コメディ・ライト小説(新)

Re: カオスヘッドな僕ら ( No.50 )
日時: 2021/10/27 18:48
名前: むう ◆W6/7X9lLow (ID: Xkfg0An/)

 コンコンコン、と三回室長室の扉が軽くノックされた。
 燭台しょくだいの明かりで報告書を呼んでいたガイコツ……ああいや、ネートル室長はおもむろに体を起こし、入り口の方を見やる。

「どうぞ」

 ギィィィィィィィッと、建付けの悪い木造の扉が蝶番ちょうつがいの音をきしませて開く。
 扉の隙間から顔をのぞかせた人物は、そのままスタスタと部屋の中に入ってきた。

 外見9、10歳くらいの茶髪の男の子だった。童顔で、ぱっつりとした二重。頬はほんのり赤く染まっていて、幼いいでたちである。
 白いシャツはシワ一つなく、サスペンダーで黒色のズボンと繋がっている。シャツの上から厚い生地のマント。左腕には、『保安課』と書かれた腕章をはめている。右手には書類の入ったファイルを手にしていた。

 男の子はそのまま室長室をぐるりと一望する。
 脇の古風な本棚や、その上に置かれた花瓶などに興味を示したようだった。アンティーク調の家具や部屋のつくりは、ネートル室長の趣味だった。

「ずいぶんとおしゃれなお部屋ですね。おまけに埃一つないとは。室長は自分の部屋は清掃員に任せず、自分で掃除をなさってるとお聞きしました。清潔感があって素敵ですね」

 顎に手を当てて、感嘆の息を漏らす男の子。

 見た目に反して流ちょうに喋り始めた男の子が何者なのか、ネートル室長は知らなかった。
 新しく入ってきた新入りだろうか。それにしてはやたらと幼い気がするが……。

「失礼を承知で尋ねるが、君の名前は?」
「あ、はい。ルキアです。ルキア・レオンハルト。お初にお目にかかります」

 ルキアは丁寧に腰を45度に曲げてお辞儀をする。
 その柔らかな動作一つ一つが洗練されていて、室長は驚きを隠せない。

「先月までは、北区の地方管理局の保安課で補佐として勤務しておりましたが、このたび4番隊副隊長に昇格するに際し、こちらに転勤となりました。よろしくお願いします!」

 地域管理局の、保安課………!?
 保安課とは、天界で言うところの警察に当たる機関だ。1番隊~7番隊までの隊があり、それぞれの隊が指定された地域の警備を担当したり、札狩との連携を取ったり、報告書の作成を行う。

 地方で働いていたにしても、この歳でそうそうなれる職業じゃない。
 それに、4番隊副隊長だって!? 嘘じゃないかと、ネートル室長は何度も瞬きをする。

「ルキアといったか。就任おめでとう。ところでお前さん、歳はいくつなの」
「はい、今年で230になります」
「230ッッ!?? わ、若すぎるじゃろッッ」

 クコの600歳が人間の14歳くらいにあたるならば、ルキアの230歳は人間の9歳くらいだ。
 

「ユルミスでさえ480なのに……年齢詐称……には見えないのぉ……」
「ふふ、褒めてもらって構いませんよ?」

 室長の反応がいいことに、自分の凄さを鼻にかけるルキア。歳ゆえの少々生意気なところもまた、彼の年齢が真実だという証拠だ。

「それで、ここには何の用で?」
「先日行われた会議の報告書が完成したので、そちらと————」

 ファイルから、端を目玉クリップで留めた書類を抜き取り室長に差し出したルキアが、思い出したようにある話題を持ちかけた。

「そういえば、この前解雇処分になった守り人のユルミス・ローズベリ……室長と長い縁なのだそうですね」
「………まあな」

 ユルミスの話題に、ネートル室長の肩眉が下がる。目と目の間にくっきりとしたしわが刻まれたことから、この話題に対してあまり良い思いはしていないようだ。

 あれ?でも先輩たちから聞いた話には、案内人のクコや札狩の紗明さんと並んで、室長と仲がいいとのことだったけれど……。
 ルキアは腑に落ちないものを感じたが、顔には出さないことにして話を続ける。


「ヴィンテージ幹部のプリシラ・ローズベリと苗字が同じなのは、何か理由があるんでしょうか?」
「…………」
「もしそうなら、近々彼女を管理局に迎えて、保安課の方から直接話を聞きたいですね」
「…………」


 室長は気難し気な表情を崩さない。
 消えかかった燭台の炎用にマッチを擦りながら、じっとルキアの話に聞き入っている。
 
「だって、アカシックレコードを管理している悪魔が、プリシラと繋がっていたらまずいでしょ? ぼくは嫌ですよ。室長も知り合いが敵と繋がってたら……って考えたらどんな気持ちになりますか? だからユルミスを解雇したんですよね。そうでしょっ?」


 ルキアが喋るごとに言葉が入っていく。保安課に所属している少年だ。ヴィンテージについても、誰よりも嫌悪感があるのだろう。

 室長はなおも何も答えることはなかった。ただ、ゆっくりとルキアを見つめる。
 無言ながら、彼がもうこの話を耳に入れたくないのがわかり、ルキアはコホンと咳払いをして背中を向ける。

「話過ぎましたね。ご気分を害したのなら謝ります。申し訳ありませんでした。失礼します」


 再び扉が固く閉ざされる。室長は入り口を、じっと凝視していた。
 少年が放った言葉、少年が口に出した人物の名前が、室長にないはずの胸に深く刺さっていた。