コメディ・ライト小説(新)
- Re: 月華のリンウ ( No.5 )
- 日時: 2020/12/06 14:46
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
03.囚われの下女
暘谷は絶対に逃げるもんかと首を縦に振らないで置物のように固まっていたけど、結局、月狼に無理矢理に連れていかれたのだった。
月狼は申し訳なさそうに暘谷の手を引いて、一礼をした。短い間だったが共に時間を過ごした、女に囮になって自分らは逃げるという事実が流石の月狼も胸に来たのだろう。
やんちゃで主にも礼を正さない彼でも、だった。見殺しにするような気持ちな筈だ、そんなような2人を鈴舞は満面の笑みで見送った。
――――――もう、誰もいなくなった。今夜、自分は死ぬ。
自分で逃げろと言ったけどいざ、一人になったら恐くて堪らなかったのだろう。
荒れた指先で頬を吊り上げさせる、けれど、逆らうように肉が落ちる。
平然を装っても、手足が細かに震えているのが判った。大きな真っ赤な宝石の瞳からぽと、と頬を伝い、鈴舞の腹へと零れ落ちる。
コンコン。
ふーっと息を吐いた鈴舞は頬を強く抓って眼を大きく見開く。少し赤く染まった目頭も暗闇で見えない。
その事実に少し安堵する。
――――――泣き顔で人生を終えたくない。
最期くらい暘谷のように、誇り高く生きよう、そう思った鈴舞は暘谷のように背筋を伸ばし、眼を鋭くする。
「ご約束通り、黄 鈴舞を迎いに上がりました」
低音の声が誰もいない家の中に響き渡り、続々と男達が入ってきた。短い期間の中で培ってきた2人との思い出が。
崩されていく。
ただの殺戮の出来事に侵食されていく。
鈴舞はザっと数えて5人………外には6人いると気づく。
大男が鈴舞の姿を発見し、綺麗に着飾った細男が震えていた鈴舞に詰め寄る。
その細男は、脳裏に焼き付いた残酷な笑みを浮かべる九垓だった。
「お前が黄 鈴舞か。噂に聞いてた通り、黒髪で忌々しく不吉だが整った顔をしているなあ……」
鈴舞の赤い瞳を見つめ、鈴舞の逆三角形の綺麗な顎をくいッと上げる。
「お前が助けて下さい、とでも土下座をし、命乞いをすれば妾にでもしてやろうぞ」
(……妃ね、普通の下女であれば王の妾になれることを喜ぶだろうけど私は敬愛なる先王を殺した下道の男の遊び相手になる気はないのよ!!)
鈴舞は睨み付け、顎を上げた九垓の手を荒々しく払う。
「…なッ、何だ!! その眼に不躾な態度は、忌々しく不吉な下女の分際で余に盾突く気か!!?」
その鋭い目つきに、堂々とした態度に恐くなったのか。
または頭に相当、血が上ったのか判らないが、唐辛子のように真っ赤になって鈴舞に対し怒鳴り散らした。
シャキンッと毛穴が一気に開き、震えあがるような音が耳元で聞こえる。
九垓はカッと血が上り冷静な判断が出来なくなっていた。
周りの男等がどよめき、止めに掛かる。
「王様! 此処は月華国内です、このような場所で忌々しい黒を持つ女子でも首を刎ねてはいけません!!」
その男等のリーダー格のような大柄な男が九垓の傍に寄る。
その横でオロオロ、と狼狽えていた男は口を動かし、声を出す。
「そうです! 王様、一度お怒りを御静めになって下さい!!」
九垓は沢山の男等の言葉にふーっと息を吐き、空気を吸う。そして、渋々頷いた九垓は男等に命令を下した。
「その女を縄に掛けろ、円寿の城に連れて帰り、首を民の前で刎ねるぞ」
男等は真っ暗な闇に包まれて何が何だか見えない鈴舞でも判るぐらい激しく頷き、縄を持つ。
そして、鈴舞の華奢な腕を強引に掴むともう一人の男が縄を掛ける。
きつく縛られた鈴舞は首を動かすことしか出来なかった。喋れないように口にまで掛けられてしまう。
「ッ……んん!!」
『離して』、『ひと思いに此処で殺して!!』とせがむ鈴舞を鬱陶しそうに蹴ると男は九垓の後に続く。
一番、恐れていた事をされてしまう。自分を虐げてきた民の前で首を刎ねられる。
嫌だ、というその気持ちが心を覆う。
自分が殺されたら民は笑うだろう。ある時は水を楽しそうに掛け、ある時は叩き、殴り、身体中が痣だらけにされた事もあった。
(こんなことなら早く、あの崖で死んどけば良かった……)
唯一、あの時、護ってくれたのは父親でもなく母親でもない、生き別れた双子の兄だった。
2人だけの生活だった。自分を産んだ母親は亡くなり、いつかの父親は旅に出た。
幼く武術の才能があった双子の兄もいなくなり、自分独りの生活。
近所の人間は妬ましそうに見た。
それが嫌で山奥で暮らしたこともある。でも、そこで1人の人間と出会った。
―――――――先王だった。先王は王宮に入って働くことを薦めてくれた。
幼く、色褪せた記憶が走馬灯のように脳裏を順番に過ぎる。
(嗚呼……)
逢いたい。兄さんに逢いたい、母さんに逢いたい、父さんに逢って話したい。
そんな気持ちが心に生まれる。つい、さっきまでは『死んどけば良かった』って思っていたのに矛盾してる、と乾いた笑みを浮かべた。
人間は複雑で単純だとしみじみに思っていた。