コメディ・ライト小説(新)
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.2 )
- 日時: 2021/03/16 13:29
- 名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)
『#私の朝は変わらない!』
「野花ー、もう学校行く時間だけど大丈夫なのー?」
「もう行くよー」
ドアを通貫してくるお母さんの声に、私はいつもみたいに五字の返事をする。
「忘れ物しないでねー」
「分かってるよー」
はぁ……、うるさいなあ。まったく、小学生じゃあるまいし。
私は少し頬を膨らませてみせた。
バッグを肩に掛け、部屋の時計を見る。
7時10分
毎日見る数字だ。カチカチ、と無機質な音を立てるこの時計は、次私に見られるまでに、また同じ位置まで二本の針を走らせるんだろうね。
……無限ループってこんな感じなのかな。
そんなことを考えて今日も部屋の扉を開く。そこにはお母さんがいた。
「あ、野花。ほら、ハンカチとティッシュ」
これもいつもと同じ。そしてハンカチとティッシュの柄を見ると……、
「やっぱり女郎花か」
「やっぱりってなによ、キレイじゃない」
「主張が激しいんだよなあ」
そう、激しい、激しすぎるんだよ! ちっちゃくて可愛いらしいはずの黄色い女郎花、それがハンカチとティッシュにすき間なく敷き詰めてプリントされてる。しかもどアップで!
ここまでくると、もはやただの真っ黄色ハンカチでしかないよ。
これをお母さんが作ったと聞いたとき、あまりのショックで日曜は学校に行けなかった。
「もぉー、そんな嫌味な性格じゃだめよ」
母はぷくーっと頬を膨らませる。
自分で言うのもなんだけど、さすが親子だなあ。
「それじゃ行ってくるね」
「気をつけてね」
昨日と同じ挨拶を交える。そして玄関ドアのノブに手をかけ……。
──あっ!
「忘れてたぁあああああ」
「何よ、急に大きな声出して……」
毎朝の習慣、一つ忘れてた。絶対忘れちゃだめなのに。
私は靴を脱ぎ、急いで自分の部屋に戻る。
机の引き出しから、ひょっこり顔を覗かせる男の子の人形が見えた。
私の愛しの推しだ。
「ああぁ……、ごめんね六間くん、忘れてたよ」
暗い雰囲気を纏うその人形が、なんだか悲しそうに見える。
二度とこんな過ちは繰り返さないようにしよう!
お母さんは何事かとやってきたけど、すぐになんだとため息をつく。
「六間くんに挨拶してなかったのね、ちゃっちゃとしちゃいなさい」
「うん!」
「それにしても野花ってほんと物好きよねぇ、私は紫ちゃんが好きよ」
「別に誰が好きだろうが私の自由でしょ! あとお母さんの推しは知ってるし。いつも話してるじゃん」
「ふふっ、どの口が言ってんだか」
やれやれとでも言いたげに、お母さんは手のひらを上に向け、首を横に振る。
っと、お母さんに構ってる余裕はなかった。すぐに六間くんに行ってきますの挨拶をしなければ。
六間くんをぎゅっと手でハグして、最高の笑顔を贈る。
「行ってきます。六間くん」
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.3 )
- 日時: 2021/03/16 10:40
- 名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)
『#楓の顔にはかなわない!』
「今度こそいってきまーす!」
「今度こそ気をつけてねー」
お母さんとの挨拶を交えて玄関を出る。そして右に曲がって、まっすぐ進む。
しばらくすると一本の電柱が見える。
そこには、こっそりと私を見る人影が今日も。
近づいてみると……。
「わあ!」
私の親友、綾谷 楓が壮大なお出迎えをしてくれるのであった。
綺麗な肌とつぶらな瞳、肩まで下がる透き通った髪……うん! 今日も可愛い。
そんな可愛い楓の豪華なお出迎えをないがしろにしてはいけない。
私は超絶リアクションを繰り出した。
「ウワー、コリャオドロイター、マサカマサカノ、カエデサンダッタ―」
「反応薄!」
「毎日やってるじゃん、そりゃこうなるよ」
「へーへー、大柴野花さんは手厳しいねぇ」
楓はわざとらしく唇を尖らせた。
せっかくの可愛い顔が台無し、とはいかず、結局可愛い。
世の中不平等だなあとつくづく思う。
楓はその可愛い顔を私に向けて、笑顔で言う。
「おはよう、のーちゃん!」
はぁ、可愛いよぉ~。尊いよぉ~。お嫁さんにしたいよぉ~。
ダメダメ野花、それ以上踏み込んでは。それは一度入れば抜けられない、お花畑に潜む沼。
ぐっとこらえて我慢我慢!
