コメディ・ライト小説(新)

Re: Someday…… 【短編集】 ( No.2 )
日時: 2020/09/20 14:19
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 前略、言葉を発せないあなたへ。
 
 もうあなたがいなくなってから1年が経ったでしょうか。今僕は、むかしあなたと過ごした場所でこれを書いています。僕らの逃げ道だった場所。たくさんたくさん、2人で言葉を吐きあっていましたね。それは傷の舐め合いのようなものだったのかも知れません。ですが、確かに僕はあの時間に救われていました。
 でも、あなたはきっと救われていなかったのでしょう。僕は救えているような気になっていたけれど、いえ、救えていると思い込むことで、僕は生きてていいのだと思っていただけでしょうか。ひとつ確かなのは、あなたにとって僕は救世主ではなかったということです。
 
 話は変わりますが、灯台は英語でlighthouseと言うそうです。僕らはあの時、光を求めてここにやってきましたね。誰かが引き止めてくれないかと、そんな淡い光を求めて、さながら子供が家出をしてみるように。自分が必要とされているのかを確かめに、光にすがりに来たのでしょう。それでもここは、もう光ることの無い灯台の跡地。光ることをやめさせられたlighthouse、そんなものに意味は無いのでしょうね。
 
 あなたが海に身を投げたと聞いた時は、本当に驚きました。それと同時に、とても納得することもできました。あなたは海が好きだったから。それに、あなたには海がとても似合う。
 もうあとすこし、ほんの少しで今日が終わります。僕はあなたのいない1年を耐え抜きました。そして、気付いた事があります、ひとつだけ。
 僕はあなたに、言わなくてはならないことがある。

  敬具    
 
 
 かたん、と青いインクの入ったボールペンを床に落とした。学生服をまとった青年は、コンクリート敷きの乾いた床に目を向ける。 先程まで書いていた手紙へ手を伸ばし、今一度いまいちど文面を読み返した。
 大丈夫だ、と小さく呟いて。
 四つ折りにしたその紙を、ふわりと外へ放った───即ち、黒く深い海へと。灯台の窓を飛び出して、ひらりひらりと舞ったそれは、重力に引かれて高みを舞い落ちていく。その手紙が、どうかどうかあなたに届きますようにと祈りを乗せて。
 それを見送って、彼は天井へ目を移した。夏の夜の、肌にまとわりつくような湿った風も、潮風に吹き払われていく。
 そこにかかったロープとその輪に手を掛ける。台の上に乗って、首に通して。青年は死のうとしていた。否、彼女に会おうとしていた。互いに依存しあっていた彼女に。
 水中では言葉を発せない、すべて音は水没してしまう。言いたいことすら言えないのだ。
 だからこそ、彼は陸で死ぬ。きっと、海に身を投じているとしても。彼女の想いはここにあることを信じて、彼は陸で死ぬのだ。ならば手紙は、決心なのかも知れなかった。この世から居なくなることではなく、彼女に想いを伝える勇気の為の。
 憎んで、恨んで、それでもなお諦めきれずに履いていたローファーが、学生の象徴である靴が。名残を惜しむように履いていたそれが、誰かに引き止めて欲しくて証明するように履いていたそれが。
 
 台を、蹴り飛ばした。
 
 がくん、と身体が揺れて、首の骨が折れる音がした。その瞬間、彼の脳裏になにかが駆け巡る。確かに彼女の声は言っていた、自分の望む言葉を。だからこそ、青年も言葉を返した。それが謝罪だったのか、懺悔ざんげだったのか、告白だったのか───すべては定かではない。
 だが青年は、笑っていた。


“大分コメライっぽくない仕上がりになってしまった