コメディ・ライト小説(新)
- 01.遠野綴 ( No.4 )
- 日時: 2021/04/02 10:56
- 名前: 紫月 ◆3qDMUSp0ng (ID: w1UoqX1L)
斎藤さんと別れ、軽かった足取りは次第に重くなっていく。寂しいな、という感情が自分の心を埋め尽くす感じがぞわぞわと感じる。
あの日、あの時の公園。久し振りに帰って来たこの土地の空気を一杯に吸って吐いて、想い出す。
五十嵐さんと喧嘩を頻繁にしていた場所、皆でを買い食いした色んなお店、呻きながら勉強した図書館、幼稚園以来に女子と手を繋いだ道路、馬鹿みたいに二人乗りをして怪我しかけた急な坂。
──────『海外で勉強して就職しようかなって思ってる……』引き留めることも出来なかった無念の坂。
ああ、ああ、懐かしいな。じわぁっと音立てて睫毛の淵から涙が零れそれを機に溢れ出てくる自身の涙に慌てて声を上げてしまう。周りに見られたらどうしようと焦りも焦るが涙の勢いは止まる一方もなくて。
「僕って、こんな感じだったっけ……五十嵐さんに、逢いたくて、逢いたくて……うさぎみたいだ」
「うさぎだよ!」
漏らした一言に言葉が返って来ることなんて想像もしていなかったから驚いてびくりと、顔を上げる。何でかどうしたって止まらなかった涙がひゅっと風を切るように秒で引っ込む。
かつかつ、と自信満々にヒールを鳴らして近付いてくる音が後ろから響き聞こえる。
「へーへぇー? あたしに逢いたくて? つづりん、前よりうさぎ化進んだね?」
揶揄うようなわざとらしい声を出して、くしゃくしゃっと皺を刻んで明朗快活にけたけたと笑う姿にトレードマークの金髪……はワントーン暗くなっていて、でも面影はあって。
ああ、ああ。嘘みたいだ、嘘だよ。嘘だ、こんなの夢に決まってるさ。
「い、が……らぁじ……じゃ、ん……?」
そう涙交じりの情けなく掠れた声を出して言って見る。すると、彼女は柔らかく桜の花のような優しい微笑を浮かべふんわりと鳥のように一歩、二歩と大股でこちらに近付いてくる。
「ただいま、綴」
ふさあっと風が頬を撫で過ぎ去っていく。空は、紫色に染まりかけた朱色だった。星々が煌めき始めたそんな午後六時。
願いを叶えてやったというようにまあるく濃厚な蜂蜜色の月が僕らをジッとただひたすらに見つめ返していた。
また願わくば十センチ先の君へ、いつか贈るであろう長い長い恋心。片想いの気持ちとドドドドッと高まって止むことも知らない、また溢れ出してくる涙の訳を気付きませんように。心臓の音が、心臓の声が聞こえないように不器用に何度も微笑する僕は「おかえりなさい」と口にする。
「ねー鼻水出てるよー!! 汚いってばーっはい、ちーんして」そう言ってポケットティッシュをほらほらと鼻に当ててくる五十嵐さんが近くて、唸ってしまう。
「ぅうううぁぁあぁあ……うぇおえ、げほごほっっ」
「何その地獄の底から這いあがってきたようなキモい声、つかまじ汚いしー」
って五月蠅く言ってくる言葉も、全部、愛おしくて苛つきもしない。
ああ、大好きだよ、大好きだよ。ぱちぱちしゅわしゅわはじけるサイダーのような感情を教えてくれた青春を連れて来てくれた嵐のような唐突さと太陽のような眩しさを兼ね備えた貴方へいつか贈る、この気持ちが届きますように。
「五十嵐さん……遅いよ!」僕も歩み寄って、五十嵐さんの隣に。ばしっと叩いた背中は温かくて、近くで見たらわかった。五十嵐さんの首元に汗が伝って頬は紅潮し、はあはあと息を忙しなくしていた。
その汗の、紅潮している頬の、忙しない息の、意味を僕は気付かないふりをして微笑む。