は何をひるんでいるのだろうか?下唇を噛み、息を呑む。

「もう……、……逃げられないなぁ」

先頭で彼女を追いかけていた兵士の声が掛かり、青ざめた顔で振り返った。

 「残念だったな、目の前に月華国があるのに…崖とはなぁ?」

兵士の皮肉な笑い声が響き渡る。

 ギュッと眼を瞑り、拳に爪の跡が出来るくらい力を入れて、下唇を噛む。

兵士がゆっくりと近づいて嘲笑うその間、少女は小さな頭で必死に考えていた。

 深呼吸をして、カッと目を見開くと化粧もされていない唇を三日月形に結ぶ。その微笑は屈しない力強い意思のこもっていた。

 生きる選択がない彼女は捕らわれて国の晒し者にされ、殺されるより崖から墜ちて死んだほうがましだと考えたはずだろう。

 「!!!?」

兵士達は口をあんぐりと開けた。言葉にならない事を叫ぶ、兵士が手を伸ばす。だが、届かない。

 全てが一瞬の事だった―――……。

 ふわっ。

長い艶やかな黒髪が舞い、体が宙に浮く。

重力に従って下に墜ちていく。

少女には死ぬか生きるかの選択なんてなかった、袋の鼠の状態だった。少女は長い睫毛のついた真っ赤な宝石のような大きな瞳を力強く伏せる。

風が頬を触れる。少し塩の味がした。多分、月華国に広がる海のモノだろう。

少女はこれの塩の味が最初で最期に味わう味かもしれないとその鼻につんとくるしょっぱい味を噛み締めた。