コメディ・ライト小説(新)
- Re: 元勇者、居候になる ( No.6 )
- 日時: 2020/08/13 11:30
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: SDPjcky.)
Episode2
#注目を浴びる-1
元勇者……仙李の居候生活が始まってから数日後。この数日間は雪永に様々な事を教わり、必要な日用品や衣類等を買いに行ったりしてある程度はこの世界の事も知れた。とはいえ機械というものについては、便利だが異世界から来た仙李からすれば複雑なものでありとても使いこなせるものではなくて。銀行という場所で通帳を使ってお金を引き出すのにも一苦労である。数日前には携帯電話……スマートフォンというモノを購入したのはいいが、機能が如何せん多すぎるのだ。雪永も全て教える事は難しいらしので、特に重要な機能である遠距離会話機能______通話とメッセージ機能辺りのみ教わったのである。
そして今日。
「いってきまーす!」
「行ってらっしゃい、雪永。くれぐれも気をつけて」
「はーい!」
明るい声とともに手を振る雪永を、仙李は笑顔で見送った。雪永は嬉しそうに微笑んでは、大きな鞄を背負い家を後にする。
どういう事かというと、今日は雪永の通う大学の始業式なのだ。そして、仙李の高校の始業式は翌日。なので今日は1人で過ごす事になる。
「さて……今日はどうしたものか」
1人になった部屋で、仙李は小さな溜息を吐いた。この世界に来てから初めての1人で過ごす日。正直言って、仙李はどうすればよいか解らないでいた。
何も決まらないままウロウロと部屋内を歩き回っていたら、部屋に配置されていたタンスに小指が当たって。仙李の痛みによる呻き声が漏れると共に、衝撃によりタンスの上から何かが落ちてきた。仙李はしゃがみこみ、落ちてきたものを拾う。
「合鍵か……そういえば先日雪永に貰ったな」
落ちて来たものはこの家の合鍵だった。先日、1人の時でも出かけれるようにと雪永が用意してくれたのだ。
「……そうだ。入学前日なのだから道の確認でもしておこう」
鍵を見つめていれば、仙李の脳内にひとつの案が思い浮かぶ。そうと決まればと、即行動を初め出かける準備をする。
部屋着から私服に着替え、携帯電話に財布と鍵をズボンのポケットへ入れる。髪を整え戸締まりを確認しては、ほぼ新品である靴を履いた仙李は家を後にした。
家から出ると、爽やかな風で髪が揺れて。風が顔に当れば、程良い涼しさで心地よい。
今は4月。この世界は春夏秋冬と季節が別れており、現在は春に当るらしい。
「天気もいいし、これが絶好のお出掛け日和というやつか。人通りもあって賑やか。平和だな」
道を歩いていれば、親とはしゃぐ子供や数人で楽しそうに話ながらすれ違っていく学生等、沢山の人物が視界に入る。そんな人々の様子を見て、この世界の平和さを実感する。
視界に入るのは勿論人間だけでなく、雲一つなく太陽が輝く青空に、道端に家々。道を走る車という移動用の機械。
ど荒んだ世界に居た仙李にとってはどれも新鮮だった。
暫く先日雪永と共に行った時と同じ道を歩いていくと、途中で一つ問題が起きた。
「通行止め……だと……」
道の隅に縦長の看板が置かれており、それを見た仙李は顔を顰める。
どうやら、この道の先は工事中のようだ。前回来たときは予告と書いてあったが、仙李はそれをすっかり忘れてた。
「どうしたものか……他の道は知らないし……」
額に頭を当て、大きく溜息を吐く。これは困ったぞ、と悩む。
そうして立ち止まる事数分。突如として機転が訪れた。
「そこのキミー!もしかしなくてもお困りかな?」
抑揚の有る声で話掛けられて。声のした方向へ振り返れば栗色の長い髪にきらびやかな格好でお洒落をした女性がいた。顔立ち等を見るに仙李と歳の差はそこまでないだろう。
「は、はい。明日から近くの高校に転校する事になってて、今日は事前に道の確認に来たんですけど……この道を通る予定だったのが、この通り通行止めで、どうすればいいのか困っている所です」
苦笑いをしながら仙李は女性に対し簡潔に説明をしてみせる。相手は初対面だし容姿が派手なので仙李への印象は悪い。
そんな印象は知らない女性は真剣に仙李の説明を聞いては、両手を叩いてある提案をしてきた。
「ならアタシが迂回路を案内するよ☆
アタシさ、その学校の卒業生だからここら辺の道詳しいんだよね」
はにかむ女性に、仙李はこの人は良い人そうだと感じて「お願いします」と案内を依頼する。
彼女は「任せておいてよ!」と快く承諾してくれた。一見仙李にとって苦手なタイプかと思ったが、この世界でも人を見た目で判断してはいけないようだ。
女性が早足気味で歩きだし、その横を仙李は歩く。
「キミ、転校生って言うけど、さっきの感じ的にこの町に来たのも最近が初めて?」
歩いている途中、女性はこちらを向いて首を傾げながらそんな問い掛けてをしてきた。
「はい。数日前来たばかりです。なので土地勘が殆ど無くて……」
「そっかぁ。アタシも数年前ここに引っ越してきたんだけど、来たばかりの土地だと戸惑うよねー」
土地勘が無いので少し恥ずかしく、話す声も小さくなってしまった仙李だが、女性はそんな仙李に気づいたのか、遠回しで『引っ越し時は誰もが通る道だよ』と言ってくれる。その気遣いに仙李は気づき、少し嬉しくなり、今度は仙李から質問をする。
「先程数年前引っ越してきたばかりと仰いましたが、貴方は何故この町に……?」
「あー、アタシの場合は親の都合。前はど田舎に居たんだけど親が転勤になって家族諸々引っ越した訳。キミはどうなの?」
「私も似た感じです」
女性は初対面の仙李相手でも気にする事無く質問に答えてくれた。良い人なので、彼女のオウム返しの質問に本当の事で答えたかったが、勇者云々は信じて貰えないだろうからと、仙李は罪悪感を感じつつ嘘を吐いた。
「っと……ここの横の道が工事してるとこから繋がる道ね。右曲がればすぐ学校だよ。ほら!」
「本当だ……ありがとうございます」
「困った時はお互い様って言うし、いいってことよ☆」
暫く会話しながら歩いていたら、女性は横断歩道で足を止めては右を指差す。そこには高校があって。仙李がお礼を述べれば彼女は笑顔で返す。
「じゃ、アタシはこの後用事あるからこの辺でー!じゃあね!」
「はい。ありがとうございました!」
歩行者用の信号が代わり、女性は手を振りながら別れの言葉を伝えてきて。仙李も再度感謝の言葉と共に笑顔で手を振りながら見送った。
「さて、目標は達成したし帰るか……!