頬を叩いて、その挨拶に私も笑顔で返す。
「おはよう、楓」
楓はそれを聞くと腕をまっすぐ高らかに、拳を握りしめて、空を見上げた。
「それじゃ、しゅっぱーーーーつ!」
私たちは学校へと歩み始めた。
すると楓が早速話題を切り出す。
「ねえねえ、昨日の『草木の町人』もう読んだ?」
「もちろん、ありゃあ神回だね」
「だよねだよね! 時幻様がかっこよすぎる」
「うんうん、楓の推しが活躍してよかったねえ」
「もう最高だよぉ」
楓は幸せそうに手を組み、口元を緩めている。
私の推しは……。
「のーちゃんの推しはどう?」
「それ、聞いちゃう?」
「聞いちゃう聞いちゃう!」
「なんと……なななんと!」
楓はごくりと固唾を飲み、私の顔に迫る。
私は緊迫感を顔全体に作り上げ、さらなる緊張を煽る。
そしてついに結果を言い渡した。
「出ませんでしたぁ……」
「あああぁぁ~、残念。まあほぼ時幻様だけだったもんね」
「早く出てほしいなあ」
「うぅう、のーちゃんの推しが誰か気になるー」
「教えませーーん」
楓が手をくねくねさせて、私に迫る。
「教えろぉ、推し教えろぉ」
楓の柔らかい手首が私の首を覆う。
だが、楓はすぐにそれをやめ、直立姿勢をとった。
「なんてね! のーちゃんが教えたくないんだったら聞かないよお」
あぁ、やっぱり楓は可愛い~~~~。我慢……できないよぉぉおおぉ!
「もお! 可愛いなあこいつぁ」
圧倒的可愛さに耐えられなくなった私は楓の髪をくしゃくしゃとさせる。楓も白い歯をにぃーっとむき出して、私のお腹をつっつく。
私たちはいちゃいちゃしながら、今日も学校へと歩を進める。
私の朝ってほんと最高!
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.4 )
- 日時: 2021/04/08 18:28
- 名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)
『#時幻様の人気は揺るがない!』
しばらくすると、ガヤガヤとした、学校への通りに出た。
多くの生徒たちの会話が“一つの話題”で持ちきりだ。
「昨日の『草木の町人』やばくない!?」
「それな! まじそれな! 私の推しが時幻様に変わっちゃうかも~」
「今回の時幻、名言連発してんの凄かったなあ」
「カッコいいよなあ、中学生がマネしそうw」
改めて昨日の話の凄さが分かる。
時幻様は本当に愛されキャラだなあ。
感慨にふけていると、後ろから私たちを呼ぶ声が聞こえた。
「やっほー! のっちー、あややー」
楓は“あやや”って呼ばれることが多い。けど私のことを“のっちー”なんて呼ぶのは一人しかいないよね。
はきはきとしたその声はいつも聞いてて心地よい。
私と楓は、目を見合わせてにっこりと微笑み、後ろを振り向いた。
「おはよう! キキちゃん」
「おはよう、キキ」
香久山 輝姫、学校の人気者だ。いつも元気で誰にでも明るく接するため、多くの生徒が彼女を慕っている。
身長が高くて運動神経も良く、男子にも劣らないほどだ。
スラっとしている爽やかな顔がとても印象的で、名前負けしないキラキラさ!
そんなキキも昨日の『草木の町人』に興奮している。
「いやあ、すごいよね。さすが時幻様。私の推しじゃないけど、あのカッコよさは認めざるを得ないね」
それを聞いた楓が目を輝かせる。
「そうだよね! そうだよね! みんな時幻様はカッコいいと思うよね! 昨日ので時幻様を推しにする人が増えるといいなあ」
「いっぱい増えると思うよ。ああ、阿連武推しが減ってしまう」
「人数は関係ないよキキ、どれだけ愛してるかだよ」
「おっ! のっちーいいこと言う~」
私たちは時幻様についていっぱい語り合った。
そんなこんなで学校に着く。校門の周りに咲くラベンダーが今日も美しい。
学校に入り、下駄箱で靴を上履きに履き替えると、キキが手を腕から大きく振る。
「それじゃ、またね。のっちー、あやや」
「またねー!」
「ばいばい」
キキとはクラスが違うため、下駄箱で分かれることになるのだ。
キキが下駄箱から廊下を右に曲がる。私と楓はキキに笑顔で手を振った。
私たちは廊下を左に曲がり、1年4組の教室の戸を開ける。
すると、教室からたくさんの私たちへの挨拶が聞こえた。
「おはようのーちゃん」「おはよう楓」「大柴おはよ~」「あやや今日もかわいいね~」
「お、おはようございます。綾谷さん」「野花おっは~」
ああ、今日もいい日になりそう!
私も楓も、教室のみんなに満面の笑みで言う。
「おはようみんな」
「みんな~おはよう!」
こんな楽しい毎日を過ごすために
今日も私は
何としてでも推しを隠し通す!
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.5 )
- 日時: 2021/03/23 14:29
- 名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)
『#六間くんは人気がない!』
『草木の町人』、それは今日本中で社会現象を起こすほどの大人気バトル漫画!
