コメディ・ライト小説(新)
- Re: 泥中に咲け ( No.3 )
- 日時: 2021/03/12 17:45
- 名前: むう (ID: mkn9uRs/)
【第1話(3)】
ようやくポテチを胃袋に納め、水で押し込んだ兄ちゃんは「ちょっと待っとき」とかなんとか言いながらスマホを操作しだした。途中操作を間違えたのか、全然関係ないラーメンのⅭMや某幼児アニメのキャラクターの音声が聞こえたがそれは一旦横に置いておく。
≪みんな――ッ。こーんにーちはー≫
「……やべ。おっ、どうしたら……」
≪お兄さんも― お姉さんも― 元気元気―――♪♪≫
これまた懐かしい歌のお兄さんお姉さんのご登場だ。確か3歳くらいはよく観ていた。5,6歳くらいになってくると兄ちゃんがあの某少女アニメを観始めたから、それにつられて……。
「………あのさあ」
僕はもうすっかり萎えてしまい、マウスを動かす気力もゴミ箱へ入ってしまう。漫画で言う所の効果音が、今はっきりと顔の横に【はぁ…】と表示されたことだろう。再び振り返ると、兄ちゃんはようやく音声を消し、スマホの画面を突きつけて満足そうに笑った。
「そうカリカリすんなって。見ろよコレ。俺の同級生の知り合いの家なんだけどさ」
「……民宿? っぽいね」
「YES。金もあんまかからねぇし、蒼汰の学校からも比較的近いって噂よ」
画面の中には昔ながらの趣を感じさせる木造建築の二階建て住居。決してキレイとは言えないが、その分かしいだ柱やシミのついた壁などからその家の歴史を感じられる。
そして建物の奥の山の上には、わずかにだが僕が春から通う予定の進学校の時計塔が見える。ざっと徒歩十分……と言ったところだろうか。家賃もそこまで高くない。コツコツとバイトを続けていれば、何とか払えそうである。
良かった、やっとお目当ての場所が見つかったと僕は安堵の胸をなでおろし、一つ確かめてないことに気づき再三兄を下から見上げた。兄ちゃんはなんだよ、と訝し気に首を傾げる。
「で、バイトは??」
「えーっと、まあ…………あるにはあるんだけど…………うーん、まぁ……ええ……」
急にしどろもどろになって視線を彷徨わせる彼の態度に、僕は「え?」と目を見開く。
答えに迷うほどの店ってことは……例えば………あ、あの、そのラブホテルとか? そういうところばかりなのか?? 嫌だよ絶対そこで働くとかないからな!??
「あの、あるにはあんだけどさ。お前のさ、その勇気と……言いますか」
「だから絶対行かないから! 行くわけないだろうが!! 誰が行くか!!」
「……その、家の隣に………」
「行かないって!!」
隣にそんな店がある時点でもうそこはキャンセルに値する。誰がわざわざそんなところに出向いてやるものか。両腕をブンブン振りながらの必死の抵抗に、今度は兄ちゃんが「え?」と目を見開いた。
「お前、好きじゃなかったっけ」
「何をだよ!! つーか、何で好きになるんだよ!!」
「マジ!? じゃあ今までのお前のあの頑張りは何だったんだよ!! ラブレター書いたけど渡せなかったんだろ?? 体育祭で同じ色になったけど一言も話しかけなかった、そしてついに先輩は卒業して……」
………ん? ちょっと待って。誰のことを言ってるんだ?
やっと話がかみ合わないことに気づいた僕は、自分の思い違いに顔を染めた。え、ということは僕の想像は全部関係なくて………。嘘ぉぉおお!?
「だ、誰のコト?」
「とぼけんなよ。まあ下宿先の家の隣に彼女の家があんのはラッキーだよなー」
「だから誰なんだよ!??」
もったいぶる兄に声を荒げた僕に向かって兄ちゃんは意地悪い笑みを向ける。ニンマリ、そうニンマリと口の筋肉を緩めて彼は呟く。
「せいぜい仲良くやれよ。 黒野先輩と」
◆□◆□◆□
――――――『ほぉっほぉっほおっ』
『全くお前も変な運命に巻き込まれておるの。そんな都合よく下宿先があるわけないじゃろ。こんなん神様のワシもびっくり仰天、インド人もびっくりを通り越して神様もびっくりじゃ』
不意に頭の中に知らない声が響き、僕は弾かれるように顔を上げた。
目の前には東京駅の入り口、後ろには十字路と通行人、斜め横には高層ビルが立ち並ぶのは流石日本の首都。
………なんだ、この声は。