コメディ・ライト小説(新)

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.11 )
日時: 2021/04/16 19:34
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#私たちからは逃げられない!』

 ふふっ。あの子はいい仕事するわねえ。
 まあ、『会長』くんに選ばれたんですものね。それなりの働きはしてもらわないと。
 
 それじゃ、あの子の活躍を会長くんに報告しましょうか。

 手に持つスマホの画面を見る。そこには四人の女の子たちが仲睦なかむつまじくはしゃいでいる様子が写っている。

 ふふっ。可愛そうに。あなたが推しを隠していなければ、こんな面倒くさいことにはならなかったのよ。

 
 ねえ、大柴おおしば 野花のかちゃん。

 スマホをカメラから、通話の画面へ切り替える。会長くんに電話をかけようとしたが、ちょうど向こうからかかってきた。

 ピヨピヨ、ピヨピヨ、ピヨピヨ
 ピヨピヨ、ピヨピヨ、ピヨピヨ

 スマホから発せられる可愛らしい小鳥のさえずり。私と会長くんの間でどんな会話が繰り広げられるのかも知らずに、ただただ無垢に、純真に鳴き続ける。

 ピヨピヨ、ピ──

 こんなに健気で愛おしい鳴き声も、私の人差し指一つで残酷に断たれる。いつか私に用がある人が現れない限り、小鳥はもう一度歌うことを許されない。

 まあ、そんなことどうでもいいけれど。

 早速、スマホに向かって唱える。

「他人の秘密は百合の味」

 これが、組織の一員であることの証明となる合言葉。この言葉を唱えない限り、会長くんと話すこともできない。

「もしもし。俺だ。何か進展はあったか」
「ええ、あったわ。それも大きな」

 ああ、会長くんの低音ボイスはいつ聞いてもいいわあ。痺れちゃう。

「詳しく」

 もお、せっかくのかっこいい声も使わなかったら、宝の持ち腐れなのに……。

 会長くんは口数が少ない。そのおかげでこの組織が部外者にバレず、三年間も守り続けられたのでしょうけど、それでももったいないと感じてしまうわ。
 
「どうやら今週の日曜、夕星駅前のアニメイトに行くらしいわ。ここまで絶好のチャンスもないわね。で、どうするの? 確実に仕留める?」

 イエスの返事を期待していた私だったが、会長くんからは意外な返事が返ってきた。

「いや、今回は一年生に任せる」
「え? それはなんで」
「……俺たちはもう三年だ。もうすぐで卒業もする。今のうちに教育をしておかないと、この組織が潰れてしまうだろ」

 へえ、会長くんったら自分が卒業した後もこの組織があり続けて欲しいのね。さすが。
 でもそれだけなのかしら?

「他に理由はないの?」
「もちろんある。お前も知っている通り、今年は未公表派の一年生が多い。その分この組織に入るのも増えたがな」
「ええ、そうね。そうしないとこの組織の活動が、思うようにいかなくなってしまうものね」

 私たち組織は、未公表派の推しを暴く活動をしている。だって、わざわざ夕星高校まで来て、推しを秘密にするなんて……その裏にはすごく面白そうな事情がありそうじゃない。

 まあ、あくまで私の考えだけれど。会長くんの真意は分からないのよね。

 会長くんは話を続ける。

「それでだ。もしも初っ端から二、三年生が一年生の推しを暴きに来たらどうなる。他の奴らに不審がられるだろ」
「あら? 今までもそうだったんじゃない? まさか気づいてなかった? ふふっ」
「……」

 あらあら黙っちゃって。かーわいい~。まあなんだかんだで、この組織は守れているんだから大丈夫だとは思うけれどね。三年生になって不安になったのかしら。

「まあいいわ。要するに一年生に任せればいいんでしょう」
「そうだ。指揮は俺が執るがな」
「分かったわ。それじゃ私は引き続き情報収集をするわね。大柴 野花ちゃんの件はよろしくねぇ、会長くん。ふふっ」
「ああ、それじゃ切るぞ」

 会長くんは終始淡々とした口調で話し続けて、通話を切った。

 それにしてもまだ六月なのにねえ。野花ちゃんはほーんと可愛そう~。
 後はあなたの運よ。頑張ってね。ふふっ。

 そういえば、会長くんが期待の新人が入ったとか言ってたわね。もしかしたら……ふふっ。楽しみだわ。

 私はもう一度、野花ちゃん含めた四人の女の子たちの写真を見てから、スマホをバッグにしまった。

 そのまま、次に推しを暴く子を誰にしようか考えながら、家に向かう。

Re: 推しはむやみに話さない! アニメイト編開幕! ( No.12 )
日時: 2021/05/12 19:42
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#推し会議だからしょうがない!』

 キーンコーンカーンコーン

 水曜日。今日も終礼のベルが鳴った。いつもと同じ……と言いたいところだけど、ちょっと違う。
 クラスのみんながソワソワし始めている。もちろん私も。

 教卓に立つ篠崎先生が、コホンと一息ついた。

「えー、みなさん今日は水曜日ですね~」

 焦らすような口振りだ。教室内のソワソワが増していっている。
 先生はニヤリと笑い、両手で黒縁くろぶちの眼鏡を正す。

 また一息。すると、手の平を教卓に押し付けて、前に体重をかけた。

「そうです。待ちに待った『推し会議』の日です!」
「うおおおおおおおおぉおお!!!!」
「きゃあああああああぁああ!!!!」

 その言葉と同時に教室中に大歓声が沸き起こった。みんな拳を掲げたり、抱き合って泣いたりし始めた。

「ついにこの時が来てしまったか。ふっ……」
「やっと、やっとなのね!! みんな、私たちに恵みがもたらされたわ!」
「おぉ、神よ」

 大げさ? そんなことはない。至って普通だ。だって推し会議だからね。しょうがないね。
 まあ私にはこんな大胆なことはできない。両手を組んで、瞳から少量の涙を流すくらいだ。短い一言を添えて。

「あぁ、感謝申し上げます。ブラジルの人聞こえますか」

 まあさっきまで私も雄叫び上げてたんだけどね。だって推し会議よ? それくらい許してもらわないと。
 
 先生が教卓をトントンと指で叩く。

「はーい静かに静かに~。さっさと話終わらせて、すぐ推し会議行きましょうね~」
「先生! それは無理なお願いだぜ! だって推し会議だぜ? しょうがないだぜ」

 前の席の蛇瀬だぜくんが机の上でブレイクダンスをしながら、申し立てていた。
 あまりにも強く手を押し付けたせいで、教卓ごと倒れそうだが、絶妙なバランスで保っている先生もそれを聞いて大きくうなずく。女の先生だからね。バランス感覚がいいんだきっと。

蛇瀬だぜくんの言い分も分かりますが、これが終わらないと推し会議行けませんから。10秒で終わらせるので我慢して下さいね」
「分かったぜ。先生」

 蛇瀬だぜくんは素直に席に着いた。
 先生もニッコリ笑顔で、バランスボールならぬバランス教卓をしながら話を続ける。

「一つ。今日の推し会議楽しも。二つ。中間テストまで一カ月切ったよ。べんきょしよ。三つ。朝の曲がり角暴走族に注意だよ。以上、解散!! 気をつけ礼、さよ!」
「さよ!!」

 本当にジャスト10秒で終わらせ、挨拶も雑に終わらせた。
 推し会議だからね。しょうがない。

 みんな一目散にそれぞれの会議室へと向かっていった。先生もだ。
 私と、もう一人残して……。

 私も早く行かないと。

 教室から出ようとしたその瞬間だった。

「あ! 待ってよ。野花ちゃん」

 ……声をかけられてしまった。なるべく近づきたくなかった子。名前は……。

「どうしたの? 前萌まえもえちゃん」
「え~。たまたま二人きりになったんだもん。少し話したいなあって思ったの~」

 たまたまなんて嘘だ。あえてだ。あぁ、私もさっさと教室から出ればよかった。
 
 前萌まえもえ 寧音ねね

 おそらく、私の推しを暴こうとしてる子……。

Re: 推しはむやみに話さない! アニメイト編開幕! ( No.13 )
日時: 2021/06/15 00:28
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#前萌まえもえちゃんは分からない!』

「みんな早いよね~。まあ~。推し会議だもんね~」
「そうそう。みんな推し会議大好きだからね。もちろん私も! 前萌まえもえちゃんも早く行かなくていいの?」

 私は明るく笑顔で前萌ちゃんに接する。
 まあ、険悪なムードにはしたくないし。何より、推しを暴こうとしてるなんて、私の思い込みかもしれないからね。

 前萌まえもえちゃんは小さく笑った。まるで私の言ったことがおかしかったかのように。

 改めてこの子の顔を見てみる。
 丸く整った顔。キメの細かい肌。ほのかに赤い頬。薄い桃色の瞳……。
 くっ! 割と可愛い。私が言える立場じゃないけど……。
 あと特徴的なのは髪型だろうか。少しくせ毛の茶髪。ボリュームがあり、髪で小さなリボンを四つも作っている。
 くっ! ちょっと可愛い。
 制服の首元に花のブローチがついている。何の花だろう? 分かんないけど、まあ……可愛いね。
 
 なんてこった。やっぱり推しを暴こうとしてるなんて私の思い過ごしで、本当はただ可愛いだけなのか?

「ね~。そんなにじろじろ見てど~したの~」

 前萌まえもえちゃんがクスっと笑いながらこちらを見てくる。

「いや。なんでもないよ!」
「え~~。そう言われると逆に気になるな~」
「いや、ほんとに大したことないから」

 前萌まえもえちゃんは口元をにやつかせ、顔を近づけてきた。
 冷や汗が私の頬をつたう。

「まあ、いいや。ごめんね~急に呼び止めちゃって~」

 前萌まえもえちゃんは私から離れて、身体ごと後ろに向けた。
 ふぅ。危なかった。もし君可愛いね~なんて言ったら最後。ドン引かれからの険悪ムード発生だ。
 うん。やっぱり前萌まえもえちゃんは可愛い! 私の推しを暴くなんてことしない! 二十回くらい、いやそれ以上に暴こうとしていた感あったけどそれでも違うはず。
 私が敏感になってただけだ。

 そう考えるほうがこの先、楽だよね。

 私が心の中で自己完結していると、前萌まえもえちゃんがまたこちらを振り向いた。
 まだ何かあるのか、わざとらしくにやけている。

「それじゃ、あんまり話せてないけど、推し会議に行こっか~。むらさきちゃんのこと、いっぱい語ろう~」
「そういえば、前萌まえもえちゃんは永音えいね派だったね~」
「そ~。ていうか野花のかちゃんは紫ちゃんを名前で呼ぶんだね~。珍し~~」

 目を大きく開いて、意外そうな顔をしている。まあ、理由なんて単純なんだけど。これくらいは言ってもいいかな~。

「あー。それは──」
「まあ、いいや」

 おん? また「まあ、いいや」カットか。地味に傷ついたぞ前萌まえもえちゃん!
 “まあ、いいや”。やっぱり言わないほうがいいのかもしれないし。
 前萌まえもえちゃんは続ける。

「それより野花のかちゃんの推しは~~。えっと~~~~。なんだっけ~?」

 あっ……。

「未公表だよ」

 自分でも怖いくらいに無機質な声だった。
 やっぱりこの子は。

「そうだった~~~。まだ公表してないんだ~~。へ~」

 前萌まえもえちゃんは一歩二歩と軽快に、また私に近づく。

「ねえ。それってずっと言う気はないの~?」
「ないよ」

 今、この子また笑った。悪質な笑い。心の中が思わず表に出たんだろうか。
 だけど、ぶりっ子の腹黒とかそういうのではない。実際ぶりっ子じゃないし。 
 よく分からない。分からないけど、一つ言えるとすれば、

 

 この子は絶対に何かを隠している。

 
「ね~ね~。それって野花ちゃんにとっても、大変だしつらいんじゃない~?」
「ないかな」
「同士と推し語り合えないんじゃな~い?」
「そうだね」
「独りぼっちな気持ちにならな~い?」
「ならない」
 
 前萌まえもえちゃんに色々質問される。それに対して私はイエスとノー。その二つをまるで、ロボットのような口調で乱用していた。

「そっかそっか~。色々聞いちゃってごめんね~。あ、さすがに時間やばいかな~。私そろそろ行くね~~。またね~~」

 あ、終わったんだ。

「うん! バイバイ!!」

 私は前萌まえもえちゃんからのお別れの挨拶を聞いて、すぐにそう言った。
 それもとびっきりの笑顔で。毎朝、六間むつのまくんにしているように。
 教室から走って出ていくのに大きく手を振る。

 うーーーーーーん!!! スッキリしたーーーー!!
 私も早く行こっと。

 前萌まえもえちゃんが出ていってから、少し時間が経ってから私も教室を後にした。
 
 中央階段で三階まで上って、第三多目的室に向かう。
 少し遅れちゃってる? いや、時間は大丈夫、なはず!

 第三多目的室の前に着いたので、まずは一息ついた。
 そして、扉を思いっきし、開ける!!

