コメディ・ライト小説(新)
- Re: 元勇者、居候になる ( No.3 )
- 日時: 2020/08/11 09:05
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: T/Qtp4km)
Episode1
#大切な思い出-1
「あ、勇者、目覚めたんだ!」
そんな、聞き覚えのある明るい声の主は……死んだ筈の魔王だった。多少容姿は違えど、魔王を見間違える筈は無かった。勇者にとって魔王とは、何度も剣を交わした良き好敵手でもあれば、人の温もりを教えてくれた恩人であり、己が守ると決めた存在だから。
「ま、魔王、なのか……?」
有り得ない筈の現実に、恐る恐る問いかける。
その問いかけと平行して、脳裏にある1つの予測が立った。
______私も死んだのだから、ここは所謂あの世なのではないか
と。
「うん。私は魔王……いや、今は元魔王って言った方がいいかも」
「元……?やはりここはあの世なのか?」
長い亜麻色の髪を右手の指にくるくる巻きつけながら、勇者が現在座っているベットに座る魔王に再び質問する。このベット、一見魔王城でみた豪華な物とは程遠い質素なものな筈なのに、少し指でさわれば品質は魔王城のと同等……いや、それ以上の物なのはすぐ解った。
「んー……あの世とはちょっと違うかな。
言うならば別世界。勇者は“転生”って聞いた事ある?」
「ああ。一度死んだ者が魂はそのままで違う者として生まれ変わる事だろう?それがどう関係が……?」
勇者は、魔王の問いかけは少し的外れな質問に感じた。転生は死者は不死の魔物のアンデットにならない限り必ず起こる。だけど記憶保持は不可能とされており、転生後は赤子からのやり直しになるから、今回の謎の現象とは別物だと思うからだ。
「なら……勇者もユーリは覚えてるでしょ?
異世界からやってきて、その世界の記憶を持った青年の事」
「勿論さ。ユーリさんには色々とお世話になったからな。……って、ちょっと待ってくれ。ユーリさんが異世界から来た……?そんな事聞いてないぞ?」
ユーリは人間の数少ない魔王の良き理解者であり、諜報と魔法を得意とし知識が豊富な策士である。人当たりが良く世話焼きな面も持っていた為に、勇者も彼から色々世界政情について教えてもらったのは記憶に新しい。しかし、異世界から来たという事は初耳だった。
「あ、なら勇者には話してないんだね。ともかく、そういう特殊なケースもあるって訳なの。で、それも“転生”って呼んでるんだ」
「なる程。特殊な転生……?つまり……」
ここまできて漸く納得がいった。
転生での記憶保持が不可能というのは嘘で、実際は可能だという事。先程魔王が転生について尋ねてきたのは、勇者達はユーリと似たような転生をして今に至るからであり、的外れでは無かったがのだ。
「そう!勇者も私も転生したの!この平和な世界に……!
って訳でもう勇者の家は無いから、私の家に住んじゃえ!」
「すまない、何言ってるか解らない」
______急に同居とか何言い出したんだこの魔王は。
漸く勇者の理解が及んだというのに、魔王は決定事項のように唐突に物事を決めるから理解が再び追いつかなくなってしまった。
「えー!?さっき納得したような顔してたのに!」
「納得したような顔ってなんだ。
転生については理解した。異世界だから家がないのも承知だ。だが……何故そこで同居になる」
驚愕の声をあげる魔王だが、こっちが驚愕してると言わんばかりに言い返す勇者。
魔王城で泊まった事があるが魔王と二人きりで同居になれば話は別である。
「むぅ……勇者は私と住むのは嫌……?」
「そういう事ではないし、嫌ではない。だが……今の私は転生したばかりで無一文だ。同居というよりこれでは居候だし、転生した訳だからこの世界の身分も無い。色々と問題が起こらないか?」
上目遣いをする魔王に、現実的な観点から要員を述べる勇者。
世界によって差はあるかもしれないが、部屋を見ただけでかなり文明は発達してるのだから身分制度や通貨はあるだろうと勇者は考える。勇者個人としてはこんな美少女で性格も良い魔王と暮らせるのならこの上ない幸福だが、恩人にまた恩が増えるのは避けたいという気持ちもあった。
「それなら問題無いよ!勇者の今着てる服のポケットの中身出してみて」
