コメディ・ライト小説(新)
- Re: 月華のリンウ ( No.9 )
- 日時: 2020/12/06 14:55
- 名前: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (ID: w1UoqX1L)
07.微笑
「皇子」
今日もまた、城下町を回っていると澄んだ芯のある声が響く。
その声で暘谷は「げっ」とあからさまに嫌そうな顔をする。鈴舞は暘谷と月狼の驚いた反応を見て小首を傾げてから暘谷等の目線の先へと眼を滑らす。
その先に居たのは金髪碧眼の異国人のようなこの世離れした美しい女性。けれど、話し方は同じだからこの地の人だろうと鈴舞は思う。
1つに結んだ髪を左右に揺れ、隣に居た鈴舞を見てから暘谷を見た。
「皇子、一体今まで何処に居たの。それに、このお嬢さんは」
訊ねられ、暘谷は眼を逸らす。スッと彼女の瞳の光がなくなり、剣を抜く。
そして、月狼の喉元に剣を当てる。月狼は「ヒッ」と声を上げ、青ざめた顔で暘谷の肩を揺さぶる。
暘谷は仕方がなさそうに溜息を吐いた。鈴舞は暘谷に顎で名前を名乗れ、と言われたようで恐る恐る口を動かした。
「名は黄 鈴舞と申します……円寿出身で、皇子様と、会い……月華に来ました」
彼女は瞬きを何回かすると、剣をしまい柔らかな甘い微笑を浮かべた。
「堅苦しく挨拶なんてしなくていいよ。貴女が月狼の手紙で聞いていた鈴舞ね、私は葉 珠蘭、月狼と同じ護衛。宜しく」
手を出してきた珠蘭に戸惑いながらも鈴舞はその手を取り、ぎゅっと握り返した。
「暘谷、陛下が呼んでいたから此処に来たの。早く月狼と一緒に行って」
さっきの敬語はどうしたのだと思った鈴舞だが、過去に言われたことを思い出す。
__________『堅苦しいのはどうも性に合わないんだ、敬語はやめてくれ。他の者がいない時は普通に話そう、な』
(だからか……)
「そうだ、城内でも見学していく?」
珠蘭は鈴舞の手を取り、応答を待たず、歩き出す。
鈴舞はえ、と声を漏らしながら首を左右に振り、戸惑いながらも青塗りの白を基調にした立派な城へと連れられて行く。
* * *
「此処は訓練場。主に兵士が使うって解ってるか。じゃあ、次に行こうか」
兵士等が訓練に汗水を垂らして励むのを鈴舞はぽかんっと口を開けて見ていた。その中に、見覚えのある何か心掴まれる色が見えた。
目が冴え渡るような鮮やかな赤。林檎のように奥が深い、他の人の赤とは違う色。
「……鈴舞?」
珠蘭に名前を呼ばれるが、鈴舞はその赤い髪から眼を離さなかった。
「嗚呼……あの真っ赤な髪の男は月華の暴龍って言われる程、強くて兵士の中でも位が高い。確か鈴舞と同じで円寿出身だった気がする」
______円寿出身。
間違いないと鈴舞はドッドッドと鼓動が生々しく身体中を響く胸を抑える。緊張する、何年振りか。
「黄 風龍……」
我知らず、名前を呟いてしまう鈴舞だった。それだけ激しく動揺していた。
懐かしい赤毛に、何もかも見透かし、世界を映す希望に満ち溢れた大きな黒真珠の瞳。
優しくて、頼りになって、誰よりも正義感のある双子の兄。
「え、鈴舞……何で名前を……というか、黄って同じ苗字だし……まさか」
鈴舞の泣きそうな顔を見て、珠蘭は行き当たった答えに目を見開く。
――――――「に、兄、さん」
涙をぽと、と頬を伝わせる。一方の風龍はそんな事を知らずに兵と話して訓練しあっていた。
「……に、兄さんっ!!」
鍛錬に励む兵の中を駆け入る。
風龍は何事かと、どよめく兵等に視線を滑らすと、目を凝らした。
「り、ん……、…う……本当に、鈴舞なの、か……?」
幻なのではないか、妹がこんなところまで迎えに来てくれるのか、と頬を抓る風龍に鈴舞はゆっくり、近づき抱きつく。