「こんにちはーーーーー!! 大柴おおしば 野花のか。ただいま参上です!!」

 ふっ。今日も決まった。これが陽キャってやつやで。

 しばらく自惚れていると、奥から男の先輩が歩いてきた。

「おーおー。元気だなー。野花のか
「こんにちは! ひいらぎ先輩!」

 この人は三年、ひいらぎ 真夜しんや先輩。未公表派の代表だ。

 ひいらぎ先輩は歯を出してニーッと笑う。すごく、清々しい笑顔だ。
 それから先輩は手を叩いて、みんなに大きな声で告げる。

「よし! 野花のか来たから、推し会議始めるぞーー」

Re: 推しはむやみに話さない! アニメイト編 ( No.14 )
日時: 2021/05/29 13:21
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#出席確認は欠かせない!』

「んじゃ、名前言うから返事してなー」

 ひいらぎ先輩が、席に着いたみんなの前で出席確認を始める。
 普通どこの推し派でも素早く終わらせるために、組ごとにいるか、いないかだけを確認していく。でもここ未公表派は人数が少ないからか、一人ずつ名前を呼ばれる。
 このゆったりした感じ、大好きなんだよね。

 ひいらぎ先輩は早速、名前を呼ぶ。

「まずは一年。一組、浦鳥うらとり 太一たいち
「いるっしょーー!! へっへへ、俺ってばかっこいい」

「二組、鬼灯きあかし 優太ゆうた
「はーい。僕。いるのー。ねむーい」

「三組、有明ありあけ 生面うずら
「はい! います! さっきは渋滞作って迷惑かけました。すいません」

「四組、大柴おおしば 野花のか
「はーい! わたくし大柴おおしば 野花のかは今日も元気でーす!」

 ふふふ~。この不思議空間に埋もれないため、積極的にアピールアピール。
 カッコつけたがりの浦島太郎、じゃなくて浦鳥うらとり 太一たいちくん。
 いつもゆるゆるふわふわしてる、けだるけ鬼灯きあかし 優太ゆうたくん。
 二次元から来たような見た目をしてる超絶イケメン、有明ありあけ 生面うずらくん。渋滞とはおそらく女子の。まあ、日常茶飯事だ。

「五組、耳成みみなり 久留くる
「いるいる~超いる~。イエーイ! 今日も楽しみー」

「六組、前途まえみち 未来みく
「はいいます」

「七組、御星おのほし 神梨かんな
「はい! 私、御星おのほし 神梨かんな。十五歳! どこにでもいる普通のJK。これから始まる推し会議。一体全体どうなっちゃうの~。星!」

「八組、いちじく はじめ
「ふふっ、いるよ。今日も絶好の推し会議日和だ。みんな楽しもうではないか」

 陽キャ、とにかく陽キャで、夕星ゆうずつ高校の『大和やまとギャル三人衆』の一人、耳成みみなり 久留くるちゃん。ちなみにキキもその一人。
 いつも前髪で両目を隠していてミステリアス、そしてなぜかキキが恋人だと自称する前途まえみち 未来みくちゃん。
 目がでかい、瞬きが少ない、潤いがすごいの三拍子が揃った、少女漫画大好きの御星おのほし 神梨かんなちゃん。そっちのほうが少女漫画のキャラでしょ!
 博士っぽいキザ+中性的な可愛い顔という特殊属性を持つ、青縁メガネの似合ういちじく はじめくん。

 やっぱりみんなキャラ濃いなあ……。

「次二年いくぞー。三組、茶田ちゃだ 鈴蓮れいれん
「いるんだよ~。みんな仲良くするんだよ~」

 温かな声でみんなの心を癒してくれる、みんなのお母さん的な存在の茶田ちゃだ 鈴蓮れいれん先輩。周りを見てみるとみんな顔がとろけてしまっていた。優太ゆうたくんはもう寝てしまっている。

「七組、奈良庭ならにわ つづみ
「いるわ! み、みんなが揃うなんて珍しいじゃない。いつも誰かしら帰っちゃってるのに……。べ、別に嬉しいとかそういうんじゃないんだからね!! って聞いてるの! みんな起きろーーー!!」

 はい。ツンデレです。怒ってないときが異常の奈良庭ならにわ つづみ先輩。鈴蓮れいれん先輩のゆったりボイスのあとにつづみ先輩の怒号が飛ぶのは、もはや一種のサウナと化している。

 そして、ラストは……

「そして最後に三年九組、俺、ひいらぎ 真夜しんやだ」

 屈託のない笑みで、いつものようにみんなを照らす太陽のような人、ひいらぎ 真夜しんや先輩だ。相変わらず、見えないハズの光がひいらぎ先輩から放たれる。確か夕星ゆうずつ高校七不思議の一つだったはず。

「以上、一年八人、二年二人、三年一人、計十一人。全員揃ったなーー。すげえ」

 本当にすごい。全員揃うのは二カ月、つまり初の推し会議ぶり。今日はいつもより楽しくなりそう!

 ひいらぎ先輩も嬉しそうにしながら、みんなに言った。



「それでは、推し会議を始める」

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.15 )
日時: 2021/06/07 18:13
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#ここが大好きで仕方がない!』

 ひいらぎ先輩の合図と同時に、未公表派のみんなが待ってましたと言わんばかりに雑談を始めた。

「なあなあ! はじめも『草木の町人』の最新話読んだっしょ?」
「おやおや太一たいちくん。それは愚問だね。僕は、『草木の町人』博士だよ? どんな情報だって一番に嗅ぎつけるのさ」
時幻じげん様がちょーかっこよかったっしょー!!!」
「まさか、強敵五人をもまとめて蹴散らしてしまうとはね。彼の意志には僕も痺れてしまったよ」

 太一たいちくんとはじめくんは時幻じげん様の話をしていた。二人ともとにかくはしゃいでいてなんだか可愛い。
 はじめくんは、今週の話の伏線なんかも語っている。
 時幻じげん様派のりりり先輩もこんな感じなんだろうか。いや、それ以上だな。
 興奮したりりり先輩を、周りのみんなが落ち着かせようとしている様子を想像すると……わ、笑わずにはいられない……くくっ。

「なに笑ってんの気持ち悪い」
「あ、ごめんごめん未来みくちゃん。思い出し笑いっていうか、今想像笑いっていうか……くくっふふふ」
「気持ち悪い以上に怖い」

 前髪で両目を隠している未来みくちゃんから、冷たい視線を送られていることがなぜだか分かる。
 やめて! そんな目で私を見ないで!

「まいいけどそれより話ってなに?」

 未来みくちゃんは言葉の間に間髪入れずに、私に質問をぶつけてきた。
 そうだ、話をするって言ったんだった。いっけね~忘れてた~。てへぺろりん!
 
「えっとさ。キキから日曜日にアニメイト行くの誘われた?」
「誘われたけど断った一人で行くから」

 まるで当たり前のようにそう言った。まあそりゃそうだ。未公表派だからね。誰かと一緒に行ったら推しがばれてしまうだろう。私が言えないことだけどね。
 そう軽い相槌を打っていると、もう一人の女の子が割り込んできた。
 なんと私の憧れし陽キャの中の陽キャ。くるくるパーマの久留くるちゃんだ。

「えー! 未来みくちゃん断ったのー? 一緒に行った方がいいって。キキという恋人がいるし」
「それはキキが勝手にそう言ってるだけ」
「冷たいこと言わないのーーー。本当は嬉しいんでしょう。このツンデレめ」
「うざいうるさいやかましい」
「おやおや否定はしないのかな? つまり……ふぉっふぉっふぉ」
「……ちっ」

 未来みくちゃんから飛ばされる罵倒に久留くるちゃんは物怖じせずに、ひたすらに誘い続ける。
 さすが久留くるちゃん! これが陽キャのウザ絡みっすね! 私も見習うっす!
 私も未来みくちゃんを誘うぞ!

「そうだよ未来みくちゃん! みんなと一緒に行った方が楽しいって!」
「そういうあなたは推しがバレない様にする方法でもあるの?」
「ふふん。一応ね」

 そう。あるんだよ。推しがバレない方法。なんてったって夕星ゆうずつアニメイトなんだから。今から私が説明して進ぜようぞ。

夕星ゆうずつアニメイトは広いでしょ? つまりお店の中じゃみんな別行動になるんだよ」
「でも結局一緒に帰るんでしょその時に何買ったか聞かれたり見られたりしたらどうするわけ」
「大丈夫! みんな優しいから!! そんなことしないって」
「雑で単純」

 そう。雑だ。単純だ。でもこれでいいのだ。実際いつもこれでなんとかなってるし。
 私の説明に久留くるちゃんもうんうんと頷いていた。

「のーちゃんの言う通りだよ。私も一緒に行くからさー。ねー行こうよー未来みくちゃん。キキとアニメイトデート楽しみなよー」
「もう分かった一緒に行くから」

 久留くるちゃんの強い後押しがあってか。未来みくちゃんは半ば諦め気味にOKをした。
 
「ってことでー。私と未来みくちゃんも一緒に行くから。よろしくのーちゃん!」
「オッケー」

 さすが久留くるちゃん! まさか未来みくちゃんにお誘いOKさせるなんて。しかもさりげなく自分自身も行くことにしてる。やっぱすごいっす! 私も見習って未来みくちゃんを、YESマンならぬOKガールにしてみせます!

「おやおや。君たちも日曜日アニメイトに行くのかい。奇遇だね。僕も太一たいちくんと一緒に行くんだよ。もしかしたら会えるかもしれないね。楽しみだ」

 聞き耳を立てていたのか。はじめくんが細やかな笑みで近づいてそう言った。太一たいちくんも後ろで手を振っていた。
 そうか。やっぱりみんな推しの梅雨コスは欲しいんだよね。こりゃ急がないと、目当ての物が売り切れちゃうかな? つってね。まあ私は大丈夫だろう。

 それにしても……。

 周りを見ると、みんな楽しそうに話している。本来あるはずの推し会議は、自分たちの推し派を増やす計画や今後の推し関連イベントの出し物を決めるものだとかえでが言っていた。
 ここではそんなことをしない。みんなが自由にこの時間を過ごしている。この高校に入ってわざわざ未公表派に入るなんて、みんなの冷たい視線に晒される。そんな風に思っていたけど、思ったより全然楽に過ごせるのだった。

 本当にこの高校に来てよかった。

 そして、これからも、こんな風にのんびりと過ごせたら良いなと思う私であった。

 うん! 日曜日のアニメイトは本当に楽しみ。かえでにキキに小麦ちゃん。さらに未来みくちゃんに久留くるちゃんも一緒に行くことになった。もしかしたら当日はもっと色んな子に会えるかもしれない。

 よっし! 六間むつのまくんのグッズ、沢山買うぞーーーーー!!!

 
 しばらくして、今日の推し会議も終わりを迎えた。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.16 )
日時: 2021/06/16 18:42
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#今日は苦も雲もありゃしない!』

 ああ、今日はどうしてこんなにも清々しい気分なの。
 空には雲一つなく、一面が青く染まっている。太陽も華やかに輝き、私の心をポカポカに暖めてくれる。今が梅雨の時期だなんて到底信じられない。
 とにかく今日は最高の日なのだ! なんてったって、そう。ついに来てしまったのだ。
 今日は、六月二十日、日曜日の今日は……

「みんなとアニメイトに行く日だーーーーー!!」

 ああ、なんて甘美な響き、アニメイト。これほどまでに心を躍らされるなんて。
 足元がいつもより軽い。リュックも軽い。六間むつのまくんグッズを中に大量投入するため!
 逆に重いのは私の財布! お年玉を解禁したんでね、ええ。

 今日の私、本気ですよ?

 っと、そろそろ待ち合わせ場所の夕星駅に着く頃だ。時間は問題なし。この新品の腕時計があれば、私は無敵だ。一秒の狂いもないし、それに可愛い。なんと『草木の町人』の女性人気投票で一位、二位、三位の永音えいね美知留みちるちゃん、双葉ふたばちゃんがデザインされているのだ! 
 去年の私の誕生日の、お母さんからのプレゼントである。だが、私が六間むつのまくん推しだと知っていての行為だったから、今でも少し複雑な気分だ。

 まあ、今日はそんなこと気にせず、楽しむぜぇ。

「おーーい! のーちゃーん!!」

 前からかえでの声。見ると、駅の前で大きく手を振っていた。私もそれに答えるように手を振り返す。
 その後、私が駅まで全速力で走ったことは言うまでもない。

「はぁ、はぁ。おまたせ」
「おはようのーちゃん! そしてお疲れー」

 かえでの軽い笑いに続き、三人の声も耳に入ってきた。

「お、おはようございます。大柴おおしばさん。大丈夫ですか」
「まあ、のっちーなら大丈夫でしょ。はいはいおはよー。元気出してこー」
「おはよう」

 小麦こむぎちゃんに、キキに、未来みくちゃん。みんな来るの早くね? あとは私の陽キャ師匠、久留くるちゃんが来てないのか。
 ビリにはならなくて良かったと安堵していた私だったが、かえでからすぐに衝撃的事実を告げられた。

久留くるちゃんは今日急用で来れないんだって。うぅ、残念」
「し、仕方ないですよね」

 まあ、一緒に行くってのも急だったし、こういうこともあるんだろう。けど、これは本当に偶然に急用が入ったからなのか。もしかしたら。
 私は、未来みくちゃんの方に視線をやる。うん、やっぱり怒りのオーラが出てるね。知ってた。

「私を釣るなんていい度胸」

 小さくそう呟いた未来みくちゃんに飛びついたのは、キキだった。

未来みくーーーー!! 今日は来てくれてありがとう。嬉しいよお!! 久留くるに協力してもらって本当によかったー。聞いたよ聞いたよ。私と一緒にいるの、いつも最高に嬉しいんだって!? まさかそんな風に思ってくれてたなんて……。ああぁ。神様、仏様、久留くる様。感謝感激ヤマアラシ。あいらぶゆーー未来みくーーーー!」
「そんなこと一言も言ってないベタベタくっつかないで離れて」

 キキが過度の愛情アタックを繰り返し、未来みくちゃんが冷たくあしらう。いつもと同じのどかな風景だ。
 小麦こむぎちゃんはまだ慣れていないので、慌てふためき、頑張って止めようと試みていた。しかし、次第にパニックに陥り、リボンを大きく揺らしながら、地面にへたり込んでしまったのだった。それをかえでは大きく笑いながらただただ見ていたのだった。

 ま、なんだかんだで賑やかで、楽しい友達だ。だが、駅前で行われている喜劇を、周りの視線に耐えながら見るほど精神は図太くないので、私が幕を下ろしてやった。

「それじゃ、アニメイトにレッツゴーゴー!」
「おーー!」

 楓の掛け声に合わせ、みんなで空に拳をあげる。

 つっても、アニメイトは目の前にどでかく建ってるんですけどね。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.17 )
日時: 2021/06/20 13:07
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#アニメイトの人だかりがハンパない!』

「着いたー! やっぱ人いっぱいいるねーー!」

 楓がアニメイトの入り口で大きく手を広げた。私を含めた他のみんなも、興奮が抑えきれていない。
 
 夕星アニメイト。夕星駅の真ん前に位置する日本、いや世界最大級のアニメイトだ。とにかくでかくて広く、建物の中でも五つのエリアで分かれている。
 人気アニメからマイナー漫画まで、幅広いグッズ展開が魅力であり、欲しいグッズは大体ここに行けば売っている。それ故に世界各国のオタク達から支持されている。いわば、オタクの聖地。そして、この街の象徴である。

 しかし、そんな夕星アニメイトがなんと今日に限り、ただ一つの作品のグッズのみを販売するらしい。
 建物の壁にも、その作品の特大ポスターがいくつも貼られている。

 そう、『草木の町人』だ。

 さすが、超人気作品。こんな異例のイベントを巻き起こすなんて。おかげでアニメイト内外、大勢の人だかり。コスプレイヤー、外国人、テレビ取材陣……。多種多様な人達が押し寄せている。

「ほらみんな、早くしないと目当てのもの売り切れちゃうよ! 急ごー!!」

 おっと、いけない。この状況に圧倒されていた。
 アニメイトに入る前からこんなんじゃだめだめ。
 
 楓の言葉に従い、みんなアニメイトの入り口を通った。

「ほ、ほんとにすごいですね。はぅぁあ」
「ちょっと暑苦しい」

 小麦こむぎちゃんも、未来みくちゃんもなんだか既に疲れてしまっているようだ。
 そんなんじゃだめだ二人とも! 私が鼓舞したる!