それより……今の女性、優しくていい人だったな…………」
女性の姿が見えなくなると、手をおろしてはそんな事を呟きながら仙李は帰路についた。
- Re: 元勇者、居候になる ( No.7 )
- 日時: 2020/08/13 14:14
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: GuSqVW3T)
#注目を浴びる-2
仙李が1人で通学路の確認をした翌日の朝。
「おはよう、雪永」
「おはよ、仙李。もうじき朝ご飯できるから早く食べて学校行こっか」
「ああ。いつも朝食の準備感謝するよ」
仙李が欠伸をしながらもさっと制服に着替えて寝室から出ると、フライパンを使って料理を作ってるエプロン姿の雪永が居た。醤油が焦げる香ばしい匂いが仙李の食欲を掻き立てる。
「今日は洋食か。元の世界でも似たようなモノは食べてたが、この世界に来てから食べる食事のほうが美味しく感じるよ」
「嬉しい事言ってくれるじゃん!そう言われると作り甲斐があるよ。
はい、かんせーい!」
仙李が素直な感想を述べれば、雪永は焼けた目玉焼きをトーストの上に載せながら、嬉しそうに口元を緩める。
今日の朝食のメニューは、目玉焼きと焼きベーコンのトーストに野菜をふんだんに使ったサラダ、そしてコンソメスープだ。
「いただきまーす!」
「いただきます。
……ふむ……やはり、雪永の料理は絶品だな」
「ふふー、そうでしょー?」
両手を合わせてこの国の食事の挨拶をしては、トーストを手に取りそれに齧り付く。ベーコンのしょぱさにトーストの香ばしさ、目玉焼きの控えめの甘さが癖になりそうだ。
仙李の反応を聞き得意げな顔をする雪永。
雪永は魔王時代、短い自由時間で趣味として料理を作っており、腕はかなりのものだった。仙李もそんな彼女の手作り料理を何度かご馳走になった事がある。そんな彼女の腕と、品質が元の世界より段違いに良いこの世界の食材がかけ合わさる事により、勇者達が居た世界の者からすれば普段の食事より比べ物にならない程の絶品の料理となるのだ。
そんな具合なので、仙李は雪永が振る舞う料理が毎度楽しみにしているし、一度食べ出すと一心不乱に食べてしまう。
「そんなに慌てて食べなくても大丈夫だって。時間は一杯あるんだし」
「…………もぐ、ごくっ。
ゆっくり食べてたらおかわりが出来ないだろう!」
「はいはい」
雪永に話掛けられた仙李は、行儀良く食べ物を飲み込んでから真剣に返した。それを見た雪永は軽くあしらうが、声調はとても嬉しそうで。
元の世界では娯楽が少なく、魔王エーデル達と合うまで感情の無かった上に、魔王達と親しくなってからは彼女らを守る為に力を付けるのに時間を費やしていた仙李……勇者イキシアからすれば、あの世界での娯楽は料理だけ同然であり、欲が少ない勇者でも食欲だけは強くなったという経歴がある。その食欲は仙李として転生した今でも衰えるどころか強くなっていた。
十数分後。食事を終え、二人で食器を洗い始める。
「もう、今日から学校なんだから手伝わなくていいのに」
「学校なのは貴方も同じだろう?お世話になりっぱなしは性に合わなくてね」
雪永の言葉に、仙李はさも当然ように返した。これまでの学校がない日は仙李が料理以外の家事をやっていたし、居候の身なので家事位はやらせてもらわないと、それこそタダ飯食らいなので、人としてそれは避けたかった。仙李が今日から通う高校の生徒は学校側に申請すれば働く事ができる……所謂バイトが可能な高校なので、近いうちに申請して働くつもりだ。因みに雪永も将来の事を考えて働いているのだと本人が言っていた。
「そういえば……今更なのだが、雪永は昔とは話し方が違うよな?何か理由があるのか?」
ふと、そんな些細な疑問が脳裏によぎり、食器を洗う為のスポンジを持つ手を止めてはそのまま雪永に尋ねる。その質問に、雪永は明らかさまに嫌そうに顔を引き攣らせた。
「あ、いや。少し気になっただけだから嫌なら答えなくても大丈夫だ」
その顔にマズいと感じた仙李は、無理はしなくても良いと慌てて伝える。その言葉を聞いた雪永は「ううん、大丈夫」と苦笑いして。
「ただね……この世界に来たばかりの頃いろんな人に変な顔で見られてね……その時仲良くなったばかりの仁愛に聞いたら『その話し方は中二病に見られるから辞めたほうがいいよ』って……それで辞めたの。ま、あの高圧的な話し方も派手な格好も魔王の威厳の為にやってたみたいなもんだから、今のほうが気軽だしね」
「そうか……」
恥ずかしそうに語る雪永だが、仙李は話の内容がはっきり理解できなかった。『この世界にはそういう特殊な病気があるのだろか?』と考察する。魔王時代の彼女は高圧的で、王としての威厳を感じさせる話し方や華やかなドレスだったのだが、今はどこにでもいるような女性であり、今の彼女が元魔王と言われても、この世界の人間は勿論、元の世界の人であっても仙李や側近のリコリスを始めとする親しい人物以外は全く信じることはないだろう。
「なぁ……私は今のままで大丈夫だろうか?出かけ先とかテレビとかで聴いてると『私』を遣う男性は少ないみたいだが……」
「大丈夫大丈夫。男の人のその1人称は畏まった言い方なんだからむしろ好印象じゃない?」
「それなら良かった」
今の話で少し気になったので、仙李は自身について尋ねると、雪永は全然問題無さそうに話しているのでそれを見て安堵する。王の威厳の為に高圧的な話し方をわざとしていた雪永と違い、仙李は記憶がある限りずっとこの口調なので変えるにしても簡単な事ではないからである。
そんな他愛のない雑談をしていると、あっという間に皿洗いは終了し、やがて学校へ向かう時間になった。
「そろそろ行ってくる」
仙李は必要なものが諸々入った鞄を背負い玄関へ向かうと、靴を履いては見送りにきた雪永にそう伝えた。
「行ってらっしゃーい!あ、言い忘れてたけど初日は職員室ってとこに寄らなきゃいけないみたい!」
「了解。じゃあ、行ってきます」
雪永の言葉に頷いては、一度振り返って小さく手を振り、家を後にしたのだった。
- Re: 元勇者、居候になる ( No.8 )
- 日時: 2020/08/15 11:04
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: A3jnu3NM)
#注目を浴びる-3
*** *** ***
「了解。じゃあ、行ってきます」
