コメディ・ライト小説(新)
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.25 )
- 日時: 2021/11/21 11:32
- 名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)
『#目的は二つじゃない!』
未来ちゃんは淡々と話を始めた。
「あなたがここに来た目的は二つだけじゃない」
「え、それってどういうこと? ローリエちゃんには他にも目的があるの?」
「ある」
まるで確信しているかの物言いだった。
なぜ未来ちゃんがそう思うのか。仮にそれが本当だとして、ローリエちゃんがその別の目的とやらを隠すことに何か意味はあるのか。
何も分からず、私はただただ混乱する。
そんな私を特に気に掛けることもなく、未来ちゃんは続ける。
「思えば違和感ばかりだった」
「違和感?」
確かに、私もさっき少し感じたけど......。
ええっと。そう、私の自己紹介のとき。
「ローリエさんあなたにいくつか質問がある」
「あら、なんですの?」
ローリエちゃんは笑顔を崩さず、未来ちゃんに耳を向ける。
『何か』を疑われているのに、満面の笑みを浮かべているのは少し気になるけど、まあ大したことではないか。
小さな疑念は頭の片隅に置き、私も未来ちゃんの話を聞く。
「まずなんであなたはこの階でモモちゃんとシシちゃんを探しているの?」
「ああ、確かに、モモちゃんとシシちゃんがいるのって五階だよね。でも、この階に双葉ちゃんがいるから勘違いしたのかも」
「ええ、野花さんの言う通りですわ」
「イベント関係者がグッズの配置を知らないわけない」
た、確かに!
「あらあら、勘違いも甚だしいですわね。わたくしの担当はあくまでもライブだけですわ」
「え?」
私は思わずその場の雰囲気に合わない素っ頓狂な声を出してしまった。
てっきりアニメイト内の運営を任されているから、ここにいると思ったのに。
ならどうして、わざわざライブ会場から離れるんだろう。
もしかして、本当に。
「じゃあここにいるのって、本当にモモシシちゃんを買うためだけってこと? じゃあ周りの黒服さん達がグッズの配置を知ってるのかな......あれ?」
本当に何が何だか分からない。
私は首をかしげて、自分の混乱を分かりやすく表現する。
すると、今度は未来ちゃんが私の疑問に答えるかのように、さらに言葉を紡ぎだす。
いつもの大人しい未来ちゃんとは、明らかに様子が違った。
「ローリエさんがここにいる時点で誰もグッズの配置を知らないということ」
「......」
ローリエちゃんは何も言わずに、未来ちゃんの言葉を聞き続ける。
それでも、決して可愛らしい笑みは崩さない。
その笑みが余計に私の思考を乱す。
反対に、未来ちゃんは鋭い口調をさらに尖らせていった。
「とてもライブの運営を任されているとは思えない行動だしかといって黒服さん達の人数は買い物の付き添いというにはあまりにも多すぎる」
周りには無言で立ち続ける黒い服の集団。ここから見るだけでも五十人くらいはいそう。改めてその数の多さに身震いしてしまう。
とりあえず、一旦情報を整理しよう。
ローリエちゃんがここに来たのは、アニメイト内の運営と買い物のため。そう思ってたけど、ローリエちゃんの担当はライブの方で、つまりここに来たのは買い物のためだけってことになるんだけど。
でも未来ちゃんは黒服さん達の人数が買い物をしに来たにはおかしいと......。えーーーと。
「つまり、どゆこと?」
そんな単純な質問が、私の思考回路から脱線して飛び出してきた。
それに対して、未来ちゃんも非常に簡潔な答えを返した。
そして、その答えは、未来ちゃんが最初に言っていたことでもあった。
「ローリエさんがここに来た目的はまだ他にある」
「そうなの? ローリエちゃん」
私が視線を移すと、そこには、小さくうつむいたローリエちゃんがいた。
この張り詰めた空気と混乱に、私は少なからず不安を覚える。
一瞬の静かな間。私がそれを打ち破ろうと、口を開こうとしたときだった。
──吹き出したような笑いが響いた。
その正体は、口を大きくにやつかせたローリエちゃんだった。
「ふふふ、ふふふふ、おーほっほっほ! なかなかに面白い発想ですわね、未来さん。ですが、それも一つの茶番に過ぎないのですのよ」
「どういうこと? ローリエちゃん」
手を口元に当て、高らかに笑うローリエちゃんに、私はまたシンプルな疑問を口にする。
「わたくし、一つ黙っていたことがありましたわ。あなた達、さっきの館内アナウンスは聞きまして?」
「うん、聞いたけど」
「言っていたでしょう。準備のために、アニメイトから出るようにと。そう、わたくし達は中に人が残っていないかの確認という目的を含めて、ここに来たのですわ! これも立派な『運営のため』でしょう?」
「あ、そっか」
考えてみれば当たり前だった。黒服さん達がこんなにいることにも改めて納得をする。至極当然の返答に、私は首を大きく縦に振る。
とりあえず、これで解決かな?
ちらりと未来ちゃんの口元を見て、様子を確認する。しかし、私にはそれだけで未来ちゃんの気持ちを汲み取る技能はまだなく、結局言葉で尋ねた。
「未来ちゃん、これで大丈夫? ローリエちゃんに別の目的なんてないと思うけど」
「私は複数質問があると言った」
どうやらまだ納得してないようだった。未来ちゃんの強く鋭い言葉に私は思わず、ごめんと呟いた。
「これ以上は長くなりそうだしあと一つだけ質問をする」
「構いませんわ」
ローリエちゃんは肩をすくめて、余裕げにしている。
未来ちゃんが何を言おうとしているのか、私には分からない。
だけど、次の質問も何事もなく、すぐに解決して終わるだろう。そう思っていた。が、未来ちゃんが口にした言葉は、少し衝撃的なものだった。
「あなたはなぜ私たちの自己紹介前から『野花』という名前を口にしていたの」
......。
「あ」
私の喉からまた、自然と声が出た。いや、出てしまった。
未来ちゃんの質問が、私が自己紹介のとき感じていた違和感を、明確な疑惑に変えた。
そうだ、そうだ。確かにローリエちゃんが私の名前を。いつだっけ?
