コメディ・ライト小説(新)

Re: 推しはむやみに話さない! ( No.34 )
日時: 2022/06/18 17:39
名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)

 『#この勝負は負けられない!』

「さて、ルール説明はおしまいですぞ。ご理解されましたかぞ?」
「は、はい。多分だいじょぶです!」

 緊張と不安で体をギクシャクとさせながら、私は全身でうなづく。
 やっぱちょっと不安。ゲーム中にルールを忘れたらどうしよう。いやいや、最初から気持ちで負けてちゃだめだ私。ローリエちゃんたちが有利でも絶対に勝つ!

「ああ、それと」
「は、ハイイイイィイ!!」

 突然の執事さんの声にびっくりして、思わず背筋を大きく反らしてしまった。
 未来ちゃんはため息こそつかないものの、呆れ声を放つ。

「野花落ち着いて」
「はいぃ……」

 落ち着け私。はいまずは深呼吸。スーハースーハー。 
 そのまま胸に手を当て心臓の鼓動を沈めてから、執事さんの話を聞く。

「背後鬼を始める前にこれをどうぞですぞ」

 執事さんが何かを手のひらに乗せ、整った動きで私と未来ちゃんにそれを渡した。

「えっと、腕時計?」

 白と黒のコントラストをなす、一見普通の腕時計だ。でも、今までの流れから考えるともしかして!

「超高性能腕時計!?」
「ただの腕時計ですぞ」
「え?」
「時間を確認するためのただの腕時計ですぞ」
「そ、そうですか……」

 なんだかちょっぴり残念。それに私もう自分の持ってるんだよね。
 私は右腕の服の袖をまくって自分の腕時計を執事さんに見せる。『草木の町人』の永音、美知留ちゃん、双葉ちゃんがデザインされていて、ベルト部分は白く、ケースは薄い桃色の可愛らしい時計だ。

 そして、執事さんからの腕時計は未来ちゃんだけがつけることになった。
 ローリエちゃんは指先を唇にそわせながらいたずらっ子のようににやける。

「時間確認はこまめにするのをおすすめしますわ。『リタイアするタイミング』が大切でしょう?」
「リタイアなんてしないからね! ね、未来ちゃんも」

 私が振り向くと未来ちゃんはまたため息をついていた。

「未来ちゃん大丈夫?」
「……ええ」

 まだ具合悪いのかな? 未来ちゃんを巻き込んだ以上、私がいっぱい頑張らないと。

 腕時計の話が終わると、執事さんは私たちに手を差し出した。勝負前の握手?

「お二人の荷物をお預かりしますぞ」
「え!」
「どうかしましたかぞ?」
「え、えっと~」
 
 それってまさか、私のリュックサックを預かるってことだよね。まずいぞ。

「はい」
「未来ちゃん渡しちゃうの!?」
「さすがにものを盗むことはしないはず」
「当たり前ですわ」

 それはそうだろうけど。じゃあ!

「中身を見たりしないよね? ね?」
「見ますわ」
「見るのかい!」

 思わずつっこんじゃったよ。それよりどうしよう。
 リュックサックの中身はほぼ空だ。六間むつのまくんグッズをたくさん入れるためにね。でもなにも入ってない訳じゃない。
 お年玉を詰めた財布に、お母さんお手製の女郎花の真っ黄色ハンカチとティッシュ、あとスマホ。そして。
 ──家にあった六間くん小型人形。

 いいじゃん。六間くん連れてアニメイトデートしたかったんだもん。
 だからもしここでリュックサックを渡したら……。


 

 六間くんと離ればなれになっちゃう! せっかく一緒に来たのに。やっぱ耐えられないよ。だから。

「リュックサック持ったまま戦います!」
「あら、中に野花さんの推しがいらっしゃいますの?」
「そ、それはどうかな~」

 私はリュックサックを抱き締めて口笛を吹いて見せた。完璧だ。

「図星ですわね」
「図星ですぞ」
「野花わかりやすい」

 どうしてばれたし。

 肩を落とす私とは逆に、執事さんは肩をすくめて言った。

「構いませんが、背中に背負っている以上リュックサックにもタッチ判定がありますぞ」
「なら前で抱えます」
「……くっ。賢い判断ですぞ」

 執事さんが少し残念そうな顔をしている。してやったりだ。
 私がどや顔をみせつけていると突然ローリエちゃんの高らかな笑い声が響く。

「おーーほっほっほ! これで背後鬼の準備は整いましたわ。それでは、最後にお互いの勝利報酬をわたくしが教えて差し上げますわよ」

 ローリエちゃんは大きく手を広げる。この場の執事さんと黒服さんたちを包み込むかのような仕草だ。

「わたくしたちが勝ったら、あなたたちの推しを教えていただきますわ」

 やっぱ目的はそれだよね。この勝負は負けられない。
 私は思いきり自分を奮い立たせる。

 次にローリエちゃんは右手だけを広げ、私たちの方にかざしてみせた。

「あなたたちが勝ったら、アニメイトに売られているものをなんでも、一人一つずつ差し上げますわ」
「いいの?」
「ええ、わたくしに二言はありませんことよ」

 それならもう選ぶものは決まりだね。今からでもワクワクだ。

「以上ですわ。ルールを一つでも破ったら敗北ですから気をつけなさい。それでは早速始めましょう! おーーほっほっほ!」

 やっぱりローリエちゃんは楽しそうだ。こっちも全力で楽しみながら闘うんだ。そうすればきっと、ローリエちゃんと友達になれるよね。

 もろもろの説明も終わり、私たちはゲーム開始前の十分間で移動を始めた。
 執事さんとローリエちゃんがどこに行ったかももう分からない。

 ここからは真剣勝負。推しをむやみに話さないために、私と未来ちゃんは勝って帰るんだ。