コメディ・ライト小説(新)
- Re: 月華のリンウ ( No.8 )
- 日時: 2020/12/06 14:53
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
06.道中
「わぁあっ」
波打つ海に太陽の光が差し照らす。
その潮風に頬を撫でられ、目を輝かせる鈴舞は木の手摺に手を乗せ、身を乗り出す。
後方に立つ2人に鈴舞は振り返り、眩しい笑顔を浮かべる。
「凄いね、暘谷の国は」
暘谷は驚いたようで眼を丸くしてから、ふっと目元を柔らかくした。
「まあな」
そう微笑んだ暘谷はどんな花も綻ぶ顔をしていた。
大きな船が並ぶに並ぶ王都の入り口。貿易の品が沢山置かれた船着き場に鈴舞一行は足を踏み下ろす。
暘谷と月狼は鈴舞が左右にキョロキョロ首を振っている姿を優しい眼で見つめた。
「はーっお嬢ちゃん、珍しい髪色してんなぁ!!」
声を掛けられ、私はビクッと身体を強張らせながら振り返る。
「その黒は他人にはねぇから、お嬢ちゃんの色だな!」
黒なのに怖くないのか、戸惑いを隠せない鈴舞の顔を見て何か察したように男は笑顔で言う。
「円寿国の言い伝え何てオラァ信じねぇよ!自分の見たものを信じて思ったままに動くだけだよ、とにかくお嬢ちゃんの髪は綺麗だよ」
初めて会った人間に言われた鈴舞は眼を大きく見開き、涙を浮かべてしまう。
「あ、ありがとうござい、ますっ」
男は手を大きく振って、また来いよ~っと笑顔で首都・星銀に入っていく鈴舞達を見送った。
「……初めて、言われた」
そう呟き、ギュッと布の端を握り締め、フードを深く、被った。
「綺麗だって、俺の眼はやっぱり、間違ってなかったな」
フードに隠された鈴舞の顔を覗き込むように近寄り、微笑む。
「ち、近いわよ……」
スッと離れ、眉を顰め、鼻にかかったような声を出す。
「何、恥ずかしがってんだよ。鈴舞」
にやけた面の月狼に指摘され、鈴舞は顔を更に顰める。
煩い、と素っ気なく返し顔を背ける。
偶然、視界の端に入った綺麗な玉石と押し花の髪飾りを見て、鈴舞は表情を一転させる。
「……うわあ…!」
その鈴舞の燥いだ子供が宝物を集めるかのように見ている様子に暘谷は表情を緩め歩み寄る。
「これ、下さい」
暘谷は熱心に鈴舞が見ていた髪飾りを指し金を出す。
目を丸くして暘谷を凝視し続ける鈴舞に向き直り、優しく髪を梳いてから髪飾りをつける。
「………うん、よく似合ってる」
買わせてしまった事に申し訳なさそうな鈴舞に暘谷は甘い微笑を浮かべた。
「気にするなよ、女子に物を買ってやるのは男の本望だ」
隣に居た月狼は何度もその言葉に頷いていた。
* * *
「私、あの露店で御饅頭を買ってくるね」
鈴舞は座っているように暘谷達に伝え、人混みへと入っていく。
「すみません、御饅頭を3つ下さい」
明るい声と共に顔を出した店主に鈴舞は控えめに会釈する。
鈴舞は深くフードをしていたこともあり、この辺りを渡り来た旅人だと思われることがある。