どこの本屋さんでも入荷と同時に即完売、アニメ化もされていて、高視聴率をとり続けている。映画化も予定されてるとか。
休日はアニメイトにキャラグッズを買うための長蛇の列が並んでいて、目当てのものを手に入れられなかった男性が暴動を起こし、警察沙汰になることもあった。
プレミアグッズは超高価格で取引されていて、確か前、学校の大金持ちな女の子が60万とかで買った作中に登場するぬいぐるみを学校に持ってきて自慢していた。下校途中に盗まれたらしいけど……。一週間は学校に来なかったな。
ニュースでは毎日取り上げられているし、駅や電車の中、ビル、デパートなんかでデカデカと広告が貼られている。
毎回ワクワクさせられるストーリー、印象深く個性的なキャラ達、ど迫力のバトルシーン、入念に張り巡らされた伏線、その他様々な魅力が多くの人々をとりこにしている。
ほとんどの漫画賞を総なめしていて、今や世界でも人気が出始めている。
私、大柴野花もこの漫画の大ファンの一人!
そんな大流行漫画のファンには、切っても切れないものがある。
それが『推し』!
多くの魅力的なキャラの中から、たった一人、自分の本当に好きなキャラを決める。
そしてそのキャラのグッズを買い漁り、誕生祭には学校仕事をほっぽり出してでも出向く。
他人にそのキャラの魅力を最大限にアピールして同士を増やす。
それが推しを持つものの使命!
もちろん私にも『草木の町人』に推しがいる。
名前は六間 紅夢くん、寡黙なキャラで、四年間連載されている『草木の町人』において、未だに一言も喋らない。
私がこの子を好きな理由はそのミステリアスな容姿や行動!
まっすぐな黒髪にいつも誰かを睨むような鋭い目、綺麗な紅い唇、痩せ型の身体を覆う黒装束、そして何よりその暗い雰囲気の中に垣間見える強い意志! 別に作中に描かれているわけではないけど、中学生の頃陰キャだった私には分かる!
六間くんのグッズは全て買い揃えているし、小さい六間くんの人形には毎朝行ってきますの挨拶をしている。六間くん好きには誰も負ける気がしない。
そう、気がしない。そりゃそうだ。だって……
──六間くんは圧倒的に嫌われているから。
理由の一つとして、どうやら一言も喋らないことが気持ち悪いと思われているらしい。
周りのキャラがどんなに明るくしていても六間くんがいるだけで一気に負の雰囲気へと移り変わる。六間くんが登場すれば100%の確率でシリアスになるから、読者からは『シリアスの化身』なんて言われている。
その嫌われっぷりは本当に凄まじく、とある中学生が推しを六間くんだと言ったところ、その途端に学校中の生徒からはぶられて、不登校になるほど。
読者からはさっさと死んでほしいとか、二度と出んなとか散々な言われよう。
喋らないだけでここまで嫌われることはない。そう、もう一つ理由がある。
それは『草木の町人』で屈指の人気キャラ、紫 永音を急に襲い、意識不明になるほどの大怪我を負わせ、そのまま無口で去っていったこと、それも去り際に不適な笑みを浮かべて。
目撃したキャラはいないし、六間くんが喋ることはないからボロの出しようがない。
読者は永音襲撃事件の犯人を知っているのに、作中のキャラは永音が起きないから六間くんが犯人だという証拠を掴めない。
それがこの嫌われっぷりにつながるんだと思う。
メインヒロインを傷つけた恨みは本当に半端ない。
これほど六間くんが嫌われていても私は決して彼に幻滅しない。そう決めたから。
だけど、それはそれとして六間くんが推しであることを話すのはダメ!
あの中学生みたいなことになっちゃうからね。
いや、それ以上に違いない!
だってこの学校は、そんじょそこらの高校とは違うから。とんでもないところだから!
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.6 )
- 日時: 2021/03/31 16:35
- 名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)
『#推しはむやみに話さない!』
私の通う、夕星高校は一風、いや、二風も三風も変わっている!
自由と独自性を大事にという校風の下、常に流行の最先端を取り入れている。
例えばファッション、例えば食べ物、例えば言葉……こういうものを積極的に教えられる。それは国語や数学、英語などと同じ教科の一つとして『流行』という授業があるほどだ。
そして、そんな夕星高校で特に重視されているのが『アニメ・漫画』だ。
なんと、この学校にはその年最も流行るアニメ・漫画を100%的中させるプロフェッショナルたちがいるのだ! そしてそのアニメ・漫画を見ることが生徒たちに義務付けられる。今でいえば『草木の町人』がそれにあたる。
この学校に入った以上は、人気のアニメ・漫画の情報は毎日チェックする必要があるってわけ。
もう一つ、義務付けられていることがある。それはそのアニメ・漫画の推しを決めて、『推し活動』を行うことだ!
