コメディ・ライト小説(新)
- Re: カオスヘッドな僕ら ( No.52 )
- 日時: 2021/11/02 13:25
- 名前: むう ◆W6/7X9lLow (ID: Xkfg0An/)
〈ユルミスside〉
「……あ、そうだぁ。じゃあオレ休憩中暇だし、今回だけオレがこの人たちを案内するよ」
ふざけているわけでもなさそうだった。この子は本気でユルたちを案内するつもりらしく、シャルロットさんがどれだけ止めても引き下がってくれない。
『貴方はいつも勝手なことばかりするから』『興味深々なのはいいけどもう少し自分のことを観察してみなさい』『何度も言うけど任せられません、帰りなさい』と、シャルロットさんは頑なに首を振る。
落ち着きがないセシルに案内させるのを何が何でも回避したいという本心が、言葉の強さに現れている。
双方とも一向に意見を曲げる様子がなく、このままではベルガールの仕事も滞ってしまいそうなので、ユルはそろそろと右手を上げる。
「あの、本人がいいなら、こっちは大丈夫なんだけど」
「あんた本気!??」「こんなガッ……お、お子様で本当に良いんですかユルミス!?」
その言葉にセシルはパアっと顔を輝かせ、パイセンたちはどんよりとした眼差しを向けた。シャルロットさんも、口をぽっかり開けたまま数分間固まってしまう。
「……ほ、本当に平気ですか? お客様がよろしければ、私も次の仕事があるので……でも、この子はまだ子供ですし、迷惑だったら……」
「平気だよぉ!」と下唇を突き出して憤慨する男の子。
やる気だけは充分に伝わっているし、本人が乗り気なのはとてもいいことだ。どう転ぶかはまだ分からないんだから、やるだけやらせてあげようというのがユルの考え。
「まあまあ。俺はいいと思うよ。天界初めてだし、案内してよ」
「さっくん……! さっすがぁ」
「本気かぁぁぁ朔くん……。あんたたち百木兄弟はなんでそんなにお人好しなん……?」
そんな中、パートナー百木朔ことさっくんだけが、意見に賛同してくれる。ピりついた場を和ませようとみんなに微笑むと、セシルの右手に自分の指を絡めた。
「俺、朔。君は……セシルだっけ? よろしく!」
「オレ、セシル・バーナード。セシルでいーよ。んじゃ、案内していくよぉ!」
セシルは陽気に言うと、高々と右腕を突き上げ、奥にあるエレベーターに向かって歩き出した。足取りは軽く、のんきに鼻歌なんか歌っている。
その後に続くユルたちを、シャルロットさんは心配そうな表情で見送ってくれた。
********
天界にも人間界と同じようなエレベーターが存在している。ロビーの奥に設置されたエレベーターの中には他にも五人ほどお客さんがいて、肩がぶつからないよう気を付けなければならなかった。
「あれ、保安課の方?」
背中の天使の羽が立派な、健康そうなおばあさんが、最上階のボタンを押したセシルに問いかける。その優しそうな眼は、左腕の腕章をとらえている。
「はい。保安課2番隊の、セシルです」
「ここは客用のエレベーターじゃないかしら? どうかされたんですか?」
管理局のエレベーターは、職員用と客用に分かれている。職員用はユルやパイセンたちが良く使っていたもので、朱色に塗装されている。反対に客用は藍色。一目見ただけで区別したすく、二年くらい前に塗装工事がされたと聞く。
「こちらのお客様を室長室へ案内している途中でして。ベルガールのシャルロットからの仰せつけです」
切り替えのオンオフが凄すぎる。なぜさっきお仕事モードで対応できなかったのかと疑うほど。礼儀や敬語の知識なんてなさそうだったのに。
彼の素の状態を知っている立場は、スイッチが入ったセシルにあ然としてしまう。
「………できる男の究極版やん」
「流石保安課、頭の回転が速いんですよ」
クコパイセンの左耳に耳打ちすると、パイセンは何度も深く頷く。隣の紗明パイセンやさっくんも、まじまじとセシルを眺めた。
「あら、そうだったの。お疲れ様です」
「はい、こちらこそ。良い一日をお過ごしくださいませ」
二階につき、おばあさんエレベーターを降りていく。二階には食堂やちょっとした休憩所があるので、乗っていた他の人もおばあさんの後に続いた。
いっきに空になった室内で、みんな同時に大きなため息をつく。
ロビーからエレベーターに移動しただけなのに、なんでこんなに疲れているんだろう。
「つまりあなたは、仕事中だけ猫を被っていると、そういうことですね」
皮肉たっぷりに紗明パイセンが言う。セシルを見上げるその瞳には若干の軽蔑が見て取れる。
紗明パイセンは昔から、コロコロと態度を変えるタイプが嫌いな人だった。
「勘違いしないでほしいなぁ。アレはあくまで仕事だよ。保安課って言う立場上、当たり前でしょ?」
セシルが軽く肩をすくめる。こんな華奢の体のどこにスイッチがあるんだろうか。こうも一瞬でぱっと切り替えれるその頭の中身を見てみたい。
「ならなんで俺たちにはそうしないの? 一応『お客様』って立ち位置だけど」
「だってオレ、名前知ってるヤツにお客様って言わないもん」
…………は?
