コメディ・ライト小説(新)
- Re: 小説版☆夜行奇譚伝説 ( No.1 )
- 日時: 2021/02/24 21:49
- 名前: むう (ID: mkn9uRs/)
第1夜(1)『この先暴風領域。』
携帯の待ち受けを見て、とある少女ははぁっと息をついた。
濃紺のブレザーとチェックのスカートを細身の体に包んでいる、彼女の名前は黒江セツ。
都立の進学校に通う一年生だ。
緑色のボブカットの髪は、只今追い風で箒のように後ろへ沿っている。
重い自転車のペダルを立ちこぎで精一杯ふむ表情は険しく、額から脂汗が滲み出ている。
さっきからずっとスマホから流れているJ-POPなど、すでに聞く気はない。
頭の中はひたすら、『家に帰ること』で埋まっていた。
セツの通う学校は、特別進学と言う大学合格を目指す生徒たちのためのコースがあり、彼女は特進コースに所属している。
もちろん、普通コースや芸術コースより断然、授業のコマ数が多くなるので、帰りも遅くなる。春と夏、冬には講習もあり、課題も多い。
今思えばなんで普通コースにしなかったのかと思うけども、仕方ない。自分の高い志を褒めよう。
「でも、これっばっかりは……っ無理………っ!」
六月初旬、季節は梅雨真っ盛り。
横殴りの豪雨に雨が加わって、自転車を前からグイグイ押している。
体力には自信があるセツもこればっかりは勝つことは出来ず、渋々自転車を降りて手で押しはじめる。
「今日は見たいドラマがあるのに……もう始まったかなぁ……どうしよう……」
高校生なんだからまず勉強しろ!という親には毎日のように反抗している。
学校で七限まで授業を受けるうえ、きちんと夜中には塾にも通ってるのだから、これ以上勉強を強いるのは鬼だと本気で考えている。実際叫んでいる。
だから塾のない日だけは、好きなことをとことんやろうと早く学校を出たのに、何でこんな目に。どこだ神様。今すぐお前の胸倉掴んで台風やめさせたろか。
しかし天候にどうこう言う暇があれば、必死で足を進めるのだと自分に言い聞かせる。
と、前方から小学校低学年くらいの女の子がダーッと駆けてきて、派手に水溜まりの上で転んだ。
「きゃっ」
「わ、大変……!」
慌てて自転車を停めると、セツは女の子に駆け寄って起き上がらせる。
清楚な印象の白いワンピースは、案の定泥水でぐちゃぐちゃになっていた。
足にけがはなかったが、擦ったのか若干赤くなっている。
女の子はみるみるうちに泣き顔になっり、丸い瞳孔でセツを見上げた。
「待ってて。髪が濡れてるね。タオル持ってるから……」
通学カバンの中からタオルを取りだし、少女の髪を拭く。
力が強いのか、度々女の子の頸が上下に揺れた。
しばらく女の子はされるがままになっていたが、髪を拭き終わるとようやく解放され、照れくさそうにはにかむ。
「え、っと、ありがとうございました。お世話になりました」
「ううん、大丈夫。気を付けてね」
「はぁい。……あ、そうだ! 夜行様との待ち合わせ! じゃあまた! 夜行様~~~」
セツの言葉に女の子は頬を書くと、何かを思い出したように顔を上げ、そそくさと向こうへ駆けて行ってしまう。
元気な子供だなあと見守りつつ、セツは腑に落ちないものを感じ首を傾げた。
夜行……?
