コメディ・ライト小説(新)

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.10 )
日時: 2021/04/26 22:27
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#この日々を壊したくない!』

「はぁ……散々な目に遭った……」
「あははは、のっちーも大変だね~」
「だ、大丈夫ですか……」

 今日の部活も終わり、私は楓、キキ、小麦ちゃんと一緒に帰っている。
 空はもう夕闇に包まれ、学校からは下校するよう伝える放送が流れていた。

 それにしても今日は本当に酷い目にあったよ。
 時幻様の絵を何枚も描かされ、うぅ、思い出すだけで涙が……。
 いつもは二年生が上手く抑えてくれるらしいけど、今日は休みだったし。一年生部員がみんな時幻様派じゃないという奇跡により、事前に先輩の本性を知れなかったしで、はぁぁあ。
 
 楓はあんな人と一緒にいるのかぁ。

「楓ってりりり先輩と同じ時幻様派だよね。もしかしてずっと荒ぶってる感じ?」
「まあそうだね~。推し会議の時はひたすらに時幻様のこと語ってるよ。話し合いのために周りがなんとか静止させるんだけど、それでもなぜか髪だけがブンブン回ってるよ。あはは!」
「か、髪が……ですか?」

 小麦ちゃんが怪訝な面持ちで首を傾げる。

「そうそう、意味不明だよね。一体何でできてるんだろう……」
「あ、それ確か夕星高校の七不思議の一つだってね」

 りりり先輩、謎多き人物ってわけね。やっぱりちょっと、いや、かなりやばい人だ。
 でも、時幻様への愛はきっと本物なんだろう。
 ひたすらに時幻様語りを聞かされたけど、本当に細かいところまでしっかり見ていることが伝わった。私も負けていられないね! 

「そ、そうだ!」
「ん~どうした? ちいちゃん」

 キキは小麦ちゃんに優しく問いかける。さっき初対面したばかりなのにもう仲良しだ。
 “ちいちゃん”なんて呼んじゃってるし。
 小麦ちゃんもとても嬉しそうに微笑んでいた。

「と、突然なんですけど、夕星駅前のアニメイトで『草木の町人』の梅雨仕様のキャラグッズが販売されるらしくて……その、一緒に行きたいなあなんて」

 え?

「おぉ! そうなのちいちゃん! 行こ行こ! あややとのっちーは?」
「私も行くー!! のーちゃんも行くよね!」
「え?」
 
 これは…………。これはやばい。今回はかなりの危機だ。どうしよう……。
 
 『草木の町人』の作者は作中の全キャラを大事にしていて、どんなに人気がないキャラでもグッズ化をしっかりしてくれる。
 つまりだ。六間くんの梅雨コスが見れるってことだ!

 しかしだ。問題が一つある。

 それは…………





 
 お金が足りない可能性があるということだーーー!!
 
 はっきり言って今月は大ピンチなのだ。梅雨仕様のキャラグッズが出るなんて知らなかったから、ネットショッピングで六間くんのぬいぐるみを買い漁ってしまった。
 しかししかししかし。ここを逃せば次はない!

 ついにこの時が来たな……。

 
 いざ! お年玉の貯金解禁!!
 待ってろ梅雨コス六間くん! 私が買ってあげるからね!

「のーちゃん? もしかしてダメ?」

 楓が心配そうに眉尻を下げる。

「もう、そんな顔しないで楓。もう決まってるじゃん」
「やっぱり……」
「もちろん、行くに決まってんでしょーーー!」

 楓はそれを聞き、ホッとしたように一息つき、またいつものニコニコ笑顔に戻った。
 やっぱり楓にはその顔が似合っている。

「だよねだよね! のーちゃんがこんな機会逃すわけないもんね!」
「そ、それじゃあこのみんなで行けるんですね!」
「そうだねちいちゃん。そうと決まれば、早速日程を決めよっかー」
「じゃあ今週の日曜日でいいんじゃない」
「そうだねー!」

 私たちはワクワクしながら日曜日の予定を決めていった。
 その夕闇に染まった時間は本当に楽しくて、小麦ちゃん含めた四人の仲がより深まっていく気がした。
 
 これからも、こんな時間が過ごせたらいいな。

「それじゃ、決まりだね。いやー日曜が楽しみだよ。あ、そうだ! 未来みくも誘っていい? まあいつもみたいに断れると思うけどね。あはは」
「キキちゃんは相変わらずだね~」
「み、未来さんですか?」
「そうそう、私の恋人~」
「ええ!?」
「自称でしょ。キキ」
「あはは、厳しいね~のっちーは」

 こんな他愛もない会話をいつまでも続けられたら…………ん?

 私はサッと後ろを振り向いた。

「どうしました? 大柴さん」
「いや、なんか後ろから視線を感じて……」
「え?」

 小麦ちゃんが不安そうに私の顔を覗く。大きなリボンがぷるぷると震えていた。

 後ろには結局だれもいないし、小麦ちゃんを不安にさせちゃだめだよね。
 うん、きっと気のせいだ。

「ごめん、私の勘違いだったみたい。心配させてごめんね」
「そう……ですか」
「どうしたののーちゃん?」

 呑気な声が前方から聞こえる。だけどその声に安心させられる。

「ううん、なんでもない」

 そうだ、いちいちこんなこと気にしても仕方ないよね。うん、仕方ない!

 あ、もう曲がり角だ。

「それじゃキキ、また明日~」
「うん! ばいばいのっちー、あやや。そういえばちいちゃんはどっち行くの?」
「あ、キキさんと同じ方です!」
「おお! じゃ一緒に帰ろっか!」
「はい! 大柴さんとあややさん。今日は本当にありがとうございました。楽しかったです。それじゃ、また明日ね…えへへ」

 小麦ちゃんは頬を紅潮させながら手を振った。リボンをゆらゆらとさせて。

「ばいばい、小麦ちゃん! キキ!」
「またね小麦ちゃん」

 私たちも大きく手を振って、二人と曲がり角で分かれた。
 ふと楓を見ると目をキラキラさせていた。

「ああ、日曜日が楽しみだよーー!」
「そうだね、私も……えい!」

 私は楓のお腹をつっつく。楓はきゃっ、と可愛い悲鳴を上げて、口を尖らせた。

「あ、のーちゃんやったなあ!」

 楓もいたずらな瞳で、私の髪をくしゃくしゃとさせた。

 私たちはいちゃいちゃしながら、今日も一本の電柱へと歩を進める。

 今日は本当に色々なことがあった。
 時幻様の話で盛り上がったり、りりり先輩が豹変したり……。
 そして、小麦ちゃんが新しい友達となった。うん、

 私の高校生活ってほんと最高!

 そうだ、クラスのみんなの名前覚えるぞ! がんばれ私!