どういう意味か分からず、ユルは眉尻を下げる。
その反応がおかしかったのか、セシルはカラカラと笑って、右手の人差し指をクコセンパイ・紗明センパイ・さっくん、そして自分に順番に指し示す。
「クコ、紗明、ユルミス、そして百木朔。君たちのことは保安課の全員が知ってるよ。ネートル室長に呼び出されたこともそーだけど、黒札の資格者を連れてきたことでみーんな君らにチュウモクしちゃってるから」
黒札の資格者。その言葉に、さっくんが「俺?」と呟く。
そう、とセシルは応え、直後さっくんの目と鼻の先まで距離を詰め、エレベーターの壁にまで追いつめる。そして上から見下ろすような体制で、あくまで無邪気に質問をした。
「どう? 黒札の資格者って、どんな感じ?」
「………え?」
さっくんの表情がこわばる。若干裏返ったその声から、酷く怯えているのが伝わる。
なんでいきなりそんな質問をするのか分からない。
保安課は札狩の調査もしているけど、だからといってこんなふうに追いつめるなんて卑怯だ。だって、さっくんにはなんの責任もないんだから。
「ちょっとあんた。人の仲間怯えさせてどういうつもり? これ以上なにかするようなら、その魂抜き取るけど」
不快な気持ちを抑えられず、とっさにそんなセリフが口から飛び出た。
普段もあまり大人しい方ではないけど、ここまで怒ることは滅多にない。パイセンたちもそのことを把握しているので、クコパイセンは顔面蒼白で自分とセシルを交互に見やった。
「ユルミス……あかんそれはあかん。保安課なんか怒らせたら……あんた……紗明何とかしぃっ」
「無理いいいいいいいい、マジ怖えぇぇぇぇぇぇ………こんな状況で何とかするってそれ無理いい」
「なんでエレベーター乗るだけでこんなことになるんやぁぁぁぁぁ。あんたのせいか?」
「こいつのせいだろぉぉぉぉぉ? 何でそこで俺の名前が出てくるんだよ………」
修羅場へと陥ってしまったエレベーターの隅っこで、クコパイセンと紗明パイセンが震えながらヒソヒソ会話している。
さしもの自分も、やってしまった感が半端ない。怒る相手を間違えた恐怖で怒りの熱もすぐに冷め、かわりに背中にかけて冷たい汗がタラーリ。
「さっくん助けて!」
「無理言うなぁぁぁぁぁぁぁ、お前のせいだろおおおおおおお」
ホントにその通りですごめんなさい!
保安課は年間にわたり、天界の警備や事件の捜査をしているエリート軍団。当然頭も運動神経もいい。そのうえこのセシルくん、小柄な体格だからこそ余計に攻撃が怖い。
素早い動きで相手を攪乱させ、とどめのパンチで一発KОなんて未来が本当にありそうだ。
それに加えてこの、天真爛漫で純粋無垢な性格が余計に恐怖心をあおってくる。
セシルは俯き加減でユルの前に立っている。その顔がどんな表情なのか、確かめようとも思わない。やばい、解雇されたことが小さなことのように思える。
セシルがマントの懐をまさぐり、金属製の一本の杖を取り出す。先っぽが、魚を捕る銛のようにとがっている。
ひゃあぁぁぁ! きっとあれで刺されて終わるんだぁぁ!
ユルミス・ローズベリの役400年の人生。短ったようで色々ありました。先輩たちや人間の仲間と楽しくやれて幸せでした。自業自得です。おやすみなさい………。
セシルが杖を頭上に振りかざすのと、エレベーターが三階で止まり扉が開くのがほぼ同時だった。
ウィィィィィンという音を立てて開いた扉の向こうに、赤茶髪の男の子が立っていた。
「……………………ル、ルキア4番隊長っ……………」
見られてはいけないものを見られた。
とっさに杖を背中に隠したセシルの顔がどんどん青ざめていく。
間一髪で命の危機を免れたユルは、腰を抜かしたままルキアと呼ばれた男の子に視線を移す。
セシルよりも1、2歳年上っぽい、聡明そうな男の子は、顎に手をあててユルたちを一瞥した。
「………………なにを、やってるんですか…………………???」