コメディ・ライト小説(新)

Re: 月華のリンウ ( No.6 )
日時: 2020/12/06 14:48
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

04.追憶

 ――――――『鈴舞ちゃんて忌々しい悪魔をその黒髪に宿らせているんでしょ?』

物心ついた2年ほど経ったあの日、近所の子供に言われた言葉。

幼い鈴舞は大きな真っ赤な宝石のような瞳を歪ませ、眉を顰める。

 子供の一人が言った。

『じゃあ、退治しなくちゃ!』

その言葉にもう一人の子供が言った。

『そうだね!』

 鈴舞はその会話を聞いて、小さな足を後ろへ回す。恐い、初めて生まれた恐怖心が幼い心を覆う。

 『あッ逃げられちゃうよ!! 捕まえないと』

鈴舞は背を返し、下唇を噛みながら足をひたすら動かす。

あの兵士達に追われた晩のようにはいかない。何せ、鈴舞は物心がついたばかりの幼い少女だった。

走る体力もない。

 それよりかは同い年の少年らの方が体力があるに決ってる。

『つーかまえた!』

その中の子供が鈴舞のか細い腕を掴んで、逃げられないように大人数の子供が囲む。

リーダー格の子供が鈴舞の頬を地面に叩きつけ、真っ白だった頬を踏む。

赤土に涙が染みる。

 皆、笑っていた。

楽しそうに、踏みつけ、代わる代わる鈴舞を痛めつける。

腹を蹴り、傷付け、殴り、黒髪への“差別”。

 純粋なる子供はこの黒髪への“差別”行為を“正義”だと言う。忌々しい鈴舞に宿った悪魔を退治する為。

鈴舞を助ける為と。

そんな気持ちはない、退治する為だと思っていることは間違いない。鈴舞を助けるとは毛頭思っていないだろう。

彼らは新しい玩具を見つけただけに過ぎない。
 
 やがて血が集まり、頬は唐辛子のように赤く腫れあがっていっていた。
 
(痛い、痛い、痛い痛い痛いよ、……誰か、助けて……!!)

叩き付けられた鈴舞は震えた手を宙へ上げる。周りの傍観者である大人や内向的な子供へ、助けを求める。
 
 直後、子供の怒りの籠った声が鳴り響く。


「――――止めろぉおおおおッッ!!!!」


眼を見張るような林檎のような赤毛が視界に入る。

必死の形相。誰も助けに来なかった、なのに、助けに来てくれたこの人物は。

小さな身体で大人数の子供らを足蹴りし、倒し、鈴舞に手を差し伸べる。

 「………に、ぃ……兄……さ……ん」

自分と対になる人間、それは風龍ファンロンだけだった。

髪は自分と違い、眼を見張るような鮮やかな赤。

瞳は黒真珠。

反対のところに色を持つ双子の兄。

「鈴舞、大丈夫か。痛かったろ、ごめん……すぐ気付いて助けてやれなくて」

痛々しい踏みつけられて腫れた鈴舞の頬を優しく風龍は撫でる。

悲しそうに眉を下げた兄を見つめ、鈴舞は微笑む。

 風龍は鈴舞から目線を離し、倒れ込んだ子供達、傍観者な大人達に目を向ける。

キッと吸い込まれるような黒色の瞳を鋭くし、吐き捨てるように言う。

 「恥ずかしくねぇのかよ、たった1人の子供を救えなくて、見て見ぬ振りして。悪魔何て宿ってるわけねぇって解ってるくせに」

大人や子供、多くの人間が風龍の言葉にどよめく。

そうだ。

解っていたのだ。大人達は解っていた、悪魔など宿ってるわけないと。

指摘され、羞恥心に覆われた大人達は頬を真っ赤に染める。

「行くぞ。早く手当てをしよう、口内が傷付けられて血が唇に滲んでる」

そう言って、鈴舞の痣だらけの手を掴み、引く。

頼りがいのある兄の背中を鈴舞は見つめ、頷く。そして、自分を痛めつけた子供から見て見ぬ振りをした大人に視線を滑らせる。

人間の汚いところが幼いながらも見てしまったのだ。



「鈴舞っ、どうしたの? その傷、風龍も」

布団から起き上がり、鈴舞と風龍に走り寄る。

身体の弱い母親。

心臓に負担が掛かり、あまり状態は良くなかった。

顔も憶えていない父親は鈴舞達が産まれた時、里を去って旅に出た。

「ちょっと、遊んできちゃったら転んじゃったの。心配しないで母さん」

鈴舞は血の滲んだ唇を三日月形に結ぶ。

風龍は妹の痛々しい嘘に頷く。

母親は解っていた。そんなわけない、虐められたのだと。

「鈴舞………、……風龍……ごめんね……っ」

こんな姿に産んでしまい、ごめんねという意味がある謝罪。

儚げな身体で1度で2人の子供を産んだその日から体調が悪くなったと聞いたこともある。

か細いその手で引き寄せ、力のある限りに鈴舞達を抱き締める。

「ごめんね……母さんが」

鈴舞は母親の背中に手を回し、肩に顔をうずめる。

声を押し殺しながら涙を流す。

風龍は小さく微笑んでから、「そんなことない」と慰める。

そして。

鈴舞が、泣き止むまで3人は抱きしめ合った。

幼い、そして短かった生活も苦しいけど1番、幸せだった幼少期。

 それから母親は体調が悪化し、食事も摂れない身体になってしまい、鈴舞が6歳になる前に亡くなった。

息を吐く間もなく、兄は帰ってきた父親の手を握り、鈴舞に「必ず戻ってくる、強くなってくる」と言い残し去っていた。

 役人に家を壊され独りになった鈴舞は山に入り、山暮らしを始めた。




「……兄さん」

円寿の城に捕らわれた鈴舞は牢に入らされた。

鎖を繋がれ、食事も真面まともに与えられない。

そんな生活。

 初めて見た父親の顔。自分と同じ黒髪を剃髪にしていた。

同じように育ったのだと、あの顔で判った。私を見る眼が苦しそうで、愁いに帯びた顔で、涙を浮かべた父親。

今、兄と父がどこにいるのかも知り得ない鈴舞は小さく呟く。