コメディ・ライト小説(新)

Re: 月華のリンウ ( No.7 )
日時: 2020/12/06 14:49
名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)

05.一輪の花

 「黄 鈴舞、呼び出しだ」

まるで囚人のように扱われ、私は溜息を吐く。

手錠を見つめ、私は立つ。真っ赤にガサガサな指先だけでなく手首も青紫に腫れている。

今まで耐え続けていた身体が悲鳴を上げ、苦しんでる。鈴舞は兵士達に伝えることもなく痛みに耐え平然としていた。

牢屋の鍵が開き、兵士がぐいっと乱暴に押してくる。

 「もっと早く歩け、王がお待ちなのだぞ!!」

下唇を噛みながらも頷き、足を交互に動かす。いつまでこんな生活が続くのだろう、私は今日死ぬのか、そう言う事をただひたすらに考える。

  *  *  * 

 ――――――「王様、お連れ致しました」

豚小屋のような牢から一変して煌びやかな廊下。

鈴舞の働いていた先王の時代と一変した修繕された城に眼を見開く。そして、俯く。

 苦しい思い出の中、彼と過ごした記憶は壊されていく。孤独心が音も立てずじわじわ、と侵食していくように覆っていく。

 ――――――「……来たか! よし、下がれ」

九垓はコツ、と足音を立て、恭しく歩み寄ってくる。気取った素振りに清々しいほどの笑みを浮かべながら。

バタン、と扉が閉まる音がする。鈴舞は表情も浮かべず、目線を滑らすだけ。

かつて、心の拠り所だった王の間。それが硝子も張り替えられ、塵一つない部屋に変わっていた。九垓は鈴舞に手招きをする。

 「もっとこっちへ来い。単刀直入に言おう、余がお前に求婚し、先王を殺し逃げられたのだと市街や王宮で根も葉もない噂で笑い者にされているのだ。全く……お前があちこちと逃げるからおかげで余の評判は地に堕ちかねているではないか」

わざとらしく溜息を吐き、肘をついて片手を振る。その話に鈴舞は苦虫を嚙み潰したような顔になり、目つきを鋭くさせる。

 「お前は罪人だ。戻って来い、と言う王である余の命に背いたからな。その事を許す代わりに、お前から余の愛妾になりたいと申し出てもらう」

耳を疑った。何を言うかと思えばそんな馬鹿げた事を言い出した。名誉挽回、誤解など自分で解けばいいだろう、と睨み付ける鈴舞は思う。増して、自分の敬愛なる先王を私利私欲のために殺したこの男の愛妾になど何があってもならないに決まってる。

キッと自分を見据える鈴舞を見つめ、口元を歪ませる。そのふざけて人を小馬鹿にしたような仕草が鈴舞の癪に障る。

鈴舞の眉間の皺が更に深くなる。それと同時に燃え尽きらない激しい怒りも覚えていた。

 「嗚呼、偶然と言えば……嫌とは言えない材料が出来たのだ」

 ――――――嫌とは言えない材料?

怒りを覚えながらも鈴舞は首を傾げ、少しの沈黙の後、眼を見張る。有る可能性に行きついたのだった。

 「お前の所に向かう途中、男2人とすれ違ってな……親しい友人が逢いたがっていたぞ」

その言葉に鈴舞はふらつく。逃がすのが遅かった、と鈴舞は涙をこぼす。

狼狽える姿を見て満足気に頷いた九垓は金銀や宝石の付いた豪華な玉座から立つ。

「不吉で忌々しい黒髪、それに反する眼が冴えるような鮮やかで何もかも映す真っ赤な宝石、……いや太陽のようなその瞳を持った異端の下女娘――――これほど余を楽しませてくれる女を殺すわけにもいかないしな」

くす、と見下し意地の悪い笑みを浮かべながら鈴舞の髪を掬い軽く口付ける。そして、頬を触る。

鈴舞は何も抵抗が出来なかった。暘谷に何かあればと思ったら身体が動かなかった。

込みあがってきた恐怖心、生唾を飲み込む。九垓は怯える鈴舞の白肌に伝った涙を拭う。

 「いつまで抵抗が出来るのか楽しみだな……」

―――――“こんなにも艶やかで綺麗なのにな、黒って誰の色にも染まらないで自分を貫き通してる感じがして俺は好きだ”

眼を甘やかにして目線を同じにして話してくれた暘谷。心から「好きだ」なんて言ってくれた可笑しなご貴族様。

誰かの優しさ、情に触れ包まれ、覚えた初めての感情。嬉しい、楽しい、此処に居たいと思ったあの日。

“……俺さ、お世辞じゃなくて本当の事、言ったから”

