コメディ・ライト小説(新)

Re: 泥中に咲け ( No.2 )
日時: 2021/03/11 19:02
名前: むう (ID: mkn9uRs/)


 【第1話(2)】

 あれは半年ほど前のことだった。
 前まで住んでいた新潟の片田舎から、高校進学のため東京に移ることになり、課題のない春休みの間はひたすらパソコンの前で宿泊先を検索していた。

 両親とも海外出張でアメリカに飛んでおり、唯一面倒を見てくれたおばあちゃんも先月他界してしまった。やり場のない辛さに押しつぶされそうになりながらも、僕は必死で一日一日を足を引っ張りながらも歩いていた。

 その日もいつもと同様朝早くから机に向かい、マウスをカチカチいわせながらバイトの出来る店と、店舗に比較的近いホテルなどの宿泊施設を調べていた。しかし流石東京。とても高校生が払えるような金額ではないところが多く、どの店が良くどの店が悪いのかも分からない。かといって下宿を受け入れる家もなかなかない。

 自分を置いて刻々と進んでいく時間に苛立ちを覚えていた僕を救ってくれたのは、四歳上の兄ちゃんだった。
 大学の講習が終わり、ソファーに寝そべりながらゲームガチャを回していた彼は、目をこすりながら僕のパソコンを覗き込む。


「あっれ、お前まだ決まらねえの?」
「………お店がありすぎて分かんないんだよ」
「バイトは? 本屋とかで働きたいって前に言ってたじゃん」
「………お店の近くに宿がないの」


 兄ちゃんの質問にぶうたれながら返すと、兄ちゃんは「ふうん」とか「へえ」とか適当に相づちを打ち、テーブルにあったポテチを三枚重ねで口に突っ込んだ。二人しかいない2LDKの家に、キーボードの操作音とポテチを歯で砕く音が静寂を破っていく。


 ポリポリポリポリ。カチカチカチカチ。
 ポリポリポリポリ。カチカチカチカチ。


 何か手伝いになれるようなことがあるから話しかけて来たのではないのかと、僕は呆れと怒りで思わず肩眉を下げた。車輪付きの椅子ごと振り返ると、当の彼は気楽にまたポテチをポリポリポリポリとほおばっていた。


「………どんだけポテチ好きなの」
「俺一番好きなのはうめー棒。一本10円だからって舐めんなよ」
「……じゃあなんでポテチ袋ごと独占してるんだよ」
「おいしいから」

 なんてことだ……と僕は今度は両眉をひそめた。全く理由になってないうえ、弟が折角掃除して埃一つないソファーに身体を預け、話を自分から振ったにも関わらず助言をしない兄。これから一生この人と一緒に生きていくのか。


「あもは(あのさ)。どひょいくか(どこいくか)まおってうなら(迷ってるなら)」
「………あのさあ。さっきから僕の作業用BGMをポテチ食べる音にするのやめて」
「しはたないあろ(しかたないだろ)、食べてんだから」