『推し活動』とは、同じ推しをもつ同士と語り合ったり、自分たちの推しの魅力を周りに伝えて、さらに同士を増やす活動だ。毎週水曜日には、推しキャラごとに分かれて、『推し会議』も行う。
私はまだ1年生だから詳しくは知らないが、推し活動には他キャラ派と争うイベントがあるとか。
つまり夕星高校では、部活、委員会に加えて推し活動がついてくるってこと。
かなりふざけている学校だが、結構大変!
とは言ったものの、私は他の人よりは楽だろう。
なぜなら私は推し未公表派だからだ。私以外にも推しを隠す人はそれなりにいて、一応一派として活動は認められている。
今のところ主な活動は、推し関係なしに『草木の町人』を語り合う程度だ。
だけど同じ未公表派の先輩はここに入った以上相当な覚悟がいるとかなんとか。
いったい何があるんだろうか。
まあ、そんなこと気にしてもしかたない。
問題は私の推しが六間くんとバレることだ。アニメ・漫画を重視、さらには推し活動なるものが存在する夕星高校で、もしもこのことがばれたらどうなるか。
普通の中学校の生徒で不登校。つまりここでは……
死!!!
人生100年時代のこのご時世で、成人にも満たないうちに死亡なんてのはまっぴらごめんだ。
そう。だから、
だから今日も私は、
推しはむやみに話さない!
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.7 )
- 日時: 2021/04/01 14:17
- 名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)
『#小麦ちゃんのリボンは落ちない!』
ふぅ、今日も頑張ろう。
私はバッグを机の横に掛け、黒板に書かれた時間割に目を通す。
1時間目は数学。それを確認すると身体をバッグに傾け、筆箱と数学の教科書、ノートを取り出し、机の中に入れた。
一息ついたところで楓のほうに目をやる。
まあ、いつものように周りをクラスの子たちに囲まれていた。
楽しそうに時幻様の話をしているらしい。
もう一回息をつく。すると今度は一人の女の子が声をかけてきた。
「お、おはようございます。大柴さん……」
まだ話したことがない子だ。少しおどおどとした様子で、何度も瞬きをしている。
しかしこれはピンチだ! 私この子の名前、まだ覚えてない!
普通に聞いちゃって大丈夫か。失礼だよね。相手は私の名前覚えてるし……。
いや! そんなんじゃだめだ野花! 勇気を持て!
「おはよう! えっと、ごめん。名前は……」
私の言葉に彼女は悲しそうに眉を下げて、同時に顔を赤らめる。
「す、すいません。私の名前なんかいちいち覚えてないですよね」
「え、いやそういう事じゃなくて」
「いいんです! 私って影薄いですから……」
ひょえー!!! すごくネガティブな子だな。
っていうか影薄いのか? むしろ目立ってね。主に頭のそれ……。
彼女は大きく華やかな蝶々リボンを頭の真上につけているのだ。
私がまじまじとそのリボンを見ていると、彼女はさらに顔を真っ赤にして、今度はぺこぺこ頭を下げる。
「すいませんすいません! 私なんか気に障ること言っちゃいました?」
「ええ!? そんなことないよ!」
リボンが何度も何度も揺れている。今にも落ちそう……。
「あ、あの……やっぱり何か……」
「え?」
「えっと、えっと……また少し黙り込んでいるので……」
「え!? ごめん気付かなかった」
「ええぇ……」
やばいやばい。リボンに気取られ過ぎだ私! 失礼じゃないか。彼女も心配しちゃってるし。集中!
……。
…………。
………………。
やっぱり気になる!
「あ、あの! そのリボン!」
「え!?」
「ほ、ほら! その、気になるなぁ~って……」
「あ、こ、これですか」
彼女は頭のリボンを身体を震えさせながら指さす。
「そうそう! それすごいなって……」
「こ、これは……」
彼女がリボンについて話そうとした瞬間、
「どうしたのーー? のーちゃんに小麦ちゃん!」
楓が元気な声でやってきた。
この子小麦っていうんだ。楓、助かった! ナイス!
「え、私の名前……」
「あれ? 間違えてる? 明日野 小麦ちゃんじゃなかったっけ?」
「いや、合ってます! そうじゃなくて……よく覚えてくれてたなぁ、と」
楓は一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐに笑顔に戻る。
「なんだそんなことか~。私1年生の子全員名前覚えてるから! それにあなたのリボンすごい目立つし。『草木の町人』のクリスマスイベントで紫ちゃんがつけてたやつでしょ?」
「し、知ってるんですか!!」
「そりゃあね」
そうか! 永音がクリスマス衣装を着てたときのリボンか。どこかで見たことあると思ったんだよね。
楓はやっぱりすごいな。小麦ちゃんも嬉しそうに口元を緩ませている。
私も見習おう。
緊張が解けたのか、小麦ちゃんは安心したような顔で話し始めた。
「このリボンはお母さんに作ってもらったんです。えへへ……」
今だ! このタイミングで褒めるんだ! がんばれ私!