そんな言葉と共に、仙李は家を後にした。
仙李が居なくなり、家で1人きりとなった雪永はリビングに戻ると、慣れた手つきで携帯電話を操作して、ある人物に電話を掛けた。
『もしもーし、魔王様どうしたの?学校じゃないの?』
暫く機械特有のコール音が鳴り響くも、突如とひて陽気な声が電話越しから聴こえる。
相手は男性だが、一瞬女性に聴き間違う可能性があるくらいには独特で高い声だ。
「もー、この世界で魔王様呼び辞めてって言ってるじゃん。学校だよー、もう少ししたら家出るよ」
『あー、ゴメン、転生前からの癖でねー』
意地悪っぽく雪永が言えば、声から冗談なのを察したであろう相手は、声の調子を変えること無く冗談に乗る。
「それよりさ……そっちに今日転入生行くでしょ?あれ勇者だから宜しくね!」
『やっぱりか。オーケーオーケー、……確か今の名前は仙李、だっけ?書類見て魔王様が保護者だから何となく察したけど。まさか勇者様までこっちに来るとはねー。
それより、ちょっと調べたんだけど、お二人さんが戸籍上親戚になった方が驚きましたよー』
雪永が軽いノリで言えば、相手は半ば呆れが混じったような溜息を吐くと、そんな軽口を叩いて。
「うん、清水仙李ね。
親戚になってるのは私もびっくりしたよ。世界の理云々の影響とはいえ」
『清水君ねー、りょーかい。転入生なら職員室来るのが自分達の学校のルールだから、そん時に接触しとく。
でも合法的に同居……悪く言うと現段階は居候か。勇者様に会いたいって言ってた魔王様からすれば嬉しんでしょ?』
「ちょ……!そ……そんなこと……」
揶揄うような相手に雪永は図星を突かれしどろもどろになる。
雪永の魔王時代は信頼できる仲間が沢山居たとはいえ、対等な関係で接して……自身を『守りたい』と言ってくれたのは勇者だけだ。それに自身達がきっかけで彼は自身の意思を持つという成長を見せてくれたのだし、彼と居ると魔王としての威厳なんて忘れて肩の力を抜いて楽しく日常を送れた。その出来事があり、雪永は彼とは実際に過ごした短い時間よりもずっと前から一緒に居たような、そんな錯覚をしていた。それ故に彼が居ないと寂しく感じてしまうし、彼と共に過ごせれば嬉しく思う。
『わかりやすいなー。
あ、でも勇者様の性格的にバイトしそうだし、バイト始まれば居候じゃなく同居だね』
「確かにしそうだけど居候のままじゃないかな?
保護者が居るのにバイトでお金稼ぎ過ぎると扶養控除適用外になるからそうならない様にお店側もシフト組むだろうし。それ以前に勇者のお金は貯金させて生活はそれ以外のお金でできるよ」
そんな相手の軽口に、本気になって説明を始める雪永。転生時に貰ったお金は自身と仙李の分合わせて1億は越える上、こう見えて雪永は副業でかなりの時間働いているので、贅沢さえしなければ10年ちょいは、仙李が全く働かなくてもそれなりに良い生活が可能なのだ。
『さいですか。え、なに?魔王様は勇者様を養いたいの?』
「んー、ちょっと違うかな。
恩返しだよ。あの世界で人間と対立してまで私達を守ってくれた事の恩返し?的な。
それと仙李との生活は楽しいし、あの世界では道具として苦しんでた彼の笑顔を見ると嬉しくて」
『そっか。昔っからだけどホント魔王様いい人だよ。……魔王様が嬉しいならそんでいっか。
……あ、やばっ……』
若干引き気味の声による質問を、雪永は相手の声を気にする事なく正直な気持ちを述べれば、穏やかな声が電話越しから聞こえた。その後すぐ相手の声のトーンが下り、電話越しから慌ただしさが解るようなくらい物音がして。
「え、どうしたの!?」
『ゴメン、魔王様!勇者様……仙李らしき人来たから切るね!』
「わ、わかった!」
心配と戸惑いに煽られた雪永が尋ねれば、相手は申し訳なさそうに、だけど状況が状況なのか早口で謝ってはそのまま通話を終了させた。
「……これで学校のほうも大丈夫そうだね。
じゃ、私も学校行こっと!」
通話終了が表情された携帯電話の画面を眺めてた雪永は、その後鞄を右手に期待を胸に、家から外へと駆け出した。
- Re: 元勇者、居候になる ( No.9 )
- 日時: 2020/08/14 08:34
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: o/NF97CU)
#注目を浴びる-4
*** *** ***
「学校に着いたはいいが……職員室はどこだ……?」
雪永が通話をしてるのと同時刻。
仙李は学生が大勢いて賑やかな学校の敷地内で彷徨っていた。職員室に行くのは雪永から聞いていたが、肝心の場所を聞いてなかったのである。
暫く彷徨ってると、人だかりもどんどん減っていって、敷地内も静かになっていた。場所は解りそうでは無く途方に暮れかれたので、一旦玄関らしき場所へと向かうと、そこに1人の長い黒髪で、凛とした佇まいの女性が立っていた。制服を着ているのでこの学校の生徒で間違いないと思い、困り果てていた仙李は彼女に話しかけた。
「すいません。ここの学校の職員室の場所を教えていただけませんか?」
「どなた?……制服……場所解らないとなると新1年生の方ですか?申し訳ありませんが入学式は午後からで……」
「あ、いえ、私は3年生で転入生です」
女性は何か勘違いしたのか、お辞儀をして謝ってきた。仙李はそれに困惑し、彼女の勘違いを訂正しようと、言葉を付け足した。
「あ……転入生の方でしたか。すいません、私とした事が勘違いした上に決めつけてしまって」
仙李の言葉で勘違いに気づいたようで、彼女は羞恥で顔を赤くしながら額に手を当てては、再び深くお辞儀をしながら謝罪の言葉を述べた。
「あ、頭を上げてください。勘違いは誰にもありますから……!」
「そう言っていただけると助かります。ありがとうございます」
特に悪い事をした訳でもない女性が自身に頭を下げてるとなると、それを申し訳なく感じた仙李は頭を上げるように言えば、女性は今度は感謝を述べて。
この女性の様子に、仙李は前の世界の事を思いだす。勇者として人間の道具とされていた一方、人間に造られた事等何も知らない一般人からはそれそこ『人類の希望』としていつも感謝されたり頭を下げられたりしてた。あの頃はまだ魔王達に会う前……感情が芽生える前なので記憶は朧気だが、見てみぬふりをしてたか、軽くあしらっていた可能性が高い。その可能性が脳裏に浮かんだ事もあり、それと今の女性が重なって心の底から申し訳無くなって。
「あ、すいません。職員室の場所を……」
