コメディ・ライト小説(新)

Re: ちいさないのち ( No.5 )
日時: 2022/02/22 08:11
名前: 月雲 瑠依 (ID: kDko/hPR)

「ミライ導く キーボード」

ーわぁ!おかーさま、ありがとう!ー

その日は5歳の誕生日の時だった。お母様から頂いたのは誕生日プレゼント。母との思い出の中で1番大切な記憶。

そのキーボードは身体ボディカラーが黒で、白色の鍵盤を目立たせる、少しシンプルなデザインのものだった。

見た目がシンプルでカッコいい。そんな単純で子供らしい理由で、俺はこのキーボードを毎日弾くようになった。

新しい曲が弾けるようになる度。
新しい音を紡ぎ出せるようになる度。
俺はこのキーボードと心と身体が一つになって恍惚とする。

優しく、美しく、綺麗な曲を奏でられる度。
難しく、厳しく、大変な曲を奏でられる度。
俺はこのキーボードと成長して、覚醒めざめてゆく。

気がつけば将来の夢はピアニストになっていた。何故バンドマンじゃなくピアニストなのか。それはきっとピアノの音色うつくしさに、心奪われた。そんな事が理由だろう。

俺には妹がいる。可愛くて愛らしい。
一人旅が大好きで、ちょっとおっちょこちょいで、照れ屋な可愛い妹。

そんな妹にも、俺にも、共通点がある。
親が一緒、とかそんな当たり前な事じゃなくてだな…

共通点「ちいさないのち」のもちぬし。
共通点「ちいさないのち」が大切という事。

俺が20歳の頃だ。
妹は成人の歳である、18で結婚し外の世界へと旅立った。
妹は20歳になる前に子供を授かっていた。
少し前の成人の歳。
妹の娘は翠彩みさ。妹の大切にしていた翠彩のパスケースの色と同じ。つまりは自分の大切な「ちいさないのち」と同じモノを最愛の人との愛の結晶に名付けたわけだ。

何故その名前にしたのか。俺には分からないが…きっと俺と同じ理由…。付喪神つくもがみが原因。付喪神を好きだから。

付喪神。古来より日ノ本により伝わりし妖怪。あやかし。もののけ…。
大切なモノに宿りその命の花を咲かす。

妹、るいのパスケース。
兄、悠輝ゆうきのキーボード。
そのふたつに宿しは付喪神。

気がつけば俺はもう24になってしまった。
ずっとピアニストとして世界を旅し、コンサートを開き、音を奏でる。

でも…25になる頃だろうか。
ある日何もかもが嫌で嫌で仕方なくなってしまった。…あの、キーボードでさえ。
大切な、キーボードでさえ。

捨ててしまったんだ。



……

………

…………

嗚呼ああ、この空はなんと素敵なんだろうか。俺の心はからっぽになってしまった。

この空の蒼をいくら心に詰め込んでも、俺の心はからっぽだ。俺はもうもちぬしじゃない。
…キミを…裏切った…情け無い俺。

あぁ、河川敷で光の粒子がチラつく。その粒子を見ると空っぽの心は満たされた。そして涙溢れる。きっとあの光の粒子はキーボード。

俺のキーボードの付喪神。
俺の愛した、あの付喪神。

キーボードを裏切る憐れで惨めはこの俺で。

ぁ…光の粒子が舞ったところにいるのは…妹のるい…。

るい、るい…あの光の粒子を!この空の蒼に届けないで!捕まえて!俺の…元に…。

ごめん、諦めるよ。
…人間の感情には27種あるらしい。その一つが"諦念ていねん"諦めの心。

俺は諦める。無くした付喪神ちいさないのちはもう帰ってこない。

いさぎよく諦念しよう。傍観しよう。
諦めはひとつ。またひとつ。俺を成長に導く。
諦めはひとつ。またひとつ。俺を後悔に導く。

嗚呼、綺麗だよ…付喪神あいしたひとよ。
次はもっと幸せになってほしい。…俺以外の誰かと。____愛してる。

諦念。諦め。言わば人間が救済されたいがためにうまれた概念の一つ。自身を守る手段の一つ。

ああ、あんなに心通わせ意思疎通をしていた俺たちは、どこで間違えてしまったんだろうな。きっと俺のせい。ただの一瞬の気の迷いのせい。

すまない、付喪神キーボードよ。
大好きな、付喪神キーボードよ…。
俺の宝物、付喪神キーボードよ……。

……俺は神社の境内けいだいで、1人のかんなぎ少女おとめが、こちらを見ているのを、今は…まだ、知らない。



こうして1人。また1人。
消えゆくはにくたらしい付喪神ばけもの
こうして遠くから見つめるだけでこの兄妹とその付喪神たちには呆れさせられるわ。

この2人の付喪神を消すだけで5年も月日が経ってしまった。お陰で私はもう18歳よ?

はぁ…まぁいいわ、この間にも着実に、決定的に、悪魔つくもがみの贖罪という名の刑罰の準備は進めた。

次はどの子にしましょうね。
次は____の付喪神。

キミに決めた。だって、あなたの付喪神、とても輝かしい。

だから…消すの。これも贖罪、運命付けられたのは、____の付喪神あなた

私は悪役なんかじゃないの。だって、だって、当たり前な事をしているわ。
私は正義。だから間違えたりしない。こうして悪を祓うは神様の力。
神様の依代の私は抵抗せずに受け入れる。

大嫌いでそれでいて愛しい。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。大好き。

愛しい私の神様。あぁっ…神様を受け容れるこの快感っ!私の中に神様が溶け込むの!

あぁ…ゾクゾクするぅ…。
私の嫌いな、この力に支配される。

その快楽がとてもとても…

大嫌い。