「二人とも! 勝負はこれからだよ! 今そんなんじゃ推しの梅雨コスの尊さに萌え死んじゃうよ! 頑張れ!」
「は、はい。そうですね。私、頑張ります! 勝負じゃない気はしますが……」
「その暑苦しさに燃え死ぬ」

 ありゃ、良いリアクションが貰えなかった。その冷たい反応で、少し涼しくなりました。ありがとうございます!

 まあ、とりあえず早く買わないといけないし、さっさと別行動に移りますか!

「それじゃ、今から別行動で。一時間後またここに集合ね」

 私の言葉にみんなすぐに相槌を打って、早速買い物を始めようとする。
 同時に、キキはまた未来みくちゃんに飛びついた。

未来みくーーー!!! 一緒に行こーー! アニメイトデートしよーよー!」

 キキのデートのお誘いに、未来みくちゃんはいつも通り丁重にお断りする。

「無理ダメ嫌だ私は一人で買う推しもバレたくない」

 その言葉にキキも分かりやすくガッカリして、推しである阿連武あれむのコーナーに向かっていった。それに続き、かえで時幻じげん様、小麦こむぎちゃんは永音えいねのコーナーへと移動する。
 そして、私と未来みくちゃんが残るのだった。

「それじゃ私も行く」
「うん、それじゃまたね」

 私は、エレベーターに向かう未来みくちゃんの背中に手を振った。
 そのまますぐに、反対側にあるエスカレーターで三階まで上る。

 『草木の町人』の女性人気投票二位である、美知留みちるちゃんの梅雨コスを買いに行くために。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.18 )
日時: 2021/07/28 19:40
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#美知留みちるちゃんのコーナーになかなか辿り着けない!』

 ほえー。やっぱり夕星アニメイトはすごいなあ。一つのエリアの一階だけでも、こんなに広いなんて。

 今私がいるのは、夕星アニメイトの五つのエリアの一つ、フィギュアエリアの三階。
 ここに美知留みちるちゃんの梅雨コスを買いに来た訳だけど、なかなかそのコーナーに辿りつけない。人がごった返しているからだ。なんせこの階は美知留みちるちゃんともう一人、双葉ふたばちゃんがいるのだ。
 まあ『草木の町人』の人気女性キャラ二位と三位だし。一緒の階にしてボロ儲けという大人のわるーい魂胆だろう。
 一人で一つの階を牛耳る一位の永音えいねはやっぱし別格ということか。

 まあ、愚痴なんて言っても仕方ないか。少しずつ近づこう。

 にしても、美知留みちるちゃんのコーナーに進んでいる間、特にすることがない。せいぜい出来ることと言えば、今流れている『草木の町人』のアニメのOP曲を聴くくらい。
 アニメイト内にいくつも設置されている大きなスピーカーから、女性の歌声と共にかっこいいメロディーが響いている。
 さすが神曲、聴き飽きることがない。中毒性があるよね。とある小学校の給食の放送で一週間連続で流れたほどだし。

 ん?

 突然、曲が途切れた。

 ええぇ~。サビ入るとこだったのにー。萎えるよーもう。

 これには思わずため息が漏れてしまう。と、思っていたその時、スピーカーからアナウンスが流れた。

《ただいまより、館外の夕星駅前にて、『草木の町人』の緊急生ライブを開催いたします。その準備のために、各エリアの一階を使わせていただきます。館内におられるお客様にはご迷惑おかけしますが、二十分以内に館外に出てもらうようお願い申し上げます。商品のご購入に関してはまた後ほどお願い致します。繰り返します……》

 えーーー! は、早く行かないと! オタクたるもの、グッズより生ライブを優先させるべき、だもんね? かえでたちもすぐ来るよね。と、とりあえず入り口に戻らなきゃ。

 あまりにも衝撃的な内容だ。周りもざわつき始めている。

「おい! 特等席取るぞ! 急げ急げ」

 男性のその言葉によって、人だかりが一気に外に走り向かっていく。

 ああ、押し流される~~~~。

 私はすぐに横に飛び出て、荒ぶる人波から抜け出した。

 はあ、危なかったぁ。押しつぶされるかと思ったよ。これがほんとの人波ってやつ?
 にしても、あっという間に人がいなくなっちゃった。今なら普通に美知留みちるちゃんの梅雨コス買えそうだけど、ダメなんだよね。
 もう、ビッグウェーブに乗り遅れちゃったよ。しょうがない。とりあえず入り口に行こう。みんなに怒られちゃうかな……。

 私はエスカレーターに小走りで向かう。全速力でいかないのは私の性格の悪さだろうか。少し卑屈になっているのだろう。

 そんなことを思いながら、顔を前に向けると、なんと驚くべき人がいた。

「え……未来みくちゃん?」
「どうしてあなたがここに……」

 目の前にいるのは確かに未来みくちゃんだった。前髪で両目を隠しながらも伝わる冷たい目線が論より証拠というやつだ。

 少し気まずい間があった。
 そして、先に口を開けたのは未来みくちゃんだ。

「まさか私の推しを暴くつもり?」
「え、いやいやいや。そんなことないって。偶然だって!」

 未来みくちゃんはわざとらしくため息をつく。

 もしかして怒ってらっしゃる?

「ご、ごめん。まさか同じとこにいるとは思わなかったもんで」
「……」

 未来みくちゃんは何も言わずに黙っている。

 そ、そうだよね。未来みくちゃんはここに来るのにわざわざ遠回りしてるんだよね。近くのエスカレーターを使わないで、わざわざ反対側のエレベーターを使って。
 それだけ、誰にも推しをバレたくなかったってことだ。なのに今私は、未来みくちゃんと鉢合わせてしまった。
 そりゃ未来みくちゃんは怒るよね。そもそも私が一緒に来ようと誘ったんだし。

 ああ、どうしよう!

 私はとにかくこの雰囲気をどうにかする何かが欲しかった。

 そして、その想いは叶った。

 一人の女の子の叫び声によって。

「モモちゃーーーん! シシちゃーーーーん! どこですのーーー!!」

 あれ? どこかで聞いたことあるような声とセリフ。誰だっけ?

 思考停止した私の頭の中では、それが一番に思いついた。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.19 )
日時: 2021/07/21 21:23
名前: りゅ (ID: B7nGYbP1)

閲覧数300突破おめでとうございます!!

面白い小説ですね♬

応援してるので執筆の方頑張ってください!

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.20 )
日時: 2021/08/01 14:15
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

>>19

 りゅさん。応援ありがとうございます!!
 面白いとは感無量です。これからもモットモットタケモットの如く、面白く書けていけたらいいなと励んでおります。

 どうぞこれからもよろしくですー。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.21 )
日時: 2021/08/01 14:18
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#沈黙をずっと続けたくない!』

「え、え~っと。誰か叫んでるね。どうしたんだろう」

 私はその場しのぎに適当に話を振った。は、いいものの。

 やばい。すごく返事が返ってきづらそうな事言っちゃった。これじゃ沈黙が続いちゃう。

 私はただあたふたと手を動かして、あーとかうーとか言うことが出来なかった。
 そんな私を見かねてなのか、未来みくちゃんは閉ざしていた重い口をゆっくりと開き、「ええそうね」と軽い相槌を打ってくれた。

 あれ、なんだか目のあたりが温かく……。

「ちょっとなんで泣いてるの!?」
「ううぅ。てっきりこのまま無視され続けるのかと」
「そんなことしないていうかそもそも無視もしてない」
「えっ? バリバリしてた気がするような」
「……それは少し考え事をしていただけ」

 とりあえず怒ってはいない? よ、良かった。いや待てまて。さっき大きくため息をついてたよね。しかも今一瞬、間があったし。
 つまり、本当はめちゃくちゃ怒ってるけど我慢してるってことかも。うん。やっぱりちゃんと言うこと言わないとね。それに──それが私らしい。

「ねえ未来みくちゃん。今日は半ば無理やりにアニメイトに来させちゃって、本当にごめん! しかも未来みくちゃんはずっと推しがバレないか心配してたのに、こうやってバッタリ私と出くわしちゃって」

 未来みくちゃんは冷静に、前髪一つ揺らさず、ただ淡々と、いつものように低く切れ目のない口調で返した。

「別にそれは謝る事じゃないそれにここで出くわしてまずいのはあなたも同じ」

 え、未来みくちゃんってこんなに優しかったんだ。いつも素っ気ないし、キキには罵倒を繰り返しているから私てっきり……。
 でもそっか。キキが好きになるんだもん。未来みくちゃんがそんなひどい子なわけないよね。

 それはそうと、未来みくちゃんすごい勘違いしてる!

「あのね未来みくちゃん。ちょっと言いづらいんだけど……私の推しはここにいないんだ」
「は?」

 って、うわー! なんてこと言ってんだ私。
 未来みくちゃんは私の推しもここにいると思って、お互い様って言ってくれたのに。これじゃ今度こそガチで怒っちゃうよ。いや既に「は?」って言っちゃってる! バカ! 私!

 って、また深いため息ついちゃってるー。も、もしかして……。

「み、未来みくちゃん?」
「……」

 ……。

 …………。

 ………………。


 
 オ、オワターーーーーーーー!

「モモちゃーーーん! シシちゃーーーん! 隠れても無駄ですわよーーーーーー!!」

 なんかきたーーーー。さっきの声の子じゃん。しかもなんかなんかなんか。

 こっちに走ってきてるーーーーー!!
 待って待ってまてまて、これ、ぶつか……

「うわ!」
「ですわ!?」

 猛スピードで走り来る女の子を私はよける暇もなく、そのままタックルされてしまった。

「なにどうしたの」
「あ……っ。良かった未来みくちゃん喋ってくれた……がく」
「なんでこの一瞬で情報量過多になってるの」

 え? 情報量過多? どゆこと?

「痛いですわ! しつ!」
「お嬢様。だからあれほど店内では走るなと。お二方、大丈夫ですかですぞ? 特に下の方」
「え、あっ、はい。っん?」

 私の目の前には、ピンク色の派手なドレスを着た小柄な女の子に、超高身長イケメン執事(?)、そして周りには黒いサングラスに黒い服を身に着けた人たちが大勢並んでいた。

 本当に……一体全体どういうことだってばよ。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.22 )
日時: 2021/08/09 09:08
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#お嬢様は落ち着けない!』

「どうぞ、お手をお取りにですぞ」

 イケメン執事さんは、細く綺麗な指を私に差し出してくれた。
 私は応じて、自分の手を彼の手のひらにのせる。同時に私の手はしっかり握られ、そのまま軽々と身を起こされた。

 無理やり引っ張られた感じはなく、むしろ心地良いほどとは。

 この執事、できる!

「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそご迷惑をおかけしましたぞ。まあ、これからもっと……」
「え?」
「いえ、なんでもありませぬぞ」

 執事さんはコホンと軽く咳払いをして、何かをごまかした様子だった。

 うーん。聞きたいことはたくさんあるけど、とりあえず、

「あなたたちはだれ」

 先にその疑問を口にしたのは未来みくちゃんだ。私もすかさず気になっていることを執事さんに伝える。すると執事さんは青く細い瞳を、さらに細くして、小さい笑みを浮かべ始めた。
 どうやらこの質問も予測済みらしい。執事さんは左手を胸に、もう片方の手を後ろに回してまっすぐな姿勢のまま丁寧に腰を折った。

「申し遅れました。私たちは姫宮ひめみや財閥の者でございますぞ。ご存知でしょうか」
「え! 姫宮財閥ってあの姫宮財閥ですか! す、すごい!」

 執事さんは随分とあっさり言ったけど、これかなりやばい。
 姫宮財閥は、世界中のアニメイト会社を抱える超巨大グループ。この世全てのオタクたちが憧れるようなめちゃくちゃな金持ちだ。なんでそんな人たちがここに!

 あれ。未来みくちゃんあまり驚いてない?

未来みくちゃん。やけに冷静だね」
「だってそこにローリエさんがいるんだからそのくらい読めてた」
「え? ローリエさん……って、誰だっけ」
「「「え?」」」
「え? なんでみんなして驚いて」
「あなた本気で言ってるの」

 え、なになに怖い。いや、人の名前覚えてないのは悪かったけど、そこまでじゃ……いや! 相手は姫宮財閥だった! まって、私絶対まずいこと言ったじゃん。未来みくちゃんも私が知らないことに驚いてるし。
 えと、ローリエさん? だっけ。確かにどっかで、どっかで聞いたことあるけど。どこだっけえええ。

 私が必死になって思い出そうとしていると、執事さんがゆっくりと近づいてきた。

「あなた、本当に知らないのですかですぞ?」

 声がちょっと低い。怖い怖いオワタ。

「す、すいません。よく……思い出せません」

「そんなどこぞの音声アシスタントAIみたいなことをいって。
 いいですかですぞ! この方はあなたと同じ夕星高校に通っているで有名な姫宮財閥の長女、姫宮ひめみやローリエお嬢様ですぞーー!!」

「そう呼ばれていますわ。ファサア」

 執事さんは後ろのローリエという名の少女に、勢いよく両手を差し伸ばして、私と未来みくちゃんにそちらを見るよう促した。
 そして、そのローリエさんはというと、右手で髪をなびかせて得意げになっている。あとなぜか自分でファサアって言っている。

 さっきの叫び声とセリフに、このノリ。あと低身長……はっ!