変な苗字だなぁと、その子言葉を頭の中で反芻する。あんな小さい子が『様』とつける相手など、そう多くないのではないか。
「夜行……夜行さん……」
胸の中に小さな引っ掛かりを感じつつも、セツはまた自転車を押し始めた。
その胸の引っ掛かりの理由が判明されるのは、もう少し後になる。
****
「遅れました!」
雨でぬれたおかっぱ髪を撫でつけて、件の女の子は無邪気に笑う。その様子に、彼はコートで隠れた顔をわずかに傾けてくつくつと喉を鳴らした。
「遅れたのに笑うなんて余裕だね」
「あわぁ、スミマセン……」
女の子は慌てて頭の下げる。目の前の相手は「いいよ」と手のひらを自分に向け、またケラケラと笑った。自分をからかっているのが分かり、女の子は頬を無くらませて上目遣いをしてみせる。
「もうひどぉい。そんなんだからいつまでたってもヨルノメは増えないんですよ夜行様」
「へーきへーき。これ以上増えたら扱いが面倒だ」
「わっ、なんて言い草。だいたい、人を増やせといつも言うのはそっちでしょう?」
この子も言うようになったなと、彼はコートの奥の目で彼女を見つめる。前までは、ただ命令に従うだけだったのに。まぁ自分の頭で考えられるようになってきたということはいいことだ。
「………それで何でそんなに濡れてるの? びしょびしょだね」
「ぁぁはい、さっき転んで、助けてもらいました」
「ふぅん。助けてもらった、と」
「………あ、ハイ。人間の女の人に」
先ほどのことを思い出したのか、女の子が申し訳なさそうに肩眉を下げる。自分を起き上がらせてくれた上、髪まで拭いてもらったと告げる彼女に、彼ははぁッと息をついた。
「……どうも君は注意力が散漫になってきてない? ちゃんと正体は隠してるんだろうね?」
「ひどいです。私、そんなにどんくさく見えますか?」
「さぁね。少なくても俺よりはノロいね」
勝ち誇ったように言う上司に反論しようと口を開けた少女だが、彼の言葉が的を射ていたため咄嗟に口を閉ざしてしまった。確かにどうやってもこの人にはかなわないな、と思う。仕方ないか。
と、横にいた彼が何かを見つけ、後ろを振り返った。女の子もつられて振り返る。
後ろにいた人物を視界に留め、あっと声を上げて固まった彼女を宥めるように、彼は落ち着いた声で言う。
「……どうやら来たようだね。ようこそ?」
- Re: 小説版☆夜行奇譚伝説 ( No.2 )
- 日時: 2021/02/28 17:19
- 名前: むう (ID: mkn9uRs/)
『この先暴風領域。』(2)
東京都立逢魔が町は、いわゆる『隠れ』心霊スポットだった。
この町の住民は夜な夜な怪異現象に巻き込まれることが度々あり、学校の怪談や七不思議などに敏感な人が極めて多い。転校生にかける質問の一つに、「お化け、平気?」が必ず存在するくらいだ。
という、お化けシティであるこの町には様々な都市伝説がある。
都市伝説というものは尾ひれがついてだんだん大きくなるものだが、ただ一つだけ噂がずっと昔から変わらないものがある。
それが、『夜行さん』。
若い男の姿をしているが、その正体は人食い鬼。
毎晩人食い馬にまたがり、人の魂を食らう。出会ったら最後、生きて帰れた者はいないという。
逢魔が町の住民は、まだ幼児のころからこの噂を頭に叩き込まれ、夜は早く寝なさいと教育される。
セツがさっき出会った女の子も恐らく、『夜更かしすると夜行さんが出るよ』とか親に言われただけの、純粋な子供だろう。セツはそう思うことに精一杯務めた。
人を勝手に疑うのは良くない。
だがしかし、頭の中には『夜行さん』という言葉がずっと残り続けていた。ただの噂だ、ただの都市伝説だと何度も自分に言い聞かせるが、一度ついた興味と言う火はなかなか消えない。
あの女の子がどこに行ったのか知りたい。
あの女の子が『夜行様』と呼んでいた人物のことを知りたい。
あの子の跡をついて行けば、なんか、凄く不思議なことを体験できるんじゃないか。
気づけば、留めておいた自転車のことも忘れて、セツは走り出していた。水たまりを足で蹴飛ばしながら、身体が前へ前へと急いているのを感じる。胸の鼓動が速くなる。自分でも何を求めているのかよく分からない。けれど、確実に何かが起こる予感があった。
そして今、彼女はつい数分前に感じた予感そのものと向き合っている。
場所は団地の敷地の中。家と家の隙間にある路地裏。
黒色のレインコートのフードを頭からすっぽりかぶった男の子と、先ほどの女の子が彼女の足音に気づき揃って振り向いた。
「……着たようだね。ようこそ?」
「……………」
女の子と一緒にいる人物。この男の子が、いわゆる『夜行さん』……なのかな?
