コメディ・ライト小説(新)
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.22 )
- 日時: 2021/08/09 09:08
- 名前: 狼煙のロコ ◆g/lALrs7GQ (ID: hDVRZYXV)
『#お嬢様は落ち着けない!』
「どうぞ、お手をお取りにですぞ」
イケメン執事さんは、細く綺麗な指を私に差し出してくれた。
私は応じて、自分の手を彼の手のひらにのせる。同時に私の手はしっかり握られ、そのまま軽々と身を起こされた。
無理やり引っ張られた感じはなく、むしろ心地良いほどとは。
この執事、できる!
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそご迷惑をおかけしましたぞ。まあ、これからもっと……」
「え?」
「いえ、なんでもありませぬぞ」
執事さんはコホンと軽く咳払いをして、何かをごまかした様子だった。
うーん。聞きたいことはたくさんあるけど、とりあえず、
「あなたたちはだれ」
先にその疑問を口にしたのは未来ちゃんだ。私もすかさず気になっていることを執事さんに伝える。すると執事さんは青く細い瞳を、さらに細くして、小さい笑みを浮かべ始めた。
どうやらこの質問も予測済みらしい。執事さんは左手を胸に、もう片方の手を後ろに回してまっすぐな姿勢のまま丁寧に腰を折った。
「申し遅れました。私たちは姫宮財閥の者でございますぞ。ご存知でしょうか」
「え! 姫宮財閥ってあの姫宮財閥ですか! す、すごい!」
執事さんは随分とあっさり言ったけど、これかなりやばい。
姫宮財閥は、世界中のアニメイト会社を抱える超巨大グループ。この世全てのオタクたちが憧れるようなめちゃくちゃな金持ちだ。なんでそんな人たちがここに!
あれ。未来ちゃんあまり驚いてない?
「未来ちゃん。やけに冷静だね」
「だってそこにローリエさんがいるんだからそのくらい読めてた」
「え? ローリエさん……って、誰だっけ」
「「「え?」」」
「え? なんでみんなして驚いて」
「あなた本気で言ってるの」
え、なになに怖い。いや、人の名前覚えてないのは悪かったけど、そこまでじゃ……いや! 相手は姫宮財閥だった! まって、私絶対まずいこと言ったじゃん。未来ちゃんも私が知らないことに驚いてるし。
えと、ローリエさん? だっけ。確かにどっかで、どっかで聞いたことあるけど。どこだっけえええ。
私が必死になって思い出そうとしていると、執事さんがゆっくりと近づいてきた。
「あなた、本当に知らないのですかですぞ?」
声がちょっと低い。怖い怖いオワタ。
「す、すいません。よく……思い出せません」
「そんなどこぞの音声アシスタントAIみたいなことをいって。
いいですかですぞ! この方はあなたと同じ夕星高校に通っているで有名な姫宮財閥の長女、姫宮ローリエお嬢様ですぞーー!!」
「そう呼ばれていますわ。ファサア」
執事さんは後ろのローリエという名の少女に、勢いよく両手を差し伸ばして、私と未来ちゃんにそちらを見るよう促した。
そして、そのローリエさんはというと、右手で髪をなびかせて得意げになっている。あとなぜか自分でファサアって言っている。
さっきの叫び声とセリフに、このノリ。あと低身長……はっ!
「あ、お、お、思い出しましたーーー。
60万で買った『草木の町人』のプレミアグッズ、『兎のモモちゃんと虎のシシちゃん獣化セット(実物大)』を学校で自慢して、その日の下校途中で盗まれた挙句、次の日泣きまくって、さらには一週間学校を休んだ、あの姫宮ローリエお嬢様ですねーーーー!!!