「あ、お、お、思い出しましたーーー。
 
 60万で買った『草木の町人』のプレミアグッズ、『兎のモモちゃんと虎のシシちゃん獣化セット(実物大)』を学校で自慢して、その日の下校途中で盗まれた挙句、次の日泣きまくって、さらには一週間学校を休んだ、あの姫宮ローリエお嬢様ですねーーーー!!! 
 
 ちなみに身長は中学生並みいいいぃ」

 そうか! さっきの「モモちゃーーーん! シシちゃーーーーん! どこですのーーー!!」って叫び声、聞き覚えあると思ってたけど、プレミアグッズが盗まれた翌日に全く同じセリフ叫んでたんだ。
 同じ高校、しかも同学年の子のことを覚えていないなんて、私とことん記憶力ないなあ。

 改めて自分のニワトリのような記憶力を憐れんでいると、突然、可愛らしい叫び声の主であるローリエ“ちゃん”が大声で喚きだした。

「さっきから、聞いていればなんて失礼な! わたくしの名前を忘れるだけにとどまらず、わざわざそんな昔の話を持ち出してくるなんて! 万死に値すですわ! 
 
 あと、身長が中学生並みってなんですの! 余計! 一言が余計ですの! わたくしは大人になったら八頭身になりますのよ! そこのところお忘れなく! しつ!」

 ローリエちゃんは私に右手の指差しを決めながら、早口で怒りの感情をあらわにする。そしてさっきと同じく、話の終わりに“しつ”と言葉にする。多分、執事さんのことをそう呼んでいるのだろう。少し珍しい呼び方だ。

「はっ、お嬢様。いいですか野花のか様。お嬢様はご自身の身長の低さをかなり気にしておられます。

 牛乳パックを一日一本は飲み、食事は人一倍多く摂り、毎日早寝早起きを心がけているのになかなか身長が伸びないことを嘆いておられるのです。入浴前にのる身長計の数字の低さにおののいておられるのです。

 どうか、あまりいじめないでやって下さい……」

 執事さんは悲しげのある目つきで、ゆっくり丁寧に話して、私に同情を誘う。それを聞いて、思わず笑いが、いや、涙がこぼれそうだ。

 ああ、ローリエちゃんはそんなに大変な思いをしていたのか。私も少し言い過ぎた。

 私は執事さんにしっかりと頷いて、非礼を詫びた。そして、誓いの握手を──

「ちょっとおおおおお! しつ! なぜあなたまで悪ノリをしているのですのー! 野花のかさんも今絶対笑おうとしてましたわよね!? なんですの! 身長が低いからってなんですの! 低身長にも人権はありますわよーーー! ムキーーーーー高身長が羨ましい!!」
「……と、茶番はここまでにして」
「終わらせましたの!?」

 ものすごい勢いで繰り広げられる低身長論争。まだまだ続けたいところだが、未来みくちゃんや周りの黒服さんたちが啞然としているので、そろそろやめなければならないのだ。

 そうだ。相手の自己紹介を聞いたんだから、こっちもしないとね。

「そういえば、自己紹介がまだでした。私の名前は大柴おおしば野花のかです。夕星高校の一年四組にいます」

 あれ? なんかおかしいような。

 私は自分の発言になにか違和感を覚えた。が、まあ、唐突な自己紹介が違和感をおびき寄せているだけだろう。
 私は変に難しいことを考えるのはやめ、未来みくちゃんの肩を指でつっついて、自己紹介をするよう示唆した。当然ながら、未来みくちゃんも唐突な自己紹介には半ば呆れている。

「一年六組の前途まえみち未来みく

 未来みくちゃんはそれだけ言って、すぐ口を閉じた。誰に対しても、無愛想を改めないのはさすが、未来みくちゃんクオリティ。そういう自分を曲げないところには好感が持てるなあ。

 すると、私たちの自己紹介を聞いたローリエちゃんは、なぜか大声で笑い始めた。

「おーほっほっほ! それが自己紹介ですって? クラスと名前だけで自分を理解してもらおうなんて甚だしいにもほどがありますわ!」

 今度は急に嫌味だ。低身長って言ったこと、相当根に持ってるな。
 
 皮肉めいた言葉の次には、コツンと靴の音が響いた。そして、目の前には足を大きく開いて手の甲を口に近づけたローリエちゃんの姿。
 
 その輝くような金色の髪は左右に揺れ、身にまとうピンク色のドレスが一瞬、ふわっと空気に押し上げられる。

「いいですの。本当の自己紹介とやらを見せてあげますわ」
「ああ、つまり汚名返上」
「違いますわよ!!」

 折角のローリエちゃんの決めポーズはまた怒りによって、地団駄を踏む可愛らしい少女と化していた。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.23 )
日時: 2021/09/18 15:02
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#ローリエちゃんは髪を意地でもなびかせない!』

「心してお聞きなさい! わたくしの名前は姫宮ローリエ。あなた達と同じ夕星高校に通う美しきレディーですわー! この神秘たる美顔に敬服いたしなさい!」

 ローリエちゃんは何事も無かったかのように得意げに決めポーズをしている。
 そして美しいっていうより可愛い……。思わずぷにぷにしたくなるその丸い小顔が、ローリエちゃんの幼さを強調している。

 その顔を覗き込むように、私は足を一歩前に出す。するとローリエちゃんは、ニヤリと不気味な微笑みで自ら顔を寄せ返してきた。

「あらあら、わたくしの美貌につい釣られてしまいましたの? いいですわ。お顔のお近づきの印に差し上げましょう1ファサア!」
「1ファサア!? 何なのそれ!」

 私は目の前のローリエちゃんに小声で質問を投げかける。
 そんな私を、ローリエちゃんは手のひらで静止させて、口元を私の耳に近づけた。

「ファサア」

 オーマイローリエ! なんたる破壊力なの1ファサア! そのあどけない容姿からは想像できない艶やかな天使のささやき!

 だめ、ここで屈しちゃう……。

「っていやいやローリエちゃん。さっきも言ってたじゃんファサアって! 髪をなびかせながら! 肝心のなびかせ要素は何処いずこへ? 擬音語だけ残してどうすんの! 髪をなびかせないファサアなんて、空のプッチンプリンをプッチンするのと一緒だよ!」

 私は右足を一歩引いて、腕を振り上げ、なびかせアンコールを繰り返す。
 ローリエちゃんはそれを聞いて、上目づかいで右手のひらを勢いよく差し出した。

「その勢いだけは認めますわ。いいですわ。差し上げましょう4ファサア!」

 その言葉と同時に執事さんから深い拍手が送られた。

「おめでとうございますぞ野花様! あの日本ファサア協会、通称NFKの会長を務めているで有名な姫宮財閥の長女、姫宮ローリエお嬢様から4ファサアも貰えるなんて! 4ファサアは、1スペシャルファサアと交換できますぞ!」

「ス、スペシャルファサア……! お願いします!」

 普通のファサアでもあの破壊力なのに、スペシャルとまでなると一体なにが! 

 緊張のあまり、私の喉が大きく唾を飲みこむ。
 ローリエちゃんは再び私に近づき、耳打ちを放った。

「ファサア……ファサア…ファサア…ファサア…」

 お、おお……オーマイローリエ! まさかのエコーかよー! 確かにあちこちにスピーカーあるけどー。

「す、すごい。ファサアにエコーが……」
「エコー? 違いますわ。これは腹話術ですわよーー!」
「えーーーー何のために!?」
「面白いからですわーー!」

 これもう腹話術の域超えてない? すごい響いてるんだけど!
 それはそうとして。

「あのー、髪なびかせは無いのでしょうか?」

 ローリエちゃんは一瞬、間を置く。そして、はっきりと言った。


「それは有料会員向けですわー!」
「無料会員の壁!」

 そんなのって無いよ! あんまりだよ!

 私は大きく膝を落として、この非情に対する失望をめいいっぱいに表現する。そんな私の背中を執事さんが優しくさすってくれた。
 
 すると、しばらく黙っていた未来ちゃんが、私に冷たい言葉を浴びせてきた。

「なにしてるの早く立って」
「未来ちゃんが急に鬼監督になった……」
「そんなことよりライブどうするのみんな待ってる」
「あ!」

 わ、忘れてたー。かえで達ずっと待ってるかもしれないし急がなきゃ!
 未来ちゃんもやけに焦ってる感じだし、そろそろローリエちゃんとのおふざけも止めにしないとね。

「ローリエちゃんごめん! 私たち早くライブに行かなきゃいけないの。ローリエちゃんも一緒に行かない?」

 私はローリエちゃんに微笑みながら誘ってみせる。
 ローリエちゃん面白いし友達になりたいしね。

 
 

 でも、返答は返ってこなかった。

 ローリエちゃんは横にいる執事さんに話しかける。

「しつ。そろそろ準備は整いましたの?」
「……はい。お嬢様、本当にいいのですかですぞ? 後には引けませんぞ」
「構いませんわ」

 え、なに。何を話しているの。
 何やら悪い予感が背筋を凍らせる。

 すると、私の左手が誰かに握られた。

 



 未来ちゃんだ。


「逃げるよ」

「え? それってどうい──」

 私が全てを言い切る前に、未来ちゃんは私を引っ張り走り出す。
 向かう先は前に見えるエスカレーター。

 
 しかし、さっきまで周りにいた黒服の人達が、私たちを阻んだ。

「どういうこと!? 状況が理解できない!」

 私は今、ここで何が起きているかを理解するのに精一杯だ。

 だが、なぜか未来ちゃんは、この場に置いても冷静さを保っているようで、周囲を見渡している。

 そこに生まれる沈黙。

 ……。
 
 
 そして、ローリエちゃんの返答は遅れてやってきた。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.24 )
日時: 2021/09/25 16:24
名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)

 『#すぐに真実は言わない!』

 コツン

 厚底の靴から発せられる軽やかな音。
 その音の高鳴りに、胸の鼓動が早くなる。

「ライブのお誘い感謝しますわ。野花さん」

 ローリエちゃんのドレスがゆっくりと揺れる。

「でも、私がライブに行く意味は無いんですの」

 金色の髪が小さく浮かぶ。

「それは、とある二つの目的でここに来たからですわ」
「目的?」

 コツン

 また、靴が床を叩く音。
 気づくと目の前には、ローリエちゃんが無機質な笑みを浮かべて立っている。

 そして、右手を前に突き出して、人差し指を立てた。

「一つ、そもそも今日このイベントを開催しているのは、私たち姫宮財閥だからですの。つまり、運営を任されていますのよ」

 あ、そっか! 運営を任されている以上ライブなんて見てる暇ないってことか。こんな大人数で来ているのも納得だ。

「なるほどー。それで、二つ目は?」

 明らかに変わっている空気感。私はそれを感じ取りながら、もう一つの目的とやらを聞いた。

 ローリエちゃんは続ける。今度は人差し指に加え、中指も立てた。

 同時に私の手に強い感触が伝わる。
 見ると、未来ちゃんが私の手を握っていた。
 
 なんだか少し震えているような。大丈夫かな?

「二つ、それは……」

 私は未来ちゃんの手を握り返す。
 大丈夫。きっと。

 ローリエちゃんはゆっくりと息を吸った。そして、そのまま言葉を発する。

「モモちゃんとシシちゃんを探しに来たからですわーーー!」
「なるほどぉ?」
  
 ローリエちゃんが元気な声で腰に手を当て、なぜか威張っている。
 でもまた明るい空間に戻った気がした。
 
 それにしても、なんだそんなことかー。変に心配し過ぎちゃったかな。

 私に絡まる緊張の糸は綺麗にほどける。その安心感から、胸を撫でおろす。

 そういえば、モモちゃんとシシちゃん探してるって……。

「もしかして、盗まれたプレミアグッズまだ見つかってないの?」
「その件はもう解決しましたわ! もちろん犯人は社会から抹殺させていただきましたわ。おーほっほっほ」

 ローリエちゃん。めっちゃ悪い顔してて怖いよ。

「ってことは、今日は単純にグッズを買いに来たってこと?」
「ええ、今日という日をどれほど楽しみにしていたということか。ああ、愛しのモモシシちゃん。あなた達のグッズは買いつくしてあげますわよー!」

「わかるわかる。モモシシちゃん良いよね! 頑張ってね」
 
 モモちゃんとシシちゃん。『草木の町人』のキャラであり、鬼胡桃おにぐるみ 双葉ふたばちゃんによって作られたぬいぐるみ達だ。
 
 双葉ちゃんは『自分の作ったぬいぐるみに生命いのちと感情を与える』能力によって、この二人を可愛がり、共に戦っている。

 モモちゃんは兎、シシちゃんは虎。通常はぬいぐるみのままだけど、戦う時は獣化する。

 そして、双葉ちゃんは最初敵キャラで、主人公達をかなり苦しめるんだよね。
 でも、本当はすごく優しい子で戦いたくなんてなくて。自分の存在意義を見失っちゃってたんだっけ。それを見つけるために敵の手下になってたんだよね。

 最初の戦いでは双葉ちゃんは不利になって結局逃げちゃうけど、二回目では見事仲間に引き込むことができるんだよね。そしてその時の主人公の名言が……と、自分の世界に入り込んじゃった。
 
 いけないいけない。

 そういえば、私はまだ未来ちゃんと手をつないでいる。
 もう大丈夫だとは思うけど……。

 私は未来ちゃんに笑顔を見せてみる。
 でも、まだ未来ちゃんの手の震えは残っている。本当にどうしたんだろう。

「未来ちゃん、大丈夫? もしかして暑くて調子悪いとか」
「……大丈夫」

 未来ちゃん、いつもより口元に元気がないよ……。

「それよりあなたはいいと思うの?」
「え、何が?」
「みんながライブに行ってる間にローリエさんはグッズを買おうとしている」
「た、確かに! それは同じオタクとして許せないような」

 私はローリエちゃんのほうをまた向く。
 すると、ローリエちゃんはギクッと、一歩足を下げた。

「そ、それは……」
「ローリエちゃん! ローリエちゃんが運営側だとしても、やっぱグッズを買う権利はみんな平等であるべきだよ!」
「ギクギクッですわ!」

 私がローリエちゃんに軽く文句を言ってる時だった。突然未来ちゃんは言った。

「ローリエさんその茶番はもうやめて」
「え? 未来ちゃんどうしたの」
「あなたまだ気づいてないの?」

 え? どういうこと?

