コメディ・ライト小説(新)
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.32 )
- 日時: 2022/05/30 23:10
- 名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)
『#ルール説明は短くない!②』
執事さんがまた一息ついて、説明を再開した。
「背後鬼はこのファッションエリアの二階から六階まででの範囲で行いますぞ。またスタッフ以外立ち入り禁止の部屋やお手洗いの個室などには入らないように」
「え! トイレは!?」
「行きたいなら今のうちに。長い戦いになりますぞ」
「い、行ってきます!」
私は小走りでトイレに向かう。さすがにトイレまでは黒服さんたちはついてこないようだ。ただ、このまま逃げるのは難しい気がする。もしかしたらシールにGPSみたいなのがあるかもしれない。もちろん、逃げる気なんてない。
私はこれに勝って、ローリエちゃんと友達になるんだ。我ながら天才的な思いつき!
道中、私は改めてあたりを見渡す。
やっぱりなにかおかしい。
いつもと違うのは……あっ! 洋服の並びだ!
洋服の位置関係がバラバラになっていて、移動するとき、何度も曲がらなきゃいけない。
それだけじゃない。洋服の位置が高くなっている。正確には並んでる洋服の上にもう一段洋服が並んでいる。
洋服の間に隙間はほぼなくて壁みたいだ。
多分、背後鬼のため?
トイレを済ませ、私はみんなの場所に戻る。早速今のことを聞いてみた。
「背後鬼の肝となる不意討ちをしやすくするために、服の並びはあえて複雑にしておりますぞ。高いところにも洋服があるのは、背の高い私もしっかり隠れるようにするためですぞ」
なるほど~。私は大きく頷きながらローリエちゃんの方を見る。
「なんですの! 私の背が低いと言いたいんですの! キーー!」
「な、なんで分かったの」
「ギイイー! くたばれですわ!」
ローリエちゃんは右左とリズムよく地団駄を踏んだ。かわいい。
「では、対戦形式について話していきますぞ」
私たちも真面目に耳を傾ける。
「背後鬼はペア戦。お嬢様と私のペア、野花様と未来様のペアで対戦しますぞ。基本ルールは先ほど説明した通り。加えて、私にだけ黒服との通信特権が与えられますぞ」
「な、何だって!」
よく分かんないけどなんかヤバそうだ。
「エリア内の各コーナーには黒服を二人ずつ配置しますぞ。彼らは近くに野花様と未来様お二人の姿を発見したとき、この小型通信機で私に居場所を知らせますぞ」
そういうと、執事さんは胸もとのポケットに差し込まれたものを私たちに見せた。まん丸の形をした本当に小さな通信機だ。
ローリエちゃんの話によるとこれも高性能で、通信の雑音が一切なく、通信相手が『まるでその場にいるかのように』聞こえるらしい。音量の調節もできるし耳や服のどこにでも付けられるしと大盤振る舞いだ。
「こんなに黒服さんがたくさんいた理由がそれかぁ」
ここではコーナーで服とかの種類が分けられている。ドレスコーナー、幼児服コーナー、かつらコーナーって感じだ。
だからコーナーごとに二人配置となったらそれだけでたくさん黒服さんがいるってことだと思う。
「その黒服さんたちが私たちの動きを邪魔する可能性がある私たちの居場所だけでなくどこに逃げたか伝えられる可能性があるこっちに勝ち目がない」
未来ちゃんが言った。確かに、これだと勝つのはほぼ無理だ。
「あくまで黒服が伝えるのはそのコーナーに野花様が来たか、未来様が来たか、または二人とも来たのか。それだけですぞ。コーナー外にお二人を見つけても、通信はできませんし、お二人の邪魔もできませんぞ。ゲーム中はどこか一点で静止して、その場から動くこともありませんぞ」
「なんかこんがらがってきた。未来ちゃんはわかる?」
「一応理解はしてる」
「さすが!」
私が未来ちゃんに親指を立てると、そっぽ向かれた。悲しい。
「あれ、そういえばローリエちゃんには通信特権ないんだ」
「ええ、しつだけですわ。ですからわたくしとしつがバラバラになっても、お互いの居場所を確認できませんわね」
「執事さんだけが特権持ちなのか」
執事さんをはやめになんとかしないとまずそうだ。
すると、未来ちゃんは続けざまに言った。
「監視カメラがあるでしょあなたたちはこっそり使うこともできる」
「見くびられたものですわね。ゲームをつまらなくする美しくない不正を私たちがするわけなくってよ! ファサア」
久々のファサア来たー! さすがだよ天使ロリエルちゃん。
「今野花さん変なこと考えませんでしたこと?」
「考えてない考えてない」
とりあえずそういう面での心配はいらないらしい。なんだかんだ優しいんだね。未来ちゃんも一応納得したらしい。
執事さんが様子を見てまた話し出す。
「さて、最後に二つのペアそれぞれの勝利条件についてですぞ」
「それぞれ? 勝利条件が違うの?」
「まず私たちの勝利条件は制限時間九十分以内に野花様と未来様お二人をタッチすることですぞ」
「え!? 九十分って長!」
本当に長い戦いだ。気を引き締めないと。
「そして、お二人の勝利条件はローリエお嬢様のタッチ、または制限時間九十分を過ぎることですぞ」
「あれ、私たち有利?」
「執事さんに通信特権がある分それくらいあって当然」
「そっか」
そもそも不意討ちが大事なこのゲームで居場所がバレるのはでかいもんね。執事さんを相手にしなくていいなんて、このゲーム勝てる!
「全力でお嬢様を守り抜きますのでご承知をですぞ」
このゲーム負ける!
なんてだめだ。絶対に勝つんだ!
「タッチされたらゲームの退場が決定し、それは私とて例外ではありませんぞ。つまり、制限時間内の野花様と未来様の退場で私たちの勝ち。制限時間内のローリエ様の退場または時間切れがお二人の勝ちとなりますぞ」
「なんとなく分かったような分からないような」
「あとでもう一度まとめて説明しますぞ」
「よ、良かった」
私はホッと胸を撫で下ろす。
「ふふっ。もう一つ大事なことがありますわ」
「え?」
ローリエちゃんが不敵な笑みを浮かべて、上目遣いになる。なんだろう?
「それはリタイアですわ」
「リタイア?」
「ええ。あなたたちが二人生き残っているとき、どちらか一人が自分の推しを暴露して退場できますわ」
そんな! そんなこと!
「そんなことするわけない!」
「一人が退場すると、制限時間が二十分短縮されますわ」
「え?」
「つまり私たちが勝ちやすくなる」
「そういうことですわ」
未来ちゃんにローリエちゃんが可愛らしく相づちを打つ。その天使の笑顔がたまに怖くなる。
絶対にリタイアなんてありえない。
「未来ちゃん。頑張ろう!」
「ええ」
いつもの冷めた低い口調に少し熱を感じた。未来ちゃんもやる気だ。私たちは勝って推しの秘密を守り抜く。そしてローリエちゃんと友達になるんだ!
私たち、頑張ります!
「それではルールのまとめですぞ」