コメディ・ライト小説(新)

第十九話 ぼくのせいぎ ( No.20 )
日時: 2020/08/30 13:53
名前: あお (ID: ikU4u6US)

 「正義とは何か。悪とは何か。あるいは、この世に正義も悪も無いのか。……ケイはどう思う?」

 少女はまだ幼いケイに問う。

 「うーん、ベルのいってること、むずかしくてわかんない。」

 「……そう。」

 少女は諦めたように笑う。金色の髪をかき上げ、その紫の瞳を地面に向ける彼女の姿にケイは罪悪感のようなものを覚える。

 「ベル……、おこってるの?」

 「いいえ。ただ、あなたらしいと思っただけ。」

 少女が向けた瞳に、吸い込まれそうになる。その整った顔立ちに浮かべる表情は、確かに怒りでは無い。あえて言葉にするなら、無邪気な子供を見守る母親といったところだろうか。ただ、その瞳には、別の感情も見えていて──

 「ベル……、かなしいの?」

 少女は驚いたように目を見開く。

 「私が、悲しい?何で?」

 「だって、今のベルは、泣くのをこらえてるみたいだよ。」

 少女は確かめるように自らの顔に触れる。

 「ねぇ、ベルはかなしいの?」

 「い、いいえ。そんなことは無いわ。」

 「むりしてそう……。ぼくが、さっきのしつもんに答えなかったから?」

 ケイは少女の瞳を覗き込む。ケイの表情には、自分のせいなのかという不安が映っていて、少女に罪悪感を覚えさせる。

 「本当に違うのよ、ケイ。あなたのせいではないから。」

 ケイは、何か考え込んだ後、真剣な目で少女に尋ねる。

 「……ねぇ、さっきのしつもん、もう少し教えてよ。」

 「あなたのせいでは──」

 「いいの! ぼくが知りたいだけだから!」

 「……そうね。……仮に天国に行きたくて、善行を重ねてる人がいたとしましょう。善行を重ねるという行動だけ見たら、その人は善人、いわゆる『正義』と言えるでしょう。でもその人は自らが天国に行きたい、という利己的な目的を持って行動してる。果たして、それは正義なのでしょうか?」

 「…………いいことしてるなら、いいんじゃない?」

 「…………そうね。」

 少女は何とも言えない目でケイを見る。しかし、考えるのに夢中なケイはそれに気づかない。

 「なら、人を百人殺した悪人がいたとしましょう。その人を殺すのは正義なのか、悪なのか。あるいはその人を助けるのは悪か、正義か。」

 「うーん、わるい人かー。…………難しいなー。」

 「そうでしょう。答えはどれか、あるいはそもそも答えなんて無いのか。考え出したら、キリが無い。そういう話よ。」

 「……ベルって難しいこと考えてるんだねー。」

 「……ついつい、考えてしまうのよ。正しいことは何か、何が間違っているのか。……私は正しいことをしているのか。……いいえ、きっと、私は間違っているのでしょう。だから──」

 「そ、そんなことないよ!」

 「え?」

 「……ベルの言ってることはむずかしくてよくわかんないけど、きっとベルはまちがってなんかない!」

 「……ありがとう。」

 ケイの言葉を受けても少女の表情は明るさを取り戻さない。焦ったケイは必死に言葉を紡ぐ。

 「…………ベルの言ってるせいぎとかはわかんないけど、ぼくは……。」

 少女は怪訝そうな顔をする。

 「ぼくのせいぎはベルだよ!」

 「へ?」

 「ベルが笑ってくれたらうれしいし、ないてたらかなしい。だから、ぼくのせいぎはベルが笑ってくれることで、ベルをなかせるヤツがあくだ!」

 少女はあっけにとられたような顔をした後、思い出したかのように拗ねた表情を見せる。

 「……ケイのスケコマシ。」

 「すけこまし?」

 「ふんっ! もう、私、帰るから!」

 「ふぇっ、ベル、おこってるの⁉」

 「ケイの女たらしー‼」

 そっぽを向いて走り去る少女の横顔は──

 確かに、笑っていた。