河豚のように頬を膨らませる癖のある人。その名の通りの太陽のような眼を瞑ってしまう眩しい微笑みが、彼女の頭に鮮明に蘇ってくる。

忘れられない優しい心が、胸が痛み、苦しみ、細胞までも泣き叫ぶ程、欲しがる。触れたがる、話したがる。

走馬灯のように流れてくる。あの日までの黒髪を隠さず過ごしてきた暘谷達との生活。

あんな優しい言葉を掛けてくれた彼を――――――。

 眼をカッと開き、ニコッと微笑む。そして、頬から首へと滑らしていた九垓の手を思いきり手錠をされた両手で払う。

 驚きふためいた九垓はこんな身分の低い女に拒絶されるなんてとばかりに激しい怒りを露わにする。

「あら、失礼をお詫びします、王様。どうぞお好きに、お連れ下さい」

一礼をし、揺れ動かない信念を示す。彼を救う為なら、と鈴舞は自分の先王への敬愛の意を折った。

それ以上に心が救われた、彼への恩を返したかったのだ。

 外から何やらどかどか争う音がした。外で見張っていた兵士等の悲鳴と剣が交じり合う激しい交戦の音がする。

 ――――――「その言葉、却下ぁあああッッ!!!!」

扉を荒々しく、蹴り開けたのは____________________暘谷だった_______。


 「っ。それ以上、その女子の耳が腐るような戯言を発しないで貰おうか」


息を切らし、額から頬に汗を伝わせた暘谷は透き通る青空のような瞳を九垓に向け、妖艶な薄紅に染まった唇を三日月型に結ぶ。

何度も思い浮かべ願ったその顔が懐かしく鈴舞はふっ、とこんな状況下でも微笑を浮かべてしまう。そして、小さく名を呼ぶ。

「よ、暘谷……ッ」

暘谷は鈴舞を見つめる。九垓は声を荒上げ、暘谷に詰め寄る。

「お前はッ牢に居れたはずだが、なんで此処に!!! 外の見張りは何をしているのだ……ッッ!!」

その言葉にまた、一つの声が広く煌びやかな王室に響く。

「大丈夫だよ、見張りは仕事をして、オレ等にキチンッと殴られて気絶してくれたから」

ふざけた声に鈴舞はホッと安堵する。2人は無事だったのだと。

「よう、鈴舞」

危機感もない月狼は欠伸をしながらも鈴舞に歩み寄り、兵士から奪い取ったと思われる鍵を使って手錠を外す。

「……ったく。あの日はよくもやってくれたな、糞野郎」

口の悪さに鈴舞は目を丸くした。糞、だなんていくら事実の事でも一国の王に使っていい言葉なのかと鈴舞は息を呑む。

「く、そ、糞野郎だと??口のきき方に気を付けろ、お前と余じゃ身分が違うのだぞ!!」

バッと片手を広げ、見下した態度に暘谷は気に障る仕草もなくフッと笑う。


 ――――――――――「これはこれは失礼致しました、円寿国王様。少々聞くのは面倒と思うのだが名を名乗らせてもらいます、私は月華国第2皇子・董 暘谷と申す。以後お見知りおきを」


両手を重ね、品のある礼をした暘谷は顔つきが変わっていた。明らかな威圧感が身から漏れるほど溢れ出している。

「だ、第2……皇子……?!」

九垓と鈴舞が同時に訊き返す。鈴舞は痛みを気にしないで暘谷に走り寄る。

「しょっ、正気なの?暘谷!」

暘谷は微笑み、「嘘を吐くわけがない」とばかりに艶めいた目つきになる。

鈴舞は一国の皇子様。いや、あの月華の皇子を名前で呼んでいた事を気付き、ただでさえ青白い顔の血の気が引いていく。

「まさか、此処まで隣国の即位したての王にされるなんてな。手下の大柄の男達に群がれ捕らわれて、牢屋に乱暴に入れられて……な、月狼」

 九垓は腰が抜けたようで崩れしゃがみ込む。

「本当な、皇帝が知ったらどうなることやら……な。円寿国は無事ではいられないかもな、あーあ心配だ」

わざとらしく憂いに帯びた表情になる。鈴舞は九垓を思わず凝視する。

憎しみがあるが、流石に不味いじゃないかと心配してしまう。

 月華国のほうが富が多く円寿国の食べ物や衣類は全て月華国からの輸入品だ。

もし月華国を敵に回したら円寿国はそもそも生活ができなくなってしまうのだ。

と、言う事で九垓は必死に暘谷の足に縋った。

「た、助けてくれぇええ!! この女子とはもう、一切関わらない!! 付きまとったり殺したりもしないから、許してくれ!!!!」

涙目で叫ぶ九垓を暘谷は無表情に、ただ見つめるだけ。手を下しはしなかった。

「――………で、どうします主」

面白そうな表情で月狼は無表情の暘谷に九垓を見つめながら訊く。

 「……お前が決めろよ、鈴舞」

月狼に訊かれ、暘谷は鈴舞に視線を滑らし、微笑む。

鈴舞は「えっ!!?」と声を上げてしまう。

流石の月狼もこのような主人の決定に狼狽え、声を上げず主人をただ凝視し、驚く。

「罵るなら今だ、早く吐き出せ」

その様子に暘谷はどうぞ、と言わんばかりに好奇心の色に染まった眼差しを向けた。

「追いかけられて、殺されそうになってたのはお前だ。もし、俺達が来なかったらお前は死んでたんだぞ、しっかりと………」

念を押されるも気にしない鈴舞はゆっくりと近づき、九垓に微笑む。

鈴舞は真っすぐ九垓を見つめる。


「………仮にも祖国の王です。私は殺され掛けたけれど、貴方に期待を寄せてついていこうという兵士や民達がいます。これからは真っすぐに生きて、人の命を大切にして下さい」