「うん! すごく似合ってる! 可愛いと思うよ。小麦ちゃん」
「そんな……私みたいなのが……」
小麦ちゃんはまた顔を赤らめて、顔を下に向ける。
相変わらずリボンが落ちそうだ。
「のーちゃんの言う通りだよ! 似合ってる似合ってる! 小麦ちゃんのお母さんはすごいね。私の親は不器用だから。あはは!」
楓がさらに褒める。
それに応じて小麦ちゃんの顔も下に傾く。
それでもリボンは落ちない。とても不思議だ。
小麦ちゃんは小さな声で「ありがとうございます」と呟いた。
あれ? そういえば……
「そういえば小麦ちゃん。なんで私に声をかけたの?」
「そ、それは……」
小麦ちゃんは少し黙った。だけどすぐに言葉を発する。
「用事は……済みました。すいません……」
何かを伝えたいような顔はしたけど、言いたくないならいっか。
そうだ!
「ねえ小麦ちゃん。私の友達になってくれないかな?」
「え!? 私が……ですか?」
「うん。私中学校ではあまり友達作れなくてさ。高校ではいっぱい作りたいんだ。だからいいかな?」
小麦ちゃんは再び黙る。少し悲しげな顔も見せる。
何かいけないことをいったかな? いや、大丈夫だよね。
そんなことを思っていると小麦ちゃんはまっすぐ私の顔を見る。
「私なんかでよければ……よろしくお願いします……」
「よっしゃあ!!!」
「えええぇ!?」
「え、あ、ごめん!」
やばいやばいうっかり心の声が……。シンプルに嬉しいなこれ。
よし! これからどんどん友達増やすぞ! 頑張れ私!!
「ごめん小麦ちゃん。うっかり心の声出っちゃったよ。これからよろしくね」
「え……」
小麦ちゃんはなぜだか驚いた顔をしている。
やっぱりなんかまずいのか……。
楓もなぜかクスっと笑っているし。
だけどやっぱり心配する必要はないらしい。小麦ちゃんは満面に可愛い笑みを浮かべてくれたのだ。
それに……
「はい! こちらこそ! 大柴さん!」
さっきよりもハッキリ、私の名前を呼んでくれた。
「いいねいいね二人とも! なんだか感動しちゃうよ! 小麦ちゃん、私も友達ね!」
楓は手を小麦ちゃんのほうに差し出す。
そっか! 握手か!
私も小麦ちゃんに手を差し出す。
小麦ちゃんはリボンを揺らして、涙目になって……
私と楓の手を、両手を使いギュッと握った。
「はい! 何度も何度もですが、よろしくお願いします! えっと……大柴さんと……」
「ありゃりゃ、私の名前は分からないか」
「す、すいません……」
「いいよいいよ~。私の名前は綾谷 楓、楓とかあややとか呼んでね!」
「はい! あややさん!」
「おお、そっちいく。 いいねいいね!」
「えへへ……」
なんだか和やか。小麦ちゃんとはいい友達になれそう!
私たち三人は手をもう一度ギュッとして、大きな声で、
笑いあった。
その後、担任の篠崎先生がすぐに教室に来て、ホームルームが始まっちゃったけど、その短い時間での出来事は、私のこれからの学校生活をより良いものにする糧となったと。そう強く確信した。
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.8 )
- 日時: 2021/04/02 13:09
- 名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)
『#時間と楓は止められない!』
キーンコーンカーンコーン
終礼を告げるベルがなった。
今日の授業ももうお終いだ。なんだか時間の流れが早かったな。
最後に篠崎先生が簡単な報告をして終了。
「みなさんこの学校に来て約2ヶ月経ちましたね。もう慣れましたか?」
何人かの子が小さく頷く。
篠崎先生はそれを見て、柔らかい笑みを作る。眼鏡の奥に見えるその細めた瞳からは、先生の優しい性格が溢れている。
本当にこの先生が担任でよかったな。
「そろそろ友だちも出来てきたでしょうか。高校の友だちは一生の友だち。みなさん、友だちは大切にしましょうね」
そうだ。たくさん友だちが作りたかったからこの高校に入ったんだ。
友だち作り、頑張るぞ!