このままでは空気が悪くなってしまうし、仙李はこの可能性を思考から抹消したいからと強引に話題を逸らす。女性はあっと思い出したような顔をすると、「解りました。案内しますね」と歩き始める。
まず玄関に入り、そこから上履きに履き替える。そして校舎と渡り廊下を通り、もう一つの校舎へ。移動途中に話を聞いたのだが、この学校は北と南で校舎が別れており、北校舎に職員室や保健室、実験室や図書室等の特別教室と1年生の教室が、南校舎に2,3年生の教室があるそうだ。
途中、互いに自己紹介をした。女性の名前は黒須春香というそうだ。3年生で生徒会長だそう。女性こと春香は「生徒会長と言ってもただの堅物ですので。皆さんとは距離を置かれてるんです。そんな人間、リーダーとして相応しくないんですよね」と苦笑いをしながら卑屈になっていた。そんな彼女に掛けるべき言葉は仙李には解らなくて。ただ眺める事しか出来なかった。
「清水さん、着きましたよ。
では、私はHRがあるのでこれで」
「はい。ありがとうございます、春香さん」
「いえ。生徒会長として困ってる生徒を放っておけませんから。それでは」
数分後。職員室前に着いたので、春香にはお礼を述べて別れる。そして、その足で職員室の扉を軽くノックした。
「おはようございます。どんな御用ですか……?」
扉はすぐに開かれ、儚く、優しい声と共に、どこか既視感のある白衣を羽織った若い女性の先生が出ていた。
「はじめまして、おはようございます。
私は本日から転入生として来た者で、清水仙李と言います。職員室に来るようにとの事なのでこちらをお訪ねしました」
「転入生の子ですか……。私は養護教諭なのでその辺りのお話は解りませんので、他の先生を呼んできます。少し待っててくださいね」
仙李が要件を簡潔に纏めて伝えると、先生は柔らかい笑みを浮かべては、小さくお辞儀をしては扉を閉めて室内へ戻っていった。
先生の言葉通りに仙李は待っていると、すぐさま室内からドタドタと激しい物音が聞こえる。暫くすると物音は収まって、その後再び扉が開かれると、これまた既視感がある、黒髪で小柄な男性の先生が出てきた。
「いやー、待たせちゃってゴメンね?清水君で間違いない?いや______
勇者イキシア様、かな?」
「ッ!?」
はじめは飄々と、だが突如として先生の目つきが鋭くなり、先生と仙李意外聞こえないであろう小さい声で、耳元に囁いてきた。
雪永達、限られた人しか知らない筈のその名前が呟かれ、驚愕した仙李は反射的に身構える。この世界なので武器は当然持ってないが、元の世界ならば常備していた剣を抜剣していただろう。
「あー、構えなくても大丈夫。
落ち着いて、よーく先生を見てみて」
先生は少し困惑したように仙李から離れ、敵意が無いと伝えたいのか両手を上げる。
初めは仙李には先生の言葉は理解出来なかったが、少しずつ冷静になってくると徐々に意味が理解できてきた。
「もしかして貴方は…………」
「そう、多分そのもしかしてで間違いないよ。
ま、こんなとこで立ち話もなんだし、転入についての話も、あっちの話もしたいから移動しよっか。
……ついてきて」
仙李の言葉を遮った先生は、茶化すようにそう言っては、そのまま歩み初めて。彼の1歩1歩は大きく、仙李は彼を早歩きで追った。
そして、すぐさまとある部屋に入っていく。仙李も部屋に入った事を確認すると、先生は部屋に鍵をかけると、仙李の前に立った。
「よし。こんで邪魔は入ってこない筈。
……という訳で改めまして。お久しぶり、こっちでははじめましてだね。
諜報員ユーリ改め高校の教頭、栖川勇里でーす!」
少しお巫山戯気味にドヤ顔をしながら名乗る先生こと勇里。
そう。彼こそが魔王の数少ない人間側の理解であり、諜報と魔法に長けた策士ユーリが転生した姿だった。
- Re: 元勇者、居候になる ( No.10 )
- 日時: 2020/08/15 11:09
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: A3jnu3NM)
#注目を浴びる-5
「ユーリさん……いや、栖川先生。まさか貴方もこの世界に来てるとは……」
「あはは。驚いたでしょ。まあ自分も君がここに来てると聞いて驚かされたんだけど。
まぁ取り敢えず座って」
仙李の言葉に、勇里は手で頭を掻きながら呟いては、部屋の奥から2つの椅子を引っ張りだしては座るように催促するので、仙李は素直に座る。その後勇里ももう1つの椅子に深く腰掛けた。
「驚きましたよ。
ついこないだ雪永に勇里さんが私と出会ったときには既に転生していたって聞いたばかりで……という事は、2度目の転生なんですか?」
途中まで喋るも、仙李は自身が話した言葉でふとある疑問が浮かび、その事について勇里に尋ねる。
「そう言うとことになるね。
自分でも驚いてる。2回記憶を保持して転生したこともあるけど、なにより……この世界さ、あっちの世界に転生する前の世界と同じ世界なんだよ。探したら過去の自分の家もあったし。ただ当然死んだ事になってる……それに、あっちの世界に居た時も時間は進んじゃってたから戻れないけどね」
勇里は頷くと、小さく笑みを浮かべた。けれど、傍から見ればどう見えも無理に笑っているようにしか見えなくて。
______家族に会いたくても会えない、あったとしても信じようもないし、今更戻ったとて迷惑だから。彼が遠回しでそう言ってるような、そんな気もした仙李だが、久しぶりにあった人が軽い気持ちで踏み入っていけない領域なのも同時に理解し、彼の事も考えて話題を逸らすことにした。
「そういえば勇里さん、私に合う前から転入生が私だって解ってったような口ぶりですが、そのところどうなんですか?」
「なんでって言われると……そりゃ保護者が親戚扱いの魔王様……雪永だから察せるよ。それに今さっき雪永と通話してたし」
「なる程。雪永とはここでも知り合ってたんですね」
「うん。結構前に偶然会ってね」
仙李が尋ねれば勇里はいつも通りの声調に戻って軽口を叩く。その様子を見て内心安堵した。
「あ……
それとね。この学校にもう1人、転生した人がいるよ」
勇里は何かを思い出したように呟くと、そんな大事な事を軽いノリで伝えてきた。
「なんと……誰ですか?」
「それは秘密って事で。近いうちに会う事になるだろうから。まぁそれは置いといて、そろそろ本題進もっか。時間も限られてるからざっくり説明するよ」
