コメディ・ライト小説(新)

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.7 )
日時: 2021/04/01 14:17
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#小麦ちゃんのリボンは落ちない!』

 ふぅ、今日も頑張ろう。

 私はバッグを机の横に掛け、黒板に書かれた時間割に目を通す。
 1時間目は数学。それを確認すると身体をバッグに傾け、筆箱と数学の教科書、ノートを取り出し、机の中に入れた。
 一息ついたところで楓のほうに目をやる。
 まあ、いつものように周りをクラスの子たちに囲まれていた。
 楽しそうに時幻様の話をしているらしい。
 もう一回息をつく。すると今度は一人の女の子が声をかけてきた。

「お、おはようございます。大柴さん……」

 まだ話したことがない子だ。少しおどおどとした様子で、何度も瞬きをしている。

 しかしこれはピンチだ! 私この子の名前、まだ覚えてない!
 普通に聞いちゃって大丈夫か。失礼だよね。相手は私の名前覚えてるし……。
 いや! そんなんじゃだめだ野花! 勇気を持て! 

「おはよう! えっと、ごめん。名前は……」

 私の言葉に彼女は悲しそうに眉を下げて、同時に顔を赤らめる。

「す、すいません。私の名前なんかいちいち覚えてないですよね」
「え、いやそういう事じゃなくて」
「いいんです! 私って影薄いですから……」

 ひょえー!!! すごくネガティブな子だな。
 っていうか影薄いのか? むしろ目立ってね。主に頭のそれ……。
 
 彼女は大きく華やかな蝶々リボンを頭の真上につけているのだ。
 私がまじまじとそのリボンを見ていると、彼女はさらに顔を真っ赤にして、今度はぺこぺこ頭を下げる。

「すいませんすいません! 私なんか気に障ること言っちゃいました?」
「ええ!? そんなことないよ!」

 リボンが何度も何度も揺れている。今にも落ちそう……。

「あ、あの……やっぱり何か……」
「え?」
「えっと、えっと……また少し黙り込んでいるので……」
「え!? ごめん気付かなかった」
「ええぇ……」

 やばいやばい。リボンに気取られ過ぎだ私! 失礼じゃないか。彼女も心配しちゃってるし。集中! 

 ……。

 …………。

 ………………。


 やっぱり気になる!

「あ、あの! そのリボン!」
「え!?」
「ほ、ほら! その、気になるなぁ~って……」
「あ、こ、これですか」

 彼女は頭のリボンを身体を震えさせながら指さす。

「そうそう! それすごいなって……」
「こ、これは……」

 彼女がリボンについて話そうとした瞬間、

「どうしたのーー? のーちゃんに小麦ちゃん!」

 楓が元気な声でやってきた。

 この子小麦っていうんだ。楓、助かった! ナイス!

「え、私の名前……」
「あれ? 間違えてる? 明日野あすの 小麦こむぎちゃんじゃなかったっけ?」
「いや、合ってます! そうじゃなくて……よく覚えてくれてたなぁ、と」

 楓は一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐに笑顔に戻る。

「なんだそんなことか~。私1年生の子全員名前覚えてるから! それにあなたのリボンすごい目立つし。『草木の町人』のクリスマスイベントで紫ちゃんがつけてたやつでしょ?」
「し、知ってるんですか!!」
「そりゃあね」

 そうか! 永音がクリスマス衣装を着てたときのリボンか。どこかで見たことあると思ったんだよね。
 楓はやっぱりすごいな。小麦ちゃんも嬉しそうに口元を緩ませている。
 私も見習おう。

 緊張が解けたのか、小麦ちゃんは安心したような顔で話し始めた。

「このリボンはお母さんに作ってもらったんです。えへへ……」

 今だ! このタイミングで褒めるんだ! がんばれ私!

「うん! すごく似合ってる! 可愛いと思うよ。小麦ちゃん」
「そんな……私みたいなのが……」

 小麦ちゃんはまた顔を赤らめて、顔を下に向ける。
 相変わらずリボンが落ちそうだ。

「のーちゃんの言う通りだよ! 似合ってる似合ってる! 小麦ちゃんのお母さんはすごいね。私の親は不器用だから。あはは!」

 楓がさらに褒める。
 それに応じて小麦ちゃんの顔も下に傾く。
 それでもリボンは落ちない。とても不思議だ。

 小麦ちゃんは小さな声で「ありがとうございます」と呟いた。

 あれ? そういえば……

「そういえば小麦ちゃん。なんで私に声をかけたの?」
「そ、それは……」

 小麦ちゃんは少し黙った。だけどすぐに言葉を発する。

「用事は……済みました。すいません……」

 何かを伝えたいような顔はしたけど、言いたくないならいっか。

 そうだ!

「ねえ小麦ちゃん。私の友達になってくれないかな?」
「え!? 私が……ですか?」
「うん。私中学校ではあまり友達作れなくてさ。高校ではいっぱい作りたいんだ。だからいいかな?」

 小麦ちゃんは再び黙る。少し悲しげな顔も見せる。

 何かいけないことをいったかな? いや、大丈夫だよね。

 そんなことを思っていると小麦ちゃんはまっすぐ私の顔を見る。

「私なんかでよければ……よろしくお願いします……」
「よっしゃあ!!!」
「えええぇ!?」
「え、あ、ごめん!」

 やばいやばいうっかり心の声が……。シンプルに嬉しいなこれ。
 よし! これからどんどん友達増やすぞ! 頑張れ私!!

「ごめん小麦ちゃん。うっかり心の声出っちゃったよ。これからよろしくね」
「え……」

 小麦ちゃんはなぜだか驚いた顔をしている。
 やっぱりなんかまずいのか……。
 楓もなぜかクスっと笑っているし。

 だけどやっぱり心配する必要はないらしい。小麦ちゃんは満面に可愛い笑みを浮かべてくれたのだ。

 それに……

「はい! こちらこそ! 大柴さん!」

 さっきよりもハッキリ、私の名前を呼んでくれた。

「いいねいいね二人とも! なんだか感動しちゃうよ! 小麦ちゃん、私も友達ね!」

 楓は手を小麦ちゃんのほうに差し出す。

 そっか! 握手か! 

 私も小麦ちゃんに手を差し出す。
 小麦ちゃんはリボンを揺らして、涙目になって……

 私と楓の手を、両手を使いギュッと握った。

「はい! 何度も何度もですが、よろしくお願いします! えっと……大柴さんと……」
「ありゃりゃ、私の名前は分からないか」
「す、すいません……」
「いいよいいよ~。私の名前は綾谷 楓、楓とかあややとか呼んでね!」
「はい! あややさん!」
「おお、そっちいく。 いいねいいね!」
「えへへ……」

 なんだか和やか。小麦ちゃんとはいい友達になれそう!

 私たち三人は手をもう一度ギュッとして、大きな声で、



 笑いあった。


 その後、担任の篠崎しのざき先生がすぐに教室に来て、ホームルームが始まっちゃったけど、その短い時間での出来事は、私のこれからの学校生活をより良いものにする糧となったと。そう強く確信した。