コメディ・ライト小説(新)

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.9 )
日時: 2021/04/08 18:34
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#りりり先輩は常人じゃない!』

 急げ急げ、早くしないと遅れちゃう。

 私は美術室に駆け足で向かう。上履きのつま先から奏でられる、軽やかなリズムが廊下に反響する。
 それがまた小気味よい。っと、上履きなんざの音に酔いしれている場合ではない。

 急げ急げ。

 曲がり角が見えた。そこを左へ。奥に美術室が、扉を全開にして、まるで私を待ち続けているよう。

「すいませーん。遅れましたぁ」

 美術室の扉を閉めながら、美術室を見渡す。

 あれ? 部長がいない。ってうおおお。なんだこれ。でか!

「野花さん来ましたわね」
「あはは、のーちゃん遅いぞ~」
「ギリギリだよぉ」

 部員のみんなが一斉に私の方を見る。若干の説教と笑いが美術室中に広がった。

「あ、のーちゃんきたきた。雪菜は遅れるらしいよ。だから扉はまだ開けたままで」
「あ、分かりました」

 副部長のりりり先輩は椅子に腰かけながら、その輝く黒の長髪を揺らして、私の方を振り向いた。
 私は先輩の指示通り扉をガラガラと開けながら、先輩をじっと見る。
 女性までもを虜にするその涼しげで艶やかな奥二重、細くまっすぐに伸びる鼻筋、ほのかに赤く柔らかな唇、その中に可愛らしさを残した丸く透き通った頬……。
 その百合のように美しい姿が今日もそこに存在していた。

 はえぇえぇ、なんでこんな綺麗な人がこの学校に来たんだろう。芸能界にスカウトとかもされないのかな。
 まあ気にしても仕方ないか……。

 それよりももう一つ気になるものがある。
 そう、円状に並べた椅子に座る、みんなの中心に君臨しているその……

「なんですかその巨大な物体は!!」

 明らかな異質物体! 美術室に存在してはならないでか物! なんだこれは!
 よーく見ると人間? じゃあ等身大フィギュア?

「これは等身大フィギュアだよ」

 等身大フィギュアだったーーー! いやなんでや! どういう状況!?

 りりり先輩がクスっと笑いながら私に言った。

「そんな目ぇ丸くしちゃって。ふふっ、まあ驚くのも無理ないね。これは私が持ってきたの。ちなみにこれは誰でしょう」
「あ! 時幻様だ」

 あ、そうk──

「そう! 時幻様だよ! のーちゃんも読んだでしょ昨日の『草木の町人』! 何だあのセリフは! 『この町には一歩たりとも踏み入れさせない』だと! しかもそれを実現させてる! 時幻様かっこよすぎる! 愛おしい! 最高! 尊い尊い尊い尊い!」
「りりり先輩!?」

 りりり先輩が豹変しちまったぁ!! 髪めっちゃブンブン振り回してるし……。立ち上がって謎ステップ刻んじゃってるしで、もはや恐ろしい。さっきまでの上品な面影もないよ。ひぇぇぇ。

「だからもう嬉しくて尊くて! 学校に連れてきちゃいましたあ! ついでにみんなにデッサンさせてこの喜びを分かち合って欲しかったのー!! 君もなろうよ時幻様派! 楽しく尊死とうとし時幻様派!」

 や、やばいぞこの人! てかなんで持ってる時幻様等身大フィギュア……。
 みんなも引いちゃってるよ。
 もう理解できたぞ。りりり先輩がこの学校に来た理由!

「先輩がこの学校に来たのって……」
「もちろん当たり前決まってる! 時幻様大好きな同士見つけて、めちゃくちゃに語りまくるためだよー!」
「や、やっぱりーーー」
「ちなみに時幻様派の代表してまーす!!」
「え……?」

 一瞬、あたりがシーンと静まり返った。

 それぞれの推し派には代表なるものが存在する。
 一年生から三年生の誰でもなることができるのだが、そのためにはオタクの渋滞が起きているこの学校において、同じ同士から一番そのキャラを愛していることを認められなければならない。
 それは本当に難しいことだと聞いている。それがここに、この美術室に一人。しかも『草木の町人』人気投票一位の時幻様ときた。

「え、みんな静まり返ってどした? もしかして知らなかった? それってみんな時幻様派じゃなかったりする? だったら…………」

 

 そうか、この人は……。



「今すぐなろうよ時幻様派! 絶対に尊死とうとし時幻様派! さあさ待ってる時幻様派! みんな……時幻様派に、なろうぜーーーーーーーーーーー!!!!!」

 
 ガチで、ガチでやばい人だーーーーーーーーー!!!!!!!!


 りりり先輩がゆっくり、ゆっくり。一歩一歩に重みをかけ、不気味な表情で私に近づく。

「ねえぇえ、のーちゃん。あなた未公表派よね~~~? だったらぁ」
「ひ、ひええぇええ」
「あなたを時幻様一色に染めてあげる――――――!!!」
「い、いやああああああああああああぁああ」

 
 それ以来、私はりりり先輩を恐怖の存在としか思えなくなった。