 ていうか……。なんでみんな急に真顔になってるの?
 あれ、またこの妙な雰囲気。

「あら、どういうことですの? 未来さん」

 ローリエちゃんは小さく首をかしげながら、不敵な笑みを浮かべていた。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.25 )
日時: 2021/11/21 11:32
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#目的は二つじゃない!』

 未来ちゃんは淡々と話を始めた。

「あなたがここに来た目的は二つだけじゃない」
「え、それってどういうこと? ローリエちゃんには他にも目的があるの?」

「ある」

 まるで確信しているかの物言いだった。
 なぜ未来ちゃんがそう思うのか。仮にそれが本当だとして、ローリエちゃんがその別の目的とやらを隠すことに何か意味はあるのか。

 何も分からず、私はただただ混乱する。

 そんな私を特に気に掛けることもなく、未来ちゃんは続ける。

「思えば違和感ばかりだった」

「違和感?」

 確かに、私もさっき少し感じたけど......。
 ええっと。そう、私の自己紹介のとき。

「ローリエさんあなたにいくつか質問がある」
「あら、なんですの?」

 ローリエちゃんは笑顔を崩さず、未来ちゃんに耳を向ける。
 『何か』を疑われているのに、満面の笑みを浮かべているのは少し気になるけど、まあ大したことではないか。

 小さな疑念は頭の片隅に置き、私も未来ちゃんの話を聞く。

「まずなんであなたはこの階でモモちゃんとシシちゃんを探しているの?」

「ああ、確かに、モモちゃんとシシちゃんがいるのって五階だよね。でも、この階に双葉ちゃんがいるから勘違いしたのかも」

「ええ、野花さんの言う通りですわ」

「イベント関係者がグッズの配置を知らないわけない」

 た、確かに!

「あらあら、勘違いも甚だしいですわね。わたくしの担当はあくまでもライブだけですわ」

「え?」

 私は思わずその場の雰囲気に合わない素っ頓狂な声を出してしまった。

 てっきりアニメイト内の運営を任されているから、ここにいると思ったのに。
 ならどうして、わざわざライブ会場から離れるんだろう。
 もしかして、本当に。

「じゃあここにいるのって、本当にモモシシちゃんを買うためだけってこと? じゃあ周りの黒服さん達がグッズの配置を知ってるのかな......あれ?」

 本当に何が何だか分からない。
 私は首をかしげて、自分の混乱を分かりやすく表現する。

 すると、今度は未来ちゃんが私の疑問に答えるかのように、さらに言葉を紡ぎだす。
 いつもの大人しい未来ちゃんとは、明らかに様子が違った。

「ローリエさんがここにいる時点で誰もグッズの配置を知らないということ」

「......」

 ローリエちゃんは何も言わずに、未来ちゃんの言葉を聞き続ける。
 それでも、決して可愛らしい笑みは崩さない。
 その笑みが余計に私の思考を乱す。
 反対に、未来ちゃんは鋭い口調をさらに尖らせていった。

「とてもライブの運営を任されているとは思えない行動だしかといって黒服さん達の人数は買い物の付き添いというにはあまりにも多すぎる」

 周りには無言で立ち続ける黒い服の集団。ここから見るだけでも五十人くらいはいそう。改めてその数の多さに身震いしてしまう。

 とりあえず、一旦情報を整理しよう。

 ローリエちゃんがここに来たのは、アニメイト内の運営と買い物のため。そう思ってたけど、ローリエちゃんの担当はライブの方で、つまりここに来たのは買い物のためだけってことになるんだけど。

 でも未来ちゃんは黒服さん達の人数が買い物をしに来たにはおかしいと......。えーーーと。

「つまり、どゆこと?」

 そんな単純な質問が、私の思考回路から脱線して飛び出してきた。

 それに対して、未来ちゃんも非常に簡潔な答えを返した。
 そして、その答えは、未来ちゃんが最初に言っていたことでもあった。

「ローリエさんがここに来た目的はまだ他にある」

「そうなの? ローリエちゃん」

 私が視線を移すと、そこには、小さくうつむいたローリエちゃんがいた。

 この張り詰めた空気と混乱に、私は少なからず不安を覚える。

 一瞬の静かな間。私がそれを打ち破ろうと、口を開こうとしたときだった。

 ──吹き出したような笑いが響いた。

 その正体は、口を大きくにやつかせたローリエちゃんだった。


「ふふふ、ふふふふ、おーほっほっほ! なかなかに面白い発想ですわね、未来さん。ですが、それも一つの茶番に過ぎないのですのよ」

「どういうこと? ローリエちゃん」

 手を口元に当て、高らかに笑うローリエちゃんに、私はまたシンプルな疑問を口にする。

「わたくし、一つ黙っていたことがありましたわ。あなた達、さっきの館内アナウンスは聞きまして?」

「うん、聞いたけど」

「言っていたでしょう。準備のために、アニメイトから出るようにと。そう、わたくし達は中に人が残っていないかの確認という目的を含めて、ここに来たのですわ! これも立派な『運営のため』でしょう?」

「あ、そっか」

 考えてみれば当たり前だった。黒服さん達がこんなにいることにも改めて納得をする。至極当然の返答に、私は首を大きく縦に振る。

 とりあえず、これで解決かな?

 ちらりと未来ちゃんの口元を見て、様子を確認する。しかし、私にはそれだけで未来ちゃんの気持ちを汲み取る技能はまだなく、結局言葉で尋ねた。

「未来ちゃん、これで大丈夫? ローリエちゃんに別の目的なんてないと思うけど」

「私は複数質問があると言った」

 どうやらまだ納得してないようだった。未来ちゃんの強く鋭い言葉に私は思わず、ごめんと呟いた。

「これ以上は長くなりそうだしあと一つだけ質問をする」

「構いませんわ」

 ローリエちゃんは肩をすくめて、余裕げにしている。

 未来ちゃんが何を言おうとしているのか、私には分からない。
 だけど、次の質問も何事もなく、すぐに解決して終わるだろう。そう思っていた。が、未来ちゃんが口にした言葉は、少し衝撃的なものだった。

「あなたはなぜ私たちの自己紹介前から『野花』という名前を口にしていたの」

 ......。

「あ」

 私の喉からまた、自然と声が出た。いや、出てしまった。

 未来ちゃんの質問が、私が自己紹介のとき感じていた違和感を、明確な疑惑に変えた。

 そうだ、そうだ。確かにローリエちゃんが私の名前を。いつだっけ?

 お、思い出せ、私!

 私は、頼りない記憶の引き出しをひたすらに開けては中身をひっくり返す。一つの記憶を見つけるために。
 
 そしてついに、ひっくり返って落ちていく記憶の一つが、直接脳に流れ込んできた。

「ちょっとおおおおお! しつ! なぜあなたまで悪ノリをしているのですのー! 『野花』さんも今絶対笑おうとしてましたわよね!? ──」

 お、思い出した! ローリエちゃんは私の名前、もう知ってたんだ。

 あれ? でもそれだけなら別に、

「別におかしくはないと思いますけれど。接点はなくとも、名前を知る手段なんていくらでもありますわよ。ましてや同じ高校に通っているのですから」

 そうだよね。そんなこと言ったらかえでなんて、学年全員の名前覚えてるし。まあ楓の場合は、全員と接点があるのかもしれないけど。
 

 でも、確かに私は違和感を感じたんだ。なんだろう、まだ何かが足りない気がする。


「確かにそうかもしれない」

 未来ちゃんはローリエちゃんのいかなる反論にも、その口を止めることはない。
 既に、次に言うことが決まっているかのように。
 
「あなたが名前を知っているだけなら何もおかしくはなかった」

 未来ちゃんは淡々と、ただ淡々と言葉を紡ぎだす。

「問題なのはあなたが野花の名前を口にしたときに本当に合っているかの確認を本人にしなかったこと」

「あら、そんなのは言いがかり──」

「そして」

 ローリエちゃんの言葉を遮り、未来ちゃんはただ、ただ言葉を発する。

「あなたの執事さんまでもが野花の名前を口にしていたこと」

 そのとき、私の胸の中の違和感わだかまりが、綺麗に溶けていくのを感じた。
 そして、溶けきった違和感の中にもう一つの記憶。

「はっ、お嬢様。いいですか『野花様』。お嬢様はご自身の身長の低さをかなり気にしておられます。──」

 それは執事さんの言葉。私の名前を添えた綺麗な声色の記憶。

 どうして、私の名前を執事さんも知っているんだろう。

 私って、もしかして、有名人!?

「残念ながら野花は学校で目立つようなことはしていない」

 未来ちゃんに速攻で否定された......。

「それにも関わらずあなた達は知っているまるでそれが当然かのように」

「......」

 未来ちゃんは口を閉ざした。ローリエちゃんの返答を待っているようだ。
 でも、肝心のローリエちゃんは顔から笑みを消して、何も言わずに黙っている。
 この雰囲気の中で私も何を言えばいいか分からず、口をつぐむ。
 執事さんも、周りの黒服さん達も、ずっと目を閉じて、ただ立っているだけ。

 必然的に生まれる静寂。

 この無音の空間は、明らかに、悪い未来みらいを告げている。
 それが、私には分かってしまった。

 この静かさは続いた方がいいのか、悪いのか。
 私にはもう分からない。

 ただ、当たり前だが、この時間がいつまでも続くわけはない。
 また、言葉が響く。

「思えば違和感ばかりだった」

 ローリエちゃんが何も喋らないからか、未来ちゃんが再び言葉を発した。それは静寂を破るのと同時に、ローリエちゃんに追い打ちをかけるものでもあった。

「偶然私たちはアニメイト内に残されて
 偶然私たちは鉢合わせて
 偶然そこにあなたがやってきて
 偶然ぶつかって
 偶然あなたも執事さんも野花の名前を知っていた」

 確かに、今までの出来事は偶然だ。
 でも、未来ちゃんはそれをまるで、
 ──必然とでも言いたいようだった。

「ローリエさん答えてあなたがここに来た別の目的を」

 すると、今まで黙っていたローリエちゃんもついに、口を開いて、

 笑った。

「おーっほっほっほっほっほっほ!!! 素晴らしい、素晴らしいですわ! 未来さんったらとても賢いのですわね。そんな細かいことにまで目を向けているなんて! まるで、『最初からわたくしが何かを隠していることを知っていたみたい』ですわね」

「え、それって」

「ええ、未来さんの言う通り、私には第三の目的がありますの」

 私は途端に全身に寒気を感じる。もしかしたら、薄々分かっていたのかもしれない。それでもそんなこと、考えたくなかったのかな。

 未来ちゃんは第三の目的を聞く前にさらに言葉を加える。

「おそらく野花にぶつかったのは私たちをアニメイトの中にとどまらせるため
 中に人がいないか確認しているのはライブの運営のためだけじゃなくてこれから始めようとしている『第三の目的』のための邪魔者がいないかの確認のため
 長い雑談もその時間稼ぎ」

 それを聞いて、青ざめる私とは対照的に、ローリエちゃんは輝く笑顔を見せる。

「すごいですわ! そこまで分かってしまうなんて! おーほっほっほ。これはもう言い逃れもさせてくれませんわね。いいでしょう。教えて差し上げますわ! わたくしがここに来た第三の目的を!」

 これが、私の穏やかな高校生活の終わりを告げる、すべての始まり。

 もう戻ることはできない。
 それが私に向けられた『強い意志』だから。
 決して拒めない。私は受け入れるしかない。

 この、恐ろしく不思議な運命を。

「わたくし姫路ローリエは





 ──あなたたちの推しを暴きに参りましたわ」

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.26 )
日時: 2021/12/30 13:08
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#さすがにこれは落ち着けない!』 

「わたくしがここに来たのは、最初からあなた達の推しを暴くためだけですわ。ねえ? 『未公表派』の野花さんと未来さん」

「え、モモシシちゃんのグッズを買いに来たっていうのは?」

「嘘、ですわよ。わたくしはあなた達の推しを暴く、ただそれだけのためにここに来た。それだけのために今日のイベントを開催しましたの。すごいでしょう? これが姫宮財閥の令嬢の力ですわ!」

 私たちの推しを暴くためにこのイベントが開かれたって。え、え、え?
 
 こんな大勢の人が集まるイベントの発端が私たち?
 どうして? 意味が分かんないよ!

「えっと、つまり......ローリエちゃんは、私たちは......だから......それは」

 私はただ頭を抱えて、自分でもよく分からない言葉をぶつぶつと呟くしかなかった。
 そうでもしないと、思考が完全に停止してしまう。

 そんな私を鼻で笑って、ローリエちゃんは続ける。

「さらに、あなた達二人だけをアニメイトの中に残すためにわざわざライブまで開いてさしあげましたのよ。おーっほっほっほ!」

「ライブに向かう人波から私たちを押し出したのはローリエさん達ね」

 私とは正反対に、未来ちゃんは冷静さを保っている。
 
 どうして、そんなに平気でいられるの?