お、思い出せ、私!
私は、頼りない記憶の引き出しをひたすらに開けては中身をひっくり返す。一つの記憶を見つけるために。
そしてついに、ひっくり返って落ちていく記憶の一つが、直接脳に流れ込んできた。
「ちょっとおおおおお! しつ! なぜあなたまで悪ノリをしているのですのー! 『野花』さんも今絶対笑おうとしてましたわよね!? ──」
お、思い出した! ローリエちゃんは私の名前、もう知ってたんだ。
あれ? でもそれだけなら別に、
「別におかしくはないと思いますけれど。接点はなくとも、名前を知る手段なんていくらでもありますわよ。ましてや同じ高校に通っているのですから」
そうだよね。そんなこと言ったら楓なんて、学年全員の名前覚えてるし。まあ楓の場合は、全員と接点があるのかもしれないけど。
でも、確かに私は違和感を感じたんだ。なんだろう、まだ何かが足りない気がする。
「確かにそうかもしれない」
未来ちゃんはローリエちゃんのいかなる反論にも、その口を止めることはない。
既に、次に言うことが決まっているかのように。
「あなたが名前を知っているだけなら何もおかしくはなかった」
未来ちゃんは淡々と、ただ淡々と言葉を紡ぎだす。
「問題なのはあなたが野花の名前を口にしたときに本当に合っているかの確認を本人にしなかったこと」
「あら、そんなのは言いがかり──」
「そして」
ローリエちゃんの言葉を遮り、未来ちゃんはただ、ただ言葉を発する。
「あなたの執事さんまでもが野花の名前を口にしていたこと」
そのとき、私の胸の中の違和感が、綺麗に溶けていくのを感じた。
そして、溶けきった違和感の中にもう一つの記憶。
「はっ、お嬢様。いいですか『野花様』。お嬢様はご自身の身長の低さをかなり気にしておられます。──」
それは執事さんの言葉。私の名前を添えた綺麗な声色の記憶。
どうして、私の名前を執事さんも知っているんだろう。
私って、もしかして、有名人!?
「残念ながら野花は学校で目立つようなことはしていない」
未来ちゃんに速攻で否定された......。
「それにも関わらずあなた達は知っているまるでそれが当然かのように」
「......」
未来ちゃんは口を閉ざした。ローリエちゃんの返答を待っているようだ。
でも、肝心のローリエちゃんは顔から笑みを消して、何も言わずに黙っている。
この雰囲気の中で私も何を言えばいいか分からず、口をつぐむ。
執事さんも、周りの黒服さん達も、ずっと目を閉じて、ただ立っているだけ。
必然的に生まれる静寂。
この無音の空間は、明らかに、悪い未来を告げている。
それが、私には分かってしまった。
この静かさは続いた方がいいのか、悪いのか。
私にはもう分からない。
ただ、当たり前だが、この時間がいつまでも続くわけはない。
また、言葉が響く。
「思えば違和感ばかりだった」
ローリエちゃんが何も喋らないからか、未来ちゃんが再び言葉を発した。それは静寂を破るのと同時に、ローリエちゃんに追い打ちをかけるものでもあった。
「偶然私たちはアニメイト内に残されて
偶然私たちは鉢合わせて
偶然そこにあなたがやってきて
偶然ぶつかって
偶然あなたも執事さんも野花の名前を知っていた」
確かに、今までの出来事は偶然だ。
でも、未来ちゃんはそれをまるで、
──必然とでも言いたいようだった。
「ローリエさん答えてあなたがここに来た別の目的を」
すると、今まで黙っていたローリエちゃんもついに、口を開いて、
笑った。
「おーっほっほっほっほっほっほ!!! 素晴らしい、素晴らしいですわ! 未来さんったらとても賢いのですわね。そんな細かいことにまで目を向けているなんて! まるで、『最初からわたくしが何かを隠していることを知っていたみたい』ですわね」
「え、それって」
「ええ、未来さんの言う通り、私には第三の目的がありますの」
私は途端に全身に寒気を感じる。もしかしたら、薄々分かっていたのかもしれない。それでもそんなこと、考えたくなかったのかな。
未来ちゃんは第三の目的を聞く前にさらに言葉を加える。
「おそらく野花にぶつかったのは私たちをアニメイトの中にとどまらせるため
中に人がいないか確認しているのはライブの運営のためだけじゃなくてこれから始めようとしている『第三の目的』のための邪魔者がいないかの確認のため
長い雑談もその時間稼ぎ」
それを聞いて、青ざめる私とは対照的に、ローリエちゃんは輝く笑顔を見せる。
「すごいですわ! そこまで分かってしまうなんて! おーほっほっほ。これはもう言い逃れもさせてくれませんわね。いいでしょう。教えて差し上げますわ! わたくしがここに来た第三の目的を!」
これが、私の穏やかな高校生活の終わりを告げる、すべての始まり。
もう戻ることはできない。
それが私に向けられた『強い意志』だから。
決して拒めない。私は受け入れるしかない。
この、恐ろしく不思議な運命を。
「わたくし姫路ローリエは
──あなたたちの推しを暴きに参りましたわ」