セツは首を傾げる。
もともと、噂は半信半疑だったし、それにこの男の子は特にあやしいところはない。見たところ身長は150㎝前後、中学一・二年生くらいだろうか。年齢の割には若干大人びた雰囲気をまとっているが、そこを抜けばただの子供だ。
なんだ、噂を信じて損した気分。セツは緊張で強張っていた肩の力を抜く。
多分、女の子の通っている小学校か何かで、都市伝説が流行ってるんだろう。そんなもんだ。
妖怪や幽霊なんて、そう簡単に会えるわけ………。
「や、夜行様っ、ど、どうします?? これじゃ私たち、ど、どうしましょう!?」
「はぁ…………馬鹿だねぇ君は」
女の子の口からはっきりと、その単語が漏れた。彼の方もそのことに慌てた様子だった。一瞬虚を突かれたように固まっていたが、それも数分。男の子は、涙目になっている女の子の頭を撫でて、斜めからセツを見つめる。
「………なに? 言いたいことがあるならはっきり言いなよ。わざわざ愛華を追って、ここに来たんだろ?」
有無を言わせぬ口ぶりに、セツは一歩後ずさりをする。その態度を好ましく思っていないようで、男の子の視線が鋭いものに変わった。
「………あ、あの、さっきの言葉、………本当なの?」
「あぁあぁ、すみません夜行様………あっ」
「いいよ愛華。隠す気はないから」
愛華と呼ばれた女の子が、とっさに口をつぐむ。男の子は愛華を後ろに下がらせると、セツに近寄って、煽るような姿勢を取り、ぞんざいな口調で告げた。
「その通り。この町の都市伝説のトップに躍り出る存在が俺――夜行さん」
「…………嘘………」
「―――の、孫の孫の孫」
自ら自分の存在を肯定する彼に、セツの背中から冷たい汗が流れ落ちた。
どうしよう、噂によると彼は人を食べるらしい。もしかして口封じの為に私、食べられたりとか……っ。やめてまだ死にたくない!!
パニックになりつつあったセツの言葉に被せて、夜行さんはボソッと呟く。
「………は? 孫の孫の孫……?」
「そ。夜行っていう妖怪なのは間違いないけど、伝説に出てくる夜行さんは俺の……えーっと、ひいひいひい……爺さん」
夜行さんって家族いるんだ、と変なところに感心してしまうセツ。ひいひいひいお爺さんと言うのが本当なら、そのお爺さんは人間を食べていたのだろうか………。
「あなたは………人は食べないの?」
「まさか。人間を食べようとする妖怪って言うのは思ったより少ないもんだよ。俺は食べない」
夜行さんはそんなことも分からないのかという様子だが、こっちは分からなくて当たり前だ。今でさえ彼の存在が夢ではないかと疑っている身である。そんなこと言われたって、とセツは心中で愚痴った。
「わ、私も、人間さんを食べようとするのは反対ですね。昔から人間と妖怪は強い縁で結ばれていますし、付喪神様もいたようですから」
愛華が興奮したようにまくしたてる。
そう言えば彼女は何者なのだろう。歳の割には難しい言葉を多く知っているな、とセツは彼女に視線を移す。と、濡れていたはずの純白のワンピースが、赤い着物に代わっていることに気づく。
セツが愛華の方をジーっと見つめているのに気づいた夜行さんが、コートのフードを脱ぎながら紹介をしてくれる。今までコートに隠れていた髪の根元には、鬼の象徴である小さい朱色の角が二つついていた。
「彼女は愛華。俺の部下として働いてもらっている座敷童さ」
「ざ、座敷わらし……っ!?」
「えへへ。さっきはありがとうございました」
愛華はニッコリとはにかむ。そのあどけない笑顔に、セツの頭の中で電流が駆けた。
可愛い。この座敷童可愛すぎる。もう妖怪とか幽霊とか、そういうのはどうでもいいからこの子に癒されたい。
セツの中のロリコンスイッチが若干入りかけた。
「……で、君? 名前と性別は?」
「えっ。く、黒江セツ……だけどなんで性別まで……?」
「さーね。一応聞いてみただけだ」
その一言にまたも、背中から冷たい汗が流れ落ちた。
気づかれてる? いやまさか初対面だし、クラスメートにも言ったことはないし……。
大丈夫大丈夫。絶対バレてない。多分バレてない。大丈夫。
「………それでセツ。俺達の存在を知ってしまった君は、これからどうなるべきかな?」
さっきまでの雰囲気とは一転、ドスの利いた低音で夜行さんは静かに言う。
ヤバい。うすうす嫌な予感はしていたがこれはヤバい。
人は食べないとは言ってたが、人を消さないとは言っていない。仮にも妖怪……(?)なんだし何か超常的な力を持ち合わせていてもおかしくない。
……って、私飲み込み早すぎないどうした?? どうする? ダメもとで肩もみしますからとか言ってみる? ダメだそんなコト言ったら消される。ああお母さんお父さん今までありがとう。クラスメートたちも、たった三カ月だけどお世話になりました。あとペットのハムスターの『デビルスター』ちゃんと『エンゼル』ちゃんと、犬の『ジョセフィーヌ』ありがとう。
さようなら………っ!
「ハイ、あなたに消されてハイサヨナラしますっ!」
「…………君を、ヨルノメとして採用することにしよう」
消される前提で黙々と想像をめぐらせていたセツの悲痛な宣言と、彼女を消そうなど一ミリも思っていない優しい妖怪の提案が、見事にピタリと重なり……。
「「は?」」
セツと夜行さんは揃ってキョトンと首を傾げたのだった。