「あら、大正解ですわ。人波に流されるあなた達二人が近づいたら、人波から押し出し、鉢合わせをさせる。そしてわたくしが野花さんにぶつかることで、ここにとどめる。あとは、茶番で時間稼ぎをして、推しを暴く邪魔者がいないかを確認するだけですわ」

「じゃあじゃあ、運営のために、アニメイトの中に人がいないかの確認っていうのも嘘なの?」

 言葉に出してから気づく。自分の質問が的外れであることを。

「愚問ですわね。中に人がいないかの確認は、運営のためでもあり、邪魔者の排除のためでもありますのよ」

「あ、うん......」

 完全に冷静さを失っている。私はとりあえず、深呼吸をした。
 
 落ち着いて、落ち着いて。

「ふぅう、はぁあ」

 そんな私を見てか、またローリエちゃんはクスクスと笑っている。

「混乱してしまうのも無理ありませんわね、ふふっ」

 私はとにかく深呼吸を続ける。

 すると、私の背中に温かい感触が広がった。とても落ち着く。
 
 見ると、未来ちゃんが私の背中をさすってくれていた。

「落ち着いて」

 相変わらず低く冷たい口調だった。でも、なぜか、逆に安心してしまう。

「ありがとう、未来ちゃん。もう大丈夫だよ」

 小さく笑ってみせる。だが、未来ちゃんは特に反応を見せず、そう、と一言呟いて、手を離した。

 私はじっとローリエちゃんの目を見て、言った。

「どうして、そんなことをするの?」

 そんな純粋な疑問が私の口からこぼれる。
 
 私の推しがバレれば、キラキラな高校生活がまもなく終わりを告げる。
 そしてまさに私の、いや、私たちの推しを暴こうとする存在が目の前にいる。
 この妙な静けさのある空間の中で、一人だけ微笑んでいる。それも無邪気な幼い子供のように。
 
 そして、あどけない笑顔を保ったまま、ローリエちゃんは言葉を返した。

「簡単に言えば、『復讐、そして恩返し』ですわ。あなた達がこの意味を知る必要はありませんわよ」

 幼い笑顔には似合わない言葉が並ぶ。意味は分からないけど、それはいい。私が聞きたいのは一つだけ。

「それは、本気? 心からの想い?」

「ええ。嘘偽りの一つもございませんわ」

 ああ、本当のことを言っている。ローリエちゃんの目を見れば分かる。とてもまっすぐな瞳だ。でも、『無理やりにそうさせられている』ようにも見えた。

 私にはそれがなんだか分からないけど、ローリエちゃんが、自分から本気だと言っているんだ。私はそれを信じるしかない。

 そして、ローリエちゃんが本気なら、強い意志があるなら、私はそれを受け入れる。

「分かった。で、どうやって、私たちの推しを暴くつもりなの?」

「あら、急に物分かりがよくなりましたわね。まあいいですわ。推しを暴くと言っても、ただ脅すだけでは面白くありませんわ。だから、とあるゲームを考えてきましたの」

「ゲーム?」

 なんだか、すごいことになりそうだ。
 未来ちゃんは最初から予想がついてるっぽいけど。

 私はローリエちゃんに耳を向ける。
 
 すると突然、ローリエちゃんは髪を大きくなびかせて、左手を腰に当て、右手で私たちを指さし、靴で床を叩く。

 さらには大きく息を吸い、とびっきりの決め顔で、言葉を放った。

「あなた達には、私たちとアニメイトで、鬼ごっこをしてもらいますわ!!!!」

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.27 )
日時: 2021/12/30 17:50
名前: りゅ (ID: B7nGYbP1)

閲覧500突破!!おめでとうございます!(*'▽')
執筆頑張って下さい!( *´艸`)

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.28 )
日時: 2022/02/05 16:09
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 >>27

 りゅさん。またまたありがとうございます!

 これからも『推しはむやみに話さない!』をよろしくお願いします。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.29 )
日時: 2022/02/05 16:11
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#それでも未来ちゃんは受け入れない!』

「ちょっと待って」

 ローリエちゃんの言葉の直後、未来ちゃんが言った。

「わ、わたくしの折角の決めゼリフが!」

 今の決めゼリフだったんだ......。

 決めゼリフに横槍を入れられて悔しいのか、大きく頬を膨らませている。
 ついさっきまで存在した闇のようなものは、完全に消え、幼さと可愛さだけがローリエちゃんの顔に残っていた。

「私はあなたのゲームに参加するなんて一言も言っていない」

 確かに、ローリエちゃんが推しを暴くことを受け入れたのは私だけ。
 未来ちゃんはアニメイトに誘った時から一貫してそれを嫌っている。

「第一私たちがゲームに参加する理由がない」

 未来ちゃんの言う通りだ。私たちがローリエちゃんのいうゲームに参加する意味は全くない。
 嫌だと言えばそれでいいのかも知れない。無理やり暴くなんてことも出来ないと思う。

 ただ、ローリエちゃんにその言葉は想定済みらしい。
 ローリエちゃんは上目遣いでこちらを見つめて言った。

「んー、まあ、至極当たり前な考えですわね。むしろ野花さんが簡単に受け入れたほうが驚きですわ」

「ローリエちゃんが本気で推しを暴くつもりなら、私は受け入れるよ」

 私は正々堂々と立ち向かうことを伝える。ローリエちゃんも私に強い意志を返した。
 未来ちゃんにはそれが信じられないようだ。

「私は野花のように甘くない下手な茶番には付き合えない」

 そりゃそっか。未来ちゃんが嫌ならそれでいいと思う。そもそも今、未来ちゃんが巻き込まれているのは私のせいなんだ。だから私一人が頑張ればいい。

 そんなことを考えていると、突然ローリエちゃんは笑った。わざとらしく、大きな声で。

「おーっほっほっほ! 未来さん。確かにあなた達がゲームに参加するメリットなんてないですわ! なら──参加しなかった時のデメリットを作ればいいだけですわ! おーっほっほっほ!」

 デメリット? どういうこと?

 可愛らしい声から発せられる残酷な言葉に、未来ちゃんの口がわずかに開いていた。
 だがどうやら、私のほうが激しく焦りを見せていたらしい。

「あらあら野花さん。あなたはゲームに参加するのですから、そんな慌てる必要はありませんわよ?」

「ロ、ローリエちゃん! デメリットは私が受けるから、未来ちゃんは解放してくれない?」

「野花......」

 私が誘ったせいで、未来ちゃんの推しが暴かれるなんてことあっちゃだめだ。

 未来ちゃんが何か言おうとしたが、その前に私が言葉を放つ。
 
「未来ちゃん大丈夫だよ! 私一人でも頑張るから!」

 その時だった。ローリエちゃんが私にとびっきりの笑顔を見せた。

 もしかして私のお願い、聞き入れてくれたのかな!

 だけど、その希望はすぐ裏切られることとなる。

「あら、野花さん。未来さん一人がデメリットを受ける心配なんて必要ありませんわ。デメリットを受けるのは、今日このイベントに来た人達、全員ですのよ! 『デメリット、みんなで受ければ痛くない』ですわね!」

「へ? どういうこと?」

「これもまた簡単な話ですわ」

 そう言って告げられたデメリットの内容は、あまりにも簡単とは言い難いものだった。

「あなた達がゲーム参加を拒否すれば、今日は誰もこのアニメイトに入れない、ライブも緊急終了。要するに今日のイベントは、お・し・ま・いですわ!」

「そ、そんな......。そんなのって!」

「嫌なら未来さんもゲームに参加すればいいだけですわよ。そうすれば今日のイベントは大成功ですわね!」

「み、未来ちゃん。どうする?」

 そう口にしてから気づく。今の私の言葉には、『未来ちゃんにゲームに参加してほしい』という意味が込められていることを。

 私は、未来ちゃん一人よりも、今日アニメイトに来た多くの人を優先させた。
 それが私の結論なのだ。
 友達に対して、あまりにもひどいことを言ってしまった。

 そうして自分を心の中で戒めながら、それでも私は期待してしまう。
 未来ちゃんの『イエス』の一言を。

 私は、私は最低だ......。
 
 未来ちゃんは考える素振りを少しも見せずに、そしてはっきりと言う。

「私はゲームに参加しない」

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.30 )
日時: 2022/05/15 01:48
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#みんなは私に変えられない!』

 未来ちゃんはゲームの参加を断るとすぐに、ローリエちゃんに背を向ける。

「それで出口はどこもう帰りたい」
「あら残念ですわ。それならそこをまっすぐ行って、突き当たりを右に行けば非常口がありますわ。一階はライブの準備に使っていますから、そちらから出てくださいな」

 ローリエちゃんは特に焦りもせず、出口への道のりを告げた。
 その可愛い顔に浮かぶイタズラっぽい笑みからはむしろ余裕があるようにも見えた。

 未来ちゃんがこのまま行っちゃえば今日のイベントは終わるのかな。本当にそんなことがありえるの?
 私たちの推しを暴くためだけにイベントが開かれたっていうのもなかなか信じがたい。でも本当にそうなんだとしたら……。

「未来ちゃん!」
「……なに?」
「あ、えっと」

 私は知っている。今日ここに来た多くの人がイベントを楽しみにしてたこと。私だってその一人。
 たとえイベントの発端が私たちでも、私たちがそれを勝手におしまいにしていいの?

 ああ、私って自分勝手。それでも。

「お願い未来ちゃん。ゲーム、参加してほしい! ごめん。ほんと最低だよね。でも私、今日のイベントをみんなで楽しみたい!」
「悪いけど無理私は推しがバレたくない」

 未来ちゃんは非常口に向かう足を止めない。
 未来ちゃんは本気で推しを隠したいんだな。もちろん私だってそうだ。

「なら勝てばいいよ!」
「ゲーム内容も分からないのに?」
「うっ」
「私たちの推しを暴くことが目的のゲームに他人のために参加すること自体おかしい」

 未来ちゃんの言い分はなにも間違ってない。私がバカなだけなんだ。
 やっぱり私一人だけがゲームに参加できればいいんだけど……。

 ローリエちゃんに視線をまっすぐ飛ばし、もう一度お願いしようとしたそのとき、ローリエちゃんがわざとらしく声を響かせた。

「そうそう。さっきからずーーっと気になってましたけれど、未来さんは両目を前髪で隠してますわよねぇ。一体どんな瞳なのか、わたくしとても気になりますわ!」

 すると、未来ちゃんの体がピタッと止まって、なにやら小声で囁いた。

「そういうことね……」

 急にどうしたんだろう? 目って。
 
 未来ちゃんは体を反転して私とローリエちゃんを見ると、無表情を保ったまま言った。

「分かった私もゲームに参加する」
「ええ!? 急になんで?」
「野花黙って」
「へ? ごめん」

 まさかの展開に私は驚きが隠せない。
 理由はあまり聞かない方がよさそうだな。でもこれで。

「では二人ともわたくしのゲームに参加しますのね? 嬉しいですわ。ではさっそく今すぐ始めましょう! しつ!」
「はっ、お嬢様。それでは私からゲーム内容を説明させていただきますぞ」

 ピンク色のドレスを揺らしながらローリエちゃんは執事さんを指差し、それに呼応して執事さんが端正に腰を折った。

「今回のゲームはさきほどお嬢様がおっしゃった通り、鬼ごっこですぞ。しかし、ただの鬼ごっこではありません。なんと、互いが互いを追いかける、つまり鬼と逃走者の区別がない変則鬼ごっこですぞ!」

 え、面白そう……ってなに考えてんだ私!
 これは私の、私たちの推しをかけた命がけならぬ推しがけの闘いなんだ! 気を引きしめないと。

 未来ちゃんを横目で見るとなぜかまた深いため息をついていた。今日はため息多いな未来ちゃん。
 私のせいか。

 執事さんはコホンと咳をすると、思い切り両手を広げた。

「お嬢様考案! 互いに相手の背中を追いかける鬼ごっこ! その名も──」

「『背後鬼』ですわーーーーー!!」

 執事さんのセリフを横取りしてローリエちゃんが小鳥のさえずりのように高らかに叫んだ。
 腹話術エコー芸を使わなくても、その可愛らしい声が壁や床に反響している。

 そして、キラキラクリクリの瞳を惜しみ無く放つその姿は、なんというかとても楽しそうだった。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.31 )
日時: 2022/05/30 13:47
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#ルール説明は短くない!①』

 私たちはローリエちゃんと執事さんに連れられ、エリアを移動した。ここは……。

「ファッションエリア?」
「はい。ここで背後鬼を行いますぞ」

 ここでは『草木の町人』に登場する服やアクセサリ、キャラそのものがプリントされたもの、キャラそれぞれが持つイメージカラーやモチーフの植物に沿ったものなどが売られている。
 忘れてしまいそうだけどここはアニメイトだ。

 それにしても、前に来たときと比べて内装がなんか変わってるような?
 単純にイベントの日だから?
 あと、周りにずっと黒服さんたちがいて怖い……。

「それではルールの説明を致しますぞ」
「は、はい!」

 緊張のせいか、私は思わず背を伸ばしてしまう。
 未来ちゃんは相変わらず落ち着いていて、とても頼もしい。

「未来ちゃんも参加してくれてありがとうね」
「別にいちいち気にしないで」

 相変わらずの低い口調だ。もしかしたら未来ちゃんには別の参加動機があるのかもしれない。それでも、ゲームが終わったら巻き込んじゃったことをもう一度ちゃんと謝ろう。
 そのためには絶対に勝たないとね。

「早速お二人にあれを」

 執事さんがそう言うと、私の右横にいた黒服さんが黒くて小さなシールのようなものを渡してきた。未来ちゃんも別の人からもらっている。

「それを手の甲に貼って下さいですぞ」

 私と未来ちゃんは言われた通り、右手の甲に黒いシールを貼る。
 一見ただのシールにしか見えないけど。

「それは超高性能センサー。お二人の背中がタッチされるとそのセンサーが感知しますぞ」
「すごい本格的!」
「当然ですわ! 財閥パワー見せつけたりですわ!」

 ローリエちゃんがどやどやとしたり顔をしていた。
 これが、財閥……!

「まずこの背後鬼の特殊なところは、鬼と逃げる側の区別がないことですぞ。つまり互いに互いを追いかける、鬼しかいない鬼ごっこということですぞ」

「うーん。でもそれだと鬼ごっこが成り立たないような? 鬼同士が近づいたらただ手を伸ばしあって、先に相手に触れたら勝ちってなるだけだし。それに人数的に考えてもそっちが圧倒的有利です」

「そうならないようにしているのでご安心をですぞ」
「ご安心をですわ」

 執事さんとローリエちゃんが一緒になって腰に手を当て、得意気になる。

「まずこれは背後鬼。つまり相手の背中をタッチしなければいけませんぞ。さらに、相手をタッチする前には『タッチ!』と声に出さなければいけませんぞ。この条件で相手をタッチするには」

「不意討ちするしかない」

 未来ちゃんが答えた。
 なるほど! 背中からしかタッチできないから相手を正面から追えない。たとえ相手の背後に回れても、声を出すタイミングが早すぎたら、相手に振り向かれてタッチできなくなっちゃうんだ。
 頭イイー。

「一度『タッチ!』と言ったら、二秒以内に相手をタッチをしなければなりませんぞ。その後三十秒経つまでは、もう一度タッチすることも出来なくなりますぞ」
「無論、その間は『タッチ!』と言っても無意味ですわ」

 いつのまにかローリエちゃんも一緒に説明する流れになってる。
 なんか面白いルール説明だ。

「何度も連続でタッチすることはできないってことね」
「その通りですぞ」「ですわ!」

 やっぱ不意討ちしか方法がないのか。

「ちなみに、不意討ちの方法は?」
「自分で考えなさい!」
「ですよねー」

 うーん。どうすればいいんだろう?
 私は大袈裟に首をかしげて見せたが、問答無用でルール説明は続く。ひどい!