仙李が尋ねても勇里は意地悪っぽく笑うと、彼の鞄から書類を取り出す。
近いうちに、という事は同じ学級か担任か教科担任の教師だろうかと考察する。
「この学校の事は事前にある程度雪永に教えてもらったと思いたいから置いといて。
これ、1日のスケジュール」
勇里から差し出された紙を受け取ると、時間割の話……50分授業が1日6時間形式の事や、転入する教室は3年B組であること、この学校の校則、部活動やバイトの申請とバイト可能な職種についてなど必要な話を簡潔にしてもらった。彼の説明は、仙李がイキシアだった頃に世界情勢を教えてもらった時のように解りやすくて、すぐ憶える事ができた。
「これでおしまい。えっと、今の時間は……始業式中かぁ。
……教室入るのは次の学級活動からでいいからちょっとお話してかない?」
「え……?大丈夫なんですか?」
話が終わると、勇里は彼の腕時計を確認しては、ニコニコしながらそんな提案をする。授業中なのだからいけないのでは?と思い尋ねるも……
「ヘーキヘーキ。本来説明にこの時間丸々使う予定だったし。仙李の物覚えがいいから早く終わっただけ。最悪何か言われても権力で誤魔化すよ。校長先生は会議かなんかで居ないし」
そんな返答がきた。現在の勇里の地位である教頭は学校のトップの校長の次に偉いので、悪い方向に事が進んだら職権乱用するつもりらしい。それこそ駄目だろう、そう思う仙李だったが、そもそもこの時間は丸々説明に割く予定だったのなら大丈夫かと思い直す。
「でも話って言っても、何するんですか?」
説明が終わったのだから、もう話すこともないだろう。そう予測し尋ねれば、案の定勇里は「あ」と呟き、そういえば……と言わんばかりに視線を逸らす。
そのまま暫く沈黙が訪れてしまい、彼は痺れを切らしたようで溜息を吐いては頬杖の体制をとり……
「清水君、話題はないかな?」
「私に振らないでください」
開き直って仙李に話題提供を求めてきた。
それに対し仙李は即拒否する。
「あーもー、仙李はノリ悪いなぁ」
「そう言われても……」
子供のように頬を膨らませる勇里に苦笑いを浮かべる仙李。仙李のその言葉を聞いた勇里は「だよねー……仙李はこの世界来たばかりだもんね」と右手で頭を掻く。
「あー、なら……この世界に来たばかりの仙李に色々教えるよ。雪永は成人済とはいえ学生の立ち場だから、自分より持ってる情報少ないだろうし。それでいい?」
「はい。それでお願いします」
その後、勇里が妥協案を出してきたので、その案を飲んだ。
勇里の話は、大方雪永から聞いた話と似たような事だが、彼が言った通り知らないこともそれなりにあって、仙李にとっていい収穫だった。
「そういやさ、ふと思ったんだけど……
職員室の場所よく解ったね?事前に雪永に伝え忘れたから知らなかったと思ったんだけど……」
話初めてから暫くして。勇里がこちらに人差し指を向けながら首を傾げる。
「ああ、その事ですか。それなら、親切な方に案内して貰ったんです。確か……黒須春香さんという生徒会長に」
「……!」
仙李が親切な女性の名前を思い出しながら話せば、勇里は突然目を見開いては固まったように動かなくなり。心配して彼の名前を呼べば、彼は「大丈夫」と返す。が、とてもそんなようには見えなかった。
「……大丈夫じゃないですよね。どうしたんですか?もしかして、春香さんと……」
少し前の無理につくった笑顔といい今の事といい、流石に仙李は彼を放っておけなくて問いただそうとする。
しかし、次の言葉を言いかけた途中で、授業の終了を知らせるチャイムが校舎中に鳴り響いた。
「ほ、ほら始業式終わったし、教室に行く準備しなきゃ!遅れちゃうよ」
そのチャイムをいい事に、勇里は話をはぐらかした。とはいえ彼の言う事は正しいので、仙李は問いただすのを止めて、生徒証などを仕舞い準備をする。
______もう時間は無いが、やはり今の勇里さんは心配だ……春香さんと関係がありそうだから、彼女に会えたら心当たりがないか聞いてみるか。
そんな事を考えながら部屋を出ると、勇里が「待った!」と引き止めてきて。
「どうしたんですか?」
「こういう2人きりの時は今の呼び方でいいけど、自分達の前世の事知らない人の前では『清水君』って呼ばせてもらうから」
「はい、解りました。ならば私も『栖川先生』と呼んだほうが……?」
勇里からのお願いに2つ返事で了承する。確かに生徒と教師が下の名前で呼び合ってたら……他の生徒でも平等に名前で呼ぶなら別だが、そうでない場合何か関係があるのではと疑われる可能性がある。
「うん、そっちのほうが助かるよ。これだけの為に引き止めてごめんね」
「いえ、お気になさらず。では、いってきます」
「うん!初学校頑張ってね!」
部屋の出口で勇里に向かってそう挨拶をすれば、彼は手を振り応援をしてくれた。彼に見送られながら、仙李は廊下に出て、その足で教室に向かった。
- Re: 元勇者、居候になる ( No.11 )
- 日時: 2020/08/16 13:00
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: YjkuwNYn)
#注目を浴びる-6
勇里に書類諸々渡された時に一緒に貰った校内地図を右手に、仙李は3年B組に向かって歩いていく。
仙李が教室に着いた頃には既に学級活動が始まってたようで、教室から教師らしき人物の声がした。
教室のドアを軽くノックすると、担任の先生であろう人物はこちらに気づき教室から出てくる。
「あ、貴方が転入生の清水さん?」
「はい」
「来て貰った早々で悪いけど、今は学級で話ししてるので少しだけ待っててくれる?その間自己紹介とか考えてね」
「解りました」
先生は言うだけ言うと、教室に戻っていく。廊下に残された仙李は1人悩んでいた。
______自己紹介ってどうすればいいんだ……!?
前世の事も入れるのなら山程話す事があるが、今の仙李はこの世界に来たばかり。話す事が無さ過ぎるのだ。そもそも仙李が元の世界での自己紹介といえば、名前と地位……自身でいう勇者の肩書のみ。この世界での……否、学校での自己紹介については雪永からなんとなく聞いたものの話す事が無いのでどうしようもない。
そんなこんなで悩んでいると、もう時間切れなようで、先程の先生から「入ってきて良いよ」と言われた。
時間切れなのならば仕方ない、と観念して教室に足を踏み入れる。
教室に入ったとたん、何やら教室が騒がしくなる。
「こら、静かに!
