コメディ・ライト小説(新)
- Re: バタフライ・エフェクト【第一章二話 国立魔法学校】 ( No.6 )
- 日時: 2020/07/13 16:12
- 名前: 心 ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
シャルロットと名乗った女教師は、ふわりと笑って体の向きを後ろへと変えた。それを、もう固まって動く気配も見せぬ二体のワルキューレが見下ろしている。すでに解錠され全開になっているその門の内側に踏み込んで、彼女は手を伸ばした。
「ほら、きみたちも早く!」
「あ、はいっ!」
「はい。」
ルークとエルが慌てて中へ入ると同時に、門がゆっくりと締まり始める。あわい魔法の光を煌めかせ、シャルロットは黒い魔法陣を展開した。その胸元には大きな鍵が下げられていて、そこから立ち上った靄が門に取りつく。それは、無数の鎖の影を成した。最後の一押しとばかりに彼女はその鍵を取ると、門の中心に浮かび上がった大きな南京錠の影へ差し込み、回す。びき、ぴき、と音を立ててその鎖が明確な光を纏うのを呆然と眺めながら、エルは呟く。
「すごい……黒魔法…?」
エルのそのつぶやきに、シャルロットは微笑んだ。黒の魔法陣を収めて鍵を胸元へ提げ直しながら、ふっと息を吐く。
「そうだよ。詳しくはわたしの授業でやってあげるから、楽しみにしててね!」
そう言って、シャルロットはルークとエルの方へ振り向いた。ロングの金髪が揺れる。おそらく前庭なのだろう、あちこちに花が咲いている。石畳の敷かれた地面を踏んで、白亜の校舎を背にして手を広げた。
「じゃあ、改めて……ようこそ、国立魔法学校へ! 」
と、その時だった、ルークとエルの項の毛が逆立ったのは。ぞわぞわと誰かに見据えられているかのような悪寒が走る。それに気付いたのか、シャルロットも目を細めた。
ばんっ、と大きな音が響く。ハッとして三人がそちらを向くと、そこには───鳥が、いた。
「ッツ、魔鳥……! 悪いね、編入生くんたち! 少し下がっていて!」
シャルロットが警告を発した。その鳥はあまりにも大きいのだ。優に男の大人三人分程もあるだろうか、とてつもなく高いその体高を生かすかのように、その鳥は勢いよく羽ばたいた。舞い起こった風は、吹き飛ばされてしまいそうな程の勢いを伴っている。
線対称に校舎が広がる国立魔法学校の敷地には、門から右手側に森、左手側にも森が広がっている。そして、被害を受けている地面から考えて出てきたのは右側。
このままではまず間違いなく校舎に突っ込まれる。無論防衛機構はあるが、この生徒が居ない時期は弱めている。不味い、とシャルロットは思う。人的被害は余りでないだろうが、校舎への損害が酷いことになりそうだ。
「倒すしかないね、この感じだと……!」
もう幾度も戦っている相手だからわかる。相性があまり良くない。どちらも面攻撃を得意とするからだ。だが、それは力技で押し切るしかない───そう決めて、彼女はベルトに差し込んでいた指揮棒を引き抜いて魔法陣を展開した。緑の光をきらめかせ、膨大な大きさの魔法陣が広がる。魔力の残滓が呼び起こす風が、白と青を基調としたローブをバサバサと揺らがせていく。
その光に反応して、魔鳥は甲高い叫び声を上げた。
「行け。」
鋭く短く、シャルロットは言った。人を切れそうな程の速さで指揮棒を真横へ振り抜く。びばっ、と空間を裂いて無数の風の刃が撃ち出され、空を舞った。圧倒的な、面制圧の攻撃。高く鳴いた魔鳥は、身を守ろうとするかのように羽を目の前で交差させる。翼に激突した風刃は、しかし羽毛を散らすだけに留まっていた。面に対して面では効果が薄い。歯噛みしながらシャルロットが第二撃を放とうとした時、魔鳥は翼を引き絞った。
照準する先は、まず間違いなく編入生───どうする、と刹那の中で彼女は自問自答する。
その間に翼が凄まじい速度で突き出されて、エルは目を見開いた。カチリと意識が切り替わる音がした気がした。赤い雫は誰のものも飛び散らない。シャルロットが動く間もなく、エルが動いていたからだ。魔鳥の翼が空振り、僅かに重心が崩れる。
「シッ……!」
その隙を、暗殺者である彼女が逃すはずがなかった。短剣を二本、凄まじい速度で引き抜いて魔法陣を展開する。使い慣れた、土茨の魔法を呼ぶ魔法陣。元々、戦闘には慣れている。魔鳥の足元に広がったソレは、瞬く間に土の茨を生み出した。締めあげられ、ほんの一瞬動きが止まったその隙をそばで見ていたルークは逃さなかった。はっ、と呟くように息を吐いて、意識を一瞬で戦闘へ切り替える。気弱な面ではなく、暗殺者の面を被って。引き抜かれ、陽光を反射し煌めいた彼のレイピアが、風の光を瞬間で纏う。
「はアッ!」
翼を突き破らん、大地を踏み割らんとする勢いで踏み込んで、ルークは細剣を突き出した。ぶつかり合った、翼と風の槍を纏った彼の剣────確かに風の槍が翼を貫いて、羽毛を舞い散らせる。面に突。魔鳥が明確に動きの精彩を欠いた。仰け反って、胴体ががら空きになる。
それを見て、ハッとしたシャルロットは魔法陣を組み直す。生徒に助けられるなんて教師失格、と思ってしまうが今はそれどころではない。ルークは大技を使った反動だろう、よろめきながら相手を見上げている。エルの土の茨が、音を立てて砕け散った。
「ここで、決めるから!」
息を吐いて、彼女は明らかに弱い《核》を狙う。翼に守られなくなって狙いやすくなったそれに、魔法の照準が向けられた────