「ちゃんと『タッチ!』と声にしたのか、背中に触れたのか。それを確認するのがそのシールのセンサーですぞ」

 私は改めて自分の手の甲のそれを見る。

「こんなにちっちゃいのにすごい」
「財閥パワー見せつけたりですわ!」

 これが財閥……!

 どうやら執事さんとローリエちゃんの手にも同じものが貼られているようだ。

「一定以上の声量を出せばそのシールが青に変色しますぞ。それから二秒以内に相手をタッチできれば、館内の至るところにあるスピーカーからブザーが鳴りますぞ」

 ああ、やけにスピーカーが多いと思ったらそういうことだったんだ。

 執事さんに言われ、私は試しにやってみる。

「タッチ」

 ……反応しない。いつも通りの声の大きさだとだめらしい。

「タッチ! あっ」

 少し声量を上げると、黒いシールが青くなった。すご!
 私は急いで執事さんの背中をタッチした。すると……。

《ビッビーーーーーー》《ビッビーーーーーー》
  《ビッビーーーーーー》

 近くのスピーカーから一斉にブザーが鳴った。
 
「す、すごい!」
「ちなみに、私たちがタッチされたときはビッビーと二回鳴りますが、野花様と未来様がタッチされたときはビーと一回鳴りますぞ。もちろんセンサーは本人の声以外には反応しませんぞ。未来様のシールは青くならなかったでしょう?」

「ええ」

 未来ちゃんが小さく頷く。どうやら不正はできないらしい。

「……と。これが『基本』ルールですぞ。要するに声を出してから相手の背中をタッチするだけですぞ」
「以外と簡単そう? でも、私たち二人でローリエちゃんと執事さん、それに黒服さんを相手にするんだよね。うぅ」

「ああ、お二人が相手するのは実質二人。お嬢様と私ですぞ」
「え? そうなんですか?」
「ええ。ペア戦ですぞ」

 え、本当にフェアなゲームなの?
 いや、まだなんかありそうだなあ。

 だってローリエちゃんも執事さんも二ヤついてる。

「えっと、周りの黒服さんたちは?」

「彼らは」
「黒ずくめの組織ですわーーーーー! 正解はいつもおぉ!」
「お嬢様、違いますぞ!」
「間違えましたわ。失敬失敬ですわ! 見た目は大人! 頭脳も大人! その名もぉ!」
「だから違いますぞ! お二人とも申し訳ありません。お嬢様はテンションが上がっておられるのですぞ」

 執事さんが手を端正にパチっと鳴らすと、ローリエちゃんは我にかえる。

「……少し興奮してしまいましたわ」
「大丈夫だよ。ローリエちゃんといるだけで楽ししいし」
「えっ……」

 はっ! 今はローリエちゃんとは闘う相手なんだ。私おかしなこと言っちゃったかも。でも、本心だし。

 あっ! そうだいいこと思い付いた!

 ややっ! みんな私のほう見てる! と、とりあえず。

「説明の続きをどぞ!」
「このお人好し」
「あ、あはは」

 未来ちゃん視線が怖い……。目見えないけど。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.32 )
日時: 2022/05/30 23:10
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#ルール説明は短くない!②』

 執事さんがまた一息ついて、説明を再開した。

「背後鬼はこのファッションエリアの二階から六階まででの範囲で行いますぞ。またスタッフ以外立ち入り禁止の部屋やお手洗いの個室などには入らないように」
「え! トイレは!?」
「行きたいなら今のうちに。長い戦いになりますぞ」
「い、行ってきます!」

 私は小走りでトイレに向かう。さすがにトイレまでは黒服さんたちはついてこないようだ。ただ、このまま逃げるのは難しい気がする。もしかしたらシールにGPSみたいなのがあるかもしれない。もちろん、逃げる気なんてない。
 私はこれに勝って、ローリエちゃんと友達になるんだ。我ながら天才的な思いつき!

 道中、私は改めてあたりを見渡す。
 やっぱりなにかおかしい。
 いつもと違うのは……あっ! 洋服の並びだ!

 洋服の位置関係がバラバラになっていて、移動するとき、何度も曲がらなきゃいけない。
 それだけじゃない。洋服の位置が高くなっている。正確には並んでる洋服の上にもう一段洋服が並んでいる。
 洋服の間に隙間はほぼなくて壁みたいだ。

 多分、背後鬼のため?

 トイレを済ませ、私はみんなの場所に戻る。早速今のことを聞いてみた。

「背後鬼の肝となる不意討ちをしやすくするために、服の並びはあえて複雑にしておりますぞ。高いところにも洋服があるのは、背の高い私もしっかり隠れるようにするためですぞ」

 なるほど~。私は大きく頷きながらローリエちゃんの方を見る。

「なんですの! 私の背が低いと言いたいんですの! キーー!」
「な、なんで分かったの」
「ギイイー! くたばれですわ!」

 ローリエちゃんは右左とリズムよく地団駄を踏んだ。かわいい。

「では、対戦形式について話していきますぞ」

 私たちも真面目に耳を傾ける。

「背後鬼はペア戦。お嬢様と私のペア、野花様と未来様のペアで対戦しますぞ。基本ルールは先ほど説明した通り。加えて、私にだけ黒服との通信特権が与えられますぞ」
「な、何だって!」

 よく分かんないけどなんかヤバそうだ。

「エリア内の各コーナーには黒服を二人ずつ配置しますぞ。彼らは近くに野花様と未来様お二人の姿を発見したとき、この小型通信機で私に居場所を知らせますぞ」

 そういうと、執事さんは胸もとのポケットに差し込まれたものを私たちに見せた。まん丸の形をした本当に小さな通信機だ。
 ローリエちゃんの話によるとこれも高性能で、通信の雑音が一切なく、通信相手が『まるでその場にいるかのように』聞こえるらしい。音量の調節もできるし耳や服のどこにでも付けられるしと大盤振る舞いだ。

「こんなに黒服さんがたくさんいた理由がそれかぁ」

 ここではコーナーで服とかの種類が分けられている。ドレスコーナー、幼児服コーナー、かつらコーナーって感じだ。
 だからコーナーごとに二人配置となったらそれだけでたくさん黒服さんがいるってことだと思う。

「その黒服さんたちが私たちの動きを邪魔する可能性がある私たちの居場所だけでなくどこに逃げたか伝えられる可能性があるこっちに勝ち目がない」

 未来ちゃんが言った。確かに、これだと勝つのはほぼ無理だ。

「あくまで黒服が伝えるのはそのコーナーに野花様が来たか、未来様が来たか、または二人とも来たのか。それだけですぞ。コーナー外にお二人を見つけても、通信はできませんし、お二人の邪魔もできませんぞ。ゲーム中はどこか一点で静止して、その場から動くこともありませんぞ」

「なんかこんがらがってきた。未来ちゃんはわかる?」
「一応理解はしてる」
「さすが!」

 私が未来ちゃんに親指を立てると、そっぽ向かれた。悲しい。

「あれ、そういえばローリエちゃんには通信特権ないんだ」
「ええ、しつだけですわ。ですからわたくしとしつがバラバラになっても、お互いの居場所を確認できませんわね」
「執事さんだけが特権持ちなのか」

 執事さんをはやめになんとかしないとまずそうだ。
 すると、未来ちゃんは続けざまに言った。

「監視カメラがあるでしょあなたたちはこっそり使うこともできる」
「見くびられたものですわね。ゲームをつまらなくする美しくない不正を私たちがするわけなくってよ! ファサア」

 久々のファサア来たー! さすがだよ天使ロリエルちゃん。

「今野花さん変なこと考えませんでしたこと?」
「考えてない考えてない」

 とりあえずそういう面での心配はいらないらしい。なんだかんだ優しいんだね。未来ちゃんも一応納得したらしい。
 執事さんが様子を見てまた話し出す。

「さて、最後に二つのペアそれぞれの勝利条件についてですぞ」
「それぞれ? 勝利条件が違うの?」

「まず私たちの勝利条件は制限時間九十分以内に野花様と未来様お二人をタッチすることですぞ」
「え!? 九十分って長!」

 本当に長い戦いだ。気を引き締めないと。

「そして、お二人の勝利条件はローリエお嬢様のタッチ、または制限時間九十分を過ぎることですぞ」
「あれ、私たち有利?」
「執事さんに通信特権がある分それくらいあって当然」
「そっか」

 そもそも不意討ちが大事なこのゲームで居場所がバレるのはでかいもんね。執事さんを相手にしなくていいなんて、このゲーム勝てる!

「全力でお嬢様を守り抜きますのでご承知をですぞ」

 このゲーム負ける!

 なんてだめだ。絶対に勝つんだ!

「タッチされたらゲームの退場が決定し、それは私とて例外ではありませんぞ。つまり、制限時間内の野花様と未来様の退場で私たちの勝ち。制限時間内のローリエ様の退場または時間切れがお二人の勝ちとなりますぞ」

「なんとなく分かったような分からないような」
「あとでもう一度まとめて説明しますぞ」
「よ、良かった」

 私はホッと胸を撫で下ろす。

「ふふっ。もう一つ大事なことがありますわ」
「え?」

 ローリエちゃんが不敵な笑みを浮かべて、上目遣いになる。なんだろう?

「それはリタイアですわ」
「リタイア?」
「ええ。あなたたちが二人生き残っているとき、どちらか一人が自分の推しを暴露して退場できますわ」

 そんな! そんなこと!

「そんなことするわけない!」
「一人が退場リタイアすると、制限時間が二十分短縮されますわ」
「え?」
「つまり私たちが勝ちやすくなる」
「そういうことですわ」

 未来ちゃんにローリエちゃんが可愛らしく相づちを打つ。その天使の笑顔がたまに怖くなる。

 絶対にリタイアなんてありえない。

「未来ちゃん。頑張ろう!」
「ええ」

 いつもの冷めた低い口調に少し熱を感じた。未来ちゃんもやる気だ。私たちは勝って推しの秘密を守り抜く。そしてローリエちゃんと友達になるんだ!

 私たち、頑張ります!

「それではルールのまとめですぞ」

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.33 )
日時: 2022/06/03 14:18
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#背後鬼ルールまとめ!』

 ・対戦形式

 野花&未来ペアとローリエ&執事ペア(with黒服)のペア戦。ゲーム時間は九十分。
 範囲は夕星アニメイトファッションエリアの二階から六階まで。一部立ち入り禁止。
 館内は背後鬼用に服の並びを変えている。

 ・背後鬼とは

 互いに相手のペアの背中を追いかける鬼ごっこ。両方のペアが鬼でもあり、逃走者でもあるということ。

 ・基本ルール 

 簡単に言うと、「タッチ!」と声を出してから相手の背中をタッチすればよい。

 ただし、「タッチ!」と宣言してから二秒以内に相手の背中をタッチする必要がある。また、その三十秒後までは再びタッチができなくなる。
 声は手の甲の黒のシールセンサーが青に変色する大きさで。

 タッチ成功で館内にいくつか設置されたスピーカーからブザーが鳴る。
 執事またはローリエがタッチされたら「ビッビー」と二回、野花または未来がタッチされたら「ビー」と一回鳴る。

 タッチされた人はエリアから退場。ゲーム終了まで別所で待つ。

 ・特権ルール

 1:執事のみ通信特権を持つ。
 各コーナーには黒服が二人ずつ配置されている。
 野花か未来、またはその両方の姿を担当するコーナーで発見した黒服は『○○コーナーで△△を発見した』と小型通信機で執事に伝える。
 黒服はみなそれぞれの地点で静止し、通信すること以外でのゲームへの関与は不可。

 2:野花と未来はリタイア特権を持つ。
 使えるのは二人とも退場してないときのみ。一人が自分の推しを暴露して退場するのと引き換えにゲーム時間を二十分減らす。

 ・それぞれの勝利条件

 ローリエ&執事ペア
 ゲーム時間内の野花、未来二人のタッチ及び退場

 野花&未来ペア
 ゲーム時間内のローリエのタッチ及び退場
 またはゲーム時間九十分の経過

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.34 )
日時: 2022/06/18 17:39
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#この勝負は負けられない!』

「さて、ルール説明はおしまいですぞ。ご理解されましたかぞ?」
「は、はい。多分だいじょぶです!」

 緊張と不安で体をギクシャクとさせながら、私は全身でうなづく。
 やっぱちょっと不安。ゲーム中にルールを忘れたらどうしよう。いやいや、最初から気持ちで負けてちゃだめだ私。ローリエちゃんたちが有利でも絶対に勝つ!

「ああ、それと」
「は、ハイイイイィイ!!」

 突然の執事さんの声にびっくりして、思わず背筋を大きく反らしてしまった。
 未来ちゃんはため息こそつかないものの、呆れ声を放つ。

「野花落ち着いて」
「はいぃ……」

 落ち着け私。はいまずは深呼吸。スーハースーハー。 
 そのまま胸に手を当て心臓の鼓動を沈めてから、執事さんの話を聞く。

「背後鬼を始める前にこれをどうぞですぞ」

 執事さんが何かを手のひらに乗せ、整った動きで私と未来ちゃんにそれを渡した。

「えっと、腕時計?」

 白と黒のコントラストをなす、一見普通の腕時計だ。でも、今までの流れから考えるともしかして!

「超高性能腕時計!?」
「ただの腕時計ですぞ」
「え?」
「時間を確認するためのただの腕時計ですぞ」
「そ、そうですか……」

 なんだかちょっぴり残念。それに私もう自分の持ってるんだよね。
 私は右腕の服の袖をまくって自分の腕時計を執事さんに見せる。『草木の町人』の永音、美知留ちゃん、双葉ちゃんがデザインされていて、ベルト部分は白く、ケースは薄い桃色の可愛らしい時計だ。

 そして、執事さんからの腕時計は未来ちゃんだけがつけることになった。
 ローリエちゃんは指先を唇にそわせながらいたずらっ子のようににやける。

「時間確認はこまめにするのをおすすめしますわ。『リタイアするタイミング』が大切でしょう?」
「リタイアなんてしないからね! ね、未来ちゃんも」

 私が振り向くと未来ちゃんはまたため息をついていた。

「未来ちゃん大丈夫?」
「……ええ」

 まだ具合悪いのかな? 未来ちゃんを巻き込んだ以上、私がいっぱい頑張らないと。

 腕時計の話が終わると、執事さんは私たちに手を差し出した。勝負前の握手?