「それでは今日もお疲れ様でした。週番さん、号令お願いします」
「起立、気をつけ、礼」
「さようなら」
途端にクラスにざわざわと会話が飛び交う。一緒に帰ろうと声をかける子や遊びに誘う子、急いで部活に向かう子など、それぞれが次のことに向けて動き始めた。
「部活だーーーー!」
楓が嬉しそうに両手をあげる。
「相変わらず元気だね~楓」
「だって楽しいじゃん!!」
鼻息を荒くしながら息込んだ。子供っぽいけどそれが楓の魅力でもある。
小麦ちゃんも私たちのところにやってきた。
「た、楽しそうですね」
「うん! 楽しいよ。小麦ちゃんの文芸部は楽しい?」
「え、楓まさか……」
「うむ、そうだ! 一年生みんなの入ってる部活も覚えてるのだー」
「ええ!? す、すごいです!」
「ふふふ、もっと褒めて~」
忘れてた。楓は化け物だった。私なんかとは次元が違うんだ。
しかし6月現在、このクラスの子たちの名前すら覚えられてない私は……。うん、今日暗記しよう!
それが友だち作りの第一歩だな。
興奮しているのか、小麦ちゃんはリボンをいつもよりも大きく揺らしている。楓は自慢げに腕を組み、小麦ちゃんから連発される誉め言葉を聞いて、優越感に浸っていた。
やっぱ子供だ。まあ事実すごいけどさ。
「はい二人ともそこまで! 楓は小麦ちゃんに部活はどうか聞きたかったんでしょ」
「あはは! そうだったね。それでどう? 小麦ちゃん」
すると、小麦ちゃんが途端に目をキラキラさせた。
「はい! 楽しいです! 本当に楽しいです! 今は『草木の町人』の二次創作書いたり、あ、オリジナルの小説も書いてますけど。あと部のみなさんとお互いに小説見せ合ったり、俳句や短歌を書いたり。あとっ、あとっ……」
小麦ちゃんは本当に文芸部が楽しいんだな。思わずにっこりしちゃう。
楓も頬を綻ばせて、小麦ちゃんの話にうんうんと頷いていた。
「部のみなさんは優しいし、それにそれに……あ、あれ? お二人ともどうしたんですか」
「いやぁ、小麦ちゃん可愛いなあって」
「そうそう、いつもその笑顔でいたほうが絶対いいって!」
「そ、そんな……」
小麦ちゃんは顔を真っ赤にして、小さく笑った。
「そ、そうだ! 二人とも何部なんですか?」
「私は女子バレー! のーちゃんは」
「美術部だよ」
「はあぁ、あややさんも大柴さんも素敵です」
まあ美術部っていっても描くのはイラストばっかなんだけどね。小麦ちゃんの感嘆のまなざしを目の前にそんなこと言えないなあ。
一方、楓は本当にバレーが上手くて、中学校のときは、エース。そして県大会出場まで決めていた。
あのときは二人で何度も泣いていたっけ。
きっと高校でも大活躍するだろう。
と、そろそろ……。
「早く行かないと部活遅れちゃうね」
「そうじゃん! 待ってろ私のバレーボール! 二人ともまたね!」
そういって楓は教室から駆け出していった。
「そ、それじゃあ私も……ま、またね……大柴さん! えへへ」
「結構積極的だねえ小麦ちゃん。私そういうの大好きだよ。それじゃ、またね」
「はい!」
こうして私と小麦ちゃんもそれぞれの部活へと向かった。
よし、今日もいい絵描くぞ! 目指すは六間くんを超上手く描くこと! 頑張れ私!
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.9 )
- 日時: 2021/04/08 18:34
- 名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)
『#りりり先輩は常人じゃない!』
急げ急げ、早くしないと遅れちゃう。
私は美術室に駆け足で向かう。上履きのつま先から奏でられる、軽やかなリズムが廊下に反響する。
それがまた小気味よい。っと、上履きなんざの音に酔いしれている場合ではない。
急げ急げ。
曲がり角が見えた。そこを左へ。奥に美術室が、扉を全開にして、まるで私を待ち続けているよう。
「すいませーん。遅れましたぁ」
美術室の扉を閉めながら、美術室を見渡す。
あれ? 部長がいない。ってうおおお。なんだこれ。でか!
「野花さん来ましたわね」
「あはは、のーちゃん遅いぞ~」
「ギリギリだよぉ」
部員のみんなが一斉に私の方を見る。若干の説教と笑いが美術室中に広がった。
「あ、のーちゃんきたきた。雪菜は遅れるらしいよ。だから扉はまだ開けたままで」
「あ、分かりました」
副部長のりりり先輩は椅子に腰かけながら、その輝く黒の長髪を揺らして、私の方を振り向いた。
私は先輩の指示通り扉をガラガラと開けながら、先輩をじっと見る。
女性までもを虜にするその涼しげで艶やかな奥二重、細くまっすぐに伸びる鼻筋、ほのかに赤く柔らかな唇、その中に可愛らしさを残した丸く透き通った頬……。
その百合のように美しい姿が今日もそこに存在していた。
はえぇえぇ、なんでこんな綺麗な人がこの学校に来たんだろう。芸能界にスカウトとかもされないのかな。
まあ気にしても仕方ないか……。
それよりももう一つ気になるものがある。
そう、円状に並べた椅子に座る、みんなの中心に君臨しているその……
「なんですかその巨大な物体は!!」
明らかな異質物体! 美術室に存在してはならないでか物! なんだこれは!