……清水さん、黒板に名前書いて自己紹介して」
けれど、先生の一喝で教室は静かになり、先生から白く太くて短い棒状のものを渡される。
______確か……これはチョークだな。で、黒板が後ろの黒い板か?先程勇里さんに聞いた知識がもう役に立つとは。
心の中で勇里に感謝しつつ、黒板にチョークを使って大きく自身の名前を書く。そしてチョークを先生に渡した。
「はじめまして、今日からこのクラスで勉強することになりました、清水仙李です」
取り敢えず挨拶をして名乗った。
しかし、この後どうすれば……そう悩んでた仙李に助けて舟が来る。
「緊張しなくても大丈夫。
適当に得意教科とか趣味とか頑張りたいこととか言ってくれればいいから」
緊張は殆どしてないのだが、困惑で引きっつた笑顔になってた今の仙李を、先生は緊張してると勘違いしたのだろう。だが、勘違いだろうと助かったのには変わりない。
「は、はい。
えっと……得意教科は特に無いですが運動については自信があります。趣味……趣味とは少し違うかもしれませんが食べる事が好きです。まだまだ知らない事が多いので、ここで沢山の事を学んでいきたいです。宜しくお願いします」
そう言い切っては軽くお辞儀をする。運動については自信はある。これでも元勇者なのだから、走る事は勿論、泳ぐ事や幅跳びその他、身体を動かす事全般を仙李は得意とする。実際、仙李の身体能力は勇者時代の全盛期よりは衰えているが一般人の高校生より圧倒的に上である。
お辞儀をすると、生徒達が一斉に拍手をした。反応を見るにこれで正解のようだ。
「はい、ありがとう!
清水さんの席は蘭さんの隣ね。あ、蘭さんは……」
「ここです」
先生に座席について言われ、位置について言うとしたら、窓際の後ろの席に座ってる1人の女子生徒が挙手をする。恐らく彼女が蘭という名の生徒だろう。
「ありがと、蘭さん。
清水さん、あそこね」
「解りました」
仙李は頷くと、蘭という女子生徒の隣の席に座る。
「はじめまして、清水さん。蘭菖蒲です。宜しくお願いします」
「こちらこそ。宜しくお願いします、菖蒲さん」
「はい」
座ってすぐ、蘭こと菖蒲が名乗りあげてきたので、こちらも名乗り手を差し出すと、菖蒲はその手を握り微笑んだ。
その後、先生が話し始め、これからの事等の話しを終えこの時間の授業は終わった。
そして、休み時間。暇なので適当に本でも読んでようとしたら、いつの間にか仙李の周りには沢山の生徒が集まっていた。
「ねぇ清水さん、前の高校はどこ?」
「ああ、それは……」
「清水君、運動得意なら陸上部こない?」
「すまない、部活に入るつもりは……」
「それより、食べるの好きなら料理研究部に来なよ!」
「ちょ……」
「仙李君はどっから通ってるの?電車、バス?」
「まっ……」
「清水さん______」
「仙李______」
「すとぉぉぉぷ!」
「「「「「「!?」」」」」」
360°から質問攻めに会い、回答が追いつかず慌ててたところに、菖蒲の静止の声がかかる。
「清水さんが困ってるでしょ」
「「「「「すいません……」」」」」
菖蒲に注意された人達が罰の悪そうにしながら散っていった。
「清水さん大丈夫でしたか?」
「はい、お陰様で。ありがとうございます」
「どういたしまして」
心配そうに菖蒲が問いかけてくるので、大丈夫だと頷く。
その人達には少し申し訳無いが、このまま質問攻めされたら仙李の処理能力が持たないので今は菖蒲に感謝する。何かお礼をしなくては、そう考えた時には次の授業の開始を告げるチャイムが鳴ってしまった。先日の女性といい朝の春香さんといい時間のせいでお礼が出来なかったし、最近は何かと時間に邪魔されてばかりだな、と思う仙李であった。
「次は……確か数学でしたね。清水さんが前に居た学校はどうだったか知りませんが……この学校は始業式の日でも通常授業もあって、いつも通り6時間授業があるんですよ」
「そうなんですね」
菖蒲は数学の教科書を出しながら説明してくれた。仙李にはこれが普通なのか解らないので取り敢えず相槌を打つ。
そんなタイミングで、教室の扉は開かれ、数学の教科担任である教室が入ってきて。生徒達は授業開始の挨拶をし、数学の授業が始まった。
- Re: 元勇者、居候になる ( No.12 )
- 日時: 2020/08/17 15:57
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: 0nxNeEFs)
#注目を浴びる-7
あれから2時間後。午前中の授業が終わり昼休み。
昼休みは50分あり、基本自由時間だが、大抵の生徒は昼休みの半分程を昼食をとる時間に使う。
それは、仙李も例外ではない。
昼食は弁当の持参か、学校のラウンジに隣接している購買で買うかの2択であるが、仙李は弁当を所持してないので購買で買う事にし、購買へと向かおうとする。その時……
「清水さん、お昼はどうされるんですか?」
「購買で買うつもりです」
「私もです!よければ一緒に行きませんか……?」
菖蒲に尋ねられたので素直に答えると、同行のお誘いが。
「いいですが……
私なんかでいいんですか?まだ出会ったばかりなのに……」
「はい。午前中仙李さんと一緒に授業受けて、いい人そうだと感じたので仲良くなっておきたいと思って。それと、昼食後の時間にでも校内を案内しようかと」
「そういう事ならご一緒させていただきます」
いい人そう、そう言われ気分が良くなった仙李は頷いて誘いを承諾する。いい人というイメージを持って貰えるのは普通なら気分が良くなるものだ。
「ありがとうございます。なら、向かいましょうか」
「はい」
彼女は鞄を背負い、教室から出て早歩きで購買へと向かい、仙李もその隣を歩いていく。
到着すれば、既にラウンジに沢山人がいて、購買も行列ができていた。
「すごい人数だな……」
「ですよね。
この購買のカレーパンが人気なんですけど、数に限りがあるのでみんな買う為に急いきてるんですよ。私もこのカレーパンは好きなんです」
「へぇ……それでこんなにならんでるんですね。……買えたら私も買ってみます」
人の多さに圧倒され、ポツリと呟くと菖蒲は苦笑いをしては、この行列の理由を教えてくれた。仙李はカレーパンというものは解らなかったが、そこまで人気なのならばさぞ美味しいことだろう、と思い、自分の番に残ってたら買おうと決めては列に並ぶ。
数分後、自分の番が回ってきた。
「あ、カレーパン残ってる!
