コメディ・ライト小説(新)

1−前章 3話 『冷静な混乱』 ( No.4 )
日時: 2020/12/04 02:26
名前: ノモケマナ (ID: hDVRZYXV)

 ある大都市と村に挟まれた刑務所では事件が発生していた。
 看守長室に向かって慌てて走る音が小刻みに廊下に反響する。
 そして看守が一人、思いっきりこの部屋の戸を開く。

「看守長、大変です! 五十六番が昨夜脱走した模様です。担当看守は頭を壁に強く打ちつけ、気を失っていました」

 彼は事のあらましを率直にハキハキと説明した。

「なんだって!? すぐに所長に報告しろ。逃走経路の確認も急げ」

「はい!」

 彼はすぐに看守長室を去り、所長室へと向かった。

 その姿に看守長は感心していた。しかしすぐに事の重大さに気づく。

「脱獄じゃねえか。一体どうやって……」

『──緊急警報! 緊急警報! 囚人が脱獄した模様。直ちに確保せよ』

 ニ分ほどで警報がなり始めた。刑務所内は騒然としている。一部の囚人達は脱獄した者に称賛を送り、あとに続こうなどと言っている。
 看守たちがするどく睨むとすぐに黙り、お互いそっぽを向いた。

「他の囚人の確認も急げ。逃走手段、逃走経路を刑務所内外すみずみまで調べ上げろ。チューオシティとパッシュ村にはこのことを急いで伝えろ。パッシュ村には警備隊を送るように……」

 所長は状況を冷静に判断して看守、刑務官に的確に指示を出している。指示を受けた者たちもすぐに行動を始め、問題の解決に向けてすみやかな対応をとっている。そこに一人の男が現れた。

「所長!」

 その男は囚人番号五十六番のいるエリアの担当看守であった。

「デミスではないか。お前のようなベテランが囚人を逃がすなんてな。さて、話を聞かせてもらおうか」

 所長はデミスの目をじっくりと見つめる。

「はい。まず……私の不手際によりみなさんに多大な迷惑をかけてしまっていることを心からお詫び申し上げます。本当にすいませんでした」

 デミスは深々と頭を下げ、自身の失敗を大いに反省している。

「顔をあげろ。謝るのは良い事だ。だが現在進行形で起こっていることにいくら謝っても解決することはない。話してくれ、昨夜のことを」

 所長は優しく、そして厳しくデミスに接する。
 デミスは所長の言葉をしっかりと受け止めて話し始める。

「はい。とても馬鹿げた話ですが、なんと……ヤツは魔法を使ったのです」

「なんだって? ここは絶マ地だぞ」

 この世界には『魔法まほう』が存在する。多くの人が使えて、人によって種類も異なる。だからそれが使えること自体はおかしくない。
 問題はここが魔法の源となる『マナ』が一つもない絶縁マナ地帯であることだ。つまり五十六番が魔法を使ったというのはありえない話なのである。デミスは続ける。

「ええ、確かにおかしな話です。それでもヤツは使った。巡回中の私から鍵を引き寄せ奪い、牢を開けました。私がそれに気づいたときにはもう遅く、ヤツの魔法で吹き飛ばされてしまいました」

 所長は少し頭を悩ませたもののさすがは所長といったところか、冷静な判断を続ける。

「では五十六番牢あたりにマナがあるということか。今すぐ調べるぞ」

 所長は五十六番牢に向かおうとする。だが……

「いや、先程調べましたがマナは一つも見つかりませんでした」

 デミスがおかしなことばかり言うので、所長はどんどん頭が混乱していく。

「なんだと……どういうことだ。五十六番はマナの創造魔法を持っているわけでもないのに」

 所長は悩んだ、悩んだ、大いに悩んだ。それでも分からなかった。いくら答えを出してみてもすぐに違うと言われるのだ。
 所長はとりあえずこのことを皆に伝えにいった。

* * * * * * * * * * * * 

 所長の報告から一時間、刑務所では未だに捜査が行われていた。

「看守長。これを見てください。五十六番は出入り口から脱出しています」

 一人の看守が記憶魔石を看守長に見せている。
魔石ませき』とは周囲のマナを利用して魔法を発動するものだ。これは魔法が使えない者でも利用できるため、様々な場面で扱われる。
 種類も豊富で攻撃魔法を放てるもの、日常生活に役立つもの、遠くの場所に連絡ができるものなどがある。
『記憶魔石』は周囲の状況を記録し、映し出すことも可能という便利な道具だ。ちなみに看守が見せたものはマナのある離れた場所から刑務所の出入り口を記録している。
 看守は映像を見て思わず笑う。

「こんな律儀な脱獄犯がいるとはな。これより前に外部から何者かの出入りはないのか?」

 もしいるとすれば、その者が五十六番の脱獄の幇助ほうじょをしたことになる。しかしその時間帯に人の出入りはなかった。五十六番を除いて……。

「五十六番は一体どうやって脱獄したのでしょうか……」

 看守長は至極真っ当な考えを脳裏に浮かばせる。

「デミスによると魔法で鍵を引き寄せて開けたらしい。だが魔法は使えるわけないよな。もしかしたらデミスは誤って鍵を五十六番牢付近に落としただけじゃないのか」

 それを聞いた看守もそうだろうとうなずく。

「今デミスは取り調べ中です。直にわかることでしょう」

 すると看守長はあることに気づいた。

「ていうか出入り口から出てるんなら逃走経路少しわかるじゃねえか」

 看守はハッとする。そして照れくさそうに頭を撫でて言う。

「不可解な脱獄事件に気を取られて完全に忘れてましたね」

 看守長は呆れ返ってため息を深くついた。

「何やってんだよ……で、どの方面に逃げたんだよ」

 その質問に看守はすぐに答えた。

「パッシュ村ですね」