勇者にとって、この魔王の言葉はまたも必要性が解らないが、埒も開かないので素直にポケットの中身を出してみる。この時に勇者は気づいたが、今着てる服は見知らぬモノだ。視界に入る髪の色も変わってる気がするし、視界も高く……つまり自身の身長が高くなっているように感じる。これは転生による影響だろう。
ポケットの中身は革でできた大きめの財布らしきものと『通帳』と書かれたメモ帳。財布の中身は数桁の数字と『口座の暗証番号』という文字が書かれた紙切れ、文字が書かれた薄いカードが沢山。ぱっと見ただけなので詳しくは解らないが、直感でこれはとても重要な物だと気づいた。
「これって……」
「身分証明書……勇者の場合は学生証に保険証、通帳とか諸々だね!他の重要書類は勇者の近くに落ちてたから私のほうで保管しておいたよ。色々説明したいけど……端的にいうと、勇者のこの世界での身分は学生で、お金は通帳に書いている金額全部勇者のもの!」
勇者の直感は見事的中したのだった。
恐る恐る通帳というものを開けば残高数千万という数字。勇者にはこの世界の物価はわからないが、決して安くないだろうと考えた。
「なぁ魔王……この金額ってどれくらい価値があるんだ?」
「取り敢えず数年は遊んで暮らせるね。勇者は年齢的に高校生だからか私より少し金額少ないけど」
「!?!?!?」
物価を知るために尋ねれば驚愕の回答が帰ってくる。これでも魔王より少ないとなると魔王は幾らなんだと頭を抱える勇者だった。
「ね、問題無いでしょ?すごいでしょ!」
「いや普通は怖いぞこれ!!」
- Re: 元勇者、居候になる ( No.4 )
- 日時: 2020/08/13 18:29
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: Xr//JkA7)
#大切な思い出-2
それからというのも。勇者は魔王から物価についてやこの世界での最低限の常識や、この世界についてを教わった。
「ふむ……人間だけが支配する世界か。それでこの国は『日本』と。科学技術が進歩して『機械』という道具が満ち溢れてて文明は元の世界よりかなり上で生活水準も高い、魔法は超常現象扱いと。私達は使おうと思えば弱い魔法なら使えるが人前ではなるべく使わないほうがよさそうだ」
魔王に教わった事を簡潔に纏めては復唱する。
世界はとても広く、国によっては戦争が起こってたりもするが、勇者達の元世界よりかは圧倒的に平和だ。その中でも現在居る日本という国はとても平和らしいし、魔王曰く物事が便利になってて過ごしやすいとの事。
「その言い方は誤解を招きそうだけど、大体その認識で合ってるよ。あ、それと言葉はね……話そう、書こうとする国の言葉を思い浮かべながら話したり書いたりすれば自然と変換されるよ。聴くときは私達の語源に変換されるし」
「はぁ……もう何が来ても驚かないぞ……」
そんな魔法のような現象をついでのように説明する魔王。
転生といい身分証明書といいお金といい驚愕の連続なので、勇者は半ば諦め気味に全てを受け入れる事にし、溜息を吐く。
「次はこれからの生活についてなんだけど……勇者は来週の前期始業式から近くの高校に転校生として転入する事になってるみたい。手続きはもう済んでるし、私が大学入った時はすんなり入れたよ」
「転生後の用意が周到すぎるだろ……」
「更に言うと戸籍上では私と勇者は親戚扱いになってるみたいだから、誰かに関係を聞かれたら『訳あって親戚の家にお世話になってる』って答えといて」
「あ、ああ。了解した……」
勇者にはここまで来るとまるで誰かが準備したように思えてくる。でもこれは転生による世界の理による変化らしい。
勇者の世界にも学校はあり、勇者は学校に行った事は無いが存在は認知してるし、魔王にこの世界の常識を教わった時に一緒に教わっている。
「まぁ……気にしたら負けだよ。私は家も貰えたけどいいに越した事はないし。
んで……話変えるけど……これで最後ね。
この世界での私達の名前は元の世界とは違うの。さっきの身分証明書、それ見てみて」
流石の魔王でも転生後の境遇の良さには苦笑いをしては、強引に話題を変える。勇者は言われた通り身分証明書を出してはそれを一瞥する。そこには自分によく似た……恐らくこの世界での己の姿が写った写真というものに、生年月日等の文字、そして『清水 仙李』という名前。これがこの世界での勇者の名前なのだろう。
「清水仙李……清水が姓で仙李が名なのだな」
「へぇ、センリ……いい名前じゃん!
