コメディ・ライト小説(新)
- Re: 推しはむやみに話さない! ( No.35 )
- 日時: 2022/06/23 01:49
- 名前: 狼煙のロコ (ID: hDVRZYXV)
『#負けなんて考えられない!』
「いよいよ始まるんだね……また緊張してきた」
私と未来ちゃんは四階の永音のドレスコーナーをスタートの位置に決めた。
永音は『草木の町人』屈指の人気キャラだし、しかも今は梅雨の時期。永音はアジサイをモチーフにしたキャラでまさにドンピシャ。だから今日のイベントでは多種多様な永音の服が売られている。実際、目の前には赤や青紫をまとったみずみずしいドレスの迷路が広がっていた。
服の配置がより複雑になって黒服さん達の視界に死角も増えるはず。これが私たちの予想だ。多分合っていると思う。
私は腕時計で時刻を確認する。ゲーム開始まで残り三分。あ、そうだ。楓に連絡入れとかないと。
私は前に背負っているリュックからスマホを取り出し、メールの画面を開く。すると、楓からメッセージがきていた。
『のーちゃんと未来ちゃんどこー? キキちゃんと小麦ちゃんは今一緒にいるよ』
まずい。バッテリーがもう無い! 昨日の夜充電忘れたんだった。早く返信しなきゃ。
「私たちは別の場所で楽しんでるから、楓は楓たちでライブ楽しんでっと」
これをみてキキが嫉妬するだろうか。未来ちゃんと私、今二人きりだからね。くっくっく。
私は指を送信画面に近づけた、その時だった。
「ちょっと貸して」
「え? わっちょっと。未来ちゃんまだ私送ってない」
未来ちゃんは私の右手からスマホを抜き取ると、私が書いた文面を消しはじめてしまった。
「わーーなにしてんの!?」
「なんで助けを求めないの今は絶好の機会」
未来ちゃんが低く尖った口調を胸に突き刺してきた。
なんでってそりゃあ。
「それってズルいと思うし……」
「甘い」
「うっ」
「だから負けるの」
「え? どういうこと?」
「なんでもないとりあえずキキたちに助けを求める」
私が首をかしげている間に未来ちゃんの怒涛の高速タップが炸裂していた。ちょまって。
「だめだよ!」
私は未来ちゃんの持つスマホの上で右手を蜘蛛のごとく歩かせ、適当な文字を入力する。
途端、未来ちゃんの「は?」という声が耳を貫く。ごめん!
「どうして邪魔をするのいい加減にして」
「ほら。ローリエちゃんと執事さんが私のスマホを預からないで自由に持たせたのは、そういうことしないって信頼があったからだよ」
「敵の信頼とかいらないこの状況が分かってるの」
なんだか今日は未来ちゃんの口数が多い。いつも冷静なのに今はすごく焦ってるような。
「敵の信頼はいるよ! こっちが信頼を破ったら、相手も脅しで私たちの推しを暴きにくるかも!」
「それは……」
そうだ。ローリエちゃんは脅しがつまらないからゲームをやってるんだ。私たちがゲームが破綻させたら、脅しに切り替えることだってありえる。
我ながら冴えた発想だ。
「ねえ未来ちゃん。正々堂々戦って勝とうよ。そうすればローリエちゃんたちも推しを暴こうとなんてしなくなるよ」
「だからその正々堂々のせいで私たちは!」
「み、未来ちゃん?」
こんな大きな声出す未来ちゃん初めてだ。やっぱり私のせいでゲームに巻き込まれたこと憎んでるんだ。
「ごめん、私のせいで……未来ちゃんが怒るのも当然だよ」
謝ることしかできなくてごめん。でも、必ず私が勝つから。もう決意してるんだ。ローリエちゃんが真っ直ぐな意思を私に向けてくれたときから。
未来ちゃんは息を吐いた。わずかに震えた呼吸。少しの静寂の後、未来ちゃんは落ち着いた口調で話した。
「こっちもごめん」
「私もごめん。それじゃあお互い様だね」
「野花からお互い様って言うのウザい」
「えへっ」
私は小さくはにかみ笑顔を見せてみる。特に反応はなし。いつもの未来ちゃんだ。
「そういえば楓たちへの連絡は……」
もしかしたらいつの間にか送ってるかもしれない。私はスマホの画面に近づく。あっ。
未来ちゃんが私にスマホを返した。
「もうバッテリーが切れた」
「まじかー」
楓たち心配してるかな? 私たちに構わずライブ楽しんでほしいけど。
私はスマホをリュックにしまうと、拳を天井に伸ばす。
「それならさっさと勝って、すぐ楓たちに会おう! 頑張るぞー!」
「ねえ」
「未来ちゃんなーに?」
少しためらいのような間を開けてから、未来ちゃんは言った。
「最初はなにも言わず私に従ってほしい」
まさか、めったにない未来ちゃんからのお願い!? こんなのOK出すに決まってるよ。
「もちろん! よろしくね」
私は握手を試みたけど、華麗にスルーされた。
「じゃあ、背後鬼で勝てたら握手しようね!」
「勝手に決めないで」
「勝手に決めさせていただきます。ふっふっふ」
「ちっ」
「舌打ちなんて、め! 握手からハグにレベルアップ」
「いや」
「えー。友達なんだし~」
こんな和やかな会話をして私たちは残りわずかな時間を過ごす。そして、
《ブーーーーー》
背後鬼、開始だ。