「お二人の荷物をお預かりしますぞ」
「え!」
「どうかしましたかぞ?」
「え、えっと~」
 
 それってまさか、私のリュックサックを預かるってことだよね。まずいぞ。

「はい」
「未来ちゃん渡しちゃうの!?」
「さすがにものを盗むことはしないはず」
「当たり前ですわ」

 それはそうだろうけど。じゃあ!

「中身を見たりしないよね? ね?」
「見ますわ」
「見るのかい!」

 思わずつっこんじゃったよ。それよりどうしよう。
 リュックサックの中身はほぼ空だ。六間むつのまくんグッズをたくさん入れるためにね。でもなにも入ってない訳じゃない。
 お年玉を詰めた財布に、お母さんお手製の女郎花の真っ黄色ハンカチとティッシュ、あとスマホ。そして。
 ──家にあった六間くん小型人形。

 いいじゃん。六間くん連れてアニメイトデートしたかったんだもん。
 だからもしここでリュックサックを渡したら……。


 

 六間くんと離ればなれになっちゃう! せっかく一緒に来たのに。やっぱ耐えられないよ。だから。

「リュックサック持ったまま戦います!」
「あら、中に野花さんの推しがいらっしゃいますの?」
「そ、それはどうかな~」

 私はリュックサックを抱き締めて口笛を吹いて見せた。完璧だ。

「図星ですわね」
「図星ですぞ」
「野花わかりやすい」

 どうしてばれたし。

 肩を落とす私とは逆に、執事さんは肩をすくめて言った。

「構いませんが、背中に背負っている以上リュックサックにもタッチ判定がありますぞ」
「なら前で抱えます」
「……くっ。賢い判断ですぞ」

 執事さんが少し残念そうな顔をしている。してやったりだ。
 私がどや顔をみせつけていると突然ローリエちゃんの高らかな笑い声が響く。

「おーーほっほっほ! これで背後鬼の準備は整いましたわ。それでは、最後にお互いの勝利報酬をわたくしが教えて差し上げますわよ」

 ローリエちゃんは大きく手を広げる。この場の執事さんと黒服さんたちを包み込むかのような仕草だ。

「わたくしたちが勝ったら、あなたたちの推しを教えていただきますわ」

 やっぱ目的はそれだよね。この勝負は負けられない。
 私は思いきり自分を奮い立たせる。

 次にローリエちゃんは右手だけを広げ、私たちの方にかざしてみせた。

「あなたたちが勝ったら、アニメイトに売られているものをなんでも、一人一つずつ差し上げますわ」
「いいの?」
「ええ、わたくしに二言はありませんことよ」

 それならもう選ぶものは決まりだね。今からでもワクワクだ。

「以上ですわ。ルールを一つでも破ったら敗北ですから気をつけなさい。それでは早速始めましょう! おーーほっほっほ!」

 やっぱりローリエちゃんは楽しそうだ。こっちも全力で楽しみながら闘うんだ。そうすればきっと、ローリエちゃんと友達になれるよね。

 もろもろの説明も終わり、私たちはゲーム開始前の十分間で移動を始めた。
 執事さんとローリエちゃんがどこに行ったかももう分からない。

 ここからは真剣勝負。推しをむやみに話さないために、私と未来ちゃんは勝って帰るんだ。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.35 )
日時: 2022/06/23 01:49
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#負けなんて考えられない!』

「いよいよ始まるんだね……また緊張してきた」

 私と未来ちゃんは四階の永音のドレスコーナーをスタートの位置に決めた。
 永音は『草木の町人』屈指の人気キャラだし、しかも今は梅雨の時期。永音はアジサイをモチーフにしたキャラでまさにドンピシャ。だから今日のイベントでは多種多様な永音の服が売られている。実際、目の前には赤や青紫をまとったみずみずしいドレスの迷路が広がっていた。
 服の配置がより複雑になって黒服さん達の視界に死角も増えるはず。これが私たちの予想だ。多分合っていると思う。
 
 私は腕時計で時刻を確認する。ゲーム開始まで残り三分。あ、そうだ。楓に連絡入れとかないと。
 私は前に背負っているリュックからスマホを取り出し、メールの画面を開く。すると、楓からメッセージがきていた。

『のーちゃんと未来ちゃんどこー? キキちゃんと小麦ちゃんは今一緒にいるよ』

 まずい。バッテリーがもう無い! 昨日の夜充電忘れたんだった。早く返信しなきゃ。

「私たちは別の場所で楽しんでるから、楓は楓たちでライブ楽しんでっと」

 これをみてキキが嫉妬するだろうか。未来ちゃんと私、今二人きりだからね。くっくっく。
 私は指を送信画面に近づけた、その時だった。

「ちょっと貸して」
「え? わっちょっと。未来ちゃんまだ私送ってない」

 未来ちゃんは私の右手からスマホを抜き取ると、私が書いた文面を消しはじめてしまった。

「わーーなにしてんの!?」
「なんで助けを求めないの今は絶好の機会」

 未来ちゃんが低く尖った口調を胸に突き刺してきた。
 なんでってそりゃあ。

「それってズルいと思うし……」
「甘い」
「うっ」
「だから負けるの」
「え? どういうこと?」
「なんでもないとりあえずキキたちに助けを求める」

 私が首をかしげている間に未来ちゃんの怒涛の高速タップが炸裂していた。ちょまって。

「だめだよ!」

 私は未来ちゃんの持つスマホの上で右手を蜘蛛のごとく歩かせ、適当な文字を入力する。
 途端、未来ちゃんの「は?」という声が耳を貫く。ごめん!

「どうして邪魔をするのいい加減にして」
「ほら。ローリエちゃんと執事さんが私のスマホを預からないで自由に持たせたのは、そういうことしないって信頼があったからだよ」
「敵の信頼とかいらないこの状況が分かってるの」

 なんだか今日は未来ちゃんの口数が多い。いつも冷静なのに今はすごく焦ってるような。

「敵の信頼はいるよ! こっちが信頼を破ったら、相手も脅しで私たちの推しを暴きにくるかも!」
「それは……」

 そうだ。ローリエちゃんは脅しがつまらないからゲームをやってるんだ。私たちがゲームが破綻させたら、脅しに切り替えることだってありえる。
 我ながら冴えた発想だ。

「ねえ未来ちゃん。正々堂々戦って勝とうよ。そうすればローリエちゃんたちも推しを暴こうとなんてしなくなるよ」
「だからその正々堂々のせいで私たちは!」
「み、未来ちゃん?」

 こんな大きな声出す未来ちゃん初めてだ。やっぱり私のせいでゲームに巻き込まれたこと憎んでるんだ。

「ごめん、私のせいで……未来ちゃんが怒るのも当然だよ」

 謝ることしかできなくてごめん。でも、必ず私が勝つから。もう決意してるんだ。ローリエちゃんが真っ直ぐな意思を私に向けてくれたときから。

 未来ちゃんは息を吐いた。わずかに震えた呼吸。少しの静寂の後、未来ちゃんは落ち着いた口調で話した。

「こっちもごめん」
「私もごめん。それじゃあお互い様だね」
「野花からお互い様って言うのウザい」
「えへっ」

 私は小さくはにかみ笑顔を見せてみる。特に反応はなし。いつもの未来ちゃんだ。

「そういえば楓たちへの連絡は……」

 もしかしたらいつの間にか送ってるかもしれない。私はスマホの画面に近づく。あっ。
 未来ちゃんが私にスマホを返した。

「もうバッテリーが切れた」
「まじかー」

 楓たち心配してるかな? 私たちに構わずライブ楽しんでほしいけど。
 私はスマホをリュックにしまうと、拳を天井に伸ばす。

「それならさっさと勝って、すぐ楓たちに会おう! 頑張るぞー!」
「ねえ」
「未来ちゃんなーに?」

 少しためらいのような間を開けてから、未来ちゃんは言った。

「最初はなにも言わず私に従ってほしい」

 まさか、めったにない未来ちゃんからのお願い!? こんなのOK出すに決まってるよ。

「もちろん! よろしくね」

 私は握手を試みたけど、華麗にスルーされた。

「じゃあ、背後鬼で勝てたら握手しようね!」
「勝手に決めないで」
「勝手に決めさせていただきます。ふっふっふ」
「ちっ」
「舌打ちなんて、め! 握手からハグにレベルアップ」
「いや」
「えー。友達なんだし~」

 こんな和やかな会話をして私たちは残りわずかな時間を過ごす。そして、

《ブーーーーー》

 背後鬼、開始だ。

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.36 )
日時: 2022/07/01 00:44
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#そんな未来はありえない!』

「はあ、はあ」

 どれくらい時間が経ったかな。長い間走ってる気がするけど。
 私は足を止めずに腕時計を確認する。
 
 ──まだ三十分か。
 
 息が熱い。横腹が苦しい。お腹に抱えたリュックが不規則に跳ねて、呼吸が若干崩れる。足で床を蹴るたびに髪をつたって汗が飛ぶのが見えた。
 私は額を服の袖で擦りながら桃色のドレスの迷宮を駆け回っていた。
 警戒しながらも勢いよく、隙間なく並ぶドレスの曲がり角を右に進む。

「モモのドレスコーナーでNを発見」

 まずい! 黒服さんに見つかっちゃった。
 
 突然聞こえた声に私は思わず後ずさりする。
 いや落ち着け私。モモシシちゃんエリアは黒服さんが少ない。すぐに移動すれば大丈夫。
 ファッションエリアの五階。モモシシちゃんをはじめとする『草木の町人』の人外キャラの服が並ぶ、はずだった階だ。
 実際に来てみるとなんと、モモシシちゃんのドレスコーナーしかなくてびっくりだ。一つのコーナーに黒服さんは二人まで。モモシシちゃん二人のコーナーは別々だけど、それでも黒服さんは合計で四人しかいない。
 さらに服の並びが他の階よりも複雑だ。
 だから簡単には執事さんにも見つからないはず。
 
 モモシシちゃんが推しって言ってたから、ここにローリエちゃんがいると思って来てみたけど……。この服の配置を見る限りはやっぱいるっぽいな。
 モモシシちゃんそれぞれのイメージカラーは桃色と黄色。そしてローリエちゃんが着ていたのは桃色のドレス。自分を目立たなくさせるためにモモちゃんのドレスコーナーにいるはずだ。
 だから今そこでローリエちゃんを探してるけど、なかなか見つからない。逆に私が黒服さんに見つかってしまう始末。

 まあ、何はともあれ場所を移動だ。
 ──未来ちゃんがいない今、私が一人で頑張るしかないしね。
 
『──ごめん野花』

 未来ちゃんの低くて鋭い言葉を思い出す。さっきまで一緒にいたのにな。なんだか不思議な気分。だけどすぐ会えるよ。必ず勝ってみせるからね。

 私はいったんシシちゃんのほうのドレスコーナーに行こうと桃色のドレスに沿って進み始める。が、その時だった。

「はあ、やっと見つけましたぞ」
「ぎゃっ」

 壁に手をつきながら息を整え、私をじっと見つめる執事さんがそこにはいた。
 乱れた前髪をかきあげ、ゆっくり私に近づく。さすがの色気だ。でも今はそれどころじゃない。

「執事さん、なんだか焦ってますね。やっぱここにローリエちゃんが?」

 私は作りたてほやほやの笑顔を執事さんに向けて少し煽ってみた。対する執事さんは、余裕の笑みで首をすくめる。

「さあ、知りませんぞ。ルール説明で申し上げた通り、私とローリエ様の間には通信手段がないのですぞ」
「ゲームが始まってから執事さんは何回も見てるけど、ローリエちゃんは一回も見てないんです。どこかに隠れてるんじゃないんですか? こことかこことかこことか」

 ローリエちゃんをタッチするか時間切れで私たちの勝ちだ。ローリエちゃんの居場所さえ分かればなあ。執事さん強いから相手にしたくないのに。

 私の言葉を鼻息で軽く流すと、執事さんは別の話題を切り出した。

「それにしても驚きましたぞ。まさか、まさか『未来様がゲーム開始数分でリタイア』されてしまうとは」
「……はい。私も驚きました」

 私はあくまで平静を装っているかのように話す。下手に反応したら相手のペースに乗せられるかもだしね。
 今は感情を押し殺すときだ。
 執事さんは不服そうにしながら歩みを止めると、すぐにまた口元をニヤリとさせる。

「あとは野花様、あなたを捕まえるだけでローリエ様と私の勝利ですぞ。未来様のおかげで制限時間は減りましたが、どうやらそれも無駄なようですぞ」

 そんなことない。未来ちゃんのおかげで私が勝つ可能性が上がったんだよ。それが無意味だなんて言わせないし、そうさせない。

 私は勝つ。

「そろそろこのゲームも終わりですぞ」

 執事さんが右足を一歩後ろに下げる。
 その間も決して私から視線を離さない。獲物をとらえる狩人の目つきだ。青く透き通った瞳を大きく開いたまま、また一歩と足を下げる。

「このフロアは服の並びが複雑で監視する黒服も少ない。紛れるにはうってつけの場所ですぞ。ですが、私は野花様を見つけてしまった。あとは何度も何度も不意討ちを続けるだけ。はたして逃げ切れますかな?」

「必ず私たちが勝ちます」

「では、それを証明してみせてほしいものですぞ!」

 途端、執事さんは私の視線の奥にあった曲がり角に入り、そのまま姿を消す。革靴の床を叩きつける音があたりに響く。
 ああ、私今震えてる。これが武者震いなのか、恐怖からくる本物の震えなのか、自分でもよく分からない。
 反響を繰り返す革靴の音が耳に入り込むたびに背筋に寒気が走る。

 執事さんの最初の不意討ちがくる前に心の中で唱えた。

 たとえ今孤独の戦いを強いられていても、それでも私のことを待ってくれる人のために負けられない。
 未来ちゃんに楓、キキ、小麦ちゃん。
 そして六間くん。さらに六間くん。

 いつも通りの私のまま、みんなと接していきたいから。
 楽しい学校生活を送り続けたいから。

 私は勝つ。何度だって言ってやる。私が勝つ。

 私が負ける? そんな未来みらいはありえない!

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