すいません、カレーパンとサンドウィッチください!」
仙李がどんなものがあるか見ていると、菖蒲のそんな嬉々とした声が聞こえてくる。余程カレーパンを買えたのが嬉しいようだ。
そんな彼女を横目に、視界に入ったメロンパンというものが気になったので、カレーパンと一緒に買う事に。
「すいません、これとカレーパンを1つずつ」
「はいよ、メロンパンとカレーパンね。360円よ」
「解りました」
店員さんに注文してはお金を支払ってパンを受け取る。
そのパンを持って、先に支払いを済ませてラウンジで席を確保していた菖蒲が座ってる場所に行く。
「清水さんも無事に買えたようですね。お水持ってきておきました」
「はい。ありがとうございます」
席に座ると、菖蒲から水が入った紙コップを貰う。後で知った事だが、この学校はウォーターサーバーというものがあり、生徒は水は飲み放題だそう。
早速食べよう、そう思ったところで、購買の方から店員さんの声が聞こえた。
「ごめんなさい、今日のカレーパンは完売しました!」
その声と共に悲痛の声が列に並んでた生徒達からした。列から離れる生徒も一定数いて。その中には仙李が見覚えがある人物もいた。
「あ、春香さん!」
「あら、清水さん」
そう。生徒会長の清水春香である。
名前を呼べば彼女もこちらに気づいたようで近づいてきた。
「え、生徒会長……?清水さん、生徒会長とお知り合いなんですか……?」
菖蒲は驚愕した様子で、仙李と春香を広告に見ては小さく呟く。
「はい。今朝職員室に案内をしていただいて。
春香さん、その節はありがとうございました」
「いえ、お気になさらず」
菖蒲に簡易的に説明しては再度春香にお礼を言うと春香はそう返して。そんな彼女の視線は、仙李のカレーパンと菖蒲のカレーパンを行ったり来たりしていた。
「……春香さん、よければ私のカレーパンを譲りましょうか?先程買えなかったようですし」
春香は先程カレーパンを買えなく、彼女の表情からも明らかに欲しそうであるので、仙李はそんな提案を持ちかけてみる。
「い、いえ、それは清水さんが並んで、それで自分のお金で買ったものですし……それを食べる権利は清水さんのものなので……だから、私の事は気にしないで食べ…………食べてください」
口では断る春香だが視線はカレーパンから離れる事はなく、目は貰えるかもという期待で満ちているし、落ち着きがないのか指で髪を触ったり、そわそわしていた。実にわかりやすい。
「私は別にたまたま買えただけなので。中途半端な気持ちの人が食べるより、春香さんみたいに欲しがってる人が食べるべきですよ」
「いえ。生徒会長たるもの、生徒から物を譲ってもらうなんて……」
そこに追い打ちをかけると、春香はピクッ、と背筋を伸ばす。それでも生徒会長としてのプライドが勝ったようで断られる。が、彼女の口から僅かに涎が垂れていた。ここまでくると可哀想に見えてきて、どうにかして受け取って貰いたいと思う仙李。
「どうしたものか……
なら、今朝の案内のお礼、という事で受け取ってください。それならば代価という事になるので譲ったとは違いますし」
「そこまで言うのなら……いただきます」
お礼、という言葉を使って、このカレーパンを渡す理由を変えれば、春香のプライド的にも許容できたようで、仙李は彼女にカレーパンを譲った。その時の彼女の表情は堅物とは程遠い子供っぽさすら感じる笑顔で。その隣では菖蒲が、「あの生徒会長が……」と驚いた様子で呟いていた。
「あ、でも代金は支払いますね」
これでひと段落かと思えば、財布を取り出してそんな事を言う春香。それには流石の仙李も驚くし、菖蒲に至っては「やっぱり生徒会長だ」と色んな感情がせめぎあった、そんな感じだった。
「いえ、お気持ちだけで結構です。笑顔を見れるなら、これしきの出費なんて些細な事ですから」
「……解りました。ありがとうございます」
仙李がそう言えば、春香は代金を支払うのを諦め、近くの席に座っては幸せそうにカレーパンを食べたした。
「……なんですか、今の言い回し。もしかして生徒会長に気があるんですか?」
「え、どういう事ですか……?」
幸せそうな春香を見つめていた仙李だが、菖蒲に冷たい視線で睨まれた。彼女の言葉の意味が解らなく尋ねると、菖蒲は溜息を吐いた。
その溜息の意味が解らず仙李は首を傾げる。なんせこの発言は善意のみによるものだから。どれだけお金があろうとも魔族と人間の戦争を止められず、魔族の笑顔と魔王達を守れなかった仙李からすれば、大切な人や知人の笑顔が見れるならパン1つのお金なんて安いものなのである。
「なら聞きます。生徒会長以外の人が今の生徒会長と同じ状態だったら譲ってたんですか?」
「はい。……流石に知り合いに限りますけど」
鋭い視線を向けてくる菖蒲の質問に、困惑しながらも答える仙李。その答えを聞いた菖蒲は、小さい声ながらも笑い声をあげる。
「な、何変な事言いましたか……?」
「いえ。ただ……清水さん、面白い人だなって」
「えぇ……?」
首を傾げる仙李に、面白可笑しく笑う菖蒲。菖蒲に面白い人だと言われ困惑の声を漏らせば、彼女はクスっと笑う。
「なんなんですか?」
「いえ、何でもないです。さ、あんまり喋ってると校内案内の時間が無くなってしまいますよ」
もう一度尋ねればはぐらかされたので、仙李は仕方なくメロンパンを食べるも、暫くの間この事について、何故菖蒲があんなに笑っていたのかとずっと考えるのであった。
- Re: 元勇者、居候になる ( No.13 )
- 日時: 2020/08/20 16:46
- 名前: 蒼星 ◆eYTteoaeHA (ID: yLoR1.nb)
#注文を浴びる-8
昼食を取った仙李は、菖蒲に校内を案内してもらう予定なので、まだ食べてる彼女が食べ終わるのを待っていた。
そんな時、丁度食べ終えた様子の春香が話し掛けてきた。
「清水さん。カレーパン、ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「それは良かったです」