「月華国を満喫していってね!」
そう言われ、鈴舞は否定も肯定も出来ず、曖昧に口角を少し上げ、微笑んだ。
その時。
店と店の路地から手が伸びてくる。
「―――――お嬢さん、お買い物は済んだ?あんたのその黒髪………いいね」
え、と一声漏らす暇もなく口を塞がれ、鈴舞は呻く。
すると、煩そうに顔をしかめてから鈴舞の首の後ろを強く叩いた。
衝撃に鈴舞は耐え切れなくなり、倒れてしまう。
* * *
「ぅ」
ズキリ、と軋むように痛みが身体を走る。
起きようとしても、両手は縄で拘束されていた。
「……あ?」
見慣れない場所に、瞬きを何回もする鈴舞は記憶を遡り、自分の置かれている状況を把握する。
(そっか……私、昼間誰かに捕まって……暘谷、心配してるよね……)
自分の事よりも心に流れてきたのは2人の事だった。
周りを見渡しても、円寿から持ってきた最低限の生活用品の入った荷物はなかった。
「荷物がない……!」
すると、鉄格子の向こう側に男が立っていた。
眠っているようだった。
ホッと安堵したその瞬間、彼の虎のような鋭く大きい眼がパチッと開く。
「……起きたのか、声くらい掛けろよ」
鉄格子が開き、向こう側が見える。
両手を動かしても、縄は解けないに決まっている。けれど、意味のない事を鈴舞はしていた。
「俺は柳 星刻。ついさっきの事だし、憶えてるよね?」
眉を寄せ、鈴舞はその言葉に応答する。
2人の元へ一刻にも帰りたい、心配をさせたくはないという気持ちが鈴舞の心を占めていた。
「憶えてるわ。それよりも、こんな真似をして見ず知らずの私に用でもあるの?」
舐めまわすように星刻は鈴舞の足元から旋毛まで見ながら口を動かす。
「あんたさ、一国の王でさえ手に入れられなかった品が近くに来たらどう思う?」
は?と顔を真顔にする鈴舞に苦笑しながら、星刻は続ける。
「何処に献上してもって言っても、俺は自分の主サマに献上するけどな。例えば虐げられ皆に邪見にされてきて心の傷を深く負った年頃の黒髪の、……娘とかさ喜びそうじゃん」
鈴舞は思わず、恐怖で後退りをする。
「逃げるなよ。俺からは逃げられねぇよ、俺の任務はこの月華で起きたことを主サマに伝えるって言う奴だから」
「その、主サマに献上されるの……お断りよ!!」
そう言って、唯一動かせる頭を勢い良く上下に振り、星刻の額に殴り付ける。
ゴォン!!
頭蓋骨と頭蓋骨がぶつかり合った鉛のように重たい音が響き渡る。
「い、……いっっったぁ!!!!」
相手が呻き足掻いているうちに、足を動かし、何とか抜け出そうと外の風の音がする前へ鈴舞は迷う事のなく進む。
歩いても歩いても、景色は変わらなかった。
鈴舞の体力が限界に尽きそうになった時、______門のように大きく頑丈そうな扉が見えた。
「あ、あった……ッ」
周りを見渡しても窓は格子で塞がれ通られそうにもない。
一方の扉は、というと固く、頑丈に南京錠と鎖で閉められていた。
(逃げ場がない……!暘谷、月狼!!)
