コメディ・ライト小説(新)

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.30 )
日時: 2022/05/15 01:48
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#みんなは私に変えられない!』

 未来ちゃんはゲームの参加を断るとすぐに、ローリエちゃんに背を向ける。

「それで出口はどこもう帰りたい」
「あら残念ですわ。それならそこをまっすぐ行って、突き当たりを右に行けば非常口がありますわ。一階はライブの準備に使っていますから、そちらから出てくださいな」

 ローリエちゃんは特に焦りもせず、出口への道のりを告げた。
 その可愛い顔に浮かぶイタズラっぽい笑みからはむしろ余裕があるようにも見えた。

 未来ちゃんがこのまま行っちゃえば今日のイベントは終わるのかな。本当にそんなことがありえるの?
 私たちの推しを暴くためだけにイベントが開かれたっていうのもなかなか信じがたい。でも本当にそうなんだとしたら……。

「未来ちゃん!」
「……なに?」
「あ、えっと」

 私は知っている。今日ここに来た多くの人がイベントを楽しみにしてたこと。私だってその一人。
 たとえイベントの発端が私たちでも、私たちがそれを勝手におしまいにしていいの?

 ああ、私って自分勝手。それでも。

「お願い未来ちゃん。ゲーム、参加してほしい! ごめん。ほんと最低だよね。でも私、今日のイベントをみんなで楽しみたい!」
「悪いけど無理私は推しがバレたくない」

 未来ちゃんは非常口に向かう足を止めない。
 未来ちゃんは本気で推しを隠したいんだな。もちろん私だってそうだ。

「なら勝てばいいよ!」
「ゲーム内容も分からないのに?」
「うっ」
「私たちの推しを暴くことが目的のゲームに他人のために参加すること自体おかしい」

 未来ちゃんの言い分はなにも間違ってない。私がバカなだけなんだ。
 やっぱり私一人だけがゲームに参加できればいいんだけど……。

 ローリエちゃんに視線をまっすぐ飛ばし、もう一度お願いしようとしたそのとき、ローリエちゃんがわざとらしく声を響かせた。

「そうそう。さっきからずーーっと気になってましたけれど、未来さんは両目を前髪で隠してますわよねぇ。一体どんな瞳なのか、わたくしとても気になりますわ!」

 すると、未来ちゃんの体がピタッと止まって、なにやら小声で囁いた。

「そういうことね……」

 急にどうしたんだろう? 目って。
 
 未来ちゃんは体を反転して私とローリエちゃんを見ると、無表情を保ったまま言った。

「分かった私もゲームに参加する」
「ええ!? 急になんで?」
「野花黙って」
「へ? ごめん」

 まさかの展開に私は驚きが隠せない。
 理由はあまり聞かない方がよさそうだな。でもこれで。

「では二人ともわたくしのゲームに参加しますのね? 嬉しいですわ。ではさっそく今すぐ始めましょう! しつ!」
「はっ、お嬢様。それでは私からゲーム内容を説明させていただきますぞ」

 ピンク色のドレスを揺らしながらローリエちゃんは執事さんを指差し、それに呼応して執事さんが端正に腰を折った。

「今回のゲームはさきほどお嬢様がおっしゃった通り、鬼ごっこですぞ。しかし、ただの鬼ごっこではありません。なんと、互いが互いを追いかける、つまり鬼と逃走者の区別がない変則鬼ごっこですぞ!」

 え、面白そう……ってなに考えてんだ私!
 これは私の、私たちの推しをかけた命がけならぬ推しがけの闘いなんだ! 気を引きしめないと。

 未来ちゃんを横目で見るとなぜかまた深いため息をついていた。今日はため息多いな未来ちゃん。
 私のせいか。

 執事さんはコホンと咳をすると、思い切り両手を広げた。

「お嬢様考案! 互いに相手の背中を追いかける鬼ごっこ! その名も──」

「『背後鬼』ですわーーーーー!!」

 執事さんのセリフを横取りしてローリエちゃんが小鳥のさえずりのように高らかに叫んだ。
 腹話術エコー芸を使わなくても、その可愛らしい声が壁や床に反響している。

 そして、キラキラクリクリの瞳を惜しみ無く放つその姿は、なんというかとても楽しそうだった。