彼女は律儀に感謝を言いに来たので、仙李は微笑んで。春香は「それでは、私は生徒会の仕事がありますので」と立ち去ろうとするが、仙李はある事を思い出して彼女を引き止めた。
「あの……ひとつだけ、お聞きしたいことが」
「はい……?構いませんが……」
「栖川勇里先生について、何か知っている事はありませんか?」
彼女が承諾してくれた事を確認し、仙李は質問をする。今朝勇里と話した時に彼は春香の名前に反応したような気がし、彼女ならば何か知っているのかも知れないと考えて尋ねようと思ったのを、たった今思い出したのだ。
「栖川先生といえば……教頭で化学の3年生担当の……?栖川先生の授業は受けた事は無いのでどんな方かはご存知ありませんが、生徒からも保護者からも評判は良いようです。彼がどうかしましたか?」
春香は顎に手を当て考えながらは答えてくれた。表情を見るに何かを隠してるようには見えない。これは考察が外れたか、と少し悔しい仙李だった。
「あー……今朝、この学校について栖川先生に説明してもらったんです。良さそうな方だったので、どんな先生か気になりまして」
「なるほど、そういう事でしたか。では、私はこれで……」
「はい。引き止めてすいません」
何故、と問われれば、前世に関わる事は隠して答える。これで通せたようで、春香は納得したように頷くとラウンジを去って行った。
「その事なら私に聞けばよかったじゃないですか。隣の席なんですし」
「そうでしたね。ふと思い出した事なので……」
春香が去ったラウンジで、菖蒲は少し不満気に頬を膨らまして言ってきた。春香に聞いてこそ意味のある質問なのだが、それを言うとややこしい事になるだろうと感じ、それっぽく返しておく。
「そうですか、それなら仕方ないですね。
では……そろそろ校内案内、行きましょうか」
「はい!」
菖蒲はそれで納得してくれた様子で、鞄を持って立ち上がった。仙李も彼女に続き立っては、2人でラウンジを後にした。
ラウンジを後にした2人は、先ずはラウンジがある南校舎の1階を歩いていく。美術室、資料倉庫はここにあるようだ。そして、1階の端まで来ると階段で2階、3階へと登っていく。
「南校舎は1階以外は通常教室です。2階は2年生が、3階が私達ですね。2階には生徒指導室が、3階には生徒会室があります」
「なるほど……これは覚えるまで少し迷いそうですね。生徒指導室と生徒会室が……」
「その2つは紛らわしいですからね。毎年間違える1年生がいるんですよ」
用途は全く違う生徒指導室と生徒会室だが、何せ名前が似ている。これは間違えないように特に注意しなくては、と頭の片隅に置いておく。
次に、渡り廊下を渡って北校舎へ向かう。
北校舎に入ってから少し歩くと、菖蒲は足を止めた。
「ここが音楽室です。
実は……私、こう見えて軽音部のギター兼ボーカルやってるんです」
「ほう……」
彼女は苦笑いをしながら、そう説明する。
音楽について詳しくない仙李なので、こう見えてと言われても解らないので、相槌を打つ。少し解らない程度なら教えてもらうのもいいが、根本から解らないのは変人に見られてしまうから。
が、世間一般からすれば菖蒲は容姿も黒く艶のある髪を1つに束ね、年不相当な大人の顔立ち……所謂大和撫子であるので、意外と感じる人もそれなりにいるだろう。そこにしっかりとしてて、教室では比較的大人しい部類なのも、彼女がボーカルである事に意外性をもたせる。
そんな彼女は、廊下に貼ってある一枚のポスターを指さした。
「再来週の昼休み、新入生歓迎でライブをやるんです。よかったら清水さんにも私達の演奏を聴きに来てください。みんなで曲から作っているので、ここでしか聴けない曲なんですよ。それに、とっても楽しいライブにしますから」
「解った。是非とも行かせてもらうよ」
ポスターは軽音部ライブのお知らせだった。菖蒲の誘いを特に断る理由も無いし、菖蒲があまりにも嬉しそうに語るので、仙李はそのライブに興味を持ち、2つ返事で承諾したのだった。
その後、2人で校内を周り、丁度一周してラウンジに戻ってきて。
昼休みが終わる10分前となった。
「今日は案内ありがとうございます、菖蒲さん。お礼、と言ってはなんですが……何か私からもしてあげれませんかね……?」
歩き疲れたのでお互い近くの椅子に座り、水を飲んでる菖蒲に仙李はそう話し掛けてきた。
「お礼なんて…………なら……よかったら、私の友達になってくれませんか?」
「私で良ければ喜んで」
「はい……!」
彼女は一度吃るも、少し考えては、恥ずかしそうにそんなお願いをしてきた。それに微笑んで答えると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。その笑顔はどこか幼さが感じられ、それに対し仙李はどこか懐かしさを感じて。
「あの……少し、変な事言っていいですか?」
「はい、大丈夫です」
「私……貴方に会ったのは今日が初めての筈なのに、ずっと前に会った事がある、そんな気がするんです。
いつもは自分から知らない人に話しかけるようなタイプじゃないのに、こんなにも気楽に話せるのは貴方が初めてですし」
「おかしな話ですよね」と苦笑いを浮かべる菖蒲に、「自分もそんな感じします」と伝える。
先程の彼女の笑みの懐かしさといい、この話といい、仙李もまた、彼女には会ったことがあるように感じるのだ。
「……!偶然、ですね。
そうだ。これからは敬語じゃなく、普通に話さない?貴方とならもっと仲良くなれる、そんな気がするの」
「それはいい案です……だな」
菖蒲はパン、と両手を叩き、仙李の前に移動してきてはしゃがんで手を差し出してきた。彼女の言葉通り、彼女となら仲良くなれる、そんな気がした仙李は笑顔でその手を握った。
「決定ね。改めてよろしく、仙李君!」
「こちらこそ。……菖蒲!」
***
Episode2終わり!
明日辺りに幕間を出してから勇里達のキャラ設定出せば一旦区切りです。幕間で残りキャラ出せばEpisode3開始前までにメインキャラを一度でも喋らせるというノルマが達成する。
キャラ設定出した後からは更新頻度が遅くなります。