助けて、そう呟こうとした。
でも、自ら口を閉ざした。弱音など吐いている場合じゃない、そんな事より自分で動こうと鈴舞は心に決める。
「ッ」
コツ、と静かに近寄る足音が耳に届いた。鈴舞は身体を強張らせ、振り向く。
額を真っ赤に腫れさせた星刻が立っていた。
「痛いんだけど。よくもやってくれたわ」
そう言いながら壁に鈴舞を追い詰めていく。
両手を動かしても、縄が解ける様子はない。下唇を噛み、星刻を睨む。
「恐いったらありゃしねぇわな、女子にこんな事されるの俺は初めてだよ」
ふっと含みのある笑みをしながら逃げ場を失くした小動物のような鈴舞を二度と逃がすものかと言うようにドンっと壁に手を伸ばす。
「何でこんなに早く来れたの? 結構、走ったと思うんだけどな……私」
鈴舞は、冷や汗を額から頬に伝わせる。
その言葉に星刻は素直に応答し、何個もの鍵が連なった輪を鈴舞の顔に近づけ見せる。
「此処は俺の城も同然だ。この国に来てから俺は此処でもう2年ぐらい、過ごしてるからな……近道の通路も自分で作った程で鍵もこの通りある、お前を追い込むのは簡単だよ」
星刻は詳しく説明する。
鈴舞は星刻よりも鍵を見つめ、はあっと息を吐いたその時、手を伸ばし鍵を奪い取る。
「っおい、まて!! 此処では逃げられないと言ったろ、無駄だよ!!」
星刻が子供に言い聞かせるように言いながら追いかけてくる。
鈴舞は聞く耳も持たず、足を上下に動かす。
「……おっと、そっちは行き止まりだよ?お嬢さん」
その言葉の通り、鈴舞が向かった先は石壁だった。他に何もない、行き止まり。
「っ」
後退りし、下唇を噛む。後ろには迫ってくる星刻がいた。
鈴舞は身体を強張らせ、不器用な笑顔を浮かべた。口元は歪み、恐怖の色で揺らめいていた。
「何が目的なの?」
そう訊く。解っているだ事としても、鈴舞は訊いた。
「だから、言ってんだろ。俺の主サマにお前を献上するんだ、それにお前だっていいんじゃねぇの?御貴族に貰われた方がこんな目に二度と遭わないし贅沢して暮らせるんだぞ」
星刻は鈴舞の逆三角形の顎をくいっと優しく上げる。鈴舞は、スッと見据える。
甘く、なのに冷たい氷砂糖のような鈴舞の声が響き渡る。
「私は、そんなの、望んでない」
鈴舞は強く強く、言う。彼女の今の姿は不利な状況を逆手にとって相手に襲い掛かる獣のようだった。
「私は、したい事があるの。それは御貴族の妾になって贅沢に暮らす事じゃない」
笑みを浮かべていた星刻は段々と眼の光を失っていく。親しみやすい爽やかな笑みが、消えていく。
「生意気な、……黒髪の癖に。主に献上されたくはないと言うか、……乱暴はしたくはなかったんだがやむを得ない。侮辱何てされる御方じゃないんだな」
鈴舞の長く艶のある質の良い黒髪を乱暴に掴む。
「痛い、止めて」
「止めてと言われて止める男が何処にいると思う?」
フッと悪人のような歪みに歪んだ笑みを浮かべる。
(助からない。このまま、献上……されちゃうのかな?)
そうなったら、仕方がないと諦め、目を伏せたその時____________星刻の掠れた呻き声が聞こえる。
瞼を上げると、そこには華麗に星刻の腹部に拳を当て顔に足蹴りを入れる乱れ舞う煌めきいっぱいの銀髪が視界に入る。
「よう、こく」
星刻は多大なる攻撃に耐えられなく、力が抜け、まるで積み木が崩れるかのようにズサッと大きな音を立てて倒れる。
とん、と軽い音が響き暘谷が目の前に来る。
現れてくれた、必ず危機が迫っている時に来てくれる――――――――本当に皇子そのものの董 暘谷という男。
「よ、鈴舞。山の中、どうしたんだ?」
鈴舞は、目を見開く。大きな澄んだ青色の眼が鏡のように自分を映す。
口元を少し上げて甘い、綿菓子のような柔らかい笑みを浮かべた。
「怪我は?」
見惚れてしまっていた鈴舞はハッと気が付き、パタパタと両手を振る。