よーく見ると人間? じゃあ等身大フィギュア?
「これは等身大フィギュアだよ」
等身大フィギュアだったーーー! いやなんでや! どういう状況!?
りりり先輩がクスっと笑いながら私に言った。
「そんな目ぇ丸くしちゃって。ふふっ、まあ驚くのも無理ないね。これは私が持ってきたの。ちなみにこれは誰でしょう」
「あ! 時幻様だ」
あ、そうk──
「そう! 時幻様だよ! のーちゃんも読んだでしょ昨日の『草木の町人』! 何だあのセリフは! 『この町には一歩たりとも踏み入れさせない』だと! しかもそれを実現させてる! 時幻様かっこよすぎる! 愛おしい! 最高! 尊い尊い尊い尊い!」
「りりり先輩!?」
りりり先輩が豹変しちまったぁ!! 髪めっちゃブンブン振り回してるし……。立ち上がって謎ステップ刻んじゃってるしで、もはや恐ろしい。さっきまでの上品な面影もないよ。ひぇぇぇ。
「だからもう嬉しくて尊くて! 学校に連れてきちゃいましたあ! ついでにみんなにデッサンさせてこの喜びを分かち合って欲しかったのー!! 君もなろうよ時幻様派! 楽しく尊死時幻様派!」
や、やばいぞこの人! てかなんで持ってる時幻様等身大フィギュア……。
みんなも引いちゃってるよ。
もう理解できたぞ。りりり先輩がこの学校に来た理由!
「先輩がこの学校に来たのって……」
「もちろん当たり前決まってる! 時幻様大好きな同士見つけて、めちゃくちゃに語りまくるためだよー!」
「や、やっぱりーーー」
「ちなみに時幻様派の代表してまーす!!」
「え……?」
一瞬、あたりがシーンと静まり返った。
それぞれの推し派には代表なるものが存在する。
一年生から三年生の誰でもなることができるのだが、そのためにはオタクの渋滞が起きているこの学校において、同じ同士から一番そのキャラを愛していることを認められなければならない。
それは本当に難しいことだと聞いている。それがここに、この美術室に一人。しかも『草木の町人』人気投票一位の時幻様ときた。
「え、みんな静まり返ってどした? もしかして知らなかった? それってみんな時幻様派じゃなかったりする? だったら…………」
そうか、この人は……。
「今すぐなろうよ時幻様派! 絶対に尊死時幻様派! さあさ待ってる時幻様派! みんな……時幻様派に、なろうぜーーーーーーーーーーー!!!!!」
ガチで、ガチでやばい人だーーーーーーーーー!!!!!!!!
りりり先輩がゆっくり、ゆっくり。一歩一歩に重みをかけ、不気味な表情で私に近づく。
「ねえぇえ、のーちゃん。あなた未公表派よね~~~? だったらぁ」
「ひ、ひええぇええ」
「あなたを時幻様一色に染めてあげる――――――!!!」
「い、いやああああああああああああぁああ」
それ以来、私はりりり先輩を恐怖の存在としか思えなくなった。
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.10 )
- 日時: 2021/04/26 22:27
- 名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)
『#この日々を壊したくない!』
「はぁ……散々な目に遭った……」
「あははは、のっちーも大変だね~」
「だ、大丈夫ですか……」
今日の部活も終わり、私は楓、キキ、小麦ちゃんと一緒に帰っている。
空はもう夕闇に包まれ、学校からは下校するよう伝える放送が流れていた。
それにしても今日は本当に酷い目にあったよ。
時幻様の絵を何枚も描かされ、うぅ、思い出すだけで涙が……。
いつもは二年生が上手く抑えてくれるらしいけど、今日は休みだったし。一年生部員がみんな時幻様派じゃないという奇跡により、事前に先輩の本性を知れなかったしで、はぁぁあ。
楓はあんな人と一緒にいるのかぁ。
「楓ってりりり先輩と同じ時幻様派だよね。もしかしてずっと荒ぶってる感じ?」
「まあそうだね~。推し会議の時はひたすらに時幻様のこと語ってるよ。話し合いのために周りがなんとか静止させるんだけど、それでもなぜか髪だけがブンブン回ってるよ。あはは!」
「か、髪が……ですか?」
小麦ちゃんが怪訝な面持ちで首を傾げる。
「そうそう、意味不明だよね。一体何でできてるんだろう……」
「あ、それ確か夕星高校の七不思議の一つだってね」
りりり先輩、謎多き人物ってわけね。やっぱりちょっと、いや、かなりやばい人だ。
でも、時幻様への愛はきっと本物なんだろう。
ひたすらに時幻様語りを聞かされたけど、本当に細かいところまでしっかり見ていることが伝わった。私も負けていられないね!