「に、兄さん。私だ、よ……私、鈴舞だよ?」
憶えてる?と笑顔を見せた。風龍はその大きな黒真珠の瞳から一筋涙を流す。
兵士等は状況も察しられず、取りあえずという事で拍手をした。
* * *
「……そんな事がお前に……鈴舞、傍にいてやれず、ごめんな」
月華に来た全ての経緯を、話し終えると鈴舞は用意された茶を一口飲む。
「貴方の妹である鈴舞は、皇子の客人でもある。責任を持って城を案内していたの、……良かったわね、再会、出来て」
そう言われた鈴舞は、珠蘭の手を握り、微笑んだ――――――「ありがとうございます」と礼を言って。
珠蘭は碧眼を見開き、「どうも」と甘く、本当に花も綻ぶ優しい陽だまりのような微笑を浮かべた。
風龍はそんな2人の様子を見つめた。鈴舞は風龍に向き直り、唇を動かす。
「これから、また……会えるね」
会えなくて、辛くて、色んなことがあった12年間。2人を大人にさせた長い月日は、埋められる事は出来ない。
それでも。
2人はまた歩き出し、これから先を楽しく過ごそうと言う。
生き別れた兄妹は、今日、再会を果たした。
* * *
「鈴舞、よって……風龍!?」
謁見が終わって暘谷と月狼は鈴舞と珠蘭に手を振るが、隣に居る赤毛の男_____風龍に気づいて驚く。
どうしているのかと暘谷等は鈴舞に眼で訴えかける。
鈴舞は、察して口角を上げる。
「私の、兄さん……生き別れていたけれど、今さっき……再会したんだ」
鈴舞は知らず知らずのうちに眼に涙を浮かべていた。頬は熱を帯びて真っ赤に染まっている。
「……殿下。妹を、鈴舞を幾度も助けて頂きとても感謝致します……貴方様に妹が出会えていなかったらおれ達は一生会う事なんてなかったでしょう」
風龍は暘谷の目の前で跪き、頭を下げた。
「この御恩は必ずお返しする事を誓います!」
両手を重ねながら、頭を上げた風龍はニッと笑った。
「……あ……えーと、これから……改めて宜しく、風龍」
頭を軽く搔き、曖昧な表情をした暘谷は風龍を立たせ、握手を交わす。
「なぁに、暴龍様が畏まってんですか?」
からかいのある言葉に露骨に眉を顰めた風龍は肩に掛けられた月狼の手を振り払う。
「気安く触るのなよ、俺が感謝してんのは殿下だけなんだからよ」
キッと眼を鋭くし、睨み合いをする2人を余所に鈴舞等は話していた。
* * *
「どうしたの、暘谷」
客人として今日、宮中に招かれた鈴舞は中々、寝付けなかった。
下女だった事もあり、居心地が良すぎて何だがムズムズしてしまうのもあった。
夜風に当たりに、部屋を出た所、暘谷が星空を見つめていた。
「いや、……何だか、俺が傍にいなくても色んなことが起きるんだなって不思議に思ってた」
そんな妙に哀しそうな声に鈴舞はどうしていいか、解らなくなる。
「だから、お兄ちゃんに礼を言われたとき、戸惑ったような顔をしていたの?」
星々の煌めきを並んで見つめる鈴舞は、暘谷のいつもと違って頼りなさげな手を取る。
手を握っておかないと、どこかに行ってしまいそうに見えたからだ。
暘谷は目を見開き、鈴舞へと目線を滑らす。鈴舞の、星空を見つめる横顔を哀しそうに見つめ、肩に頭を乗せた。
「そう、だ……きっと、俺は……」
暘谷の背けた顔を鈴舞は、見ないで、ただ手をぎゅっと握った。
「私は、暘谷の力になりたい……いつか、客人としてこの城の門をくぐるんじゃなくて……宮中の者として、暘谷の味方として、支持する者として、くぐるよ」
暘谷は、目を見開く。満面の笑みを浮かべ、「ね、待ってて」と言う。
「……待ってる」
小さく、かすれた声で呟いた言葉は鈴舞の耳に届いた。
________彼の力になりたいと願う、そして約束する。それは、自分の背を押して、前へと進む原動力へとなる。