あ、私は『草津雪永』って名前だから宜しくね!間違えて人前で魔王とかエーデルとか呼ばないでよ?」
「雪永だな。覚えた。間違えないよう善処するよ」
少し冗談っぽく言ってくる魔王こと雪永に勇者……仙李は真に受け止めて真剣な表情で返せば、雪永は冗談と受け取ってもらえないのが嫌だったのか顔を顰めるも、「転生しても真面目だなぁ」と溜息をついてはすぐ様何事も無かったかのように表情を柔らかい笑顔によする。
「んーともかく、これでやっと終わりー!!
明日からは高校のレベルを合わせないといけないから勉強と……とはいえ不思議な事に知識は既に頭にあるは程度あるから一通り通すだけで問題も解けるようになるから気に負わなくても大丈夫。
それより、ここ周辺の探索や学校やお店の場所を覚える為のお出掛けのほうが優先かな」
気に負わなくても大丈夫だと雪永は言うが、表情を見るにそもそも心配をしてない様子。なんせ仙李は元は高スペックの人工勇者だから。彼女が言った様に既に不思議な力で知識があるのなら、それを活用できるようになるのはあっという間だろう。それ故に彼女の言葉通り、知識も土地勘もない周辺地域の散策をするべきだ。少なくとも来週から通う高校の場所は覚えなくてはいけない。
「色々忙しいと思うけど、大変なのは最初だけだから頑張ろ!私もサポートするからさ!」
「ありがとう。精一杯頑張るよ」
明るい声で応援してくれる雪永を心強く思い微笑みながら感謝を述べては、早いとここの世界に馴染もうと決心する仙李。
「どういたしまして。
ふぁ……そろそろ夜遅いしお風呂入って寝よっか……お風呂の使い方教えるから仙李も来てー」
頷いて感謝の言葉を受け取る雪永だが、大きな欠伸をする。その後入浴を提案し、仙李の返答を聞く前に浴室がある方向と思わしき方向へ歩きだす。仙李は彼女の後をついて行こうとするも、ここで今で流されてきた事を思い出し、それを口にした。
「……私がここに居候するのは決定事項か?」
「え?違うの?」
「いや……まぁ宛がないし流石に家を買う程裕福では無い。暫く居候としてお世話になるぞ」
「暫くと言わずずっと居なよ。
……ともかく今はお風呂お風呂!」
驚愕の表情を浮かべる雪永にこれは決定事項なんだと察し折れ、浴室に向かう雪永を追う仙李。
しかし、仙李はこれを嬉しく思っていた。
______道具ではなく人として接してくれ、何度も殺しにかかった自身を許してくれて。己が唯一守りたいと思えた人達の主であり、この世界でも、己を気にかけてくれ優しくしてくれる私の恩人。彼女や魔族達とは城で共に過ごした事もある。そんな、沢山の大切な思い出をくれた貴方の隣で笑い合うのは、私の叶わない筈だった望みだから。
「この世界でも、貴方との大切な思い出を築きたいな」
小さな呟きは仙李の新しい望み。
今日は驚きの連続だったが、望みが叶ったのが一番の驚きであり幸福だ。転生後の人生の運を使い切ったのではと思うくらいには。
「何か言ったー?」
「いいや、なんでも」
呟きが聴こえたのか振り返る雪永に、仙李は微笑んでそう誤魔化す。
______これを貴方に伝えるのは恥ずかしいから。今は私だけの秘密にしよう。
***
Episode1終了です!情報過多ぇ……でもグダグダ解説にもしたくないからすんなり終わらせました。情報過多はどう考えても技量不足だな……改善したい。
これは序章に当たるので短いです。この後幕間を挟んで学校が始まってから本番。