「何ともないよっ。ほら、だ、大丈夫だから!」
その様子を見て、安心したようにふーっと息を吐く。暘谷の目を伏せた横顔も綺麗だった。
幾度も見惚れてしまう鈴舞は目線を逸らす。見すぎて怪しく思われない為に、落ちてきた黒髪を耳に掛ける。
「う、……ご、護衛がいたのかよ……主に献上したら護衛として俺が護ってやってもいいって」
残念、と薄ら笑みを浮かべた。暘谷らは呆れてしまう。手に負えない奴だと。
「……糞、痛ぇな。折角、主に喜んでもらえる品、見つけたと思ったんだけど。“したいことは献上されることじゃない”か。黒髪の癖に自分のしたいことをしたいって生意気だろ……」
すると、暘谷は眉を顰める。苛々した様子を見せる。
_____「黙れ、この娘のしたいことをお前ごときがどうか言える立場じゃないだろ」
剣を抜き、星刻の首に向ける。
「鈴舞は、髪の毛1本だって道具にされる為に生きていない」
鈴舞は、真剣に星刻を見つめる暘谷の横顔を見つめる。
とくん、と何かが揺れ動き、胸が掴まれるような痛みが生じる。
「……、へぇ名前は鈴舞っていうのか」
「その口で名前を呼ぶな!!!」
顔を露骨に顰め、暘谷は怒鳴る。面倒臭そうに手を振り、顔を背ける。
「……鈴舞、この男……他に仲間は?」
答えようと口を動かしたその時、遮るように星刻は言う。
「1人だよ。主に信用されてこの地にいるんだ、他の奴を雇うなんて俺がしねぇよ」
必ずこの男は、「主」と言う。主がどれだけ大切なのかを示しているような気がした。
「……1人なら連れて山を下れるな。城まで護送して俺が言わなくてもいいか、ふもとの役人に届ければそれで」
“城”“俺が言う”その言葉に星刻は目を見開き、驚きを隠せないようだった。
「あんた、コイツのただの護衛だと思ったけど何者な訳?」
暘谷は振り向き、天女のような甘い微笑を浮かべる。
「名は董 暘谷、鈴舞の友人だ」
* * *
「主って人の事、星刻は何も言わないね」
役人に星刻を届け、山のふもとで夕陽を眺めて2人は話す。
けれども、何を話しても暘谷は素っ気ない、会ったばかりを思い出す態度をとる。
鈴舞は気まずそうに額から冷や汗を流し、目線を逸らす。そして、下唇を少し噛む。
「暘谷、もしかして……怒ってるの?」
肘をついた暘谷はふんっと声を漏らす。何だか拗ねている子供みたいで笑ってしまいそうになる。
「お前が、俺をあそこで……待たせたから厄介なことになったんだぞ」
ぶすっと膨れた暘谷の頬は赤く染まっていた。
「……、……ごめん。私が悪かった、暘谷の手を煩わせた」
渋面で一礼した鈴舞の頭を暘谷は掴み、ぐいっと上げると、くしゃっと音を立てて撫でた。
「俺が、怒ってるのは……その事じゃない。鈴舞が、危険な目に遭ったって事だ」
俺が傍にいれば、と悔しそうに拳を握り締めた。
(いつだって、この人は……負い目を感じてる)
「――――――ごめん」
また、謝るのかと暘谷はキッと睨み付ける。
鈴舞は今度は真剣な表情をして、真っ赤な宝石のような大きな瞳に暘谷を映す。
「暘谷が、迎えに来てくれた事……言って足りるようなものじゃないと思う……ありがとう」
暘谷は目を見開き、照れたように首の後ろに手を回す。
「俺からも、礼を言わせてくれ……無事でいてくれてありがとうな」
___________きっと、踏み出す為に温かく優しい風が吹いてくれる。
手を掴まれ、鈴舞は暘谷と同じ力でぎゅっと握り返した。
「さて、そろそろ……俺らを捜してる月狼が此処に来るかもな。鈴舞を捜してる時、俺は道しるべを置いていったから辿って行ったら此処に辿り着くだろう」
きっと月狼は切羽詰まった顔で叱ってくるだろうな、と言われた鈴舞は露骨に顔を歪めてしまう。
その顔を見た暘谷は笑ってしまう。
予想通り、鈴舞はこっぴどく月狼に叱られて、外には暘谷の笑い声が響いていた。