ちなみに身長は中学生並みいいいぃ」
そうか! さっきの「モモちゃーーーん! シシちゃーーーーん! どこですのーーー!!」って叫び声、聞き覚えあると思ってたけど、プレミアグッズが盗まれた翌日に全く同じセリフ叫んでたんだ。
同じ高校、しかも同学年の子のことを覚えていないなんて、私とことん記憶力ないなあ。
改めて自分のニワトリのような記憶力を憐れんでいると、突然、可愛らしい叫び声の主であるローリエ“ちゃん”が大声で喚きだした。
「さっきから、聞いていればなんて失礼な! わたくしの名前を忘れるだけにとどまらず、わざわざそんな昔の話を持ち出してくるなんて! 万死に値すですわ!
あと、身長が中学生並みってなんですの! 余計! 一言が余計ですの! わたくしは大人になったら八頭身になりますのよ! そこのところお忘れなく! しつ!」
ローリエちゃんは私に右手の指差しを決めながら、早口で怒りの感情をあらわにする。そしてさっきと同じく、話の終わりに“しつ”と言葉にする。多分、執事さんのことをそう呼んでいるのだろう。少し珍しい呼び方だ。
「はっ、お嬢様。いいですか野花様。お嬢様はご自身の身長の低さをかなり気にしておられます。
牛乳パックを一日一本は飲み、食事は人一倍多く摂り、毎日早寝早起きを心がけているのになかなか身長が伸びないことを嘆いておられるのです。入浴前にのる身長計の数字の低さにおののいておられるのです。
どうか、あまりいじめないでやって下さい……」
執事さんは悲しげのある目つきで、ゆっくり丁寧に話して、私に同情を誘う。それを聞いて、思わず笑いが、いや、涙がこぼれそうだ。
ああ、ローリエちゃんはそんなに大変な思いをしていたのか。私も少し言い過ぎた。
私は執事さんにしっかりと頷いて、非礼を詫びた。そして、誓いの握手を──
「ちょっとおおおおお! しつ! なぜあなたまで悪ノリをしているのですのー! 野花さんも今絶対笑おうとしてましたわよね!? なんですの! 身長が低いからってなんですの! 低身長にも人権はありますわよーーー! ムキーーーーー高身長が羨ましい!!」
「……と、茶番はここまでにして」
「終わらせましたの!?」
ものすごい勢いで繰り広げられる低身長論争。まだまだ続けたいところだが、未来ちゃんや周りの黒服さんたちが啞然としているので、そろそろやめなければならないのだ。
そうだ。相手の自己紹介を聞いたんだから、こっちもしないとね。
「そういえば、自己紹介がまだでした。私の名前は大柴野花です。夕星高校の一年四組にいます」
あれ? なんかおかしいような。
私は自分の発言になにか違和感を覚えた。が、まあ、唐突な自己紹介が違和感をおびき寄せているだけだろう。
私は変に難しいことを考えるのはやめ、未来ちゃんの肩を指でつっついて、自己紹介をするよう示唆した。当然ながら、未来ちゃんも唐突な自己紹介には半ば呆れている。
「一年六組の前途未来」
未来ちゃんはそれだけ言って、すぐ口を閉じた。誰に対しても、無愛想を改めないのはさすが、未来ちゃんクオリティ。そういう自分を曲げないところには好感が持てるなあ。
すると、私たちの自己紹介を聞いたローリエちゃんは、なぜか大声で笑い始めた。
「おーほっほっほ! それが自己紹介ですって? クラスと名前だけで自分を理解してもらおうなんて甚だしいにもほどがありますわ!」
今度は急に嫌味だ。低身長って言ったこと、相当根に持ってるな。
皮肉めいた言葉の次には、コツンと靴の音が響いた。そして、目の前には足を大きく開いて手の甲を口に近づけたローリエちゃんの姿。
その輝くような金色の髪は左右に揺れ、身にまとうピンク色のドレスが一瞬、ふわっと空気に押し上げられる。
「いいですの。本当の自己紹介とやらを見せてあげますわ」
「ああ、つまり汚名返上」
「違いますわよ!!」
折角のローリエちゃんの決めポーズはまた怒りによって、地団駄を踏む可愛らしい少女と化していた。