九垓の瞳から純粋な涙がポロポロと溢れた。その様子を見て、今まで眉間に皺を寄せ負の感情を丸出しにしていた鈴舞は初めて微笑んだのだった。

「それが、円寿の下女だった私の願いです」

九垓の頬に伝っていた涙を拭うと鈴舞は暘谷に一礼する。

「………いいのか!? 殺されかけたっていうのにあんなに優しくしてやって…!!」

怒鳴られても鈴舞は満足げに目を瞑り大きく頷いた。暘谷は眼を見開き押し黙ってしまう。

「私は別にいいよ、そんな一国民だった私の私情よりも優先するのは、国民である九垓王に希望を灯している人達だと思うから」

そう言うと、暘谷は苦笑する。優しすぎて、逆に呆れたのだろうと鈴舞は考える。

「全くお前には敵わないな、俺だったら斬り殺せぐらい言うのに。お前の事を罵ってきた奴等の事を考えるなんてよ、優しすぎる」

月狼も呆れたように溜め息を吐いた。




 ―――――――「力を貸してくれてありがとう……そして、ごめんなさい」

俯き、この場所で過ごしてきた思い出を振り返りながら話す。

「貴方は、私の黒を好きって言ってくれた。けどッ、私は……結局、貴方の足枷あしかせになって不幸としかならなかった」

彼が此処に囚われたのも自分のせい、だと鈴舞は思う。涙が零れないように我慢する。

 暘谷は眼を見開き、気まずそうに頭に手をやる。

「……鈴舞。もしかして、主が此処に囚われたのは自分のせいだと思ってるか?」

そう訊かれ、素直にこくんっと頷く。そして、月狼は頭を軽く搔く。

「なら、間違いだ。主が囚われたのは主の行動が遅かった、だけどそれで鈴舞を助けて満足し出られてる。それに、オレの実力不足だ」

手を組み、肉のない瞼を伏せる月狼は平然と言う。そんな事を言ったら護衛である自分がどうなるのか解らないのに言ってくれた月狼の見え隠れした小さな優しい心に鈴舞は目を見開く。

暘谷は椅子から立ち、跪いて俯く鈴舞を見つめる。

 ――――――――「……俺は今、こうしてお前といる事、幸せだ、そして運命だと思ってる。お前は素直で一緒にいて楽しいからな」

鈴舞は顔を上げる。今まで我慢していた涙が零れる。

「……ぇ?」

暘谷は優しく目を伏せ、手を組みながら妖艶な形の良い唇を動かす。

「お前が自分で死の覚悟を決めて飛び墜ちたその先に俺達がいて、関わりを持った。これからの俺等との繋がり、引き起こしたお前が決めるべきだ」

暘谷は少し焼けた小麦色の手を差し伸べる。そして、甘い微笑を浮かべながら恭しく口を開く。


 「俺が世界を見せてやる、一緒に来いよ。で――――お前の返事は?」


その真剣な眼差しに鈴舞は異を唱えることは出来なかったのであろう。差し伸べられた手を見つめ、涙を荒々しく拳で拭った鈴舞は微笑む。

手を掴んだ鈴舞は立ち_____________礼を尽くすように両手を重ね、額に当てる。

 「これからも、宜しくお願いします! 暘谷様」

 暘谷は鈴舞の言葉に頷き、一言添える。

「堅苦しいのはどうも性に合わないんだ、敬語はやめてくれ。他の者がいない時は普通に話そう、な」

へらっと力の抜けたような笑みを魅せられ鈴舞は驚くも押し黙る。

「そんな、……困りますよ……っ」

しゅん、と項垂れ負け犬のような表情をする鈴舞を見て暘谷と月狼は顔を見合って大笑う。

「鈴舞、主の命令は絶対だぞ」

月狼は笑いながらも鈴舞の片肩を叩いた。鈴舞は恨めしそうに月狼を睨む。

「おっと、触れぬ神に祟りなしだ」

わざとらしいその素振りに鈴舞はふんっと顔を背け黒髪を払う。そして、くすりと笑ってから黒髪を二つに結う。

 ――――――――「ようこそ、月華国へ」

正式に迎えられたようで鈴舞は目元を緩める。月狼のふざけ癖も鈴舞は愛おしく感じていた。

(本当に可笑しい。最初は嫌でしかなかったのに、いつの間にか愛着が湧いていたなんて)

でも。そんな今の自分が鈴舞は心地が良かった。

初めて、自分を好きでいられた。この2人がいるだけで、何もかも愛おしく感じられたのだった。

 そう願わくば、彼等と進む道のりが楽しく、煌めきのあるものになるように_________。