「そ、そうだ!」
「ん~どうした? ちいちゃん」
キキは小麦ちゃんに優しく問いかける。さっき初対面したばかりなのにもう仲良しだ。
“ちいちゃん”なんて呼んじゃってるし。
小麦ちゃんもとても嬉しそうに微笑んでいた。
「と、突然なんですけど、夕星駅前のアニメイトで『草木の町人』の梅雨仕様のキャラグッズが販売されるらしくて……その、一緒に行きたいなあなんて」
え?
「おぉ! そうなのちいちゃん! 行こ行こ! あややとのっちーは?」
「私も行くー!! のーちゃんも行くよね!」
「え?」
これは…………。これはやばい。今回はかなりの危機だ。どうしよう……。
『草木の町人』の作者は作中の全キャラを大事にしていて、どんなに人気がないキャラでもグッズ化をしっかりしてくれる。
つまりだ。六間くんの梅雨コスが見れるってことだ!
しかしだ。問題が一つある。
それは…………
お金が足りない可能性があるということだーーー!!
はっきり言って今月は大ピンチなのだ。梅雨仕様のキャラグッズが出るなんて知らなかったから、ネットショッピングで六間くんのぬいぐるみを買い漁ってしまった。
しかししかししかし。ここを逃せば次はない!
ついにこの時が来たな……。
いざ! お年玉の貯金解禁!!
待ってろ梅雨コス六間くん! 私が買ってあげるからね!
「のーちゃん? もしかしてダメ?」
楓が心配そうに眉尻を下げる。
「もう、そんな顔しないで楓。もう決まってるじゃん」
「やっぱり……」
「もちろん、行くに決まってんでしょーーー!」
楓はそれを聞き、ホッとしたように一息つき、またいつものニコニコ笑顔に戻った。
やっぱり楓にはその顔が似合っている。
「だよねだよね! のーちゃんがこんな機会逃すわけないもんね!」
「そ、それじゃあこのみんなで行けるんですね!」
「そうだねちいちゃん。そうと決まれば、早速日程を決めよっかー」
「じゃあ今週の日曜日でいいんじゃない」
「そうだねー!」
私たちはワクワクしながら日曜日の予定を決めていった。
その夕闇に染まった時間は本当に楽しくて、小麦ちゃん含めた四人の仲がより深まっていく気がした。
これからも、こんな時間が過ごせたらいいな。
「それじゃ、決まりだね。いやー日曜が楽しみだよ。あ、そうだ! 未来も誘っていい? まあいつもみたいに断れると思うけどね。あはは」
「キキちゃんは相変わらずだね~」
「み、未来さんですか?」
「そうそう、私の恋人~」
「ええ!?」
「自称でしょ。キキ」
「あはは、厳しいね~のっちーは」
こんな他愛もない会話をいつまでも続けられたら…………ん?
私はサッと後ろを振り向いた。
「どうしました? 大柴さん」
「いや、なんか後ろから視線を感じて……」
「え?」
小麦ちゃんが不安そうに私の顔を覗く。大きなリボンがぷるぷると震えていた。
後ろには結局だれもいないし、小麦ちゃんを不安にさせちゃだめだよね。
うん、きっと気のせいだ。
「ごめん、私の勘違いだったみたい。心配させてごめんね」
「そう……ですか」
「どうしたののーちゃん?」
呑気な声が前方から聞こえる。だけどその声に安心させられる。
「ううん、なんでもない」
そうだ、いちいちこんなこと気にしても仕方ないよね。うん、仕方ない!
あ、もう曲がり角だ。
「それじゃキキ、また明日~」
「うん! ばいばいのっちー、あやや。そういえばちいちゃんはどっち行くの?」
「あ、キキさんと同じ方です!」
「おお! じゃ一緒に帰ろっか!」
「はい! 大柴さんとあややさん。今日は本当にありがとうございました。楽しかったです。それじゃ、また明日ね…えへへ」
小麦ちゃんは頬を紅潮させながら手を振った。リボンをゆらゆらとさせて。
「ばいばい、小麦ちゃん! キキ!」
「またね小麦ちゃん」
私たちも大きく手を振って、二人と曲がり角で分かれた。
ふと楓を見ると目をキラキラさせていた。
「ああ、日曜日が楽しみだよーー!」
「そうだね、私も……えい!」
私は楓のお腹をつっつく。楓はきゃっ、と可愛い悲鳴を上げて、口を尖らせた。
「あ、のーちゃんやったなあ!」
楓もいたずらな瞳で、私の髪をくしゃくしゃとさせた。
私たちはいちゃいちゃしながら、今日も一本の電柱へと歩を進める。
今日は本当に色々なことがあった。
時幻様の話で盛り上がったり、りりり先輩が豹変したり……。
そして、小麦ちゃんが新しい友達となった。うん、
私の高校生活ってほんと最高!
そうだ、クラスのみんなの名前覚えるぞ! がんばれ私!